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蛙
五
しおりを挟む雪丸は、暗くなりつつある山の麓で仁王立ちをしていた。
昼間、女性たちの話をまとめると、ここいらで半月ほど、不審火による火災が相次いで発生しているとのことだった。
家や小屋を焼かれた者たちは、みな火の始末をしっかりしたと主張し、放火が疑われるも、犯人が捕まらないそうだ。
山火事まで起きて、大変な被害が出ている。
一番不審な点は、二軒同時に燃え上がったことだった。
人が火を放つとしても、火は徐々に強まる。 ところが、その二軒は本当に突然、巨大な火柱が立つように燃え盛ったそうだ。
山火事も、そこだけぽっかりと穴を開けるように、巨大な炎に包まれてしまうとのこと。
(これは、絶対に人ならざるものの仕業だ)
炎を操るようなら、短期決戦でなんとかしなければならない。
自分で祓えなくても、手足を切り刻んで、次の日まで足止めをすれば良い。
(そしてその間に、庄右衛門を探し出して封印を…)
しかし、上手く庄右衛門と合流ができるだろうか。
もし庄右衛門と旅を続けることになったら、庄右衛門が春画を描くたびに、雪丸は体を貸さなければならない。
(あんなに体格が良くて、力強そうな庄右衛門……い、一体何回で満足してくれるんだろう?私はどんな事をされてしまうんだろう?)
また体の奥がのぼせたように熱くなってきてしまった。
(いけない、いけない!今は人ならざるものをなんとかすることに集中しなければ!)
雪丸は両手で頬をピシャンと叩き、深く息を吐いた。徐々に視界が冴えていき、体も程よく冷めてきた。
すると、何かが爆ぜる音がした。それは段々数を増していき、やがて目の前の空間から突如、発光体が現れた。
(来たな……!)
雪丸は咄嗟に抜刀する。
大きな刀の重さがずしりと手と肩にくるが、翡翠色に光り、ジンジンとした振動が雪丸の手に伝わると、雪丸の体格や筋力に合わせて重さが変わってきた。やがて手に馴染む程よい刀になった。
発光体は、巨大な線香花火のように火花を飛ばしながら徐々に大きくボッテリとした形になってきた。
五尺二寸(160cm)の雪丸の背とほぼ同じくらいの大きさだ。
それがボトリ、と地面に落ちた瞬間、凄まじい熱が襲いかかる。
その熱波だけで、周りの草木があっという間に枯れ果て、燃えていく。
地面に落ちた発光体に突然四つ足がはえ、ムクリと立ち上がり、犬がするように身震いをした。
火の粉が飛び散り、木々が燃え始める。
そのまま化け物は、カエルのような歩き方でのそのそと山へ向かった。
雪丸が動いた。
地面を強く蹴り、低く体を屈めて移動した。
そのまま足をまず一本、斬り飛ばす。
足を失いよろける火の化け物に体制を立て直す機会を与えない。
そのまま、二本目、三本目、四本目、と電光石火の如く斬り取る。
火の化け物はでっぷりとした胴体だけとなり、哀れその場に転がるだけだった。
雪丸は、斬りつけた刀が熱くないことに気づいた。
(あんなに熱を持っているはずなのに…何故だ?)
答えは案外早く出た。
火の化け物の手足はすぐに、ズルンと生えてきた。
そして、雪丸から逃げるように山へぴょんぴょんと跳ねて行った。
(斬り取られてもすぐ生えてくるところは、あまり熱を持っていないんだ……!こんなことなら、胴を斬るべきだった!)
雪丸は悔しさに唇を噛むと、すぐに追いかけた。
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