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ぐうたらで享楽的な恋を
大川将の複雑な兄貴分④
しおりを挟む真っ暗な舞台にスポットライトが当たり、袖からでてきた一人の男が、ゆっくりと歩いていく。
上までボタンをとめたカッターシャツを、ズボンインした、堅苦しい格好をしつつ、目元が見えない、ぼさぼさの髪をしている。
かつかつと、持つステッキを鳴らしながら歩き、向かいから歩いてきた半袖のポロシャツを着た女二人と、すれ違うときに、会釈をする。
男が一旦、袖へ消えると、女二人が足をとめ、振りかえりつつ「あの人、目が見えなくて、耳も聞こえないんですよね?」「そうなの。でも、本当は見えてて聞こえているんじゃないかってほど、さっきみたいに、反応するのよね。なんか不気味」と囁き合う。
「不気味といえば、彼の生い立ちも、そうなの。
あなたは、ここにきて間もないから、知らないのじゃない?」
「ええ、まだ、施設内の人のこと、詳しくは頭に入れてなくて。
あの人は、いつから、目と耳が不自由になったんですか?」
「幼い子供のころから。
どうやら、異常な家庭だったらしいの。
あ、このことについては詮索無用っていう、暗黙ルールがあるあから、詳しいことは知られていないし、あなたも、あまりしゃべらないでね。
ま、でも、隠そうとされるほど、気になるものでしょ。
幼いころのことがトラウマになって、目と耳がおかしくなったとか、ひそかに噂が流れているのよ」
「噂にしても、ヘビーなものですね。
たしか、お母さまは亡くなられたんですよね。
じゃあ、父親は?」
「はっきりは知らないけど、ものすごい資産家らしくて、施設の費用をだし惜しみしないし、経営の援助もしているとか。
まあ、噂がどうにしろ、息子に一度も会いきていない父親なのは確かね。
でもって、父親の素性はトップシークレットらしいから、まあ、想像がつかないくらい、偉い人なんじゃないかな」
「彼は父親のことをどう思っているのですか?
あ、そもそも、意思疎通ってできるんですか?」
「掌に文字を書いて、やり取りしているの。
ただ、色々、噂がある人だから、親しくしている人が限られてて。
私の同僚はその一人で、結構、突っ込んだことを聞いたことがあるらしいの。
彼女がいうには、彼、目と耳が不自由になるまでの、幼少期の記憶がないらしいんだって」
「そうですか・・・忘れたくなるほど、ひどい目にあったのでしょうね」と応じたなら、歩きだして、二人の施設の職員は、袖に引っ込む。
また暗くなった舞台に、カメラのシャッター音がすると共に、フラッシュのような白光が瞬いた。
白く瞬く、ほんの間、幼子と女が抱き合ったり、女が男に引き倒されたり、うずくまる女の頭も幼子が撫でたり、女と幼子が鎖のついた手枷を見つめ合ったり、幼子を背に庇って女が男と対峙したりと、目と耳が不自由な彼の記憶が、まさにフラッシュバックしているらしい。
最後に舞台が明るくなると、大人になった、今の彼が、四つん這いになって「うがあ、ぐがうああ、ぎゃがああ、ああ・・・!」と拷問でもされているように、おどろおどろしく呻き、頭を掻きむしった。
狂人のような、取り乱しぶりだったが、ふと呻きを飲んだなら、何事もなかったように、機敏に立ち上がる。
手探りで机に行きついて、引きだしから、フォークを取りだし、ポケットに入れ、ステッキを振りながら歩いていく。
袖の手前で、先の新入りのほうの職員とすれ違いそうになり、服の袖を掴んだ。
職員は驚きつつも、足を止めて、彼が掌に文字を書くのを見守る。
書き終わったなら「え?甲田さん?」と聞き返し、はっとした顔をし、彼の手を取り「甲田さんなら、休憩所にいます」と発声する共に掌に書きつける。
「休憩所に連れていきましょうか?」とつづけたが、「大、丈夫です?ありがとうございます?」と返したらしく、お辞儀をして袖に引っ込んだ。
「休憩所には、よく行くのかな?」と首を傾げた職員は「あ、急がなきゃ」と反対側の袖に走っていき、舞台は暗転。
少しして、明るくなった舞台には、ポロシャツ姿の職員の中年女性が、テーブルについて書き物をしていた。
開けっ放しの扉の前に、彼がきて、鼻を引くつかせる。
小刻みに揺らす顔を方々に向けて、どうも、辺りに気配がないか、探っているよう。
一通り探ったなら、ステッキで扉をかるく叩く。
振りかえった甲田さんは、「あら、和樹くん」と立ち上がり、「ちょうど、美味しいお饅頭があるのよ」と部屋に誘おうとしてか、腕を取ろうとした。
そのときだった。
突っ立ていた彼が、何のモーションもなく、喚きも叫びを上げず、無言で無表情で、フォークで甲田さん首を刺したのだ。
目を見開いた甲田さんは、首にフォークを刺したまま、声もなく倒れていく。
手を掲げて、しばし佇んでいた彼は、そのうち戸惑ったように顔を振りだし、しゃがみこんで、甲田さんの顔に手を這わせた。
手がフォークに当たったところで、肩を跳ねて、慌てたように引っこ抜く。
とたんに、舞台に赤い明かりが点滅する。
血が噴きだしたのだろう。
血のしぶきを遮るように、腕をかざしつつ、フォークをポケットにしまい、片手を首にやって、血の出所を塞ごうとした。
赤い明かりの点滅が弱まってきたころ、開けっ放しの扉に「どうしたの?」と職員が顔を覗かせて、その惨状を目の当たりにし、「な、な、え」と後ずさった。
「だ、誰か・・・!」と袖のほうに走っていったところで、赤い明かりの点滅がやみ、舞台は暗転。
暗い舞台に、小さく聞こえるパトカーのサイレンが近づいてくる。
サイレンがやんで、車のドアが閉まる音がしたなら、薄暗く舞台が浮かび上がり、赤く点滅しているのは、パトカーの赤色灯だろう。
舞台の中央には、椅子に座る彼と、その手を取って、寄り添う職員。向かいには、警察官とスーツ姿の、おそらく刑事。
「君が殺したのか?」と刑事が問えば、顔を強張らせた職員が、彼の掌に書きつけ、その返答は「殺していません。液体が噴きだしたのを止めようとしました」と。
質問を重ねようとしたところで、職員がきっと睨みつけて口を挟む。
「彼は目も耳も聞こえないのです。
それに、甲田さんは、彼を亡くなった子供に似ているといって、とても目をかけていました。
色々と噂があって、施設で浮いていた彼にとって甲田さんは、かけがえのない大切な人だったんです。
そんな人を殺すはずがありません。
それに彼は、これまで施設で暴力沙汰の問題を起こしたことがないですし、職員や他の施設入居者と揉めたこともありません。
礼儀正しく、大人しい人が、こんなこと・・・・」
「まあ、凶器のフォークを持っていませんでしたしね」と警察官が告げたのに、「いや、彼は、一旦、現場を離れたのだろ。だったら、そのときに」と刑事が返そうとしたところで、「失礼」と声がかかった。
「おたくは?」と聞けば、「和樹くんのお父上から、依頼を受けた弁護士です」と。
一旦、暗転したなら、また幾度もフラッシュがたかれるように、舞台が白く瞬き、刑事と弁護士、もう一人のスーツ姿の人間が揉めているさまが、発光する合間に見えては消える。
「警察には障害者への理解と配慮が足らないかと」「違う!障害者だろうと、なかろうと関係ない!」「分かってくれ!敵に回すと厄介なのだ!」「くそ!こんなの間違っている!」と途切れ途切れ聞こえる台詞からして、彼の父親が隠ぺいを図って、警察に圧力をかけたらしい。
先の職員の会話で「父親についてはトップシークレット」「想像つかないくらい、偉い人」なのは本当らしく、舞台が明るくなると、机について腕を組む、おそらく上司に「分かりました」と現場にいた刑事は歯軋りするように告げた。
だけでなく「せめて」と付け加えた。
「失礼にも、犯人扱いしてしまった彼に謝らせてくれませんか。直接」
「変な気を起こすつもりはないな?」と聞いたのに「必ず、職員の人に付き添ってもらいます」と応じる。
吊り上がった目も、握りしめた拳からも、謝罪を望むような、しおらしさが伝わってこなかったが、スマホで電話をした上司は、「はい」「はい」「ありがとうございます」と返してから、「いいだろう」というように目配せをした。
と、同時に暗転。
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