2 / 21
二
しおりを挟むジェンダーレス教に歓迎されるのを覚悟していたものの、寄り添う母親と、そのお腹を見た教団は、「あれ?」と首を傾げて口を閉ざし、以来、寄ってこなくなった。
アカデミー賞騒ぎがあってから七年経っていては、忘れた人も多かったのだろう。
デザインやアート系の雑誌の記者が、十人も満たず、駆けつけたほどで、他のマスコミ関係者は見当たらなかったという。
移り気な庶民が、清純派女優の不倫報道に、ちょうどお熱になっていて、タイミングもよかったらしい。
デザイナー仲間や仕事でつきあいのある人、高校時代の友人らが、手を貸してくれたおかげで、プライバシーの侵害に怯えないでいい環境で、日本での生活をはじめることができた。
住んだのは、父親の実家近くの借家。
近所の人は、かつて、セーラー服姿で登校する男子高生を、よく目にしていたから、耐性があるのか、今更、白い目で見てくることはなかった。
父親と、幼い俺が手をつないで歩いていても、「へ、変態が!」と通報しないで、「あら、散歩?いいわね」と愛想よく声をかけてくれた。
俺が生まれたときから、父親はセーラー服を着ていた。そのことを、憐れむでなく、蔑むでもない、寛容な人に囲まれ、日常を過ごせていたのだから、俺は果報者だっただろう。
また、自分でいうのもあれだが、両親ができた人となれば、より恵まれていたと思う。
父親はセーラー服姿でいても、父親らしかった。
家でも、これといって女言葉を口にしたり、女性らしい仕草をするでもなく、家事は母親にほぼ任せていて、テレビの前で(もちろんスカートで)胡坐をかき、すね毛の生えた足をぼりぼりと掻いている。
度が過ぎた悪ふざけやいたずらを俺がしたときは拳骨を落とすし、母親に叱られて落ち込んでいたら、散歩に連れていって、駄菓子を買ってくれたりした。
何より、セーラー服をはじめ、女ものを着せようとしたり、そういう系統のデザインに興味を持たせようと、仕向けてこない。
家庭に仕事は持ちこまないタイプで、仕事関係の映像、画像作品を見せようとせず、インタビューを受けた雑誌なども、家に置いていなかった。
俺が野球をしたがれば、率先して送り迎えをし、お弁当一式とカメラを持って、勇んで応援しにきてくれる(当然、セーラー服で。はじめは保護者がざわついたが、監督がこれまた、父親の高校時代の友人だったから、受け入れてくれた。周りもそのうち、父親がくるときは、試合に勝てることが多いと、囁くようになり、最終的には、勝利の女神と、崇めるまでになった)。
高校生で目覚めてから、一日も欠かさずに身につけるほど、セーラー服を愛しているが、父親は平凡も愛していた。
専業主婦の母親もまた、平凡を愛していた。
なんなら、町中をセーラー服姿で、風を切って歩く父親よりも、肝っ玉が据わっているかもしれない。
なにせ、幼馴染が高校生になって、ある日突然、セーラー服姿で登校するようになっても、むしろ、その後から交際しだしたというし。
高校卒業を待たずして、セーラー服姿の父親が差しだした手を取り、渡米したのだから。
この字面を見るだけでも、パンチが効いている。
別に、学ランを着ているわけでなし、見た目は変哲ない母親だが、セーラー服姿の父親に劣らず、眉をひそめられることが多い。
「あんな旦那と家庭を作るなんて、この人も変態に違いない」と。
無礼な口を叩いてくる奴もいたとはいえ、どこ吹く風で、母親は菩薩のような微笑みでもって、悉くあしらってきた。
たとえば、インタビューで「あの旦那さんと、よく子作りできましたね」なんて聞かれたら、「ふふ、私が生ませたようなものですよ」とおっとりと笑う(記者はぎこちなく笑い返す)。
父親を変態呼ばわりされ、かっとなった俺が、相手を怪我させたときには「たく、あんな父親だから子供もそうなのよ」と相手の親になじられ、「父親を侮辱されて、怒ってくれる子供でよかったです」と照れくさそうに笑う(相手の親はぐうの音もでない)。
三六五日セーラー服姿でいる父親に比べ、いってみれば無個性で、まっとうな母親だが、今の時代、逆にここまで専業主婦に徹する人もいないので、母親も母親で変わっているだろう。
じゃあ、俺は、というと、ありふれた年ごろの男子らしく、野球に汗水たらしている。
父親が年がら年中セーラー服姿で、時にスカートをはためかせて、パンツ(ブリーフ)を覗かせる家庭にあっても、女性化しなければ、反発して、やさぐれることもなかった。
いや、実のところ、野球を好き好んではやっていない。
野球に邁進しているのは、セーラー服に感化しそうなのを、食い止めるためだったりする。
父親を嫌いではない。
昔、アメリカで見いだされて、衣装を手がけた映画をはじめ、内緒で母親が見せてくれた作品、どれを見ても、かけがえのないデザイン性と、神がかった細やかな洋裁の技術に、感嘆せざるを得なかった。
世界を股にかけて仕事をする父親が誇らしかったし、家の大黒柱として頼りになると、慕ってもいた。
セーラー服姿の父親を、「気色悪い」だ「変質者」だの、罵ったこともない。
「家族の迷惑だ」と責めたこともない。
セーラー服に限らず、父親は父親が気に入ったものを着ればいいと、思っている。
が、俺はセーラー服を着たくない。
今も、そして将来的にも、セーラー服を着たいと、思いたくはない。
父親は仕事を家に持ち込まないタイプとはいえ、なんたって、俺は生まれたときから、ほぼ毎日、セーラー服姿を間近で見ているのだ。
感化したくなくても、意識して阻めることでは、ないのではないか。
いずれ父親と同じ道を、たどるのではないか。
と、人知れず思い悩み、これまで生きてきた。
ただ、念を押すが、俺は父親が嫌いでなく、セーラ服に人生を懸けているのを、阿呆らしいとも思わない。
父親がセーラー服を着てよくても、俺はよしたい、というだけ。
「NOセーラー服」の心がまえを貫くために、家以外では、セーラー服にまつわる人や事柄に、寄りつかないよう努めた。
スカートがちらつくのも、勘弁だったから、できるだけ女子と接しないで、女っ気のない趣味趣向に走りもした。
その一つが、野球というわけだ。
数あるスポーツで、野球を選んだのは、いまだ、坊主の強制性が根強いなど、旧態依然な体質をして、とことん古臭さと男臭さを、えづきそうなほど匂わせていたから。
時代の先を行くセーラー服姿の父親とは、真逆の位置づけに居られたし、基本、女子が泥臭さや汗臭さを煙たがり、「野球のルールって分かんない」と敬遠しがちなのも、俺には都合がよかった。
坊主になって監督絶対命令の下、精神論全開にオーバーワークして、「ダサイ」「クサイ」と女子に鼻つまみ者にされて上等だ。
ただ、「女子にモテないからって、なんだ!」と誰よりも意気込みがあっても、腕は上達しないで、万年補欠でいた。
手を抜いてはいなかったが、動機が不純なせいだろう。
まあ、純粋無垢な野球少年を差しおいて、試合に出場しては罰当たりだし、「くさらずに、皆に声援を送って、チームをサポートしているから偉い」と監督は褒めてくれたし、両親は補欠だろうとかまわず、はしゃいで応援していたから、万年補欠の称号を授けられても、不名誉とは思わなかった。
0
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【完結】 同棲
蔵屋
BL
どのくらい時間が経ったんだろう
明るい日差しの眩しさで目覚めた。大輝は
翔の部屋でかなり眠っていたようだ。
翔は大輝に言った。
「ねぇ、考えて欲しいことがあるんだ。」
「なんだい?」
「一緒に生活しない!」
二人は一緒に生活することが出来る
のか?
『同棲』、そんな二人の物語を
お楽しみ下さい。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる