14 / 36
スキャンダラスで破滅的な恋を
犬飼の破滅的な恋⑦
しおりを挟むドラマの脚本で何が一番、違和感があったかといえば、どら息子と箱入り娘のお守役の刑事のキャラ付けだった。
どら息子は根っからのぽんこつで、証拠に対して嗅覚が鋭い以外はお馬鹿。
箱入り娘は幼いころから、山ほどのミステリー小説を読んでいたこともあり、刑事顔負けに洞察力があり頭の回転が早いが、深窓の令嬢なので、基本、世間ずれした、やはりお馬鹿だ。
そりゃあ、お馬鹿二人がやり取りすると、噛み合わないし、お互い勘違いや誤解したまま話がそれてく。
デンパのような、お馬鹿な二人の話しぶりが笑えるとの定評もあるとはいえ、脚本家がそれに拘るあまり、本筋からずれて迷走したり、伏線でもないのに無駄な時間が費やされたりする。
結果、視聴者は飽きやすい。
飽きさせないには、まともな意見を述べたり、違った角度から物言いをする人間が要るのだが、その役割を担うはずのお守刑事は「やめてくださいよお」「お願いしますよお」と二人に言いなりで、だらしなく縋りつくばかりだ。
おそらく、脚本家はどら息子と箱入り娘のキャラが気に入って、お守刑事はどうでもいいのだろう。
どうも俳優としての吉谷をイメージしたようだから、要は世間が評価するような、没個性の取るに足らない人物に描いたかに思える。
主役二人がお馬鹿なら、脚本家もお馬鹿だ。
吉谷の上っ面しか見ないで世間的なイメージを鵜呑みにし、つまらない枠の中に収めようとは。
吉谷云々を置いといたとしても、お守刑事の立ち位置は決して凸凹コンビのおまけではなく、何なら凸凹コンビが脱線しやすいのなら、その手綱を握るストリーテラーのような重要なものではないのか。
そう、理論的に説得したとはいえ、携帯やメールで連絡したところで、仲介役のディレクターは頭を痛そうにしていたからに、先方の脚本家は中指を立てて、はねつけていたに違いない。
結局、お守刑事のキャラ付けの変更は受け入れられなかったものを、主役の俺の顔も立てるため、ディレクターは演出のほうに手を加えた。
前までは泣きついていたのを、「やめてください」と冷ややかに言い放ったり、「お願いしますよ」とやれやれというようにため息を吐かせたりと、少しずつお守刑事の印象を変えていった。
脚本には演技の指示まで書いていなかったから、その抜け穴をついての打開策だった。
もちろん、脚本家は「刑事はあんなキャラじゃない!」と抗議をしてきたものを、そのときには「いや、ですが、刑事の演技、ネットとかで評判がよくて」とディレクターはささやかながら、抵抗をしていた。
実際に巷やネットでは「お守刑事、急にどうした?」「MからSに目覚めたのか?」「お腹でも壊したか?」「奥さんに家を出ていかれたのか?」とネタにされながらも注目され、その多くが「前はお守刑事嫌いだったけど・・・」という好意的なものだった。
そうして分かりやすい成果が見られれば、脚本家もけちをつけにくい。
「多少はいいけど、気を付けてよ!」と負け惜しみを吐き捨て、電話を切られたとディレクターはほっとしたように、俺たちに報告をしたもので。
脚本家のお許しをもらえたこと、世間で良いほうの反響を得たことで、ドラマでのお守刑事の存在感は増していき、バディでなくトリオのバランスが取れた関係が根付くようになって、その成果が視聴率やツイート数に反映されていった。
脚本は完璧で隙がないと、一言の訂正も許さないほど自負していた脚本家は、内心、変更によってドラマの評価が落ちればいいと、思っていたのだろう。
残念ながら、思う通りにはならず、変更が功を奏した状況を、とうとう見ていられなくなったらしく、降板を申しでてきた。
「似非プードル」と蔑んでいた俺の功績が少なくないとなれば、尚更、耐えられなかったようで、現場はてんやわんやになったものを、俺は内心、打ち負かした痛快さを噛みしめていたものだ。
最後まで自分本位だった脚本家は、でも、新たに担った脚本家に、最終回までの筋書きのメモを渡したという。
大筋はほとんど書かれているらしく「俺は、細かいところを詰めるだけかな」と現場で挨拶をしてきた脚本家は人懐こく笑ってみせ、「キャラなんかは演者の人のほうが掴んでいるだろうから、どんどん意見を言ってもらえれば」と腰を低くして申しでてくれた。
その後、新脚本家は有言実行に現場にちょくちょく赴き、ディレクターと直接、話し合い、俳優にも自ら意見を聞いて回っていた。
途中で交代になったせいもあるのだろうが、現場にほとんど顔をださず、神経質で扱いにくかった脚本家とはタイプが違うようだった。
どちらが良いか悪いかの評価はさておき、今の脚本家のほうが現場を苛立たせることなく、段取りを滞らせることもなく、何より、五月蠅い俺の相手をしてくれたから、有名脚本家の急な降板後もごたつくことはなかった。
むしろ「今の脚本家のほうが、見やすい」「前よりもっと、キャラが生き生きしている」と無名の脚本家は株を上げたかもしれない。
前の脚本家がいなくなったことで現場の風通しがよくなり、ドラマの評判も上々となれば、そりゃあ、「ざまあみろ」と極楽気分だったものを、一つ、計算違いをしていた。
そう、にっくき吉谷の株まで上げてしまったことだ。
ツイッターなどを覗いてみると、ドラマを褒めるのに吉谷の演技が取りあげているのが多く「吉谷にこんな演技ができたのか!」「冴えない役しかできないと思ったら!」との感想が目立った。
芸歴二十年なら、今更、演技の幅があるのに驚くものでもないと思うが、これまで吉谷は自身に似た役ばかり演じていたからだろう。
また、オファーするほうが使い勝手の良さを重宝するだけで、俳優としての底力を引きだそうとしなかったせいもあると思う。
はからずも、敵に塩を贈るように、俺が吉谷の芸歴に見合った実力を世間に知らしめてしまったわけだが、お守刑事が引き立たないことにはドラマの良さが半減するので、まあ、好評ぶりは不本意でも仕方ない。
気に食わないのは、主役の俺様を引き合いに吉谷如きが褒められることだった。
たとえば「犬飼はイメージ通りなのに比べて、吉谷は意外性があっていい」とか「吉谷の演技を見ていると、犬飼のは演技に思えない」とか。
いやいや、プードル系男子として愛想を振りまき、バラエティ番組で見せている阿呆っぽい犬ぶりが、そもそも演技だから。
演技を素だと見て「演技してないじゃん」と批評するのは、てめえの目が節穴なだけだから。
と、まだ好感度を気にしなければならない弱い立場にあっては、言えず。
いや、分かっている。
俺がプードル系男子として若い女にちやほやされるのが、妬ましい男どもの負け犬の遠吠えでしかないということは。
前から、そういったアンチはいたから、脳の腐ったそいつらが、吉谷の評判が良くなってきたのを、俺への攻撃材料に利用しているにのに過ぎず、決して公平な評価をしているわけではないことも。
分かりきっていたが、それにしたって、吉谷の引き立て役にさせられているような現状に、フラストレーションを溜めずにはいられなかった。
予定では、吉谷が引き立て役になって俺を一際、輝かせ、そうして視聴者にあらためて演技力を認められるのは俺だったはずと思えば、余計だ。
何より、俺を苛立たせたのは、俺自身だった。
お守刑事が好評になってきて、今更に自覚させられた。
いくら偏屈な勘違い有名脚本家が目障りだったとはいえ、「吉谷を表面上しか見ないで世間的なイメージを鵜呑みにし、つまらない枠の中に収めようとは」と考えるなんて、どうかしていた。
気づかぬうちに、俺は吉谷に絆されていたとでもいうのか。
好意を利用して騙して、からかって、憂さ晴らしをしていたのではないのか。
これでは、逆に俺が騙されているかのように、吉谷が有利になるよう働いていて、おまけに鬱憤を溜めているではないか。
脚本家がお馬鹿なら、俺もお馬鹿だ。
そう気づいたところで、ドラマが盛り上がっている真っ最中に、吉谷を貶めることなんて、できるわけがない。
俺が仕向けたのだし、悔しくはあるが、お守刑事の活躍次第でドラマのできは左右される。
俺が主役のドラマとなれば、その成功か否かが自分の評価に直結しやすいのだから、吉谷には引きつづき人気を支えてほしい。
だが、本音では、今すぐにでも吉谷が俺に好意を寄せていることを暴露して、キャリアも地位もどん底に叩き落し、俺がこれからのし上がっていく予定の芸能界から追いだしたいところ。
そう、握っていた吉谷の弱みさえ、ドラマが終盤に差しかかってきて、有効に思えなくなっていた。
吉谷が童貞のアイドルオタクみたいに、遠くから見惚れて貢ばかりで、すこしも距離を縮めてこようとしなうからだ。
見栄を張ったり、庇ったり助言したり、他の奴よりほんの贔屓している程度だし、共演者として接する以上にアプローチしてこないし、若いスタッフらとの飲み会についてきても、「二人でゆっくりと」と誘ってくることもないし。
まさか、「陰から見ているだけでいい」「この思いは墓場まで持っていく」と童貞的思考をこじらせているのではあるまいか。
そうでなくても、周りの配慮を欠かさない吉谷のことだから、ドラマの肝心な主役の精神を不安定にさせまいと、気を付けているのかもしれない(すでに好意はばれているのだが)。
吉谷の絶対的な弱みを掴んだ気になって、得意になっていたせいか、相手が沈黙を保つ可能性があるのを失念していた。
ドラマの放送が終わり、もう影響がないだろうという時機を見計らって告白してくる可能性もあったが、確実でないなら意味はない。
男が男に告白したと分かる、決定的な場面を録音か録画して、マスコミに売りつけるという俺の予定が狂う。
つかず離れずの距離感を保って接する吉谷を見ていると、どうも墓場行きになるように思えて、俺は焦ったし、無性に苛立ちもした。
俺が好きなのではないかと。
憂さ晴らしの対象のはずの相手に、そうやって苛立たされるのが、さらに苛ただしかった。
苛立ちの悪循環に陥った俺は、はけ口を求めて、そして今のうちにマスコミに売る材料を手にしておきたくて、童貞臭くうじうじしている吉谷に、こちらから、やや強引にアプローチをすることにした。
0
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
有能課長のあり得ない秘密
みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。
しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて鈴木家の住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
初恋の実が落ちたら
ゆれ
BL
オメガバースの存在する世界。スキャンダルが原因でアイドルを辞め、ついでに何故かヒートも止まって、今は社会人として元気に働く千鶴。お相手である獅勇は何事もなかったかのように活動を続けており、いちファンとしてそれを遠くから見守っていた。そしておなじグループで活動する月翔もまた新しい運命と出会い、虎次と慶はすぐ傍にあった奇跡に気づく。第二性に振り回されながらも幸せを模索する彼らの三つの物語。※さまざまな設定が出てきますがこの話はそうという程度に捉えていただけると嬉しいです。他サイトにも投稿済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる