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ぐうたらで享楽的な恋を
大川将の複雑な兄貴分①
しおりを挟む幼いころの俺は、非社交的で挙動不審な子供だったらしい。
行く末を案じた母親は、家の近くにあった、芸能事務所のスクールに通わせた。
芸能人にするつもりはなく、これから学校などに通うにあたって、コミュニケーション能力を高め、人並みに自己主張できるように、させたかったという。
スイミングスクールとか、空手とか、バレエといった習い事感覚で、通っていたのが、講師に見込まれ、ドラマのオーディションを受けることに。
そのドラマで成果を上げたことで、事務所と契約し、本格的に芸能活動をしだした。
もともとの性格とは対照的な、やんちゃで生意気な餓鬼の演技がはまって、同年代よりは「かわいい」と年上の女性人気を獲得。
年を重ねるにつれ、同年代の女子からも「他のイケメンと違って、男臭いのがいい」と好感を持たれるようになり、十五歳に満を持して、ドラマで主演を果たした。
吉谷と初めて対面したのは、そのドラマで、だ。
「母親が独断で応募した」と耳蛸なネタ的経緯で、助演に大抜擢された吉谷は、オーディションに受かってから事務所に入ったという、ろくに演技指導も受けていない、ど素人中もど素人。
演技に関わることだけでなく、現場の仕組みやルールも、一から教えなければならず、たびたび吉谷待ちされるのに、苛立ってしかたなかったものだ。
ただ、糞餓鬼を演じつづけて、すっかり素まで短気になった俺と比べ、同い年ながら、吉谷は気長で堪え性が合った。
自分のせいで、撮影を滞らせるのに、申し訳なさそうにしつつ、投げだしたり、逃げだすことはなくて、指示されたり、教えられたことを着実にこなしていった。
やや指示待ち人間の傾向はあったものを、どんな指示にも、嫌な顔をしたり、いちゃもんをつけなかったし、スタッフに八つ当たりをしなければ、駄々をこねて、言い訳もしない。
そう、撮影の専門的なこと以外、例えば、礼儀などは十二分に心得ていて、協調性も申し分なかった。
普通のことのようで、割と躾がなっていない若手が少なくないから、その美徳は吉谷の強みになった。
礼儀正しく接してくれれば、当たり前にスタッフは気を良くして、吉谷が迷惑をかけても、にこやかに対応し、フォローをしてあげていた。
俺もいつの間にか、苛立たなくなり、「しょうがねえなあ」とまめまめしく指南やアドバイスして、面倒を見てやった。
なにせ、俺はスタッフに舐めた態度をとる奴が、大嫌いだったから。
憧れの名優、新田勝太は豪語したものだ。
俳優とスタッフと、弁当の中身の差があるのに怒って「皆で同じ釜の飯を食うべきだ!」と。
そんな新田勝太ニズムに通じる、スタッフを尊重する姿勢を買ったのが、吉谷に肩入れするようになったきっかけだが、いざ接してみると、基本的な能力の高さに、目を見張らされた。
一度、教えたことは必ず十割こなして、聞き直しも、やり直しもしない。
注意すれば、どんぴしゃで相手の意に沿って修正し、「やっぱなんか違うなあ」とけちをつけられることは、ほぼない。
ドラマ撮影が進むにつれ、応用もできるようになり、たとえ、相手が的外れな指摘をしても、その面子を潰さないような塩梅で、調整するなんて芸達者なことまでしだす始末。
察しがよく、勘が鋭く、反射的に対応ができれば、頭を使って気の利いたこともできる。
こういう器用貧乏は、図に乗りやすいのだが、吉谷に自覚はないのか、現場に馴染んできても、「不束者ですが、よろしくお願いします」との低姿勢を変えなかった。
その点も、好ましかったし、教えた以上の成果をだして、成長していくのは小気味よく、兄貴分な教え手としては、どこか鼻が高かったもので。
まあ、とはいっても、芸歴の差は埋めようがなく、どうしても、吉谷の演技は見劣りして、とてもライバルではなかったから、兄貴風を吹かせる余裕があったのだろう。と、あなどっていたのが。
完成披露試写会のとき。試写会が終わってから、サプライズで主要キャストが登場すると、「大川くーん!演技うまかったよー!」「将くーん!演技に痺れちゃったー!」と俺に向けての黄色い声があがったのに対し、意外に劣らず「目白くーん!かっこいー!」「生徒会長ー!私にも罵ってー!」との歓声がきんきんと聞こえた。
些細ながら、違和感を覚えたのは、俺が主に、俳優名で、吉谷は主に、役名を口にされたことだ。
俺と吉谷では知名度が違うから。
だけではなさそうだった。
ドラマの原作は、人気の少女漫画。
ということもあって、ドラマ撮影中から、キャストは注目され、メディアに露出していた。
吉谷演じる高校の生徒会長は、女子人気ナンバーワン。
しかも俳優は、無名の新人が大抜擢されたとあって、とくに関心を持たれていたのだ。
試写会にくるのは、そういう事前情報をチェックしつくしてきた、情熱溢れるファン。
だったら、とっくに脳にインプットされたはずの俳優名を叫んでもいいところ、耳にとびこんでくるのは、ほとんど役名。
俳優名ばかり耳につく、俺との差はなんだというのか。
そのことに引っかかるものを覚えつつ、舞台上では、相変わらず兄貴風を吹かせて、トークなどで吉谷のフォローをしてやった。
袖に引っ込んだなら、ふう、とため息を吐いた吉谷に、「どうだ?緊張してても、これだけ、きゃあきゃあされたら、気分いいだろ」と尚も、兄貴面して労おうとしたら。
「うーん、なんだか自分が檻に入れられた、珍獣になったみたいな気分だったよ」
客席を埋めつくす女から、一斉にラブコールを送られ、高揚して浮足立つどころか、困ったように、笑いかけてきたのは、さすがに可愛げがなかった。
鼻白んだついでに、思い起こしたのが、以前、雑誌の企画で対談した大御所俳優に「あなたにとって、いい俳優とは?」と聞いて、諭されたこと。
「『所詮、自分は見世物』と忘れない人だろうか。
無理矢理、見世物にされたのではない。
自ら檻に入った。
望んで見世物になる人間が、そりゃあ珍しいから、人はお金をだして見物をする。
動物園で檻越しの動物を眺めるように。
そう考えると、自分のやっていることが恥ずかしくなるだろ。
ただ、周りから拍手を送られ、賞を与えられ、讃えられることで、恥知らずになりやすくなる。
演技の上達や、経験を積む以上に、恥知らずにならないでいるほうが難しい。
他人事ではない。
私だって、常に自問自答をしていないと、不安になる。
だかそこそ、恥を噛みしめつづけ、演じる俳優を私は、尊敬をする」
俺には飲みこめなかった、大御所俳優の高尚な講釈。
ぽっとでの芸歴ゼロ年の吉谷が、同じように知った口を叩くのか。
と、癪に障ったなら、俺が俳優名、吉谷が役名で呼ばれたのも、面白くなく思えてきて、「今度、遊ぼうな」と最後まで兄貴面しつつ、ドラマ終了後は連絡をしなかった。
吉谷のほうからも、連絡がなかった。
元より、芸能人の友人がいるのを、ひけらかしたがる、ミーハーな脳内お花畑でないし、ドラマでブレイクして、多忙を極めていたせいもあるだろう。
予期してなかったブレイクによって、公立高校との両立が至難らしいと、噂に聞いていたし。
その動向が気になりつつも、共演したドラマ以降は吉谷の出演作を見ないで、取材記事や写真が載った雑誌も目にしないよう、業界人の、ああだこうだとの批評が耳に入らないよう、徹底的に避けた。
が、嫌な予感は外れて、「期待していたよりは・・・」「華がなくて主役向きでない」「個性も存在感も今一で冴えない」と時間が経つにつれ、吉谷は期待外れの烙印が押され、評価は下がるばかりだった。
人がこきおろされるのに、胸を撫でおろすなんて、我ながらさもしいものだが、おかげで出演作に目を通す気になった。
自分の目で、悪評ぶりの真偽の答え合わせをして、もっと安堵を噛みしめたかったから。
だが。
下心で目が曇ったのか、三、四番手を演じたとされるドラマに、吉谷を見つけられなかった。
結局、最後まで探しだせず、エンドクレジットで役名と俳優名が並んでいるのを目にしても、「ええ?あいつが?」と釈然としなかったという。
ドラマの主要キャスト、四人の男子、女子高生のうち、引き立て役のピエロ的存在。
成長期とあって、多少、背が伸びたとはいえ、さほど容姿をいじってないはずが、素の吉谷とも、俺と共演した生徒会長とも、まるで別人だった。
大体、相手を一目見て、顔を覚える、自慢の俺の目でもって惑わされたとなれば、余程のことだ。
愕然とした俺は、吉谷と舞台に立った、完成披露試写会時のファンの反応を思い起こした。
俺が俳優名で、吉谷が役名で呼ばれていたことを。
その対比に、なんとなく、いい気がしなかったのが、理由が分かった。
単純なことで、吉谷は役になりきっていていたのだ。
吉谷らしさを、悉く消し去って。
俺は消し去っていなかったどころか、「なよっちいイケメンと一線を画す、ワイルド路線まっしぐらな大川将らしさ」をひけらかすように、役になりきるのではなく、役の皮を被って自己表現をした。
演技論は一概ではないから、親しみやすいキャラやイメージを固定化し、その表現に徹するのが、悪いこととは限らない。
どちらかというと、その手法は日本では主流かもしれないものを、ドラマの最後まで気取らせないで、別人になりすました吉谷を見て、恥ずかしくなったものだ。
まさに、大御所俳優が語ったように、「所詮、自分は見世物」「しかも、望んで檻に入った、哀れで滑稽な獣」との自覚に欠けていたことを、思い知らされたのだから。
記憶を掘り起こすに、さらに大御所俳優の言葉は耳に突き刺さってきた。
「あなたでも、自問自答を?だったら、自分が恥知らずになっていると、どうしたら分かるんですか?」との問いかけに、こう応じたもので。
「『演技が上手』『存在感やオーラがある』『個性的』『華がある』と褒められたら、気をつけたほうがいい。
演技をしているのが、『ばれている』から」
デビューで目立って以来、不評つづきの吉谷は、そう、その四つの誉め言葉を与えられず、悉く否定をされた。
「演技が上手いか下手か、分からない」「存在感やオーラがなくて、地味」「個性がなくて、つまらない」「華がなくて、主役向きではない」など。
こてんぱんに叩きのめされたものだが、大御所俳優のお告げ通りなら、吉谷は演技をしているのが「ばれていない」し、「所詮、自分は見世物」と弁えるのを、忘れていないわけだ。
デビューで注目され、一時期ちやほやされたのに、つけあがらず、流されることもなかったのだろう。
比べたら、完成披露試写会で「演技が上手い」「演技に痺れる」ともてはやされ、得意になってファンに手を振っていた俺は、なんと恥知らずに、ふるまっていたかと、頬が赤らんでしかたなかった。
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