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スキャンダラスで破滅的な恋を
二人のスキャンダルで破滅的な恋⑦
しおりを挟む「所沢監督のオーディションにいた子だって」とつづいたのが、意外過ぎて、声を失った。
すっかり吉谷が忘れていることに怒っていたはずが、恨みつらみを吐きだすどころではなくなる。
吉谷にしろ今更、あのときの俺の無礼に苦言してくることなく「あの後は心配をしたよ」と眉尻を下げてみせた。
「所沢監督が珍しく、厳しいことを言ったものだから、悪い噂が広まったし、以来、姿を見かけることがなかったから。
それが、まさか十年くらい経って、別人のようになって、しかも立派にドラマの主役を張るようになった犬飼君と再会するなんて。
マネージャーにしつこく忠告されていたからかな。
一度の失敗ですべてが終わるって、すっかり思いこんでいた。
でも犬飼君を見て、そうとは限らないって知って、人生観が変わった。
人の人生観を変えることができるなんて、犬飼君はすごいと、心から思ったよ」
「所詮、自己愛」と切り捨てたと思えば、「人生観を変えた」と褒め殺しにされて、どんな顔をしていいか分からない。
頭の整理がつかなくて、なんだかんだ、苦虫を噛み潰したような表情になっていたと思うが、吉谷は気にすることなく、やや頬を上気させながら話を進める。
「僕は、自分と人を比べて、自分が劣っていると思いはしても、自分以外は誰でもすごいと思って、人と人を比べて優劣をつけたことがない。
犬飼君がはじめてだ。
誰より、特別でかっこいい人だと思ったのは」
「この思いが恋なのかは分からないけど、特別視しているのには違いないから」と改めての告白のようなものをされて、「人生を変えた」とまで持ち上げられ、満更ではなかったものを、心底、呆れもしていた。
洗いざらい思いを打ち明けてご満悦なような吉谷に、聞こえよがしにため息を吐いてみせ、「あんた、俺に騙されたことを、どう思っているの?」と座卓に突っ伏して頭を抱える。
「ああ、そうか。
犬飼君に騙されて、週刊誌に売られたんだった。
はは、正直、良く分からないや。
案外、人の関心を集めるのって気もちいいなあって、思ったくらいかな」
「はは」が強がっているようには、聞こえない。
代わりに木の扉の前に佇んでいるという元マネージャーの影が、不穏に揺らめいたように思うも、笑いとばす吉谷は気にしていないのだろう。
元マネージャーの代弁をして「馬鹿だろ」と呟けば、「君こそ」と笑いを含んで返される。
「なんで、喘ぎ声の録音しか週刊誌に送らなかったの?
もし、犬飼君が相手だったって、僕がばらしたら、君のほうもダメージを食らうのに。
告白っぽいほうの録音なら、君はただ困ったというだけで、済んだでしょ」
そう、吉谷は馬鹿だが、俺はもっと馬鹿だ。
吉谷の心変わりしたような態度に「俺のことが好きだったのではないか」と迫りたくなった時点で、分かりきっていたことだろう。
いつだって俺の頭と心を占めていた新田勝太が、このごろは、すっかり吉谷一色になっていた。
いつの間にか、新田勝太のことは忘れ、吉谷のことばかり考えていたのだ。
自分だって、はじめは見くびっていたくせに、周りが雑に吉谷を扱うのが目に余るようになって、気がつけば、地位が向上するように手助けをしていた。
泣きつくしか能がない冴えない刑事役が、注目されるようにと、ただでさえ犬猿の仲の脚本家の不興を買ってまで。
といって、吉谷に憧れはしないし、吉谷のようになりたいとも思わない。
それでいて「やっぱり目指すなら、今の時代だからこそ新田勝太でないと!」と前ほど血道を上げる気にもなれない。
無個性で自主性がない、要はオリジナルティがないと軽んじられてきた吉谷のことを、俺も人も言えた義理ではないのではないかと、思えてきたからだ。
新田勝太のようになりたい、というのは真似をしたいと同義といっていい。
新田勝太の真似をして俳優人生を歩もうとする俺にオリジナルティはあるのか。
無個性だの、自主性がないだの、中身が空っぽだの、結局のところ清貴監督の言葉を聞きかじって猿真似しているだけで、人は吉谷を見てどう思っているのか、本当は分かっていないく、胸の内を覗きこもうともしていないのではないか。
誰でも誰かに習って誰かの模倣をしているわけで、おそらく大多数がそのことを自覚していない。
「誰か」の正体に気づき、自身から切り離された、その分身が見えるようになった吉谷は、大多数から抜けだそうとしているのかもしれない。
置いてきぼりにされたくなかった。
それこそ、この思いが恋とは言い切れないかもしれないが、俺は追いかけたかった。
だから。
「お互い、迷走してこじらせてしまったね。
案外、自分が何をしたいのか分かっていて、行動をしているわけではないんだな。
まあ、犬飼君はまだ、後戻りができるよ。
結果的にドラマは成功したような形になったし、ワイドショーは僕のことで持ちきりで、犬飼君のスキャンダルには誰も見向きもしていないし」
最後は冗談めかして、笑いを誘うようだったが、俺は口を達磨のようにひん曲げたまま「分かってる」と座卓に肘をつく、吉谷の手を握った。
肩を跳ねた吉谷は、再会してから、はじめて恥じらうように頬を赤らめて目を泳がせたものを、平静を装おうとしてか、手を振り払おうとしない。
「この状況を利用して、俺はステップアップする。
あんたは、これから、どうするんだ」
握る力を込めれば、身を強張らせつつも「さあ」と自嘲的に笑うので「さあ、じゃねえよ」手を引っ張って身を乗りだした。
上体を倒し、頭突きを寸止めして、額が合わさりそうで合わさらない距離で見つめ合う。
気まずそうに目を逸らそうとしたのに「見とけよ」と睨みと声にどすを利かせた。
「そのうち、俺は成りあがって、芸能界で何人にも脅かされない絶対的地位を築いてやる。
それで、あんたが恋人だからって、堂々と私情丸出しで依怙贔屓して、あからさまなコネで仕事を与えてやる」
伏せようとした目を上げて、俺を凝視したからに、吉谷は眩しそうに見てきた。
吉谷の人生観を変えたというほどの精神の不屈ぶりを、頼もしく思いながらも、言うことを真には受けていないのだろう。
俺だって、未だ俳優の同性愛スキャンダルで世間が上を下への大騒ぎになって、おまけにコンプライアンスの締め付けがきつくなっている時代にあって、そう易々と同性の恋人をひけらかして、職権乱用ができるとは思っていない。
新田勝太にしろ私情十割で、愛人やお気に入りをキャスティングに捻じこんでいたと、よく噂されていたが、ネットがなかった分、叩かれなかったし、何より相手は女だった。
比べたら、俺の成そうとしていることは、もっと無謀とはいえ、だからこそ意味がある。
敬う対象でしかなかった新田勝太に「見てろよ」と今までにない対抗心を燃やし、宣戦布告したなら、微笑ましそうに見てくる鬱陶しい吉谷に、頭突きをかましてやった。
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