式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋

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鬼集い火花散る

式鬼の決闘⑤

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 巨大な水柱の出現に、かいはすぐに意識を詠唱へと戻すが――今の唱えている術では敵わないと感じて、別の術に切り替える。

「烈火よ……」
「リバースエンド!」

 はくの方が圧倒的に速かった。あっという間に水柱が魁を飲み込む。

「ぐっ」

 呼吸を求めてすぐに水面に顔をだそうとするが、真上に滝ができたかのように大量の水が降ってきて、魁の頭を水中に沈めてくる。泳ごうとしても、激流の凄まじい圧に手足が囚われて動かせなくなった。きりもみに体が舞い、上にいるのか下に沈んでいるのか分からなくなる。肺の中の空気が減少して、意識が遠のいた。

「散!」

 魄は手を素早く切るように振り下ろすと、宙に浮く巨大な水球が破裂した。中からずぶ濡れの魁が降ってくる。50センチの高さから地面にドサっと倒れると、

「がはっ、ごほっ、ごほっ、う、げっほっ!」

 横向きのまま激しくせき込んだ。

「よか、よか……った……」

 雪絵は腰を抜かしたように地面に座り込む。顔面蒼白になり目に涙を浮かべ、震える両手で口元を隠した。
 飛び散った水は魄の体に集まり胴体をグルグル回っている。まだ戦闘解除はせずに軽い足取りで魁の傍に行き、見下ろした。

「大丈夫?」

「ゆき……雪絵は……? 怪我は……?」

 魁はうつ伏せになり両手足をついて体を起こしながら呻く。主の無事を確認しようと首を動かす前に、魄が大丈夫と答えた。

「足元の地面を狙ったから、怪我させてないよ」

 彼女の言葉を確かめるように、魁は顔をゆっくり動かして雪絵の姿を探す。真っ青な顔で座り込んでいたが怪我をしていない。それが分かって魁はホッとしたように口元を緩ませた。はぁ。と息を吐いて、そのまま地面に座り込むと胡坐をかく。ぽたぽたと地面に水滴が垂れて水のシミが増えた。べっとりとまとわりつく服の重みで体を前傾姿勢にしてから、

「完敗だ」

 諦念を抱いて力ない笑みを浮かべた。

「なら、勝負ありってことで」

 魄の体から水が消える。

 決闘が終了したと分かり、雪絵は足を震わせながら立ち上がり生まれたての仔鹿のような足取りで魁のところへ行くと、傍にしゃがんで彼を抱きしめた。失う恐怖が薄れて、雪絵は鼻をすすりながら魁の肩に顔を摺り寄せた。

「魁、魁、魁、無事でよかった。私、魁が危険になっても、なにもできなくて……」

 震える雪絵の腰を愛おしそうに魁が抱きよせるが、彼の手も震えていた。雪絵の悲鳴を聞いて不安だった。

「不甲斐ない式鬼しきですまない。雪絵も怪我がなくてよかった。守れなくてすまない。心配かけてすまない」

「そんなことない。魁はしっかり守ってくれた」

「雪絵……」

 魄は腕を組んでジト目で二人を眺めた。何を見せられているのだろう。と深い溜息をつく。
 鷹尾たかおは気にいらないとばかりに髪をガシガシ掻きながら、魄の隣に並ぶと、抱擁を続けている二人を示した。

「あの二人に水ぶっかけろ」

「おとなげな――――せい ふ せい ウォーターポロ」

 魄は命令に従って右手を振る。雪絵と魁の真上から大きくて柔らかい水球が落ちた。魁が咄嗟に雪絵を庇うように抱きしめるが、水はしっかりと二人を濡らす。冷たい水を浴びて、きゃぁ。と雪絵が小さな悲鳴を上げた。

「鷹尾マジでおとなげない!」

 魄が憤慨すると、鷹尾はふんっ、と鼻を鳴らしてずぶ濡れの二人に近づく。

「よそでやれ、よそで!」

「すみ、すみませ……へっくしょん!」

 寒くて雪絵がガタガタ震える。両手で体を抱きしめながら身を縮こませる。ずぶ濡れの魁が抱きしめても温熱効果は半減する。困ったように雪絵を見下ろしていた魁は、近づいてきた鷹尾をギッと睨んだ。睨まれた鷹尾は肩眉だけ上げて見下ろす。

「なんだよ。文句あるのか」

「あるに決まってるだろう。俺なら構わないが雪絵まで巻きこむのは腹立たしい」

「事あるごとにイチャイチャして目障りなんだよ。誰もいないときにやれ」

「何を言っている!? そもそもイチャイチャしているつもりは……」

「はいはいはい。ちょっと雪絵さん借りるよ」

「あ! は、はい」

 魄が間に割り込んできて、魁から雪絵を引っこ抜くと二人から遠ざけた。

「風邪ひくから私の上着を着て」

 自分の体を目隠しにして雪絵を隠すと、上着を脱ぎながら雪絵に濡れている服を脱ぐように指示する。

「でもそれだと魄さんが風邪を」

「式鬼だから大丈夫。遠慮しないで」

 でも。と雪絵は頬を染めて見えない魁を思い浮かべる。

「魁が近くに……いるから……恥ずかしい」

 鷹尾もいるのだが眼中にないようだ。

「見えないから。ほら。濡れた上にかけても意味ないから脱いでください」

 魄が上着で雪絵の体を目隠しすると、寒さに負けて服を脱いだ。上着とタートルネックが濡れていたが、その下の服は濡れていなかった。袖を通すと、もこっとした柔らかさと温かさに雪絵は一息つく。

「ズボンはそのままでごめんね。さすがにこれ一つしかないから。渡せなくて」

 雪絵のズボンはびっしょりと濡れているが、貸してもらおうと思っていない。驚いて首を左右に振った。

「とんでもない! 上着有難うございました。クリーニングに出してお返しします」

「いえいえ、そのまま返してくれれば大丈夫です。こちらこそすいません。言い訳ですけど鷹尾の命令逆らえないので」

 いえいえ、いえいえ、と互いに謙遜して軽く頭を下げている。
 なんの応酬だ。と鷹尾が呆れたような視線を向ける。

「……何を見ているんだ?」

 鷹尾がずっとあちらを見ていたので、魁が怪訝そうに声をかける。鷹尾が顔を動かして魁を見下ろすと、悪い笑顔を浮かべた。

「見えるかなと思って」

「貴様!」

「なんちゃって。見えるわけねーだろ」

 勿論冗談である。しかし魁は冗談でも許せずに勢い良く立ち上がると、怒りをあらわにした。

「本当に見たんじゃないだろうな!」

「見えるか。見えたらはしゃいでる」

「本当だろうな……った!」

 魁の側頭部に水が当たった。硬い物を投げられた程度のダメージだが、フラフラだったため地面に倒れこむ。鷹尾が「あーあ」と楽しそうに見下ろした。

「……なにをしていたの? まさか喧嘩じゃないよね?」

 魄は少し早歩きで戻ってくる。鷹尾から攻撃命令が来たので反射的に水球を放ったのだが、原因は何かと抑揚のない声色で問いかけた。魁は座って胡坐をかくと首を左右に振る。

「喧嘩はしていないが雪絵の件だったので、怒りを向けていた」

 なるほど。と魄が頷くと、鷹尾に向き直る。

「で? 鷹尾は何を言ったの?」
 
 雪絵が追いついて魁のそばでしゃがんだ。何があったの? と視線で訴えるが、言いにくいため魁は頬を赤くして視線を斜め上に向けた。

「うーん。着替え見れなかったから残念って」

 悪びれもせず正直に答える鷹尾。魁はギリっと睨んで、雪絵は顔を赤くしながら両手を頬に添えた。
 魄は腕を組みながらジト目になると、「えっち」と言い放った。男性なので仕方ないと割り切る。

「さて、スケベな奴は置いといて」

 ぽいっと横へ投げ捨てるように言い捨てると、鷹尾が引きつった表情になった。

「念のために聞くけど再戦意思はあるよね?」

 魄は二人に問いかけた。


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