スキャンダラスで破滅的な恋を

ルルオカ

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スキャンダラスで破滅的な恋を

吉谷のスキャンダルな恋③

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二人で向き合って、そう話しこんでいると「吉谷さん」といつの間にか、傍に寄られていた。
一瞬、顔を強張らせてから、千夏ちゃんに気取られないよう、すぐに振り向いて「やあ、犬飼君、お疲れ」と笑いかける。

「すみません、俺のせいで長引いちゃって。
千夏ちゃんもごめんね」

反射的に、必殺猫かぶり子役スマイルを向けた千夏ちゃんだったけど、僅かに口端をひきつらせている。

いつもの千夏ちゃんなら「大丈夫ですよ。そんな気にしないで」と抜け目なく上目遣いで小首を傾げるところ、手に持つスマホを見て「ああ、もうこんな時間」とさりげなく、無視をした。

「子供の私は、今日はここまでね。
お二人とも、お先に失礼します」

「お二人とも」と言いつつ、僕にしか頭を下げないでマネージャーの元へ去っていった。

仕事をしているときには、決してぼろをださないはずが、犬飼君に対しては、割と分かりやすい態度を見せる。
今のはとくに、あからさまで、長く待たされたのに、かなりお怒りなのだろう。

また人目のないところで、クマに膝蹴りを決めるのかな、と思いつつ、小さい背中を見送っていたら「千夏ちゃん、怒っていましたね」と隣に立つ犬飼君が肩を落とした。

人の怒りや苛立ちに疎く、空気を読めないほうの犬飼君でも、さすがに見過ごせなかったらしい。
本当のことだから否定はせず、ただ、「たまたまとはいえ、あまり出番がなくてよかったよ」と言う。

「千夏ちゃん、実は喉の調子がよくなかったんだ。
その状態で、はじめのスケジュール通り撮影していたら、大変だったんじゃないかな。

今日はまあ、犬飼君のおかげで、喉を酷使しないで済んだし、明日は休みだから、ちょうどよかったよね」

「え?喉の調子が?
全然俺は気づきませんでした」

僕は苦笑して、詳しいことは口にしなかった。

正確には、気づいたのではなく、またもや目撃をしてしまったのだ。

楽屋に入ったところで、腰に手を当て栄養ドリンクを一気飲みする、勇ましい姿を。
まあ、ノックして「どうぞ」と招いてくれたのだから、見られてもかまわないと思ったのだろうけど。

クマへの膝蹴りにしろ、人に言いふらすことではないから「そんなふうに、犬飼君が撮影を遅らせることは、悪いことでもないんだ」とやや話しの流れを変える。

「元々のスケジュールには、かなり無理があったから。
とくに夜遅くに撮影ができない千夏ちゃんの負担が大きかった。

君が撮影を遅らせることで、スケジュールが見直されたっていう部分もあるんだよ」

もしかしたら、千夏ちゃんに無理させないよう、わざと撮影を滞らせるようなことをしているのでは、と思うことがある。
NGを頻発するほど能力が低いようには見えないからだ。

大体、これまで出演してきた戦隊モノをはじめとしたドラマの撮影現場で、不評だったとの噂は聞いたことがない。

台本読みのときだって、読み間違いどころか一度も噛むことなく、芸暦に見合わず、その台詞回しは堂々たるものだった。

初めての主演で緊張し気負っているのだとして、地力がありそうなだけに、舌が回らなくなるまで状態が悪化するとは考えにくい。

他に調子が乗らない理由があるのか。
何にしろ、千夏ちゃんへの配慮だったなら尚更、聞くのは野暮だから、口出ししないでおく。

「千夏ちゃんだけじゃない、俺が主役としてしっかりしていないから、皆、迷惑に思っていますよね」

僕の力が至らなかったようで、犬飼君は落ちこみつづけている。
それでも、そのことについても、否定はしなかった。

犬飼君がドラマを改善していこうとする姿勢は感心に値するけど、その働きかけによって、現場の人間に負担がかかるのは否めない。

犬飼君ほど作品に思い入れのない人間にすれば、スムーズに事が運ばないのに、苛ただしくなるのは必至。

もちろん、犬飼君のように向上心のある人間もいるとはいえ、多忙で余裕がなかったり、上司に睨まれるのを恐れたりと、諸々事情があって、迂闊に肩を持つことはできない。

できたら、僕が取り持ってあげたいものの、スポンサーや局の幹部などが混じった、複雑怪奇な人間関係を下手に引っ掻き回すと、逆に犬飼君の立場を悪くするだろう。

僕に力があればなあと、これまで、さほど権力や権威を欲しようとしなかったのを悔いつつ「どうしても、周りのことが気になるんだったら」とささやかながらの助言をする。

「この後、食事に誘ってみたらどう?
主に、ADとかの若いスタッフに」

思いがけない言葉だったからか、犬飼君が目を丸くした。
プードルのような無垢な眼差しに、心臓を射抜かれながらも、全身全霊で平静を保ってつづける。

「経験がない分、周りに迷惑をかけてしまうのは、どうしようもない。
ただ、後でフォローのしようはある。

たとえば、食事に誘って労ってあげるとか。
そうすることで『頑張ってくれているのを知っているよ、ありがとう』って、メッセージになるから。

中でも、仕事の皺寄せがくる若いスタッフに声をかけてあげたほうがいい。
犬飼君と年が近い分、意気投合できるだろうし、彼らを味方につけられたら、現場での居心地もよくなると思うよ」

「ただし」と声を潜め「偉い人たちと食事をしたりするときは、あんまり、周りに言いふらさないこと。折角、若いスタッフと仲良くなっても、とたんに心が放れていってしまう」と伝え、ふ、と笑いを漏らし「これは経験則」と結んだ。

瞬きした犬飼君は、つられたように笑いつつ「でも」と顔を曇らせる。

「情けない話、俺、お金がないんです。
事務所の同期の奴らとグループを組んでイベントとかやって。

自主的にやってることで、自費を投じてまで活動しているものですから」

知っている。

事務所に頼りきるのではなく、若手の有志と結束し、自ら営業をするような活動を意欲的にしているのも。

ただ、現実は厳しく、イベントの参加人数やグッズの売上げが伸びないのも(もちろん一通りのグッズを購入済み)。

そのグループのツイッターを一時間置きくらいにチェックしている僕は知っている。

と、言いたいところを、奥歯を噛みしめてやり過ごしてから「じゃあ、代わりに僕がだしてあげるよ」と、あっけらかんと言ってみせた。
すぐには飲みこめないで、口を開けたままでいるのに「もちろん、君の奢りってことにして」と付け加える。

思いが溢れて堪らずに、口走ったのではない。

「そんな、だめですよ」と犬飼君が両掌を振るのも想定済みで(愛らしさは想像以上だったけど)、「主役に頑張ってもらわないと、僕も困るから」と肩をすくめた。

「一応、僕は十歳年上でキャリアも犬飼君より重ねている。

そういう立場だと、犬飼君をサポートすることを、周りからは求められるんだ。
もし、犬飼君が困っているのに何もしなかったら、この役立たずの先輩面俳優めと、周りに失望される。

そうならないよう、僕の顔を立てるためにも、ここは先輩の胸を借りてやってよ」






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