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スキャンダラスで破滅的な恋を
犬飼の破滅的な恋⓸
しおりを挟むが、早とちりだったらしい。
翌々日、現場に赴いたところで、吉谷が惚れ惚れと俺を見るのは相変わらずで、一方で白木はチーフに怒鳴られ、現場を駆けずり回り、俺らに見向きもしなかった。
吉谷が彼女を目で追ったり、話しかけたり、意識してもいなさそうだった。
チーフに怒声で急かされ、仕事に追われつづける白木はベリーショートで、小柄な男に見えるほど、洒落っ気も愛想もなかった。
探りをいれるのに「白木さん、おつかれ」とあざといように小首を傾げてみせ、コーヒー缶を差しだしたものの「私、缶のコーヒー飲めないんで」とにべもなく断ってきた。
こんな調子では飲み会では居たたまらずに、察した吉谷が自分が退場するついでに、彼女も抜けだしやすいよう導いたのかもしれない。
怒られっぱなしとあって、のろまなのか要領が悪いのか、仕事がはかどっていないようなので「明日の準備を」と言ったのも、嘘ではなかったのだろう。
本当なら、飲み会に参加したくないかもしれないものを、若いスタッフというくくりとあっては、除け者になりにくく、次回もついてきた。
吉谷も、だ。
前ほど若いスタッフらは吉谷に気兼ねしなかったが、途中で抜けだしたことを気にしている何人かは「俺らがぎゃあぎゃあ騒いでるだけで、なんか、すみません」と声をかけていた。
「若い子らの、本音を聞く機会があまりないから、むしろ面白いよ」と吉谷がにこやかに返したのを真に受けて、結局、その日もドンちゃん騒ぎ。
前回、上司らの愚痴を高らかに喚いたことを、後悔していたはずが、吉谷が誰にもチクらなかったようなので、すっかり安心しているらしい。
「吉谷さんって、もっと真面目な人かと思ったけど、案外、若い奴への理解があるんスね!」と調子よく持ち上げたりしていたものの、吉谷はやはり口を利かず、若いスタッフらの愚痴満載祭りを微笑ましそうに眺めていたもので。
ヒートアップするばかりの周りは、途中から上座に見向きをしなくなったが、俺は馬鹿騒ぎを囃したてつつ、背後の吉谷に神経を傾けていた。
前のように、オーラのなさ全開にひっそりと途中退場されたくなかったからと、脇に居る白木がどうしているか、知りたかったからだ。
箸が陶器の皿に当たる音、咀嚼する音、コップをテーブルに置く音がするからに黙々と二人で食事をしているらしい。
予想通りの状況だったが、互いに沈黙を苦に思っているような重々しい雰囲気ではない。
そのうち「吉谷さん、セットで気になる点とかないですか」と意外に、白木のほうから声をかけた。
「ないよ」と吉谷は、いつものように当たり障りなく応じ「でも、気づいたことがある」と柔らかい口調でつづける。
「探偵事務所の内装、ちょっとずつ変わっていっていない?
この前、見えにくいところにだけど、ウサギのぬいぐるみがあった」
「・・・気づきましたか。
そうです。少しずつ、小道具を減らしたり足したりしています」
「だよね。
でも、ディレクターはそんな指示、出していなかったと思うけど。チーフも」
「あの二人は、そんなに小道具のこと気にしませんから。
はじめにセットした状態のままで問題ないと思っているようです」
「白木さんは、問題ないと思わなかった?」
「正直、清潔感がないな、と。
どら息子で、ぐうたらな生活をしているから、そのほうがリアルなのかもしれませんが、視聴者の中には、清潔感のない部屋というだけで、見たがらない人もいるでしょう。
そのせいでドラマを見てもらわないのは、もったいないですし、犬飼さんのイメージにも合いません」
「なるほど、言われてみれば、そうだ。
筋の通った言い分だと思うけど、チーフは聞き入れてくれなかったの」
「そんなこと、いちいち気にするなって言われました。
もっと説得すればよかったのかもしれませんが、チーフは忙しい人なので。
自分でできるだけ、改善をしていって、もし気づいて怒られたら、そのときはそのときって、思うことにしました」
「・・・くく、白木さんってけっこう、策士で強かなんだ」
翌々日、探偵事務所のセットを改めて見やれば、吉谷が言っていたウサギのぬいぐるみや、他にも目新しく観葉植物などが置かれていた。
心持、はじめのころより部屋が明るくなり、小奇麗になったように思える。
はじめのころより、といえば、だんだん女性人気が高まっているのも、チーフの目を盗んで、工作をしている白木のおかげも、あるのだろうか。
飲み会での二人の会話を耳にして、俺の白木を見る目は変わった。
いつも怒鳴られている印象があり、てっきり仕事ができない、どん臭いスタッフと思っていたのが、その仕事ぶりは丁寧で細やかだった。
対してチーフは、声を張ってきびきびと指示をだし、いい仕事をしている感を見せつけているものを、大雑把でがさつ。
指示をだしたら終わりとばかり、後の微調整や訂正、修正などをしない。
意見をしたところで「くだらんことを言うな」「そんな暇はない」とはねつけるから、話し合いでは埒がないとして、白木は独断で対応をする。
気づかれないように、さりげなく。
まあ、チーフを騙すのは難しくはなさそうで、例えば、白木がフォローしたことでも「よく、チーフ、気づいてくれたね」と誉められて、自慢たらしく笑うあたり、相当にめでたく頭が鈍いのだろう。
小道具について誉めるとき、チーフの名をだしつつも、微妙に視線を逸らしているディレクターなんかは、影の立役者が誰なのか、分かっていそうだ。
それ以外、若いスタッフらを除いては、白木の仕事ぶりどころか、存在を把握しているのかも怪しい。
結局とのところ、声を大きくして自己主張したもの勝ちというように、相手の実質より分かりやすい部分で、人は評価してしまう。
俺もそうだったわけだが、見る目がないわけでなく、その他大勢の一人に過ぎない。
分かりやすさに流されない吉谷のような人間が、稀有なのだ。
飲み会を経て、吉谷がどういう人間か理解が深まったし、俺の意識も変えさせられた。
かといって、俺は感心をしなかった。
常に周りの顔色を窺い、心情を察しようとし、遠慮したり配慮したりする分、心置きなく演じることができない弊害もあるのだろう。
だから、俳優としてぱっとせず、芸歴二十年、第一線にいながら、いまだ主演をやれていないのだ。
俺はそうではない。
吉谷や千夏のように周りに心を砕くより、自分の演技や作品をより良きものにするよう、神経を注ぎたい。
そのために、男も鼻の下を伸ばすような可愛さを武器に、作品に関わる奴を懐柔するのを厭わなかった。
問題は、脚本家だった。
全体のあらすじや推理部分の書きぶりはまあまあとはいえ、台詞には、くどくどしい説明口調だったり、チープで陳腐だったり、所々目も当てられない箇所があった。
それなら、まだしも、鼻っ柱の高い人気脚本家は訂正を一切受け付けず、おまけに「あの、あざとい似非プードルに言われる筋合いはない」と俺の本性を見抜いて、毛嫌いしている。
すこし前のドラマがヒットしたからといって、勘違いしている脚本家に、ディレクターは頭が上がらず、俺の意見を聞き入れながらも、強くは迫れないようだった。
そりゃあ、そんなドラマの足を引っ張るような真似をされ「お前こそ似非人気脚本家の糞が」と本性を露に悪態を吐きそうになったが、今は前ほど殺意は湧かなくなった。
おそらく「俺は吉谷のように、なりたいわけではない」「吉谷に習うつもりはない」との思いが、糞脚本家を我慢強く説得しようとする原動力になったのだと思う。
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