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スキャンダラスで破滅的な恋を
犬飼の破滅的な恋⑤
しおりを挟む俺がかの俳優、新田勝太(しんたかった)に心酔したのは小学校中学年のころ。
新田勝太は名優と知られながらも、俺が生まれる直前に亡くなったので、生きた姿を見たことはない。
が、母親が当時からファンで、亡くなった後も話したり作品を観ていたから、ある程度は知っていた。
同年代の子供より知識はありつつ興味はなく、新田勝太の代表作「乞胸屋(ごうむねや)」の映像処理されたものが公開されるというので、母親に一緒に観にいこうと誘われたものを、断った。
今時の子供らしく、映画よりゲームだったし、時代劇となれば、そりゃあもっと気乗りはしなかったもので。
折角、特別試写会の二人一組で観れるのを、一人でいくのはもったいない。
他に誘える人がいないから、と母親はしつこくせがんできて、結局、新作のゲームソフト一本と引き換えにお供をすることになった。
はじめから寝る気満々で、ジュースやポップコーンをねだりもしなかったものを、どちらにしろ、飲食する暇はなかった。
冒頭からエンドクレジットが流れきるまで、俺は口を半開きのまま、ずっとスクリーンに釘付けになっていたのだから。
「乞胸屋」は幼いころ、病気で両手を失くした良王(りょうわん)が主人公だ。
坊主で達磨のような厳つい顔をした中年男だが、旅芸人の一団に加わっており、足でお手玉をしたり、口で筆をくわえて絵を描いたり、芸達者に客を驚かせ笑わせている。
日中はそうして芸人として剽軽にふるまいつつ、夜には別人のような一面を覗かせる。
必殺お仕置き人の顔だ。
旅芸人の一団が放浪する先々で良王は、どこにも助けを求められず困り果てている人と遭遇する。
俺が試写会で観たときは、駆け落ちをしようとして失敗した哀れな男女だった。
女のほうが売りとばされそうになるのを、阻止するため、良王は買い手の悪代官に立ち向かう。
その殺陣が曲芸のように鮮やかで、且つ、えもいわれぬ凄みがある鳥肌ものだった。
両手がないから、使うのは口、脇、足。
口で刀をくわえて切りつけ、脇に刀を挟んで相手の刀を跳ね返し、倒れたかに見せかけて両足で刀を掴み、空を切る。
手を使わないで刀を自在に操る超絶な技を、アシスタントではなく新田勝太、自らが難なくお披露目してみせ、最後に口でくわえた刀で悪党の首を切り、血しぶきをあげるシーンは、もやは芸術の域に達していた。
殺陣だけでなく、日中の瓢げた芸人と、夜の冷徹な必殺仕置き人を、別人のように演じわける技量も並外れたもので、感嘆するほかなかった。
なるほど、亡き後も母親などのファンが熱を上げつづけるのも肯けて、当然、生前にはアカデミー賞をはじめ、あらゆる映画賞を総なめにしたし、世界にもその名を轟かせたという。
華麗なる経歴にも感心をしたが、なにより俺が惹かれたのは、破滅的な性格や日ごろの行いだった。
新田勝太の全盛期は、昭和の終わりごろ。
昭和といっても、時代劇よりトレンディードラマが主流となっていき、前ほどスターの女癖の悪さや、粗野な言動が許されるような空気でなくなってきたころのことだ。
そんな時代の流れなど知ったことかとばかりに、スポンサーの顔色も好感度も度外視に、新田勝太は大酒飲みでヘビースモーカー、ギャンブル狂に女遊び三昧と、不健全を極める素行をしていた。
現場には、酒臭く不機嫌にやってきて遅刻上等。
台本ではなく競馬新聞を読んでばかりで、しょっちゅう、けばい女を連れこむ。
撮影のときは、監督と喧嘩上等、スポンサーも気に食わなければ噛みついて、現場を引っ掻き回しつつ、いざカメラが回りだすと、寸分のけちもつけようのない芝居をしてみせた。
予算が足りなければ、ポケットマネーで補ったり、共演者やスタッフに贈り物をしたり驕ったり、若く売れない俳優の世話を見たり、太っ腹で人情味のある一面を覗かせることもあるから、どこか憎めない。
昭和の大スターのような放埓さと景気のよさは、時代が萎縮して息苦しくなっていったせいか、却って清清しく思えたのだろう。
「子供の教育によくない」「これからの時代には通用しない」と苦言をする人もいたが、「つまらないことを言うな」という人の支持を得て、多少、新田勝太が馬鹿をやらかしても、面白がっていた。
外国から帰国したときに、麻薬を持ち込もうとして捕まったのも「さすが新田勝太」と鷹揚に笑っていたらしい。
不摂生が祟って、五十五歳の若さで急性アルコール中毒で亡くなったときは、「らしい」と多くのファンに笑い泣きされながら見送られたという。
俳優として一流なのはもちろん、人間性や素行に問題があっても、関係ないとばかりに、求められつづけたからこそホンモノと言えるのだろう。
丸くなったり年衰えていく姿を見せないで、この世から去った生き様にしても完璧な男だった。
見た目や好感度重視、スポンサーや視聴者の顔色ばかり窺って、可も不可もない作品しか作らない今の芸能界に、白けていたせいか、反逆児のような新田勝太に惹かれてやまなかった。
俺が生まれるのを待ってくれずに死んでしまったからに、もう生の新田勝太を目にする機会がないのかと思えば、やるせなくもあった。
だって、今や新田勝太に成り代わりそうなスターはいなく、いたとしても、多少、性格に難があるだけで、マスコミやネットに叩かれてお陀仏になってしまう。
若くしてVシネ系俳優として活路を見いだし、「ハイブリットカー野朗」をシリーズ化させるなど独自の路線をいく大川将にしろ、パパタレの好感度によってバランスを保っているのだ。
「実はいい人」と言い訳がましくせずに、紛うことなき才能だけで人々をひれ伏せさせる俳優を、拝めないものか。
時代の流れからして、俺の生きている間に、それは叶わないのではないかと、(新田勝太の息子は俳優だがぽんこつだし)絶望したのだが、ふと、「なんだ」と思った。
だったら、俺が新田勝太の後継者になればいいのだと。
思うが早く、十歳で事務所の審査を受けて、俳優育成子供部門に所属をした。
そのころは、もっと天然パーマの癖が強く、顔があどけなかったから「天使のようだ」と今以上に大人の鼻の下を伸ばさせたものだが、天使など糞食らえとばかり、ワックスを塗りたくった髪をオールバックにし、常に怒ったような顔をして、口悪く、ぶっきらぼうにふるまい、女子をたぶらかした。
そう、新太勝田の真似をして。
普段のふるまいも見習って、レッスンやオーディションのときに台本を持ってこないで「全然、台本読んできてねえ」「台本を読まなくたってできる」と吹いてみせた。
さすがに、まだ子供で未熟とあっては、新田勝太のように、一度、台本に目を通しただけで覚えるなんて芸当はできなく、前日に死に物狂いで頭に叩き込んだ上で、強がっていたのだが。
まあ、おかげで、「生意気だができる・・・!」と強く印象付けることはできた。
元々、芝居に向いていたのか、「新田勝太の後継者に俺はなる!」と海賊王的にノリノリだったせいか、事務所の子供部門で、俺は群を抜いて目立つ存在となった。
ただ、容姿にそぐわず、柄が悪いせいで、目立つ仕事はもらえなかった。
もし、可愛い子ぶりっ子をしていれば、すぐにでもCMが決まって、「誰がこの天使は!?」と騒がれ一躍、天使過ぎる子役として羽ばたいていたかもしれない。
なんて、後悔することはなかった。
スタートが天使過ぎる子役では、邪道ともいえる新田勝田の道へ、つながっていきそうにないし。
仕事がもらえないからといって、周りに評価されていないわけでもなかったし。
事務所の大人は、今時の子供にはないあくが強い個性と、芝居の技量を見こんで「成長して見た目が変わったら、面白いことになりそうだ」と長い目で見て売りだしていくことを考えていた。
その旨を伝えられていたから、俺は焦りも不安がることもなかった。
それに、思ったより早く、チャンスが巡ってきた。
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