式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋

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鬼生まれし刻災厄きたる

火の者を模した鬼②

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 不機嫌になった鷹尾たかおかいの腹を小突いてから庭を通り蔵へ向かう。昔よく遊びに来ていたので位置は分かっている。
 魁が「まて」と慌てて後を追った。はくも小走りになりながら「魁」と呼びかける。

「助けてくれてありがとう。魁は命の恩人だよ」

 割れるだけならセーフだが、中身が崩れたり飛び出したら流石に死んでしまっていた。

「あとで何かお礼がしたいんだけど」

 魁の脳裏に一瞬だけ『つるぎ宅に居たいから口添えしてほしい』という言葉が浮かんだが、彼女が怪我をしたのはこちらの……咲紅の責任だ。魁の姿でなければ油断しなかったはずである。

「間に合ってよかった。俺のミスでもあるから、気にしないでくれ」

 魁はやんわり断ったが、魄はふるふると首を振った。

「んー。そーいうわけにも。油断したのは私のミスだし。決闘の勝敗は変えないけどそれ以外なら。いや、それ以外もあるかもしれない。だから落ち着いたときに私になにかやってほしいとこがあれば、できそうなら力になるよ」

 魄が人懐っこい笑顔になったので、魁は少し困ったように眉を下げた。

 蔵に到着するな否や、鷹尾が魄に振り返って怒鳴った。

「魄。そいつに恩を感じる必要ないからな。そいつのミスだ。あんな瓜二つ、俺だって瞬時に見破れない。鬼の気配だと特にな!」

 魁が険しい表情になりグッと拳を握りしめた。強く責任を感じていると思った魄は「気にしない」と彼の背中をポンポンと叩く。ハッとして魁の表情が少しだけ緩んだ。

 鷹尾は「甘やかすな!」と毒づいてから蔵へ視線を向けた。蔵戸前が開いていて裏白戸が見えている。
 内側の引き戸に鬼除けの札が張ってあり、劍の血で書かれている。
 そのまま引き戸を開けるといわくつきの骨董品に四方を囲まれて、三人の人間が座り込んでいた。彼らの近くにビニール袋をかぶったアウトドア用のLEDランタンライトが周囲を明るく照らしている。

 ドアが開くと雪絵が腰を浮かせた。悪鬼かもと不安になり酷く草臥れた表情だったが、鷹尾を見た瞬間にぱぁっと晴れた。

「鷹尾お兄さん!」

「おう。雪絵は元気そうだな」

 鷹尾が軽い口調で挨拶しながら入り、次に魄、最後に魁が入ってから引き戸を半分だけ締めた。

 鷹尾は雪絵と、その横に倒れている劍と伊代を見る。
 劍は首筋から肩にかけてひどくえぐれていた。包帯で強く巻かれているが出血はまだ止まっていないようだ。額に乗せている形代が頭部、首から肩、腹部、足首が黒く染まっていたが、何かに妨害されるように、白く戻り黒く染まるを繰り返している。

 伊代は背に深い裂傷があり横向きで寝かされていた。高熱が出ているのか荒い呼吸を行い、両手足を曲げて痛みに耐えている。彼女の額にも形代がはってあり、背中が黒く染まるがすぐに白く戻る、を繰り返していた。

 身代わりの効果が薄いと鷹尾は怪訝そうに眉をしかめる。すぐに劍の横に腰を下ろした。

「叔父さん喋れるか?」

「あ、ああ……か、かろうじて……」

 ヒュ、ヒュ、と空気の抜ける音がする。気管支を損傷しているかもしれない。

「術は効いているか?」

「あ、あまり……効果が、ないようだ。鬼の、攻撃を、うけて……」

「いきなり鬼が襲ってきてっ」

 雪絵が涙目になりながら叫び、左手で顔を覆うが右手はだらんと垂れていた。

「お父さんはお母さんを庇って! お姉さんはどこにいるかわからなくて! 魁が時間を稼いでくれて、ここに逃げてきて……傷が、お父さんとお母さんの傷が治らないの! このままだと、このままだと!」

「雪絵、少し黙れ」

 鷹尾は冷静な口調で制すると、雪絵は唇をぎゅっと噛んで下を向いた。嗚咽のように肩がぴくっぴくっと動く。目尻に涙を貯めながらも彼女は泣きだすことはしなかった。

「鬼に切られたのか? 噛みつかれたのか?」

「りょ……りょう、ほう……だ」

 鷹尾は劍と伊代の様子を観察しながら、職場で同じ症状をみたことがあると気づいた。
 身代わりの阻害が呪詛ではないかと思い当たる。
 妖魔は呪いの具現化である。妖魔を構成している欠片が体内に入り込むと、呪われてしまい回復系の加護が半減したり不能になることがあった。攻撃を受けたときに抵抗しないわけがない。振り払う時に欠片が体内に留まることは職場では日常茶飯事だ。

「なにか呪いが埋まっているかもしれない。魄、探り出せ」

 指示を受け、魄は頷く。

「我が身を掴め 共に泥水で溺れるなり ウォーターミラーアプローチ」

 魄の右手から流れた水が劍と伊代の体を覆うと、彼女の顔色が一気に悪くなった。痛みを感じる。妖気の塊が三か所ある。一か所は伊代の背中、二か所は劍の肩に埋め込まれている。腹を貫かれたときに感じた力と同じものだ。除去しなければ彼らの生命が悪鬼に流れてしまう。

「おじさんに二か所。おばさんに一か所ある」

 水を戻して、魄は劍と伊代の傍に行くと膝を立てながらやや体を前に傾けた。

「除去します。先に謝っとく。痛いからごめんね」

 右手が変化して、五本の指が二倍に伸びると先端が鋭くとがった。魄は麻酔系の力はない。そのまま抉り出すしか手はなかった。
 劍は淡々とそれを見ながら「伊代から」と告げる。自分よりも体力が尽きるのが早いと危惧したからだ。

「魄ちゃ……わたし、から、はやく。はやくしてっ!」

 劍の意図を感じて伊代は催促した。躊躇えば劍の命が失われると涙を流す。

「歯を食いしばって、いっくよー」

 魄はわざと明るい声を出して伊代の背中に爪を沈める。伊代の口から小さな悲鳴が上がるが、逃げずにぐっと耐えた。メスのように小刻みに動かすと出血が出てきた。
 肉が切れている最深部に埋まっていた3ミリほどのガラス釘を、親指と人差し指で掴んで取り出すと、ぺいっと投げ捨てる。

「終わった。次は叔父さんね」

 そう言ってすぐに劍の肩に爪を沈める。包帯が破れて裂傷が見えた。こちらも傷の最深部まで爪を突っ込み人差し指と中指、小指と薬指でガラス破片を掴んで同時に引き抜く。こちらも三ミリほどのガラス釘だった。同じようにぺいっと投げる。

 三つ揃った瞬間に、鷹尾が九字切りを行って欠片を破壊した。

 欠片が体内から出た途端に、二人の額に貼ってあった形代がどんどん黒く染まっていく。みるみるうちに傷口が閉じて、あっという間に完治した。身代わりが上手く発動して雪絵は歓喜の涙を流す。

「お父さん! お母さん! よかった!」

「魄。雪絵も」

 鷹尾の指示に従い、魄は雪絵も調べた。彼女は水に包まれたがすぐに引いていった。
 魄は首を左右に振る。

「大丈夫。呪いじゃなくてヒビ入ってるだけ。鷹尾がやってあげたら?」

 鷹尾は「ったく」と毒づきながら胸ポケットから形代を取り出し、ぺチンと雪絵の額に叩くように張り付けた。

「いた!」

「紛らわしい、自分で治せよな! 延命息災えんめいそくさい急急如律令」

 形代の右腕が黒くなると、雪絵は腕を触って動かしてから、ほっと息をついた。

「ありがとうございます。鷹尾お兄さん」

「ありがとうじゃない。まずは自分を治してから二人の治療に当たるべきだろう。パニックになったり悲観するのは後回しにしないと助けられないだろうが!」

「ご、ごめんなさい」

 雪絵は半泣きになり、身体を小さくする。

「今はいいじゃん。それよりも先にすることあるでしょ?」

 魄が苦笑しながら鷹尾を止めた。
 劍は上半身起き上がりちらっと横を向くと、伊代は疲労がたまりそのまま寝てしまっていた。劍は伊代の肩をそっと撫でてから、鷹尾と魄に向き直る。姿勢を正そうとしたが激しい倦怠感と酔いが襲ってきて、手で体を支えた状態で止まった。酔っぱらって立てない人のようだ。

「鷹尾、魄ちゃんありがとう。助かった。……ひっく」

 血の匂いに紛れて酒臭い匂いが口から漂ってくる。
 こいつも酔っぱらいだ、と匂分かった鷹尾は呆れたように目を細めて、手を軽く振った。

「叔父さんも酒飲んでたのかよ。はーあ。お礼の内容はあとでリクエストするから」

「すまない……やけ酒してて、不意を突かれた」

「あー、そんな気がする。それで? これはどーいう事態? 何があったんだよ」

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