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スキャンダラスで破滅的な恋を
二人のスキャンダルで破滅的な恋②
しおりを挟む用意されたマンションに移って一日目。
スーパーに向かおうとして、マンションの出入り口から踏みだして間もなく、すれ違った人が「あ」と声をあげたのを皮切りに、「あれ、吉谷じゃあ・・・」「同性愛がばれた?」「え、結構、かっこよくない?」と辺りから囁かれスマホを向けられ、そのうち「応援してます。挫けないでください」と握手を求める猛者まででてきた。
芸歴二十年もの間、無警戒に過ごしていたプライベートに、すっかり慣れていたものだから、周りの反応が豹変したのを中々飲みこめないで、速やかに適切な対処ができなかった。
おかげで、スマホで撮られた写真やツイッターから居場所が知られ、早速、嗅ぎつけたマスコミに、三時間後にはマンションに押しかけられるという始末。
闘牛のように血走った目をしたマスコミ関係者は、マンションの管理会社に注意されても、警察に警告されても、出入り口付近から離れようとしなかった。
管理会社の人が泣きついてきたことには、マンションに出入りするたびに彼らが取り囲んでマイクとカメラを突きつけてくるから、住人は迷惑して怒っているという。
聞きかねた僕は、彼らの前に姿をさらすことにした。
待ったをかけられると分かっていたから、社長には連絡をしなかった。
社長にうるさくされるまでもなく、頭の中では叱責や叱咤や嘆き喚きが響き渡っていたせいもある。
「頃合いを見て結婚するはずだっただろ!
よりによって、業界のタブーを犯すなんて!」
「男に走ったら、こうなることは分かりきっていただろ!」
「変装もしないで日中、出歩くなんて、考えが足らなさすぎだ!」
「やめろ!弁護士を従えて、場所や条件を整えてから会見をすべきだ!」
「絶対、同性愛を認めるな!
音声や写真は加工されたもので身に覚えがないで通せ!」
「なんなら、こんな下世話な情報を売った人間、記事にして広めた人間を、名誉棄損だ、人権侵害だと糾弾するんだ!」
自分で自分を戒め諭すような声を、はっきりと聞き取れたのは、このときが初めてだ。
前までは意識するまでもなく、刷り込まれていたのだろう。
改めて耳を傾けてみれば、聞き覚えのある声で、あまり人に苛立つことのない僕がいつになく「うるさい」と舌打ちをしたくなった。
マンションのエントランスに降りて、自動ドアの向こうにマスコミ関係者を見たなら、表情の引きつりを直したものを、その間も頭の中はやかましかった。
頭の中の声に煩わされながら、無遠慮に向けられるマイクやカメラを前にして、取り乱さずにいられるかと、心配したけど、自動ドアから踏みだしたところで、マスコミ関係者は闘牛のように突進してこなかった。
彼らは一斉に振り向きつつも、自動ドアが閉まりきるまで固まっていて、おもむろに、ぞろぞろと寄ってきた。
僕が口を開くより先に、マイクを持つ女性が「あの、場所を移動しましょうか」と申しでてきたのに、及び腰なのを怪訝に思いながらも、「じゃあ、マンションの中庭で」と応じた。
マンションの管理会社がお手上げで僕に縋りついてきた割には、マスコミ関係者は折角の餌食がきたというのに、闘牛の如く鼻息の荒さはどこへやら、借りてきた猫だった。
今時、同性愛者を前にして怯むとは思えない。
大手でない事務所が、マスコミに圧力をかけることなんてできやしない。
じゃあ、俳優の業界から、「俳優で同性愛の人は他にもいるかもしれない」と思わせるような報道をするなと、釘を刺されているのか。
そうこう考えているうちに、カメラを回す準備が整えられ、一人目の女性リポーターがマイクを差しだしてきた。
「今回のスキャンダルについて、吉谷さんが罠にはめられたという見方もありますが」
彼女には見覚えがあった。
僕の女性関係が明るみになるだび、圧のある突撃取材をしてきたリポーターだ。
芸能人の間では、ハイエナのように意地汚く無神経な取材をするリポーターと、良くない噂が立っていて、僕もその洗礼を受けたことがある。
ただ、相手を怒らせて失言させ失態を晒させるのが相手の手法と分かっていたから、忍耐強く慇懃にふるまい、何とかぼろをださせようとする彼女と、見えない火花を散らした。
かれこれ十年近く、そうした付き合いがあれば、相手を戦友のように思えてくるのだろうか。
僕は彼女がどこか憎めなかったし、今こそ、ハイエナ上等に相手の尊厳を踏みにじり木っ端みじんにするような取材をすればいいところ、彼女の表情にも問いかけにも、葛藤が見て取れる。
俳優の業界から脅しという名の要請を受けているせいもあるのだろう。
が、マスコミ関係者を見回してみれば、覚えのある顔がちらほらいて、そうでない人も前のめりではなく、目を伏せがちだ。
ああ、そうかと、思った。
彼らは人の不幸で飯を食っていると思われがちで、周りからハイエナ呼ばわりされているのを、案外、気にしている。
マスコミを変に敵に回さないため、その心理をついて僕は、他の仕事相手に対するのと変わらず、彼らにも礼儀をもって接した。
その甲斐あって、数多くの女性関係を取りざたされても、悪意的な記事が書かれたり報道されなかったのだけど、他にも効果があったようだ。
人は牙を剥く相手には、容赦なくその首を噛み切ろうとするものの、人に良くされると、噛みつくのに二の足を踏んでしまう。
中には、恩義も糞もなく、思いっきり噛みつき、一滴も残さず血をすすろうとする人間もいるとはいえ、少なくとも、僕を取り囲む彼らには、人並みの良心の咎があるらしい。
初対面の関係者も遠慮がちなあたり、思っていた以上にマスコミの間で僕の評判は悪くないものと思われる。
マスコミ業界が大スキャンダルで一儲けしようと、強欲に突っ走りきれない状況というなら、好機だ。
「ほら、俺の言う通り、マスコミ対策として種を蒔いていたのが、こうして実を結んだんだ!
リポーターの問いかけに肯いて、嘘を通せばいい!」
頭の中の声は起死回生の機を逃すなとばかりに激励してきたけど、「いいえ」とリポーターの彼女と目を合わせ、僕は首を振った。
とたんに「もう終わりだ!」と頭の中の声が、内側から耳を劈くように絶叫をする。
「俳優としてだけでなく、人としても一生、後ろ指を差されてい生きていくことになるんだ!」
絶望の叫びに惑わされなくなかったものの、そうかな?と思う僕もいる。
彼は何かにつけ、ほんの判断や選択の間違いが人生を終わらせると、諭して、僕はその言葉を行動原理にしていた。
少しも疑うことなく、つき従っていたものを、もう聞き入れることはできそうにない。
道から足を踏み外し真っ逆さまに落ちた人間が、絶壁から這い上がってきたのを、この目で見てしまったから。
「いいえ」と応じたのに、息を飲んで見守るマスコミ関係者を見やり、苦笑した僕は、間違っていると分かりきっている判断と選択をして、口にした。
「無理にやられたわけではありません。
録音されたことや、写真を撮られたのは、知りませんでしたが、彼が好きだったのには違いないです」
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