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十二
しおりを挟む広げた参考書の内容が、すこしも頭に入ってこないで、髪を掻きむしり、ため息を吐いた。
ふ、と息の漏れる音がして、振りかえれば、机に向かう友人が、口元に手を当て「この部屋、二酸化炭素で充満しそうだな」と苦笑した。
「悪い」とあまり、悪びれずに謝った傍からため息を吐く。
こう陰気臭く、ため息を吐かれてばかりいては、テスト勉強の妨げになるだろうに、「窒息させる気か」と笑い交じりに友人がツッコんでくれるのが、ありがたくあり、申し訳なくあり「ほんと悪い」とあらためて口にした。
「泊めてくれたのも、急なことで」
「うちには母さんしかいないし、帰ってくるのが遅くて、お前をろくに、もてなすことができないしさ、かまやしない。
それに、あのとき、止められなかったし」
「いやいや、それこそ、かまやしないだろ」と謝ったはずが、謝り返されたようなのに、慌てて手を振ってみせる。
彼は野球部員でクラスメイトであり、とくに馬が合う友人だった。
部員の半数は彼女持ちというサッカー部を呪い殺さんばかりに、睨みつける野球部員と共にいて、俺と同じく、迷子になったように、おろおろしていることが多い。
友人も異性関連と距離をとりたいらしく、その感覚の塩梅が、俺と似通っていた。
「別に、周りが青春を謳歌しててもいい」「ただ、こちらのことは、そっとしておいてほしい」との俺のややこしい心境を、友人は分かってくれていると思う。
ともなれば、休み時間教室退散同志なら尚のこと、寝込みを襲われたとき、止めてくれそうなところ。
あのとき、何があったのか。
友人は申し訳なさそうにしつつ、明言を避けつづけている。
言い訳をしたくないのかもしれないが、怒髪天になりながらも、俺は見た気がするのだ。
友人が羽交い絞めされているのを。
そうやって人を押さえつけてまで、睡眠中の人間にアダルトビデオの音声を聞かせるなんて、愚にもつかないイタズラを決行した阿呆どもに対し、助けられなかったとして、いや、助けようとしなかったとしても、しかたないことだ。
俺だって、そんな正気でない阿呆に、太刀打ちできると思えない。
友人が気に病んでいても、俺は責めたくなかったし、そもそも、責められる立場にもなかった。
イタズラをしかけられた被害者でありつつ、年ごろの男子らしからぬ失態を晒してしまったのだから。
「ていうか、俺が拒否反応しすぎなんだよな。
お前も、さすがに引いたんじゃないか?」
「ああ、起き抜けに『やめろ!』って叫んだのをか?」
割と俺は、おずおずと切りだしたのだが、友人はあっけらかんとしたもので「まあ、俺には、そう叫びたくなる思い、分からないでもないし」とも告げた。
「え?」と前のめって、顔を覗きこむと、「本当なら、泊まる前に、言っておけばよかったのかもな」とやや視線をずらす。
「俺、男が好きなんだよ」
え?と今度は、口を開けたまま、声をあげられなかった。
なんと声をかけたらいいのか、どう反応したらいいのかと、惑っているうちに、「あ、これ、秘密にしてな」と断わってから、まくしたててきた。
「だからって、皆に知ってもらいたい、分かってもらいたいとは思わないんだよ。
同性愛にも市民権を、なんて周りに理解を求めて、訴えるつもりもない。
ばれない以上、自分から打ち明けることはしないで、しれっとして暮らしていたい。
そうは望んでいるけど、たまに、耐えられないこともあるんだ。
男はどうしたって、異性について、話さずにはいられないだろ?
他愛のないものでもさ、『どのアイドルが好き?』とか『どの子がタイプ』とか聞かれるの、結構、きついんだよな。
これが、毎日となると」
語りが途切れたところで「分かるわあ」と思わず、腕を組んで肯いた。
共感したのもあるし、「だから、俺と似た感覚でいたのか」と腑に落ちたからもある。
うんうんと、しきりに肯くのが意外だったのか。
「お前こそ、引かないのか?」と訝しむように聞かれた。
「下心があって、お前を泊めたのかもしれないのに」
「下心があるのか」
「ないよ。
でも、そう言ったって、嘘かもしれないだろ」
「嘘?かもな。
人が腹ん中で、何を思っているかなんて、分かりやしない。
それでも、思うだけなら、タダなんだよ。
相手に『死ね』って思っても、危害を加えたり、殺したりしなきゃいいんだ。
これまで、お前に下心があったのかもしれないが、実際に、野球部の連中を困らせたりしていないだろ。
あらためて思い出してみたら、お前かなり、気を使っていたんだな。
どっちかっていうと、ボディタッチを避けるほうだったし、なにかと理由をつけて、皆がいないときに着替えていたし、合宿のときも、皆と風呂に入らなかったし」
どうしてか分からないが、むきになり、身を乗りだして力説する。
唾がとんでくるのを避けるように、椅子の背もたれに、もたれた友人は「お前はほんと、いい奴だな」とぽつりと、呟いた。
皮肉か嫌味かと思いきや、そうではなく。
「ぶっちゃけ、俺がお前だったら、男が好きになったのは、親父のせいだって思って、きっとぐれてた」
そういうことかと、肩の力が抜けたついでに、テーブルにうな垂れ、陰がかった参考書を見るともなく見ながら「いい奴なわけあるか」とこぼす。
「あいつに、あんな顔させておいて」とつづきは飲みこんで。
父親に忠告されたのに従い、ベランダ越しに顔を合わせて、まず、今回は隣家ではなく友人宅の世話になることを告げた。
義男が言葉もなく、瞬きもしないで見てきたのに、「お前が悪いんじゃない!」と脳裏にちらつくセーラー服を、消しとばすように叫んだもので。
「すべて俺の都合だ!
なのに、お前の気を揉ませるようなことをしたくないが、その、あ、頭を冷やす時間が欲しいんだ!
あの日のことは関係あるとはいえ、お前のせいじゃない。
俺の、俺が・・・!」
後はつづかないで、いくら声を張っても、アダルトビデオの残像が消せなくもあり、「すまん!」と部屋に取って返してしまった。
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