アンダンテ

浦登みっひ

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アンダンテ ジャンル:ミステリ

小雨の推理 瞬

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 真紀の話を聞き流しながら、俺は天井の木目を眺めていた。

 しかし、木目に格別の興味があるわけではない。『前門の虎、後門の狼』という諺をご存知だろうか。我ながら、随分仰々しい諺を引っ張り出してきたものだと思うが、今の瞬は正にそんな気分だった。
 左を見ればタイトスカートで体育座りをしている真紀のパンチラがちらつき、右を向けば一番上のボタンが外れた小雨の胸チラが視界に入る。目のやり場に困った瞬には、天井を眺めるしか選択肢がなかったのである。しかし、見ないように注意すると逆に意識してしまうもので、どうにもチラチラ目に入ってしまう。これでは推理どころではない。せめてどちらか、姿勢を変えてくれればいいのだが……。

「瞬のエッチ」

 悶々とそんな事を考えていた瞬を咎める一言。声の主は小雨だった。なるべく見ないように努力していたのに変態扱いされるのは心外だったが、ここで口答えしても逆効果である。

「す……すまん」
「鎌かけただけだよ」

 こンの野郎、と小雨を見ると、ニヤニヤしながらパジャマのボタンを留めているところだった。この笑顔にいつもやられてしまうのだ。子供の頃からずっと。

「ちょっと、二人とも、ちゃんと考えてる?」

 真紀がふくれっ面で声を荒げる。

「いや……ごめん」
考える余裕などなかったのだから仕方がない。

 昔の小雨は、もっと髪が長かった。腰まであったサラサラの黒髪を触るのが好きだった。小雨もそれを拒まなかった。小学校低学年ぐらいまでの話だ。唐突に、そんな事を思い出した。小雨の髪が短くなり始めたのは、いつ頃からだっただろうか。今ではショートボブに落ち着いている。伸ばした方が、絶対似合うと思うのだが。
 追憶を振り払い、意識を現在に呼び戻す。密室の検討をしていたはずだ。しかし、俺は全く推理どころではなかったため、何のアイディアも浮かんでいない。真紀も無言のままだった。最初に口を開いたのは、意外にも小雨だった。

「密室って言うけど、本当にあそこは密室だったのかな? 忍び込もうと思えば、実はそんなに難しくなかったんじゃない?」

 視線が小雨に集まる。

「外側の密室は、雨が降り始める前にはなかったわけでしょう?私達だって、自分の部屋の鍵はきっちりかけていたけど、離れの玄関の鍵まで注意はしていなかったし。今日の昼間、玄関の鍵はちゃんとかかってた?」

 記憶を遡ってみる。

「そういえば、俺達が今朝砂浜に行った後、先輩と心美ちゃんは別荘の方から歩いてきたよな。俺達より先に起きてビーチバレーのセットを取りに行っていたんだろう。俺達は玄関の鍵を持っていないから、かけることはできない」
「うん。だから、恐らく私達がビーチバレーをしていた間は、玄関の鍵は開いていたんじゃないかと思うんだ。その間に忍び込んで、離れの中で身を潜めていれば、外側の密室はクリアできる。まあ、もしかしたら、その後も開いてたかもしれないけどね。奥の二部屋は使われていなかったから、そこに身を潜めていたかもしれない」
「じゃあ、小雨は外部の人間による犯行だと見ているのね?」

 真紀が問うと、小雨は目を丸くした。

「当たり前じゃん、家族がどうして先輩を殺すの?」
「うん、確かに……。異論があるわけじゃないの。続けて」
「で、先輩の部屋が密室だった件については……単に、先輩が部屋の鍵を閉め忘れて、侵入されたって事じゃないかな?」

 なるほど。確かに、先輩を殺害するまでは、この説明で全く問題がなさそうだ。

「じゃあ、首尾よく先輩を殺害できたとして、その後の犯人の行動はどう考えているの?」

 真紀がさらに質問をぶつける。

「そう、それが、難しいんだけどねえ……。まだ離れに潜んでいるってことはあり得ないかな?」

 う~ん、と真紀が唸る。

「さすがにどうかしら……。警察は隅々まで捜索していると思うわ」
「そうだよねえ。警察に紛れて脱出したりは?」
「犯人が、最初からこうなる事を見越して、警官や鑑識の制服を用意していた、ということ?」
「うん、そうなるかな……」

 小雨の声から若干、自信が失われたように思える。

「もし仮に制服を用意していたとしても、さすがに気付かれるんじゃないかしら……」
「そうだよねえ。じゃあ逆に、警察じゃなくて、私達や家族そっくりに変装して脱出したとか?」
「そうだとしても、タイミングは限定されるわよね。私達が別荘に移動して、離れが立ち入り禁止になってからうろうろしていたら、いくら変装していても怪しまれる。だから私達と一緒に行動しなければいけないけど、人数が一人増えていたら、私達だってさすがに気付くでしょう?」
「そっか~。うう~む」
「どちらにしたって、変装が必要になるまで離れに潜んでいる必要はないわ。犯人は、一刻も早く現場を立ち去りたかったはず。足跡を残してでも、窓から脱出した方が安全だから」

 小雨は考え込んでいる。確かに、現実的とは言えない推理ではあるが、発想の柔軟さは小雨らしいと感じた。

「そもそも、先輩の悲鳴を聞いてすぐに、瞬と心美ちゃんが先輩の部屋に行っているわ。もし、犯人が先輩を殺害した後、瞬たちが駆けつける前に部屋を脱出していたとしたら、先輩の部屋の鍵は開いているはずよね。その後は、先輩の部屋の前にずっと心美ちゃんがいたわけだから、脱出はできない。脱出できるとしたら、瞬が繁幸さんや吉川さんを連れて先輩の部屋に再び入った後でしか有り得ないけれど、瞬たちは部屋の中をくまなく探しているし、廊下にはまだしばらく心美ちゃんが立っていたのだから、見つからずに脱出するのは不可能だと思うわ。心美ちゃんが寝室を覗き込みに行くまで、リビングや他の部屋に身を潜めていられたら話は別だけれど……瞬、先輩の部屋に、人間が一人身を隠せるようなスペースはあった?」

 瞬は、先輩の殺風景な部屋を思い出した。

「……いや、なかったな。先輩の部屋は随分殺風景な部屋だったよ、タンスもクローゼットもない。戸棚だって人間が隠れられるほど大きくはないしな。三人がかりで慎重に探したんだから、人が潜んでいたらまず間違いなく見つけられたと思うぞ」

 小雨は卓袱台に突っ伏しながら、

「う~ん、やっぱダメかぁ~~」

 と呟いた。
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