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序章:いつものホラーアクション夢
耐えろ、能力出現
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鏡面が輝くと青銅鏡の四方から金属製の帯が伸び、ドアの周囲を隙間なく囲って半円状の壁となる。それは壁の中に鏡が一つ埋まったような光景であった。壁は薄暗い青を光らせて『私』の輪郭を浮き上がらせた。
祠堂と津賀留は驚いて息を飲みドアの向こう側を凝視する。彼らに鏡はみえていない。強烈な光が広がったという程度である。
「やった、できた!」
輝いていた鏡面の色がなくなると向こう側の景色が映った。
そこには水しかなかった。
明かりを消した真っ暗な水槽、否、夜の海のようであった。
『私』は上手くいったことに安堵して、はぁ、と息を吐くが、壁一つ越えた向こう側の闇に少しの恐れを感じてすぐに口を閉じた。
(これで防げるといいんだけど……うーん、深海のホラーパニックを思い出す。何か突撃してきそう、サメとか、サメとか……)
ドォン、ドォン、と音を立てて鏡面が振動する。
イシュ・チェルは屋上の空間を水で沈めた。水を操るということは重力を操ることと等しい。水中で不規則に動く流れが内部波となり、強い衝撃を青銅鏡に与えた。
その煽りをモロに受けているのが黒いローブたちだ。すでに事切れており、激流に身をゆだねきりもみしながら流れている。
フードが取れて顔がみえた。苦悶の表情を浮かべていたが、彼らは普通の人間であった。
水以外に何もないとはいえ、あれだけ激しく動かされていてはそのうち、四肢がバラバラになることだろう。
とはいえ、それは『私』には関係のないことだ。
感想を述べたとしても、泳いでいるなぁ、といったシンプルなものである。
(このまま神様が消えるのを待つだけだ)
と『私』は呑気に考えていたが、すぐに考えを改める。
背中に悪寒が走って関節の節々が痛んだ。心臓が激しく脈打ち、深呼吸をしなければ肺に空気が入らないような状態となった。
身体に負荷がかかっていると分かり、『私』は思わず鼻で笑った。
(これはよくある術の副作用ってやつかな? フィジカルストレスっぽい、うっ、これは、けっこーしんどいぞ! でも頑張らないと! 突破されたらビルが水に沈んじゃうからね! ここまで来たんだからバッドエンドは避けないと面白くない!)
水の渦が蛇の形へと変貌して、青銅鏡の護りを破ろうと激しく追突してくる。
ドォンドォン、と地響きのような音と振動が全身を激しく揺らすので、踏ん張らないと転びそうだった。
何度かの突進の後、べきぃ、とガラスの割れるような音が辺りに響いた。
辜忌が作った結界がイシュ・チェルの攻撃で破損した。
異界と繋がる道が崩れたため空間の剥離が始まる。
黒い煉瓦の壁があちこちで発生すると、水を取り囲み青銅鏡の結界ごと一つの空間として隔離し始めた。世界の境界は屋上のドアである。急いでビルの中に入らなければあちらの世界に飛ばされてしまうだろう。
「いぶきどさん、早く、なかへ! ドアの、近く、遮断されて!」
津賀留が小鳥を抱きしめて引きずりながら奥の壁へ逃げる。
「取り残されるぞ! 早くこっちへ来い!」
祠堂がドアに身を乗り出して警告するが、『私』は青銅鏡が受けている影響のため、体が動かなかった。片足を浮かせると青銅鏡の方へ飛んでいきそうなほど、あちらの吸引力が強かったせいである。
「う、動けない……」
「それを早く言え!」
祠堂はドア枠を握り、上半身と腕を精一杯伸ばして『私』の襟首を握りしめ、素早く後ろに引き寄せた。
「わわわわ!」
グン、と体が後ろに持っていかれて『私』はビルの中に入る。
「よしっ」
祠堂は投げ飛ばすように手を離してすぐに両手でドアを閉めた。巻き込まれないように数歩ほど離れて様子を窺う。
「いって!」
『私』はバランスを崩して尻もちをついた。
お尻を触りながら前を見ると、黒い壁が屋上のドアが跡形もなく消えて、代わりに黒い壁が浮き上がっている。
タイミングが少しでも遅れていたら『私』は壁に埋まっていたか、あちら側に取り残されていただろう。
(なんとか助かった。この度の夢はハラハラドキドキだったなぁ)
立ち上がって周囲を見回す。
「あれ……そういえば鏡は? 出したはずなんだけど消えたかな?」
『私』の呼びかけに応じて、黒い壁に大きな丸い窓が出てきた。屋上の様子がみえる。
濁った水と巨大な足の裏だ
足の裏はイシュ・チェルのものであり、鏡を蹴って壊そうとしているようだが、次第にその形が不鮮明となっていく。
(プロジェクターで老婆の映像を投影したみたいにみえる)
ぼんやりと眺めていたが、祠堂が窓の前に立って遮られたので、『私』は無言で立ち上がった。
「分離の余波を危惧したが……これが完全に影響を遮断している。あの光はなんなんだ?」
祠堂は不思議そうな顔で壁を軽くトントンと叩いた。
「いぶきど、さん!」
『私』が立ち上がると、津賀留が涙を浮かべながら駆け寄って来た。そして胸に抱き付いてぎゅっと顔をうずめる。『私』は何気なく周囲を見た。
(救出できた。協力NPCも、私も生きてる。謎の団体の儀式も阻止できた。ってことは、ミッションクリアだね)
「ごめん、なさい。息吹戸さんの、お手間を取らせ、ごめんなさい。忠告……のに。こんな事になってしまって」
『私』に抱き着いた津賀留は、口から大量の泡を吐きながら、嗚咽まじりに謝罪を始める。カタカタと小刻みに体が震えているのは囚われていた恐怖と、これから受けるであろう叱咤を想像したためだ。
「助け、来ていただいて、本当に、こーえいです。息吹戸《いぶきど》さん。ありがとございます」
津賀留の身長は百五十センチほど、ぶかぶか白いローブを着ている姿はとても愛らしいものであった。例えるなら親の服を着た子供のようである。
(溺れているみたいな声だけど、苦しくないのかな? まぁ聞こえるから良いけど)
『私』は津賀留の頭をゆっくり撫でる。
「助けられて良かった。でもビルから逃げるまでは油断禁物だよ」
「へ……?」
津賀留の動きがピタリと止まる。
そ~~~っと見上げて『私』の顔色を窺うと、若干怯えた眼差しを携えながら、手を放してゆっくりと後ろに下がった。
「あの。それだけ、ですか? 私に、言う事……は。他に、あります、よね?」
「それだけって? 例えば?」
津賀留は視線を泳がせて、胸の前で両手をこすり合わせながら「ええと」と呻く。
「ぐず、とかドノロマ……と。役立たず、くせに、あれこれす……じゃないとか。わ、たしができない、し、仕事、を引きうける、なって……お叱り、ことば……」
「んっ!? なにそりゃ」
驚きすぎて『私』は舌を噛みそうになった。
(私の設定は鬼教官なのか!? 怒れないよ。命からがら助かった人に石を投げるつもりはないんだけど)
『私』はそれに答えず、話題を変えるため倒れてピクリとも動かない小鳥を指し示した。
「あっちは大丈夫かな? ええと、小鳥さん?」
「あ!」
津賀留は急いで小鳥の傍に行き、膝をついて座った。
「その人、誰?」
『私』がおそるおそる聞き返すと、津賀留は「え」と不思議そうに声を上げたが、
「姿が、違う、分からないの、も無理、ありまひぇん」
と、小鳥のフードを取る。
それは背の高い痩せこけた老人だった。肌は水色マーブル模様になっていて、つるつる頭にフジツボがびっしり生えていた。
「カミナひ、第二討伐、ぶしょの小鳥かちょ、です。辜忌がおこひた、千草町じゅうにん、失踪事件の、ちょーさをたんとーして、いて一か月、ほど行方ふみぇいに、なっていました」
津賀留の目に憐れみが浮かぶ。
小鳥は意識がない。息が絶え絶えになっているので早く治療を受けないと死んでしまうだろう。
「私が受ける、痛みを、庇って……こんな、ひひょい傷を……」
津賀留は悲しそうな表情を浮かべて『私』を見上げた。
「しゅでに、分かっていると思ひ、ますが私は、小鳥さんのそうしゃく、していました。息吹戸さん、警告を無視して……でも、いばひょを突き止めたかっ、ったんです。でも単身で、せんにゅしたら捕まって……こんな、お手を、煩わせてしま、って」
(蟹のように泡を吐きながらストーリー説明を頑張っている。敵組織が気になるけど、なんでフジツボが頭にひっついているんだろう)
『私』は小鳥の頭が気になって仕方がなかった。耐え切れず、話し半ばで頭を指で示した。
「このフジツボはなに? 津賀留ちゃんの頬にもあるけど病気かなにか? それともその姿が普通だったりする?」
津賀留が怪しむように「……え?」と声を上げる。
(ああもう。これは一般常識でしたか)
『私』は夏休みで遊び呆けて覚えた事をほとんど忘れ、久しぶりの授業についていけない気分となった。血反吐をはくイメージすら頭に浮かぶ。
いたたまれず眉を潜めると、津賀留が顔色を変えて「あ、いえ、すみまひぇん」と恐縮しながら丁寧に謝った。
「私の、見解を……自分に、なにが起こったのか、理解すりゅために」
『私』は否定したかったが、我慢した。
一つでも情報が欲しいので喋ってもらいたいという打算である。
「転化、していまひゅ。禍神と同化しやすひひょうに」
「転化……?」
「異世界の生物と、なひゅ、呪ひです」
津賀留が解説を始める。
(その調子でどんどん教えてください)
「小鳥さふは、転化だけ、でゎなく、禍神に、命をしゅい取られたので、老人ぼような見た目になっでいまひぅ。適切な治療を、すひば、元通りに、なります」
『私』はそうだったのかと心の中で驚きながら、頷く。その表情はひどく冷淡であった。
津賀留《つがる》はゆっくり息を吐いてから、
「でももぶ、解除ふぁできない、んでぶ。息吹戸さんが、優しく、の理由も分かって、います、それは……うっ、うう!」
津賀留は突然号泣した。これは歓喜ではなく絶望の涙である。
『私』は驚いて「え? ど、どうしたの?」とどもりながら呼びかけると、津賀留はあふれる涙と、口から出る泡を手で拭いながら『私』を見上げた。
「私は、このみゃみゃ死ぶから、最後だから、優ひくしてくへふんですよね!」
「んん!?」
寝耳に水であった。どうリアクションすればいいのか迷って、『私』は棒立ちになる。
「転化して、禍神の、子孫になってひまって……ごめ、ごめんなさい、うわああああああん!」
泣き叫んでいる津賀留を静かに眺めながら、
(別の神の子孫になるってすごい設定だ)
『私』は夢の設定の細かさにただただ感激していた。
祠堂と津賀留は驚いて息を飲みドアの向こう側を凝視する。彼らに鏡はみえていない。強烈な光が広がったという程度である。
「やった、できた!」
輝いていた鏡面の色がなくなると向こう側の景色が映った。
そこには水しかなかった。
明かりを消した真っ暗な水槽、否、夜の海のようであった。
『私』は上手くいったことに安堵して、はぁ、と息を吐くが、壁一つ越えた向こう側の闇に少しの恐れを感じてすぐに口を閉じた。
(これで防げるといいんだけど……うーん、深海のホラーパニックを思い出す。何か突撃してきそう、サメとか、サメとか……)
ドォン、ドォン、と音を立てて鏡面が振動する。
イシュ・チェルは屋上の空間を水で沈めた。水を操るということは重力を操ることと等しい。水中で不規則に動く流れが内部波となり、強い衝撃を青銅鏡に与えた。
その煽りをモロに受けているのが黒いローブたちだ。すでに事切れており、激流に身をゆだねきりもみしながら流れている。
フードが取れて顔がみえた。苦悶の表情を浮かべていたが、彼らは普通の人間であった。
水以外に何もないとはいえ、あれだけ激しく動かされていてはそのうち、四肢がバラバラになることだろう。
とはいえ、それは『私』には関係のないことだ。
感想を述べたとしても、泳いでいるなぁ、といったシンプルなものである。
(このまま神様が消えるのを待つだけだ)
と『私』は呑気に考えていたが、すぐに考えを改める。
背中に悪寒が走って関節の節々が痛んだ。心臓が激しく脈打ち、深呼吸をしなければ肺に空気が入らないような状態となった。
身体に負荷がかかっていると分かり、『私』は思わず鼻で笑った。
(これはよくある術の副作用ってやつかな? フィジカルストレスっぽい、うっ、これは、けっこーしんどいぞ! でも頑張らないと! 突破されたらビルが水に沈んじゃうからね! ここまで来たんだからバッドエンドは避けないと面白くない!)
水の渦が蛇の形へと変貌して、青銅鏡の護りを破ろうと激しく追突してくる。
ドォンドォン、と地響きのような音と振動が全身を激しく揺らすので、踏ん張らないと転びそうだった。
何度かの突進の後、べきぃ、とガラスの割れるような音が辺りに響いた。
辜忌が作った結界がイシュ・チェルの攻撃で破損した。
異界と繋がる道が崩れたため空間の剥離が始まる。
黒い煉瓦の壁があちこちで発生すると、水を取り囲み青銅鏡の結界ごと一つの空間として隔離し始めた。世界の境界は屋上のドアである。急いでビルの中に入らなければあちらの世界に飛ばされてしまうだろう。
「いぶきどさん、早く、なかへ! ドアの、近く、遮断されて!」
津賀留が小鳥を抱きしめて引きずりながら奥の壁へ逃げる。
「取り残されるぞ! 早くこっちへ来い!」
祠堂がドアに身を乗り出して警告するが、『私』は青銅鏡が受けている影響のため、体が動かなかった。片足を浮かせると青銅鏡の方へ飛んでいきそうなほど、あちらの吸引力が強かったせいである。
「う、動けない……」
「それを早く言え!」
祠堂はドア枠を握り、上半身と腕を精一杯伸ばして『私』の襟首を握りしめ、素早く後ろに引き寄せた。
「わわわわ!」
グン、と体が後ろに持っていかれて『私』はビルの中に入る。
「よしっ」
祠堂は投げ飛ばすように手を離してすぐに両手でドアを閉めた。巻き込まれないように数歩ほど離れて様子を窺う。
「いって!」
『私』はバランスを崩して尻もちをついた。
お尻を触りながら前を見ると、黒い壁が屋上のドアが跡形もなく消えて、代わりに黒い壁が浮き上がっている。
タイミングが少しでも遅れていたら『私』は壁に埋まっていたか、あちら側に取り残されていただろう。
(なんとか助かった。この度の夢はハラハラドキドキだったなぁ)
立ち上がって周囲を見回す。
「あれ……そういえば鏡は? 出したはずなんだけど消えたかな?」
『私』の呼びかけに応じて、黒い壁に大きな丸い窓が出てきた。屋上の様子がみえる。
濁った水と巨大な足の裏だ
足の裏はイシュ・チェルのものであり、鏡を蹴って壊そうとしているようだが、次第にその形が不鮮明となっていく。
(プロジェクターで老婆の映像を投影したみたいにみえる)
ぼんやりと眺めていたが、祠堂が窓の前に立って遮られたので、『私』は無言で立ち上がった。
「分離の余波を危惧したが……これが完全に影響を遮断している。あの光はなんなんだ?」
祠堂は不思議そうな顔で壁を軽くトントンと叩いた。
「いぶきど、さん!」
『私』が立ち上がると、津賀留が涙を浮かべながら駆け寄って来た。そして胸に抱き付いてぎゅっと顔をうずめる。『私』は何気なく周囲を見た。
(救出できた。協力NPCも、私も生きてる。謎の団体の儀式も阻止できた。ってことは、ミッションクリアだね)
「ごめん、なさい。息吹戸さんの、お手間を取らせ、ごめんなさい。忠告……のに。こんな事になってしまって」
『私』に抱き着いた津賀留は、口から大量の泡を吐きながら、嗚咽まじりに謝罪を始める。カタカタと小刻みに体が震えているのは囚われていた恐怖と、これから受けるであろう叱咤を想像したためだ。
「助け、来ていただいて、本当に、こーえいです。息吹戸《いぶきど》さん。ありがとございます」
津賀留の身長は百五十センチほど、ぶかぶか白いローブを着ている姿はとても愛らしいものであった。例えるなら親の服を着た子供のようである。
(溺れているみたいな声だけど、苦しくないのかな? まぁ聞こえるから良いけど)
『私』は津賀留の頭をゆっくり撫でる。
「助けられて良かった。でもビルから逃げるまでは油断禁物だよ」
「へ……?」
津賀留の動きがピタリと止まる。
そ~~~っと見上げて『私』の顔色を窺うと、若干怯えた眼差しを携えながら、手を放してゆっくりと後ろに下がった。
「あの。それだけ、ですか? 私に、言う事……は。他に、あります、よね?」
「それだけって? 例えば?」
津賀留は視線を泳がせて、胸の前で両手をこすり合わせながら「ええと」と呻く。
「ぐず、とかドノロマ……と。役立たず、くせに、あれこれす……じゃないとか。わ、たしができない、し、仕事、を引きうける、なって……お叱り、ことば……」
「んっ!? なにそりゃ」
驚きすぎて『私』は舌を噛みそうになった。
(私の設定は鬼教官なのか!? 怒れないよ。命からがら助かった人に石を投げるつもりはないんだけど)
『私』はそれに答えず、話題を変えるため倒れてピクリとも動かない小鳥を指し示した。
「あっちは大丈夫かな? ええと、小鳥さん?」
「あ!」
津賀留は急いで小鳥の傍に行き、膝をついて座った。
「その人、誰?」
『私』がおそるおそる聞き返すと、津賀留は「え」と不思議そうに声を上げたが、
「姿が、違う、分からないの、も無理、ありまひぇん」
と、小鳥のフードを取る。
それは背の高い痩せこけた老人だった。肌は水色マーブル模様になっていて、つるつる頭にフジツボがびっしり生えていた。
「カミナひ、第二討伐、ぶしょの小鳥かちょ、です。辜忌がおこひた、千草町じゅうにん、失踪事件の、ちょーさをたんとーして、いて一か月、ほど行方ふみぇいに、なっていました」
津賀留の目に憐れみが浮かぶ。
小鳥は意識がない。息が絶え絶えになっているので早く治療を受けないと死んでしまうだろう。
「私が受ける、痛みを、庇って……こんな、ひひょい傷を……」
津賀留は悲しそうな表情を浮かべて『私』を見上げた。
「しゅでに、分かっていると思ひ、ますが私は、小鳥さんのそうしゃく、していました。息吹戸さん、警告を無視して……でも、いばひょを突き止めたかっ、ったんです。でも単身で、せんにゅしたら捕まって……こんな、お手を、煩わせてしま、って」
(蟹のように泡を吐きながらストーリー説明を頑張っている。敵組織が気になるけど、なんでフジツボが頭にひっついているんだろう)
『私』は小鳥の頭が気になって仕方がなかった。耐え切れず、話し半ばで頭を指で示した。
「このフジツボはなに? 津賀留ちゃんの頬にもあるけど病気かなにか? それともその姿が普通だったりする?」
津賀留が怪しむように「……え?」と声を上げる。
(ああもう。これは一般常識でしたか)
『私』は夏休みで遊び呆けて覚えた事をほとんど忘れ、久しぶりの授業についていけない気分となった。血反吐をはくイメージすら頭に浮かぶ。
いたたまれず眉を潜めると、津賀留が顔色を変えて「あ、いえ、すみまひぇん」と恐縮しながら丁寧に謝った。
「私の、見解を……自分に、なにが起こったのか、理解すりゅために」
『私』は否定したかったが、我慢した。
一つでも情報が欲しいので喋ってもらいたいという打算である。
「転化、していまひゅ。禍神と同化しやすひひょうに」
「転化……?」
「異世界の生物と、なひゅ、呪ひです」
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(その調子でどんどん教えてください)
「小鳥さふは、転化だけ、でゎなく、禍神に、命をしゅい取られたので、老人ぼような見た目になっでいまひぅ。適切な治療を、すひば、元通りに、なります」
『私』はそうだったのかと心の中で驚きながら、頷く。その表情はひどく冷淡であった。
津賀留《つがる》はゆっくり息を吐いてから、
「でももぶ、解除ふぁできない、んでぶ。息吹戸さんが、優しく、の理由も分かって、います、それは……うっ、うう!」
津賀留は突然号泣した。これは歓喜ではなく絶望の涙である。
『私』は驚いて「え? ど、どうしたの?」とどもりながら呼びかけると、津賀留はあふれる涙と、口から出る泡を手で拭いながら『私』を見上げた。
「私は、このみゃみゃ死ぶから、最後だから、優ひくしてくへふんですよね!」
「んん!?」
寝耳に水であった。どうリアクションすればいいのか迷って、『私』は棒立ちになる。
「転化して、禍神の、子孫になってひまって……ごめ、ごめんなさい、うわああああああん!」
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