5 / 12
第5話 封じた熱
しおりを挟む
「レオン、お待たせ」
声をかけると、鍛冶屋の前にいた彼が顔を上げた。
腕を組んだまま、こちらを一度だけ見て、視線を外す。
「思ったより早かったな」
「歩き回ってたわけじゃないから」
それ以上、何も聞かれない。
懐にしまった革袋の存在に気づいているのかいないのか、レオンは普段と変わらない顔だった。
「帰ろっか」
「そうだな」
並んで町を出る。
石畳が土の道に変わり、建物の数が減っていくにつれて、音も少しずつ静かになっていった。
しばらくは、言葉がなかった。
足音と、風が草を揺らす音だけが続く。
「仕立て屋、どうだった」
不意にレオンが口を開く。
「裾、ちゃんと直った」
「ならよかった」
それだけで会話は途切れる。
無理に続けようとしないのが、彼らしかった。
村の入り口が見えてきたころ、夕方の光が低く差し込む。
畑の向こうから、人を呼ぶ声が聞こえてきた。
家に戻るよう促す、夕方の声だ。
レオンが一瞬だけ、こちらを見る。
何か言いたげにも見えたけれど、結局そのまま前を向いた。
「……今日、町で変なことなかったか」
「変なこと?」
「いや。なんでもない」
そう言って、彼は話を切った。
私はその横顔を見ながら、胸の内で小さく息を吐く。
並んで歩く帰り道。
何も変わらない景色。
何も起きていない一日。
それでも、懐の中の重さだけが、確かに違っていた。
村の家々が近付き、いつもの生活が戻ってくる。
この道を、これからも一緒に歩いていく。
そう信じていた。
家の前まで戻ると、空はもう夕暮れの色に染まり始めていた。
土壁に落ちる影が長く伸びて、昼とは違う静けさがある。
私は足を止めて、レオンのほうを向く。
「今日は本当、ありがとうね」
何気ない礼のつもりだったのに、言葉にした瞬間、少しだけ胸が詰まった。
レオンは一瞬、視線を逸らしてから肩をすくめる。
「別に。用事のついでだ」
いつもの言い方。
でも、立ち去ろうとしない。
私は懐に手を入れて、革袋を取り出した。
「あとさ、これ……レオン、もうすぐ誕生日でしょ?」
袋を差し出すと、彼の動きが止まった。
受け取らずに、私の手と袋を交互に見る。
「……覚えてたのか」
「忘れるわけないでしょ」
一拍置いて、レオンが袋を受け取る。
指先が触れたのは一瞬だけだった。
レオンは何も言わず、視線を落とす。
耳のあたりがわずかに赤くなり、指先で袋を握り直すのが見えた。
それで十分だと思えて、胸の奥で同じ熱が揺れ、私はそっと視線を外した。
「レオンに似合うと思って……」
そう言ってから、少しだけ迷って、続ける。
「この琥珀色の石、レオンの瞳の色とそっくりでしょ?」
言いながら、無意識に彼の目を覗き込んでいた。
暗い金色が、夕暮れの光を反射して揺れる。
レオンは、はっきりと息を止めた。
ほんの一瞬。
でも、確かに。
「……似てる、か?」
低い声。
冗談に逃げる余地を探しているみたいな間。
「この石はね、大切な時間を閉じ込めるって言われてるんだって」
照れ隠しみたいに、少し笑って付け足す。
言い終えたあと、視線を外した。
沈黙が落ちる。
レオンは袋の口を開け、琥珀をそっと取り出した。
光にかざすでもなく、ただ手のひらに載せて見つめている。
「……高かっただろ」
「まあ、それなりに」
「無理はするなって、いつも言ってるだろ」
責める調子じゃない。
むしろ、困ったような声だった。
「でも、私がレオンに贈りたかったの」
そう答えると、彼は何も言わなくなった。
喉が小さく動いて、言葉を飲み込んだのがわかる。
しばらくして、レオンは琥珀を革袋に戻し、胸元にしまった。
「……大事にする」
短い言葉。
でも、いつもより少しだけ重かった。
目が合う。
その瞬間、彼が何か言いかけて――やめたのがわかった。
「じゃあ、また明日な」
そう言って、彼は一歩下がる。
「うん。おやすみ」
背を向けて歩き出すレオンの後ろ姿を、私はしばらく見送っていた。
このときはまだ、
この小さな贈り物が、
あとで何度も思い返す“時間”になるなんて、知らなかった。
声をかけると、鍛冶屋の前にいた彼が顔を上げた。
腕を組んだまま、こちらを一度だけ見て、視線を外す。
「思ったより早かったな」
「歩き回ってたわけじゃないから」
それ以上、何も聞かれない。
懐にしまった革袋の存在に気づいているのかいないのか、レオンは普段と変わらない顔だった。
「帰ろっか」
「そうだな」
並んで町を出る。
石畳が土の道に変わり、建物の数が減っていくにつれて、音も少しずつ静かになっていった。
しばらくは、言葉がなかった。
足音と、風が草を揺らす音だけが続く。
「仕立て屋、どうだった」
不意にレオンが口を開く。
「裾、ちゃんと直った」
「ならよかった」
それだけで会話は途切れる。
無理に続けようとしないのが、彼らしかった。
村の入り口が見えてきたころ、夕方の光が低く差し込む。
畑の向こうから、人を呼ぶ声が聞こえてきた。
家に戻るよう促す、夕方の声だ。
レオンが一瞬だけ、こちらを見る。
何か言いたげにも見えたけれど、結局そのまま前を向いた。
「……今日、町で変なことなかったか」
「変なこと?」
「いや。なんでもない」
そう言って、彼は話を切った。
私はその横顔を見ながら、胸の内で小さく息を吐く。
並んで歩く帰り道。
何も変わらない景色。
何も起きていない一日。
それでも、懐の中の重さだけが、確かに違っていた。
村の家々が近付き、いつもの生活が戻ってくる。
この道を、これからも一緒に歩いていく。
そう信じていた。
家の前まで戻ると、空はもう夕暮れの色に染まり始めていた。
土壁に落ちる影が長く伸びて、昼とは違う静けさがある。
私は足を止めて、レオンのほうを向く。
「今日は本当、ありがとうね」
何気ない礼のつもりだったのに、言葉にした瞬間、少しだけ胸が詰まった。
レオンは一瞬、視線を逸らしてから肩をすくめる。
「別に。用事のついでだ」
いつもの言い方。
でも、立ち去ろうとしない。
私は懐に手を入れて、革袋を取り出した。
「あとさ、これ……レオン、もうすぐ誕生日でしょ?」
袋を差し出すと、彼の動きが止まった。
受け取らずに、私の手と袋を交互に見る。
「……覚えてたのか」
「忘れるわけないでしょ」
一拍置いて、レオンが袋を受け取る。
指先が触れたのは一瞬だけだった。
レオンは何も言わず、視線を落とす。
耳のあたりがわずかに赤くなり、指先で袋を握り直すのが見えた。
それで十分だと思えて、胸の奥で同じ熱が揺れ、私はそっと視線を外した。
「レオンに似合うと思って……」
そう言ってから、少しだけ迷って、続ける。
「この琥珀色の石、レオンの瞳の色とそっくりでしょ?」
言いながら、無意識に彼の目を覗き込んでいた。
暗い金色が、夕暮れの光を反射して揺れる。
レオンは、はっきりと息を止めた。
ほんの一瞬。
でも、確かに。
「……似てる、か?」
低い声。
冗談に逃げる余地を探しているみたいな間。
「この石はね、大切な時間を閉じ込めるって言われてるんだって」
照れ隠しみたいに、少し笑って付け足す。
言い終えたあと、視線を外した。
沈黙が落ちる。
レオンは袋の口を開け、琥珀をそっと取り出した。
光にかざすでもなく、ただ手のひらに載せて見つめている。
「……高かっただろ」
「まあ、それなりに」
「無理はするなって、いつも言ってるだろ」
責める調子じゃない。
むしろ、困ったような声だった。
「でも、私がレオンに贈りたかったの」
そう答えると、彼は何も言わなくなった。
喉が小さく動いて、言葉を飲み込んだのがわかる。
しばらくして、レオンは琥珀を革袋に戻し、胸元にしまった。
「……大事にする」
短い言葉。
でも、いつもより少しだけ重かった。
目が合う。
その瞬間、彼が何か言いかけて――やめたのがわかった。
「じゃあ、また明日な」
そう言って、彼は一歩下がる。
「うん。おやすみ」
背を向けて歩き出すレオンの後ろ姿を、私はしばらく見送っていた。
このときはまだ、
この小さな贈り物が、
あとで何度も思い返す“時間”になるなんて、知らなかった。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
「ご褒美ください」とわんこ系義弟が離れない
橋本彩里(Ayari)
恋愛
六歳の時に伯爵家の養子として引き取られたイーサンは、年頃になっても一つ上の義理の姉のミラが大好きだとじゃれてくる。
そんななか、投資に失敗した父の借金の代わりにとミラに見合いの話が浮上し、義姉が大好きなわんこ系義弟が「ご褒美ください」と迫ってきて……。
1~2万文字の短編予定→中編に変更します。
いつもながらの溺愛執着ものです。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
伝える前に振られてしまった私の恋
喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
第二部:ジュディスの恋
王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。
周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。
「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」
誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。
第三章:王太子の想い
友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。
ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。
すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。
コベット国のふたりの王子たちの恋模様
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる