スキャンダラスで破滅的な恋を

ルルオカ

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スキャンダラスで破滅的な恋を

二人のスキャンダルで破滅的な恋⑥

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「いや、衝撃だったよ。
僕が台本の読み合わせでしていたこと、皆、当たり前にやっているものと思っていたから。

尊敬されるものだなんて、思ってもみなかったし、他の俳優は、そこまでしないものなんだなって、改めて気づかされた」

「誰も庇ってくれなかったのを、君が庇ってくれたから、嬉しくて好きになった」ではないのか。

「はあ?」と、つい声を高くすれば、吉谷は窓から顔を振りむけた。

俺が唖然とするのを見て、「ああ」と肯きはしたものの、木の扉を指差し「あそこに、ずっと人影があってね」とまたも、頓珍漢なことを言いだす。

「元マネージャーの幻覚なんだけど。
その声の幻聴も聞こえる」

やはりスキャンダルによって、壊滅的精神的ダメージを受け、頭がいかれたのだろう。
とは、思わなかった。

どうしてか、俺はさほど驚かず疑いもせず、何なら、前から元マネージャーの影に気づいていたようにさえ思えた。

個性を強調し、自己主張したがる奴らがたむろしている芸能界にあって、吉谷は無個性で自主性がないという姿勢を貫いていた。

普通なら、周りが個性を競い合うのを気にしないでいられず、無理にキャラ付けなんかしようとするところ、受け身な吉谷が、そうして逆に周りに感化されたり流されなかったのは、考えてみれば、不思議なことだった。

それだけ揺るぎない俳優としての拘りがあったようではなく、何となく、誰かに守られているように見えたもので。

その誰かが元マネージャーとするなら、腑に落ちるのだ。
とはいえ、吉谷が幻覚、幻聴と表現しているからに、守護霊とは限らなさそうだが。

「これまで、問題やトラブルを起こして芸能界から追われなかったのは、その人のおかげなんだ。
ちょっとした判断の誤りで足がすくわれて、すべてが終わるって、口酸っぱく忠告してくれたから。

十八歳の時にマネージャーとは別れたけど、その後も、ずっと傍にいるような気がしていた。
幻覚となって現れるようになったのは、スキャンダル後だけどね」

吉谷が人影のほうに見やったのにつられて、俺も目をやる。

元マネージャーの顔も名も性格も知らない。
にも関わらず、心なし、そこらの影が禍々しく見えるあたり、俺は元マネージャーにいい印象を持ていないらしい。

「台本読みも、覚えてくるのは当たり前、他の人の台詞を暗記するのも当たり前、台本を見ない分、スタッフや共演者を観察して、表情や態度、性格や癖やといった情報を拾ってナンボだってね。

台本読みで、周りを唸らせるような芝居ができなければ、及第点にもならないって怒られもした。

『まだまだ』と言われてばかりだったから、自分は他の人のレベルに至らないものと思っていた。

不思議だよね。
自分の目の前で、他の俳優が台本を覚えてきてなくて手間取ったり、言い間違いをしたり、噛みまくっていたのに。

よく観察していたはずが、手落ちしているのに気づかなくて、自分と比べもしなかった」

思った以上に元マネージャーはスパルタ、というより、洗脳に近い教育をしていた模様。

スキャンダルが荒療治になって、洗脳がとけかかっているようだが、木の扉に向いている吉谷の横顔には、まだ危うさが見て取れる。

「他の人は、もっと努力している。
今のままでは足元に及ばない。

口を開けば欠かさずに注意されたから、僕は人より、かなり劣っているものだと思いこんでいた。
劣等感に目が眩んで、周りが見えていなかったのかもしれない」

まさに、今、元マネージャーの幻覚に釘付けになって、俺がいるのを忘れているようで「どうして、俺の声は届いた」とやや口調を荒くする。

吉谷は振り向かなかったものを「やっぱり、ショックだったんだろうな」と目を細めた。

「監督に『中身が空っぽ』って言われたのが。
図星だったから、余計に。

でも、考えるいい機会になった」

吉谷が木の扉のほうに向いたままでいるのに焦れて、啖呵を切ろうとしたら、ちょうど振り向かれた。

意外に正気な顔をして、半端に口を開けている俺に、笑いかけてから、つづける。

「マネージャーは言っていた。

芸能界で生きていくためには人が求めるのに、どんなことでも応えて、人が求める以上のことをしなければならないって。

その教えの通り、やってきたけど、ふっと気が付いたんだ。

人が生きるのに、それだけ何かを求めているのなら、僕は何を求めているのだろうって。
人が求めるのに応えるばかりだったから、自分が何を求めているのか、分からなくなっていたんだ」

「それで、俺を求めているって勘違いした?」とすかさず問えば、吉谷は目を見開き、しばし口をつぐんだ。

「見ているようで見ていなかった」と告白されて、愛されていると真に受けるわけがないだろう。

と、言いたいのを堪えて、苦々しく見やれば、参ったなというように吉谷は笑い、「この年になって気づいた。僕はあまり自意識がないようだって」とすぐには明言を避けた。

「マネージャーと別れた後も、幻のマネージャーが四六時中、駄目だしをしていた。
おかげで、自分を省みて戒めてばかりで、油断ができなかった。

けど、犬飼君を意識すると、台本読みのことが思い起こされて、『まだまだだけど、俳優の中では、ましなほうじゃないかな』って、すこし調子に乗れたんだ。

犬飼君が元マネージャーの影を遠ざけてくれたのだと思う」

「おい、なんだ、人を魔除けみたいに」

「そう、魔除けだったのかもね。
それに、僕を写す鏡でもあった。

休憩所で話していたときのように、犬飼君は僕のいいところを見てくれている。

そう意識することで、犬飼君の瞳に、そんないい感じの僕が写っているように思えた。

だから、犬飼君の瞳そのものを見ていたのではなくて、犬飼君の瞳を鏡にして自分を見て、見惚れていたんだろうな。自己愛に浸っていたわけだ」

吉谷に好意を向けられ、(その思いを利用したくらいだから)浮かれはしなかったが、「自己愛だ」と身も蓋もなく告げられては、複雑な思いがする。

前にも「俺のこと好きなのではないか」と惑わされたことがあったもので、やきもきする俺をよそに、「まあ、でも、あの夜に気づいたよ」といつかは絵に描いたような茹蛸になったくせに、吉谷はあっけらかんとしている。

「犬飼君は、実際、僕が思っているより、僕を良く見てくれてはいなかった。

それでも、犬飼君の瞳に映る僕を見れば、自尊心をくすぐられて、射精するほど気もちよくなった。

結局、犬飼君が僕をどう思おうと関係がないって気づいたんだ。
犬飼君が何を思っているのか、知ろうとせず、興味を持とうとしていなかったことも。

それは、好きといえないよね」

ドラマのクランアップのときに告白もどきをされてから、これで二度も、俺のほうがフられたような気分にさせられた。
そのことを忌々しく思いながらも、はっとして「いや、だったら」と待ったをかける。

「なんでマスコミに、あんなこと」

世間やマスコミにどんちゃん騒ぎをされ、業界から爪弾きにされて投げやりになって「僕は彼が好きだったのには違いないです」と断言したというのか。

と、目で訴えたところ、伝わったようで首を横に振られた。

「あの夜の後、自己愛に過ぎないと分かって、さすがに犬飼君をまともに見れなくなった。
また鏡のように見てしまいそうで。

でも、気がついたら、目で追っていた。
自己愛に未練があるのかと思ったけど、違う。

思い出したんだ」




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