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大蛇
四
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少年は、その身の半分もの大きさの太刀をぐるんと構えなおすと、庄右衛門が止める間もなく大蛇に斬りかかる。
闇の中で鈍く翡翠色に輝く刀身が閃いた瞬間、大蛇は声にならない悲鳴と共に、一刀両断になった。
それだけでは足りないと言わんばかりに、少年は刀の峰を手甲で器用に持ち上げ、体ごと刀を大きく回転させて下から上へ斜めに切り上げた。そこから足の勢いをそのままに、大蛇を斬りつけながら駆け巡る。
大蛇は成す術もなく大量に血を吹き、綺麗に輪切りになってその場に崩れてしまった。
「…!」
庄右衛門の顔が思わず引き攣る。
あんなに細身の少年が、大きな太刀で大蛇を仕留めてしまうとは。
オマケに、目で追うのが困難なほど足が速い。見事な剣捌きだ。
大蛇の緑色の血に濡れつつも、少年は無傷だった。
刀に付いた血をヒュルンとふるい落とす厳しい横顔が、昼間と違った別の美しさを持っている。
ふと庄右衛門と目が合うと、鋭い目が柔らかさを帯び、人懐っこく笑いかけてきた。
「間に合ってよかった。怪我は無い?」
「あ、ああ……」
庄右衛門は戸惑いつつも、やっと胸を撫で下ろした。
「……助かったぞ。もうダメかと思った」
「あっ、」
なんだ?と庄右衛門が見下ろすと、少年は申し訳なさそうな顔をした。
「いや、その……、そいつ、まだ死んでなくて……。だからまだ終わってないというか、助かってないっていうか……」
振り返ると、大蛇は輪切りにされているので動けないのだが、まだあのしゅーっという息も聞こえるし、少し見える内臓はドクン、ドクン、と動いている。
庄右衛門は絶句した。
「なんだそりゃあ⁉︎こんなになってもまだ生きてるのか⁉︎
お前でもこれ以上どうにも出来ないってのか⁉︎」
少年の肩を掴んで揺さぶると、少年は困り果てている。
「わ、私が持っているこの刀は、本当はちゃんと退魔できるみたいなんだけど、
なんか、えーっと、私が未熟なのかな?力を引き出し切れてないみたいで、今この状態が限界なんだ……!」
「んな中途半端なことがあってたまるか!じゃああの大蛇はどうなっちまうんだ⁉︎」
「死なないね……。
明日の夜には元の姿にまで回復しちゃうかも」
庄右衛門は足元が崩れていくような感覚に陥った。せっかく助かったと思ったのに、結局はまだ何も解決はしていないのだ。
「……」
絶望感で頭が痺れながら、ボンヤリと大蛇を見た。
すると、いつも逃げたり隠れたりするのに必死で、見ることが出来なかった尻尾が見えた。
蛇は全身が紫色で、腹にかけて黄色がかっている。
ところが、尾になるにつれて黒くなっていき、先端にいくと漆黒だ。
いくつもの棘が螺旋状に生えていて、その一つ一つの先端からも、厄介な毒がポタポタと垂れている。
(毒を飛ばす時は、尻尾から大量に出していたんだな)
「あの、私が退魔できるわけじゃないけど……」
少年が声をかけた。
「庄右衛門ならできるかもしれないよ」
「あ?何でだよ。俺にはそんな大層な力も、道具もねえよ」
庄右衛門がイライラしながら言うと、少年が続ける。
「私は数日、そこの大蛇の気配を辿っていたんだけど、その気配が段々薄まって弱くなっていくのを感じたんだ。
何でだろう、と思ってたら、昼間、庄右衛門殿の大蛇の絵を見た時、気付いたんだ。
庄右衛門殿の描いた人ならざるものの絵の中に、大蛇の力が閉じ込められてるようだって。」
少年が絵を見てみるように促した。
「もしかしたら、絵を完成させたら退魔できるのかもしれない」
言っていることがほとんどわからないが、少年の方が自分より化け物については詳しいようなので、半ばヤケクソ気味に庄右衛門は腰袋から筆、墨、描きかけの大蛇の紙を取り出す。
よく見ると、少年の言う通り、うっすらと色が着いている。そして色が着いている所はどうやら大蛇の消えかかっている箇所と同じようだと気づいた。
まさか、と思いつつ、庄右衛門は確認が出来なかった大蛇の尻尾をよく見て、さらさらと描き止めた。
少年は描き終わるのを静かに待っていた。
やがて庄右衛門が筆を止めると、不思議なことが起きた。
突然、大蛇の体が光り始めたのだ。
最初はボンヤリと光っていたが、だんだんとそこに翡翠色と金色の光が混じり、大蛇の体の輪郭が溶け始め、一際強く輝いた。
次の瞬間、蛍のような無数の光の粒になり、庄右衛門の大蛇の絵にザラーッと勢いよく吸い込まれた。
あまりの輝きに思わず目を瞑ってしまったが、庄右衛門が目を瞬いて良く見ると、墨で描いた大蛇に光が吸い込まれた後は、鱗の色が細かく生々しく着色されていた。
「なんだ、これは…⁉︎」
何が起こったのだろう?と呆気に取られていると、横にいた少年が突然歓声を上げた。
「やった!すごいよ、庄右衛門殿!やっぱり封印の術が使えるんだね⁉︎」
「封印だぁ⁉︎知らん知らん‼︎使ったことない‼︎」
庄右衛門が慌てて否定すると、
「だってあの大蛇の気配が、この紙からしっかりしてるよ!
今見てたでしょう?私の刀の力と、庄右衛門の……筆?墨?の力が光になって、大蛇を封じ込めたんだよ!」
と興奮気味に捲し立ててきた。
庄右衛門は、あり得ない、と呟いて、筆を見た。何の変哲もない絵筆……どうして突然、そんなことができるようになったんだ?
少年は刀を白い鞘に納めながら、きらきらとした目で庄右衛門を見つめた。
「庄右衛門殿、まだ名乗ってなかったね。私の名前は閏間雪丸。
こうして人ならざる存在を退治しようと旅をしているんだ」
「そうかい」
庄右衛門がまだ信じられない思いで絵を見つめながら適当に返事をすると、少年・雪丸が視線の先に回り込んだ。
「庄右衛門殿、あんたの絵の力を貸してくれないか?二人でなら完全に退魔することができる……人ならざるものたちを蹴散らして行こう!」
白い指が、庄右衛門のゴツゴツとした手をギュッと握った。
キメ細かい頬が染まり、切長の美しい目がジッと熱心に見つめてくる。
庄右衛門はその目をまじまじと見つめ返していたが、やがて口を開いた。
「絶対嫌だ」
闇の中で鈍く翡翠色に輝く刀身が閃いた瞬間、大蛇は声にならない悲鳴と共に、一刀両断になった。
それだけでは足りないと言わんばかりに、少年は刀の峰を手甲で器用に持ち上げ、体ごと刀を大きく回転させて下から上へ斜めに切り上げた。そこから足の勢いをそのままに、大蛇を斬りつけながら駆け巡る。
大蛇は成す術もなく大量に血を吹き、綺麗に輪切りになってその場に崩れてしまった。
「…!」
庄右衛門の顔が思わず引き攣る。
あんなに細身の少年が、大きな太刀で大蛇を仕留めてしまうとは。
オマケに、目で追うのが困難なほど足が速い。見事な剣捌きだ。
大蛇の緑色の血に濡れつつも、少年は無傷だった。
刀に付いた血をヒュルンとふるい落とす厳しい横顔が、昼間と違った別の美しさを持っている。
ふと庄右衛門と目が合うと、鋭い目が柔らかさを帯び、人懐っこく笑いかけてきた。
「間に合ってよかった。怪我は無い?」
「あ、ああ……」
庄右衛門は戸惑いつつも、やっと胸を撫で下ろした。
「……助かったぞ。もうダメかと思った」
「あっ、」
なんだ?と庄右衛門が見下ろすと、少年は申し訳なさそうな顔をした。
「いや、その……、そいつ、まだ死んでなくて……。だからまだ終わってないというか、助かってないっていうか……」
振り返ると、大蛇は輪切りにされているので動けないのだが、まだあのしゅーっという息も聞こえるし、少し見える内臓はドクン、ドクン、と動いている。
庄右衛門は絶句した。
「なんだそりゃあ⁉︎こんなになってもまだ生きてるのか⁉︎
お前でもこれ以上どうにも出来ないってのか⁉︎」
少年の肩を掴んで揺さぶると、少年は困り果てている。
「わ、私が持っているこの刀は、本当はちゃんと退魔できるみたいなんだけど、
なんか、えーっと、私が未熟なのかな?力を引き出し切れてないみたいで、今この状態が限界なんだ……!」
「んな中途半端なことがあってたまるか!じゃああの大蛇はどうなっちまうんだ⁉︎」
「死なないね……。
明日の夜には元の姿にまで回復しちゃうかも」
庄右衛門は足元が崩れていくような感覚に陥った。せっかく助かったと思ったのに、結局はまだ何も解決はしていないのだ。
「……」
絶望感で頭が痺れながら、ボンヤリと大蛇を見た。
すると、いつも逃げたり隠れたりするのに必死で、見ることが出来なかった尻尾が見えた。
蛇は全身が紫色で、腹にかけて黄色がかっている。
ところが、尾になるにつれて黒くなっていき、先端にいくと漆黒だ。
いくつもの棘が螺旋状に生えていて、その一つ一つの先端からも、厄介な毒がポタポタと垂れている。
(毒を飛ばす時は、尻尾から大量に出していたんだな)
「あの、私が退魔できるわけじゃないけど……」
少年が声をかけた。
「庄右衛門ならできるかもしれないよ」
「あ?何でだよ。俺にはそんな大層な力も、道具もねえよ」
庄右衛門がイライラしながら言うと、少年が続ける。
「私は数日、そこの大蛇の気配を辿っていたんだけど、その気配が段々薄まって弱くなっていくのを感じたんだ。
何でだろう、と思ってたら、昼間、庄右衛門殿の大蛇の絵を見た時、気付いたんだ。
庄右衛門殿の描いた人ならざるものの絵の中に、大蛇の力が閉じ込められてるようだって。」
少年が絵を見てみるように促した。
「もしかしたら、絵を完成させたら退魔できるのかもしれない」
言っていることがほとんどわからないが、少年の方が自分より化け物については詳しいようなので、半ばヤケクソ気味に庄右衛門は腰袋から筆、墨、描きかけの大蛇の紙を取り出す。
よく見ると、少年の言う通り、うっすらと色が着いている。そして色が着いている所はどうやら大蛇の消えかかっている箇所と同じようだと気づいた。
まさか、と思いつつ、庄右衛門は確認が出来なかった大蛇の尻尾をよく見て、さらさらと描き止めた。
少年は描き終わるのを静かに待っていた。
やがて庄右衛門が筆を止めると、不思議なことが起きた。
突然、大蛇の体が光り始めたのだ。
最初はボンヤリと光っていたが、だんだんとそこに翡翠色と金色の光が混じり、大蛇の体の輪郭が溶け始め、一際強く輝いた。
次の瞬間、蛍のような無数の光の粒になり、庄右衛門の大蛇の絵にザラーッと勢いよく吸い込まれた。
あまりの輝きに思わず目を瞑ってしまったが、庄右衛門が目を瞬いて良く見ると、墨で描いた大蛇に光が吸い込まれた後は、鱗の色が細かく生々しく着色されていた。
「なんだ、これは…⁉︎」
何が起こったのだろう?と呆気に取られていると、横にいた少年が突然歓声を上げた。
「やった!すごいよ、庄右衛門殿!やっぱり封印の術が使えるんだね⁉︎」
「封印だぁ⁉︎知らん知らん‼︎使ったことない‼︎」
庄右衛門が慌てて否定すると、
「だってあの大蛇の気配が、この紙からしっかりしてるよ!
今見てたでしょう?私の刀の力と、庄右衛門の……筆?墨?の力が光になって、大蛇を封じ込めたんだよ!」
と興奮気味に捲し立ててきた。
庄右衛門は、あり得ない、と呟いて、筆を見た。何の変哲もない絵筆……どうして突然、そんなことができるようになったんだ?
少年は刀を白い鞘に納めながら、きらきらとした目で庄右衛門を見つめた。
「庄右衛門殿、まだ名乗ってなかったね。私の名前は閏間雪丸。
こうして人ならざる存在を退治しようと旅をしているんだ」
「そうかい」
庄右衛門がまだ信じられない思いで絵を見つめながら適当に返事をすると、少年・雪丸が視線の先に回り込んだ。
「庄右衛門殿、あんたの絵の力を貸してくれないか?二人でなら完全に退魔することができる……人ならざるものたちを蹴散らして行こう!」
白い指が、庄右衛門のゴツゴツとした手をギュッと握った。
キメ細かい頬が染まり、切長の美しい目がジッと熱心に見つめてくる。
庄右衛門はその目をまじまじと見つめ返していたが、やがて口を開いた。
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