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ぐうたらで享楽的な恋を

大川将の複雑な兄貴分③

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吉谷が失踪して三か月経っても、相変わらず俺はくすぶっていて、タレント業のほうを抑え、「ハイブリットカー野郎」の制作も遅らせていた。

身が入らなく仕事をしては、共演者やスタッフ、ファンにに失礼だったからで、ただ、いくら番組制作側が「今度は是非」と愛想笑いをしてくれても、スポンサーや「大川組」が「リフレッシュして、改めて」と励ましてくれても、イメージ付けして売っている、俺のような半端俳優には賞味期限がある。

吉谷の行方が知れる見込みがないまま、いつまでも、のらりくらりしているわけにいかない。
と思いつつ、仕事をつづけるにしろ、方針転換するにしろ、まるで意欲は湧かないで、いっそ開き直り、「どうせ、時間があるなら」と小劇場に足を向けた。

前から、観賞を望みながら、縁遠かった劇団「凡人」の公演を見るためだ。

名の通り、「凡人」は一風変わった劇団。

入団条件は、独り身にしろ、結婚しているにしろ、子供がいるにしろ、親の介護をしているにしろ、自分が養えるだけの職についていること。
男女関係なく、だ。

独り身でない場合は、さらに、「家庭をおろそかにするべからず」と戒められる。
他にも細かい決まりがありつつ、大まかには「地に足をつけた人」しか劇団に入れない。

芸能人など、俳優を本業している人をゲストで出演させることもなく、「凡人」で劇団を構成するのを貫いていた。

前に芸能人のファンが、出演させてくれと懇願したものを、「芸能界を引退して、職に就いてから、きてください」と門前払いしたとの噂。

元より、世の劇団員は、俳優業だけでは食っていけずに、かけ持ちで仕事をしている人が多い。
が、「凡人」のように、必要性があってでなく、自主的に努めて生活や家庭を安定させ、演劇に打ちこむのとは、姿勢や心がまえが違う。

案外、「芝居に人生を捧げろ!」と高らかに謳う、志が高い劇団より、「凡人」のほうが「片手間の趣味」でない、見ごたえのある本格的な公演をしたりするのだ。

いい意味で、所帯じみて、革新的なものや斬新さを追い求める演劇界にあっては、むしろ、手堅いのが目を引く。

俳優の間では、「凡人」の公演を見ると、地に足がついた感覚を取り戻すことができ、ほっとできるとの定評だった。

難点は、劇団員が日常生活に重きを置いているからこそ、公演数は少なく、不定期なこと。
家族持ちもいるとなれば、夕食が間に合わない、夜の公演はなく、付属するイベントもない。

おかげで、「凡人」を知ってから、もう十五年になるというに、スケージュールが合わずに、足を運べなかったのが、今回は何が何でも、見逃したくないと思っていた。

公演の好評ぶりが、世にも轟くほどだったからだ。

「凡人」は有名でも、もてはやすのは、主に演劇に興味がある人たち。
なのが、今回はバズっているらしい。

「バスる」の意味が、今一、分からないものの、普段は演劇と縁のない人たちが「やばい」「わかりみ」「半端ないって」「エモい」と褒めてんだか、茶化してんだか、よいやよいやしているとのこと。

「やばすぎて草生える」と日本語になっていない物言いをしながらも、「講演内容は他言無用」の劇団の要請を守って、ネットに情報を流していないあたり、ミーハーに騒いでいるわけでなさそうだった。

だから、浮気な連中が騒ぐのに便乗する形でも、赴こうとしたのだが、そう易々と小劇場には入れず。

「凡人」の公演チケットは、ネットで販売する当日券のみで、客席以上の申し込みがあった場合は、抽選となる。

本来、優先される、ファンクラブは元々、ないし、劇団員が家族や知り合いを招くのは許されていないし、どんな有名人だろうと、コネで席が用意されることもない。

抽選に当たった人が、チケットを譲るのま、禁止していないとはいえ、俺の性格からして、ずるをしたくなかった。
そんな清き心を買ってくれ、勝利の女神が微笑んでくれることなく、五回連続外れ。

外れっぱなしで、公演が終了するのではと、鬱々としていたところで、六回目にして当選を果たした。

そうして、初めて踏み入った小劇場には、パンフレットが置いていなければ、ポスターも貼っていなく、グッズ売り場もなかった。
というか、「凡人」と劇団名を掲げていなく、どこにも公演の題目が書かれていない。

どこまでも、劇団の当たり前がない「凡人」では、劇団員の名前や顔を売りこむことをせず、誰が何を演じたか、どのスタッフが何を担当したか、脚本、演出、監督が誰なのかも、自ら大々的に明かさない。

聞けば、教えてくれるらしいが、劇団員には素性を知られたくない人もいて、その思いを尊重し「凡人」の個人情報の扱いは鉄壁という。
などなど、異色な決まりやルールがあり、謎めいているのが、また惹かれる理由の一つだった。

なにせ、世に知られる作品の出演者は、たいてい、知名度が高く、見覚えのある俳優ばかり。

誰がどういった役を演じるか、事前情報からして溢れかえっているし、ファンを引き込むため、制作発表から有名な俳優をはじめ、アイドルや芸人の起用を、飽き飽きするほど打ちだすとあって、いざ作品を鑑賞したときに目新しさを覚えず、衝撃も薄まる。

「俳優の〇〇目当て」とか「監督の作品性が好きだから」とか好みや安定感を求める人もいるだろうが、多少の映画ドラマ、舞台好きは、「また〇〇か」「この監督、マンネリ化だな」と飽きてくる。

仕事や勉強のため、多くの作品を目にする俺は、まさにそうで、今は、いつになく舞台の幕が上がるまで、胸を高鳴らせていた。
これだけ、興が乗ったのは、吉谷が失踪して以来かもしれない。

劇場内が暗転。

ブザー音が鳴って、幕が上がる。



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