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ダーマの休日
①
しおりを挟む政治家になりたくてなったわけではない。
だって、業績のいい酒造メーカーの四代目という、安定したポストにいたのだから。
二代目が無茶苦茶な経営をしたことで、潰れかけた会社を立て直した、俺の親父である三代目はカリスマ社長として君臨。
会長になった今でも幅を利かせている。
立て直しに成功した会社を受け継いだ、息子の俺はといえば、父親ほど苦労せず無難な経営をして、業績悪化を招くことがなければ、目立った功績も挙げていなかった。
先代に比べたら、ぱっとしないとあって、パーティーや会合なんかでは相変わらず、親父が会社の顔として振るまっている。
その傍らに控えて、いささか口が滑りやすく喧嘩っ早い親父のフォローをするのが、俺の大半の仕事といっていい。
社長とは名ばかり「会長の秘書のようなものだ」と陰口を叩かれているけど、別に俺は気にしなかった。
もともと、個性がなく自己表現や自己実現をしたがるタイプでもなく、向上心や野心もない。
その分、決められた仕事や、与えられた役割をこなすのは性に合っていて、親父のお守には慣れてたし、お守役が苦でもなかったから、会長になって一線を退いても大きな顔をされるのは、むしろ望むところだった。
心の隅では「親父が死んだら、どうすればいいのだろう」と考えて、ひそかに不安を抱えていたのだけど。
カリスマ性があって豪胆な分、細かいことを気にしない親父だけど、やはり、俺や会社の将来を不安視したのだろう。
ある日、「お前は政治家になれ!」と突然、言ってきた。
理由としては、政治の世界とパイプを作るため。
日本酒の世界進出をさらに加速させるため、らしい。
政治に興味がなければ知識もなく、大体、あんな究極の権力争いをしている泥沼のような世界に、向上心ゼロの俺が勇んで行きたいと思うはずがない。
とは、面と向かって言えなかったので、どうやって親父を諦めさせるのに、言いくるめようと考えたのだけど、その暇を与えてくれないで「政治家になって、一旗揚げるまで帰ってくるな!」と言い渡された。
選挙に落ちれば、考え直してくれるだろうと思ったものの、勘当するようなことを言っておきながら、選挙戦に親父は全力支援をしてきた。
地元民で知らぬもののいない、酒造メーカ―、さらにCMでおなじみの名物会長が出張ってくるとなれば、負けるわけがない。
せめて「親の人気にあやかる、頼りない駄目息子」と見なされ反感を持たれたならよかったものを、蓋を開けてみれば、非常に残念ながら、圧勝だった。
というわけで、重い足取りで国会に向かったわけだけど、意外にイメージしていたほど、陰謀渦巻き、腐敗しきった場所ではなかった。
まあ、国会議員一年生なんて、なんの権力も発言力もないのだから、いわゆる、うまい話が転がり込んでくることなんて、普通にないのだろう。
あったとしても、うまい汁をすする暇なんかなく、勉強会や会合を渡り歩きつつ、押し付けられる雑用をこなすので精いっぱいだった。
テレビで放送していた国会中継で、議員が寝ているのを見て「楽な仕事だな」と思ったことがあるけど、とんでもない。
ある程度、偉くなれば、ああも暇になるのか。
それとも俺の要領が悪いのだろうか。
今日も今日とて、派遣された地方から戻ってきたところで「急用ができたから、代役で行って欲しい」と頼まれて、すぐにキマシアという国の首都ダーマへと飛ぶことになった。
ちなみに「急用ができた」と頼んできた先輩議員は、後でツイッターを見たら、テレビ初出演をしたと、嬉しそうに報告をしていたけど・・・。
国会議員になって三か月。休みも結局、資料や関連の本を読んだりで潰れて、平均睡眠四時間くらいで働き通しだったから、そりゃあ疲れ果てていた。
電車に揺られての二時間後に、飛行機に五時間も拘束される羽目になっては余計で、でも、全く知らない国キマシア、その首都ダーマの、基本情報くらいは頭に叩き込んでおかねばと、充血した目を資料に走られせたのだけど、気がつけば、失神するように寝てしまっていた。
そんなわけで、日本より規制が緩く商売が盛んだという首都ダーマの夜の町に、他の議員が繰りだしたのを見送ってから、ホテルにこもって、資料と睨めっこする羽目になった。
ストレスが溜まっていることもあって思いっきり一発抜きたくなくはなかったものを、しかたない。
まあ、外国の公の場で恥をかいたり、万が一捕まるようなことになったら、他の議員や党に迷惑がかかることになるし。
そう、治安がいいという定評がありつつ、まだまだ発展途上のこの地で、国会議員が夜の町を迂闊にうろついていいものなのかと思う。
行けなかった悔しさもあって、そんなことを考えていたら、ドアがノックされた。
ちょうど、外国の危険性について考えていたところだったから、ベッドから跳びあがりそうになって、無視しようかとも思ったけど、今度は強めにノックをされる。
おそらく、こちらが部屋にいることを分かっていて、顔を出すまでノックするつもりなのだろう。
と、察せられて、緊張して身構えつつ、ドアのほうに向かった。
が、やはり発展途上国とあって、一応、高級ホテルのほうだというに覗き穴がない。
辛うじてチェーンがあったから、それをかけて薄くドアを開けた。
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