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スキャンダラスで破滅的な恋を
犬飼の破滅的な恋⑥
しおりを挟む十四歳で映画界の巨匠にして、九十歳現役の監督、所沢信也のオーディションを受けられたのだ。
このときは舞い上がるあまり「もう死んでもいい」とまで思い、「いや、死んだら元も子もない」とすぐに思い直した。
というのも、高齢の所沢信也が生きている間に、作品に出演できる確立は低いものと、半ば諦めていたからだ。
所沢信也といえば、代表作の映画「野郎は辛抱だぜ」。
二十年近くシリーズが公開されて、長年タッグを組んできたのが主役の新田勝太だった。
そのことから新田勝太の最高の相棒、盟友との呼び声高い所沢信也の、作品出演を切望するのは当然だろう。
何が何でも役を勝ち取りたく、オーディションが決まった日から「野朗は辛抱だぜ」を血眼になって見返し、新田勝太に成りきっての芝居の練習に没頭をした。
そして、迎えたオーディションの日には、いつにも増して新田勝太感を醸してふるまい、心を鬼にして、本当は敬ってやまない所沢監督にも、敬語を使わず生意気な口を叩きまくった。
苦い顔をしたり、眉をひそめる周りを余所に、さすがは所沢監督で、すこしも顔色を変えず、俺の言動を注視していた。
その前に審査をされていた奴より、所沢監督の気を引けている手ごたえがあり、このままいけば、新田勝太の後継者としての一歩を踏みだせるかに思えたものを。
最後に、映画の出演者と演技をすることになった。
そう、その相手が吉谷だった。
吉谷は、当時、二十四歳。
そのとき、初めて顔と名を知ったのだが、前の奴が審査をしているのを見て、大体、どういう俳優なのか飲みこんでいた。
「つまらない奴」と思ったのが、第一印象。
誰が相手だろうと、台詞や口調、仕草、ふるまいなどを変えることなく、トレースしたようにほぼ同じ演技をしていたからだ。
他の奴は指示通りするのに精一杯で、吉谷の演技がどうだろうと、その成果が左右されることはなかった。
が、俺は違う。
というところを見せるために、アドリブをかましたり、ハプニングを装って突拍子もない出方をし、揺さぶってみた。
対して、型通りするしか能がないせいか、吉谷は流れの変化を無視して、あくまで台本通り進行をした。
おかげで、二人芝居は噛み合わない、みっともないものになり、俺に合わせない吉谷のせいとしか思えなく、我慢ならず「もういいよ!あんたと演技していても、面白くねえ!」と怒鳴りつけた。
気色ばんだ審査員たちが、立ち上がろうとしたのを「いいんです」と吉谷は笑いかけ「僕が臨機応変にできなかっただけですから」と頭を下げて部屋を後にした。
それまで、ずっと室内にいたのを、場を収めるために、あえて、退出したのだろう。
吉谷の、そつない配慮も気に食わなくて、もっと苛立っていたら「君は、吉谷君を馬鹿にしているね」と所沢監督がはじめて声をかけてきた。
怒っているでも、非難めいてもいなかったから「あんなの俳優じゃない。決められた仕事だけするサラリーマンみたいなもんだ」と遠慮せずに吠えてやった。
新田勝太の真の理解者とされる所沢監督なら、分かってくれると思ったのだが、見込みどおり「君の言うことは否定しない」と肯いてくれた。
だけ、ではなかった。
「でも、サラリーマンを馬鹿にしていいってことはない。
人には向き、不向きがあって、君なんかは、決められたことを『できない』タイプだろう。
いや、そういう風に見せかけているだけかな?
何にしろ、決められたことをできない奴が、逆のタイプの奴の人格を安易に否定するのは、よろしくないね。
自尊心を守るためだったり、高めたりしたいだけに思えて、とても公平な評価には聞こえない。
自分のできないことを、できる人を敬うことができなければ、俳優どころか、普通の人間としても、いかがなものかと思うよ。
大体、君みたいなタイプしかいなかったら、この世界は成り立たない。
君はこの世界にいていいが、絶対必要とは言えない。
吉谷君のほうが、よほど必要とされている」
用がなければ一言も口を利かず、説教や叱咤をすることも滅多にない寡黙な所沢監督が、それほど長く人を言い諭したのは、かなりの珍事だったらしい。
と、あって、このオーディションの話は、あっという間に広まり「あの、所沢監督を怒らせた、俳優失格ならぬ人間失格の子役」とのレッテルが貼られた俺は、事務所から追いだされることになった。
オーディションの一件のほとぼりが冷めるまで一年かかり、その間に所沢監督が亡くなったこともあって、芸名もキャラも路線も百八十度変え、なんとか俺はモデルとして再出発することができた。
幸い、整形はする必要はなかった。
オーディションの件は有名でも、元々、業界で顔を知られていなかったし、人が変わったように可愛い子ぶりっ子を全面に押しだしたところで、誰も気づきやしなかった。
吉谷だって、オーディションで恥をかかされたことは忘れていないだろうに、再会しても、全くぴんときていないようだったし。
一度、業界から締めだされて、人知れず戻ってこられたのは、かなりの幸運だ。
三度目はないと分かっているから、俺は魂を売ってでも、プードル系男子ともてはやされるのに虫唾が走る思いをしながらも、業界の力ある人間や視聴者にへつらって尻尾を振りつづけている。
とはいえ、一生、媚を叩き売りしつづけるつもりはない。
プードル系男子で成り上がるだけ成り上がり、事務所や大企業のスポンサー、テレビ局の幹部などの後ろ盾を得て、マスコミをはじめ、誰も刃向かえないように鉄壁の外堀を固める。
そうしてから、プードル系男子からの脱皮をはかって、今までのイメージからはかけ離れた、冷酷な殺人者の役などを演じてみせる。
ギャップがある分、きっと人々に与える衝撃は凄まじく、「犬飼にこんな演技ができたのか!」「馬鹿っぽい犬みたいな演技しかできないと思ったら!」と見直されることになり、騒がれる勢いのままアカデミー賞を獲得。
次々にくる仕事のオファーで、どれも違うタイプの役を演じてみせ、それにつれ、プードル系男子の印象が薄れていくが、多様な役柄を見ているうちに、人々は違和感なくイメージの変化を受け入れていく。
そして、いつか伝説として語ることになる。
プードル系男子からの脱却に成功し、新田勝太を髣髴とさせる真の俳優へと転進した令和最後(?)の大スターと。
そんな、うまくいくわけがないって?
俺はそうは思わない。
十年経ても芽がでない人間のいる業界で、出戻り且つ、マイナスからスタートし、一年目でモデルで注目され、二年目でバラエティ番組出演、その後、苦戦しつつも五年目で戦隊モノの主要メンバーに選ばれたのだから。
さらに三年後にメジャードラマの主演。
今のところ、俺の立てた計画通りの成り行きで、ドラマが終わらないうちから、すでに多くの仕事のオファーがきているともなれば、文句のつけようはあるまい。
ただ、やはり俺には才能があったのだなと、順調ぶりからして証明されるのに、手放しに喜べなかった。
もし、所沢監督にお灸を据えられなければ、正面を切って新田勝太の後継者と名乗り、歩んでいけたかもしれないと思えたから。
小細工したり回りくどいことをしなくても、何なら所沢監督のお墨付きをもらって、とんとん拍子にもっと早く出世できたかもしれない。
なんて、考えると、やはり吉谷が憎かった。
吉谷が俺を怒らせるようなことをしたのが、すべての元凶だ。
そう疑わない俺は、吉谷が俺を覚えていないのも憎たらしくあって、共演を機に、同じように死にたくなるほどの赤っ恥をかかせて、芸能界から追放してやると心に誓った。
はず、なのだが。
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