おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ

森羅秋

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二章三句:エピローグ

ほの暗い感情

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 心の内を吐露してスッキリしたのか、東護とうごから荒々しさが消え涼しい表情に戻る。

息吹戸いぶきどが鏡を出せる、それは間違いありません。ただ聞いていた話とは違い、菩総日神ぼそうにちしん様の力を借りて送還の儀を行うという……高度なことをやり遂げましたが……」

 そこで東護とうごは話を切って沈黙した。彼女の行動を思い返しながら「多分」と想像を口にする。

和魂にぎみたまを失って鏡を得た、という事も考えられます」

「……その可能性を視野に入れてもよさそうか?」

「観察しましたが……頓珍漢とんちんかんな事を言う以外は、特に気になる点はありません。肉体から感じるオーラも、気迫も、なんら違和感はありませんでした。さらに津賀留つがるだけは守ろうとする……それ以外の者の生死を重要視していない点も、彼女そのものだと言えます」

「そうか……」

 息吹戸いぶきどの根本的な部分に変化はない、そう聞いた玉谷たまやは安堵して口元を緩めた。東護とうごが異変や違和感を覚えれば何かしら手を打つつもりであったが……その必要がないと分かっただけでも御の字だ。

「鏡は希少能力。しかも息吹戸いぶきどの扱うレベルは上位。この力は伸ばすべきです」

「そうだな。今はその方向で考えていこう」

「しかし記憶がないままアレを単独で動かすのは大変危険です。アメミットも違和感に気づいているはず。そこから辜忌つみきに漏れ……愚かになっている今なら懐柔される可能性があります」

 東護とうごはそう進言しながらも、辜忌つみきに堕ちればいいのにと悪念を募らせる。そうすれば大義名分の旗を掲げて殺すことができる。
 しかし息吹戸いぶきど殺害は強大な戦力の喪失を意味する。後々の事を考えるとデメリットの方が大きいため、敵側に陥らせてはならないと反対せざるをえない。

 更にいうなれば、玉谷たまやの前で殺意の感情を出すわけにはいかない。彼は超問題児である息吹戸いぶきど一際ひときわ可愛がっているため、悪意のあるものを近づけさせないからだ。
 東護とうごは以前の失敗を反省し大人しくしていた。その甲斐あって一年半ぶりに相棒を組めた。暗殺の隙を狙っていたが、あのような無謀な戦闘であればいつか必ず禍神《まがかみ》に敗れると想像できた。
 だとすれば、直接動く必要はない。遠からず近からずの距離でチャンスを待てばいいと、東護とうごはスッと目を細めた。

「その危険性は分かっている。記憶については、磐倉いわくらに手配した。戻ってくるのは三週間後だ」

 玉谷たまやは彼の心情を測ろうとするようにジッと見つめる。やや間を開けて、

「その間だけでいい。息吹戸いぶきどを観察してほしい。頼めるか?」

 改めて切り出した。
 東護とうごは笑いたくなるのを耐えて粛々と頷く。

磐倉いわくら先輩が来るまでなら、了承します」

「……異議なし、か?」

 玉谷たまたには不思議そうに瞬きをした。息吹戸いぶきどの観察続行に不満の声が上がると考えていたため、肩透かしを食らった気分である。

「なにか気になる事でも?」

 逆に東護とうごから聞き返されたので、玉谷たまやは「いいや」と言葉を濁した。

「報告は以上になります。では彼雁ひがんたちの応援に向かいます」

「今から?」
 
「体を動かしたいので」

 東護とうごは会釈をしてから踵を返し、リアンウォッチで連絡を取りながら足早にオフィスから出ていった。





 一人残った玉谷たまやは椅子に深く座り込んだ。「はぁ……」と重いため息が出てくる。

「あの二人を組ませるのは、やはり失敗したかもしれん……」

 澱んだ殺意というのは玉谷たまやにとって最も感じ取りやすい気配である。
 東護とうごは隠していたつもりだったので何も言わなかったが、以前と全く変わらない濃さに後から頭痛が起こってきた。

 亀裂の修復ができればいいのだが、二人の間に何があったのか分からない。
 双方個別に話を聞いてみたがずっと沈黙を貫いているため、修正案が全く浮かばない。
 本来なら組ませる相手ではないが、背に腹は代えられなかった。

 彼は息吹戸いぶきどと同じくらいの実力者であり、生真面目なのでいざという時はフォローをする。そして敵が潜んでいることに気づくと確実に攻撃する性格だ。
 つまり記憶を失った息吹戸いぶきどが暴走したとき、それを止める役にピッタリである。
 その代わり、衝突により取り返しのつかない事態に発展する可能性もあるが、津賀留つがるが二人の緩和剤として自主的に動いてくれるだろう。

「菩総日神《ぼそうにちしん》様が降りられるまで残り一か月。その後なら儂の手が空く」

 正直に言えば、玉谷たまたにが傍で観察するのが最も安全で確実なのだが、時期が悪かった。
 こうしている間にもとめどなく、次々と侵略者がくる。
 なにせ四つの世界から同時もしくは交互に侵略してくるのだ。間髪容れずやってくると言っても過言ではない。菩総日神ぼそうにちしんが戻ってくるまでラストスパートとばかりに過酷化する。一度でも負ければそこで世界が終わる。
 だから息吹戸いぶきどに構うことが出来なかった。

 ジリリリリリン

 静寂を破るように電話が鳴り響く。玉谷たまやは真剣な眼差しに戻り、受話器を取った。
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