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ぐうたらで享楽的な恋を
大川将の複雑な兄貴分②
しおりを挟む相手が、芸歴では十年も差がある後輩とあって、敗北感を覚えたのは、死にたくなるほど屈辱的だった。
とはいえ、吉谷がいなければ、もっと恥の上塗りをしたかもしれないから、歯止めをかけてくれた、ありがたい存在ともいえた。
屈辱を忘れさせない相手だからこそ、近くにいたほうが、己を戒められて、結局、プラスになるではないか。
大御所俳優でさえ、自分を省みるのが、ままらないというくらいだし。
と考え、共演して一年後に吉谷に連絡を取ったのは、自分のためもあったものの、単にファンになったからなのかもしれない。
だって、そうだろう。
見知った人間の出演作を見て、エンドクレジットまで、誰を演じたのか、分からなかったなんて、体験をさせてくれる俳優は、そう、いるものではない。
今でも、吉谷以外の遭遇を果たしていない。
問題は、俺のように人生観が変わったほど胸打たれた人が、多くない点。
「演技が上手」「存在感やオーラがある」「個性的」「華がある」俳優が良しとされる、いいかえれば、演技をしているのが「ばれている」ほうが評価される、日本の芸能界にあって、吉谷は軽視をされがち。
芸能界の風潮が変わらない限り、不遇な目に遭うのは必至で、果たして、いくら忍耐強い吉谷でも、心が放れやしないだろうか。
同僚として、というより、吉谷の「ばれない演技」を見つづけたく、辞められては困るとの、ファン心理でもって気を揉んだ。
周りに乗せられ、まんまと「今時、逆に目新しい硬派で男臭い若手」と色付けをしてしまった俺が、今更、吉谷のような、ほぼ白いキャンバスのイメージを取り戻すのは、難しかった。
大家族が欲しいとの、将来の夢もあったから、博打を打つような大胆な真似はできなかったし。
俺が絶対に敵わない相手だからこそ、俳優をつづけてほしかった。
そのため、一年ぶりに連絡してからは、まめに電話をし合い、どんなに忙しくても、一ヵ月にニ、三回は、顔を合わせた。
予想通り、「ぱっとしない」「顔を覚えられない」と世間や業界から、舐められ、こけにされたのを、挫けないよう、兄貴分ぶって、欠かさず労い、励ました。
とはいっても、俺の支えや後押しは、さほど、いらなかったかもしれない。
ちょいちょいと酷評されるのが絶えない割には、ドラマ、映画、舞台、その番宣のための、バラエティ番組出演も絶えなかった。
不景気によって、業界が節約、時間短縮を強いられて、となれば、使い勝手のいい吉谷は重宝されたのだろう。
事務所は老舗ながら、規模が小さく、業界で幅を利かせていないから、制作に鬱陶しく横槍したり、脅迫めいた要求を強いてこない。
吉谷はもちろん、デビューから変わらず、お利口さんで、決して撮影の足を引っ張らず、何なら、わがままな俳優や、口ばかり上司スタッフ、クレーマーな局のお偉いさん、威圧的スポンサーをさりげなく、あしらい、撮影がスムーズに進められるよう、手助けをする。
これまた、撮影の順調さが、吉谷の功労と気づかせないのが、かっこいいところ。
いわゆる、個性や存在感がないと見なされ、これぞというイメージがつかないのも、悪いことでもなかった。
おかげで、CMなどの仕事はこなかったが、見方を変えれば、スポンサーによる制限や制約に縛られないのだ。
過度にスポンサーの顔色を窺わないでいい点でも、制作側にしたら、都合がよかったのだと思う。
唯一の難点は、女優交際が絶えないことだったものを、不倫はもっての外、吉谷も相手も浮気をしなかったし、週刊誌に売るとか、訴えるとか、こじらせることなく、別れたとして、ほとんど円満だった。
とっかえひっかえに交際していた割に、すこしもトラブルを起こさず、別れた女優が、「いい人だった」「私にはもったなかった」と口を揃えて褒めたとなれば、不思議なもので、「女優を敬う紳士的な男優」と株があがった。
女優のファンにも反感を持たれず、「あげまん」ならぬ、「あげうーまん」と拝まれたらしい。
俳優には、恋愛にうつつを抜かし、仕事をおろそかにするのもいる。
が、吉谷と交際した女優は、むしろ、質のいい仕事が舞い込むようになって、忙しくなり、別れてからも、上り調子を保っていた。
そりゃあ、「女優の仕事運を上げる男優」とファンがありがたがるというもの。
正直、俺は「悪い女に捕まるのではないか」と気が気でなかったものを、心配せずとも、マネージャーがぎんぎんに、目を光らせていたようだ。
「悪いイメージがつくから、人目につかないよう親交を」と初手から敵意剥きだしに、俺を牽制したほど、抜かりがなかったから、彼が辞めた後も、教えを叩きこまれた吉谷は、世渡り上手にふるまえたのだろう。
世界的な映画の賞をとった監督にこきおろされ、降板させられても、すぐにドラマの出演依頼がくるなど、世間の嘲りもどこ吹く風で、業界では引く手あまたの存在でいた。
親友であり、ファンでもある俺が望むように、順風満帆に歩んでいた吉谷が、本気で恋をしたのが、運の尽きというか、なんというか。
そのことが原因なのか分からないが、同性愛疑惑のスキャンダルが発覚。
世間は好意的だったし、却って、放送中のドラマの関心、評価は高まったものを、記者に取り囲まれ、スキャンダルを否定しなかった吉谷は、その直後、失踪。
ちょうど、長い休みをとるつもりだったのと、CM契約など、違約金が発生する仕事がしていなかったのとで、さほど周りに迷惑をかけなかったとはいえ、俺の仕事へのモチベーションはだだ下がり。
吉谷に完全敗北してから、「子だくさんの肝っ玉親父」とのイメージを根付かせ、タレント業に力を入れつつ、張りぼてなりに俳優をつづけたのは、こういうときのためだった。
Vシネの分野を開拓したのも、その一環。
とはいえ、どっぷりVシネに浸かって活動はしなく、タレント業によって知名度が上がったなら、老若男女が見やすいよう、Vシネ色をマイルドにした主演映画「ハイブリットカー野郎」を大々的に公開した。
見込み通り、「Vシネって、意外に面白い」「今の時代、逆に新しい」と多くの指示を受け、シリーズ化。
衰退傾向にあったVシネ業界に恩を売ったことで、「ハイブリットカー野郎」シリーズ制作にあたっては、俺が主導権を握ることができ、有能で信頼できるスタッフを抱え込んだ「大川将組」結成までに至る。
俺の名を冠しているとあって、外部の干渉を受けないで、独断ができるとなれば、どんなに落ち目にあっても、吉谷を拾い上げることができるだろうと、考えての、すべては目論見だった。
俳優業にこだわる根っこには、「いざというとき、吉谷を助け、なんとしても俳優をつづけさせたい」との思いがあったから、スキャンダル後、音信不通となり、おまけに行方不明になられてしまっては、そりゃあ、気落ちするというもの。
頼ってもらえなかったのが、寂しいのもありつつ、吉谷が引退したら、生き甲斐がなくなるように思えた。
元より、「俳優として大成したる」「セレブの仲間入りしたい」という上昇志向も野心も欲も欠けている吉谷だ。
貢献に報いようとせず、こきを使うばかりの業界に嫌気がさしても、しかたないし、保守的な俳優界が、スキャンダルに拒否反応を示せば、尚のこと、未練はなくなるだろう。
デビューしてから、二十年。
「俳優として、いつまでも殻を破れない」と鼻で笑われつづけながら、一年でドラマ映画、舞台、いずれかの作品出演三、四作をこなすサイクルを絶やすことはなかった。
スケージュールが仕事で埋めつくされた二十年を、息継ぎせず過ごしたとなれば、その反動で、今ごろは海の向こうに高跳びし、ぐうたらとしているのかもしれない。
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