式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋

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鬼を抱きし人の血脈

鬼さん争奪宣戦布告⑤

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 魄は新たな気配を感じて上空を見上げる。巨大な鳥の妖獣が近づいていた。愚癡ぐちであるが、さきほどの群れよりも四倍ほど体が大きい。足で人間の胴体を掴んで歯で頭を捩じ切って食べそうなイメージが浮かぶ。

 鷹尾から「あと一匹か」と呟く声が、魄の耳にしっかりと聞こえる。小さい声なのだろうが並外れた聴力では叫んでいるような音に聞こえた。魄が階段下を見下ろすと、腕を組んで見上げている鷹尾がいた。呆れているような視線が飛んできてあのセリフに皮肉が含まれていたことに気づいた。

「腹減った。飯が遅くなるじゃないか早く片付けろよ」

 今度はハッキリと不満を口にする鷹尾。
 亭主関白という言葉が魄の脳裏に過るが、この程度なら彼の手を借りなくても十分なため不満を口に出さない。
 例え何もせず文句を言うだけの状態であっても、主の代わりに敵を倒すのが式鬼の役目なので言い返すことはできなかった。その点は全く不満はない。
 だが戦闘中に、飯はまだか、と催促するのはいささか我儘ではないだろうか。腹が減っているのは魄だって同じだ。

「文句があるなら妖魔にいってほしい!」

 魄が至極まっとうなことを言うが、鷹尾は肩をすくめた。

「なかなか全滅させない魄が悪い」

 なんて言い草だ、とギリっと奥歯を噛みしめてから、魄は巨大な愚癡ぐちを見据える。
 妖魔は一向に下に降りてこない。降りる素振りも見せない。
 先ほどの攻撃を見て学習したのかウォータージェットが届く十一メートル以内に入ろうとしなかった。餌が自分よりも強いのか査定しているかもしれない。強ければ踵を返して去っていくこともある。
 アレを逃すと後に誰か死ぬことになるのでここで仕留めておかなければいけないと思いつつ、魄は詠唱を唱えた。

積水淵を成しせきすいふちをなし 水滴石を穿つすいてきいしをうがつ 水を以て火を滅すみずをもってひをめっす 光陰流水こういんりゅうすい

 魄の体を覆っている水の繭の流れが激しくなった。
 中心から外に向かって怒涛の流れが渦を巻くと、龍がとぐろを巻いて鎮座している姿を彷彿とさせる。これが本来の技を出す前の『溜め』であった。

「それを最初からすりゃ早いのに。出し惜しみしやがって」

 鷹尾が小さく毒づいた、のを聞き逃せなかった魄は額に怒りマークを浮かべる。

「別にこの辺り一帯洪水にしても全然いいのにさー。変に気を使うから戦闘長くなってるって自覚あるんだろか?」

 魄の聴力は知っているのに鷹尾はぼそぼそと皮肉を呟く。
 あえて聞かせるために言っているとすぐに察して一瞬……ほんの一瞬、鷹尾に術を当てようかと邪な考えが浮かんだ。勿論冗談である。当てたところで避けられるか防御されるか跳ね返されるのは目に見えている。

 魄は巨大な妖魔を見据えて軌道を読み、おおよその距離と高さを計ると、狙いを定めて放出する。

「アクアープレス!」
 
 ドォっと太い水柱が天に昇る。
 妖魔の表情に驚きが広がった。二十メートル上空まで攻撃が届くと思っていなかったため、あっさりと水柱に飲まれた。洗濯機で洗われる靴のようにグルグルグルと高速で回転しながら、水圧により徐々に押しつぶされていく。妖魔に逃げ場はない、これで戦闘終了だろう。と二人が思った瞬間。


「火炎竜巻!」


 上空に浮かんでいた水柱を巻き取るように青白い炎が渦巻いた。
 その瞬間、魄は階段から飛び降り鷹尾の傍に行くと彼の腰に手を回して確保する。これで不意を突かれても鷹尾を守ることができる。
 
 激しい火力が水をかき消し大量の水蒸気を放つと、周囲がホワイトアウトとなり何も見えなくなった。熱い蒸気が籠ったため若干蒸し暑さを感じる。
 鷹尾は怪訝そうに眉をひそめて、すぐに九字を切れるように右手で印を作った。

「なんなんだ?」

 同僚達の攻撃ではないことは明白だ。
 目を奪ってもこちらに仕掛けてこないなら攻撃の意志はなさそうだ。
 他に考えられるとすれば、存在感をアピールするためのデモンストレーションといったところだろう。
 折角終わったのにいい迷惑だと鷹尾が小さく舌打ちするが。

「青い炎って初めて見たかも。幻想的で綺麗だった」

 すぐ横にいた魄の目がキラキラ輝き興奮しているのをみて、鷹尾はよしよしと彼女の頭を撫でた。

 冬風に乗って蒸気はすぐに薄くなった。
 ヒュン、と音がすると二メートル前方の地面に妖魔が激突する。高温で湯がかれて全身から湯気がふすふすと沸き上がっており、はぁはぁと荒い息を漏らすと体が塵になって消えていった。

 視界がクリアになると、前方からざりざりと砂を踏む足音が聞こえた。

「あの……すいません。霧がこんなに発生するとは思わず……」

 黄昏に染まった道の向こうから人影がゆっくりと歩いてきた。
 女性である。肩をすぼめて胸の前で両手を握っており、街頭の光を拾っている瞳が落ち着きなく左右に動いていた。
 声を聞いて、はくは「あれ?」と目を見開いた。つい最近、秋の連休で故郷に戻ったときに会った人物である。

「なんだ。雪絵か」

 鷹尾たかおはため息をつきながら印を解除した。

「はい。ご無沙汰しております、鷹尾お兄さん」

 小柄な女性は勢いよく背中を曲げてお辞儀をした。

 壱拾想雪絵じゅうそうゆきえ。二十歳。百五五センチの中肉中背。肩甲骨ほどの長さの黒髪はナチュラルウェーブかかっておりふわりと風に揺れる。顔は端麗な部類で色白だ。目の色はこげ茶色、垂れ目で鼻は小さめ、唇は小さく薄い。ベージュのウールコートにショートボトム。ロングブーツを履いている。

 清楚な印象を受ける雪絵は壱拾想じゅうそうの分家の一つで、鬼門を守る役割を担っている。彼女は潜在能力が高いため重要案件に駆り出されることが多かった。

「ご無沙汰しております」

 魄は深々と丁寧にお辞儀をした。分家とはいえ壱拾想《じゅうそう》家の一員である雪絵に敬意を払う。

「魄さんもお元気そうで何よりです」

 雪絵はもう一度丁寧にお辞儀をした。
 その時、彼女の近くに音もなく男性が着地する。黒いテーラージャケットとスラックス、白いタートルネックに黒いベストのいで立ちだ。

「雪絵。挨拶は済んだか?」

 男性の言葉が聞こえると、雪絵はにこやかな笑みを浮かべて「はい」と軽やかな声色で返事をした。
 鷹尾たかおと魄は男性の左額から伸びている角を見て驚く。雪絵が使役できる鬼など壱拾想じゅうそう家にはいないはずだ。
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