セーラー服を着させないで

ルルオカ

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俺が生まれたときから父親はセーラー服を着ている。

言い間違いではない。

俺が生まれたときから父親はセーラー服を着ている。




父親がセーラー服に目覚めたのは、高校生のころだったという。

中学は男女ともブレザーで、高校に入ってから男子が学ラン、女子がセーラー服の指定になった。

それまで、セーラー服にお目にかからなかったわけでない父親だが、校内や教室内でセーラー服と接するのは、また違ったようで、雷に打たれたような衝撃を受けたのだとか、なんだとか。

父親が語るには、セーラー服ほど型破りで、歪なような均整がとれているような、得も言われぬ趣がある造形美を成しているものはないという。
性的にそそられるというわけではない(と思う)。

瞬く間に、(凡人には理解しがたい崇高な)デザイン性に惚れこんだ父親は、入学して一週間後には、セーラー服で登校してきて、校門で捕まった。

ただ、カミングアウト済みの外国人の英語教師がいるような、お堅い学校でなく、校長の頭も禿げていたが、固くはなかったので、交渉の末、セーラー服の登校の許可を得ることができた(その後、申しでれば、他の男子生徒もセーラー服、女子生徒が学ランも着れるようになったとはいえ、誰も手を上げなかったらしい)。

別に、父親は女になりたくはなかったので、セーラー服に合わせて、かつらをかぶったり、化粧をしたり、すね毛を剃ることなく、前のまま、顔つきも体つきも言葉遣いもふるまいも、男らしくしていた。

学ランからセーラ服に着替えただけで、ほぼ変わりがなかったせいか、一見して、人はぎょっとしつつも、接してみて、拍子抜けすることが多かったようだ。

触らぬ神に祟りなしとばかり、多少、避けながらも、からかう、茶化す、侮蔑する、罵るなど、心ない野次を浴びせてはこなかった。
そうして、なんだかんだ、学校や近所の人は、惰性的に受け入れていったらしい。

案外、周りが拒否反応を示さなかったのは、父親の洋裁の腕前が、「男が裁縫なんて」と冷やかせないレベルに達していたからも、あるのだろう。

セーラー服に心酔した父親は、自ら着たり、世にあるセーラー服を探しだし、コレクションするだけに飽き足らず、セーラー服をモチーフにして、デザインしたものを洋裁しだした。

といって、もともと洋裁好きだったわけでなく、高校に上がるまで、ミシンも、縫い針も、使ったことがなかった。
という、至って平均的男子の未経験者からのスタートで、高校校一年の冬には、世界的なデザインコンテストにて、最優秀を獲得。

奇跡的超絶成長躍進ぶりを見せつけられたからには、そりゃあ、「男がセーラー服なんて」と迂闊に、笑えないというもの。

セーラー服姿の男子高生だろうと、「世界的なデザインコンテストで最優秀賞に輝いた」と箔がついたとなれば、短髪に化粧もせず、すね毛が生えた足を晒して、がに股で闊歩する父親に、後ろ指を差す人はいなくなった(水鉄砲を掲げ追いかける子供や、狂ったように吠える犬を除いてだが)。

世界的活躍が望める、若きデザイナーの卵として、期待されていただけではない。

性差で悩む人々の希望の星なんて、芸術分野以外の政治臭がぷんぷんする大人らに、仰々しく祭りあげられようともした。

世界的なデザインコンテストで評価されたことにしろ、天狗になるどころか、「自分の身の丈に合っていない」と臆していた父親だ。

ただでさえ、「さあ世界に羽ばたけ、デザイナーの卵よ!」と有望視されるのが重荷なのに、ジェンダーレスの象徴にされては、堪ったものではなかったという。

なにせ、父親は恵まれたほうで、周りから無理のない理解を得ており、さほど性差について、頭を悩ませ、心を病ませてはいなかったし。
ジェンダーレスを訴えるために、セーラー服を着ているわけでもなかったから。

「俺はオネエでも、ゲイでもないから背負えない!」ととうとう耐えきれなくなて、俺の母親、父親にとっては幼馴染の彼女と駆け落ちして、渡米。

新天地を求めてのことだが、そう事はうまく運ばなかった。

世界的なデザインコンテストで最優秀賞をとったといっても、数えきれない有名無名デザイナーがひしめき合うアメリカでは、父親は変わったデザインのスカートをはく、アジア人でしかなく、はじめはデザイナーの下働きをして、貧乏生活をしていたらしい。

もちろん、毎日セーラー服で出勤していたが、会社の人は、性差を是正するシンボルのように見ることなく「ユニークだね」と挨拶代わりに口にし、愛想笑いするくらいだったとか。

アメリカにセーラー服がないせいもあったのだろうが、おかげで、父親は片肘張らずに、セーラー服姿のまま、修行に励めたという。

渡米して三年間、デザイナーの下働きをつづけ、変わり映えのない貧乏生活を送っていたところ、チャンスが訪れた。

デザイナーの知り合いが、セーラー服姿の父親を目にして「いいね。今度の映画、そういうデザインの衣装が欲しいんだよ」と依頼をしてきた。

父親は相手について、よく知らないまま、要望通りにセーラー服をモチーフにした衣装を制作、提供。
で、蓋を開けてみれば、相手は映画の巨匠だったわけで。

そんな人の作品の衣装を手がけたとなったら、そりゃあ、一躍、父親の名は高まった。

だけ、ではなく、作品はアカデミー賞のいくつもの部門にノミネートされ、お見事、衣装デザイン賞も獲得。

作品には、五人くらいのデザイナーが衣装提供をしていたから、父親だけの手柄というわけではなかったが、日本では、「セーラー服を着た日本男児がアカデミー賞で快挙!」と褒めているのだか、馬鹿にしているのだか、とにかく、上へ下への大騒ぎのように報道された。

日本での、よいやよいやの報道ぶりに、高校のころ、神輿に担がれそうになったトラウマが甦り、むしろ、父親の思いは帰国から遠のいた。

毎日、肌身離さず(寝るときは下にジャージのズボンをはく)セーラー服を身につけている割には、石橋を叩いて渡るタイプな父親は、アカデミー賞を経て名が売れても、「まだ修行が足らないから」と独立しないで、デザイナーの元にいながら、依頼をこなしたり、個展を開いたり、こつこつと活動をしていった。

渡米してから十年、やっと修行期間を終わらせたのと、ほぼ同時に母親が身籠ることに。

経験を積み実績を残し、一人前になれたと、胸を張れるようになったし、セーラー服発祥の地で、子供を育てたいとの思いがあって、満を持して両親は帰国をした。




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