アンダンテ

浦登みっひ

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監獄島の惨劇 ジャンル:ホラー

22時 鮫太郎

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 俺はとても不機嫌だった。

 初対面の人間ばかりの狭い空間の中、一人で時間を潰すはめになったからである。瞬さんは散歩にでも行ったのか? ――こんな何にもない島でどこを見に行ったというのか。

 菅山とかいうデブと、松野とかいうヤリチン臭い野郎が、どちらが真紀を誘うかで口論していた。加藤というヤンキーはしばらくそれを黙って聞いていたが、
「おいお前ら、西野園は瀬名について来たんだろうが。お前らが誘ったって相手にされねえよ。ここのサークルにいるような尻軽女じゃねえし、もともと無関係なのにわざわざ呼んで来てもらったんだぜ? 泣かせて帰るような事はあっちゃならねえぞ。わかったな」
 ヤンキーの鶴の一声で、その話題はそれっきりになった。さすがリーダーってところか。

 それから3、40分ぐらい経った頃、瞬さんがくしゃみをしながら戻ってきた。すかさず声をかける。
「あ、瞬さん!どこ行ってたんすか?」
「ちょっと、トイレ」
んなわけあるか。

 瞬さんはそのままストーブの前に直行して、両手を翳したり揉み手をしながら体を温めている。そこへ、ヤンキーが静かに近付いて行った。
「よう瀬名、お前とはなかなかじっくり話す機会がなかったな……ちょっと、袴田の事を聞いてもいいか?」
 袴田……例の、自殺した先輩の話か。

 瞬さんはおもむろに、事件の事を話し始めた。俺もこっそり聞き耳を立てていたが、密室殺人の話は出てこなかった。隠しているのか、それともあの掲示板の方がガセネタだったのか……。
「あの袴田が自殺するなんてなあ……全然気付かなかったぜ。あいつんとこは家も金持ちだし、将来を悲観するようなことはないはずなんだがな……わからんもんだぜ」
 ヤンキーが、煙草に火をつけながらしみじみと言った。

 カップラーメンを食べて一眠りしていたら、いつの間にか十時になっていた。小屋の前で女子と合流して、そのまま収容所の前へ徒歩で移動する。
 古臭い建物が並んでいたが、全く興味をそそられない。むしろ、ホコリまみれになりそうであまり近付きたくなかったので、一休さんのようになるべく道の中央を歩いた。

 真紀は瞬さんに寄り添うようにして一緒に歩いている。いつの間にか、歩きやすそうなブーツに履き替えたらしい。姉貴は、そんな二人からわざと少し距離を置いているように見える。ついこの間までずっと、あそこは姉貴のポジションだったのに……姉貴はこれでいいのか?
「なあ……姉貴」
「ん?」
 姉貴は取り繕ったように無表情だった。
「瞬さんとはどうなってんの?」
「いや……どうもなってないよ」
「俺、てっきり姉貴と瞬さんは付き合ってるもんだと思ってたけど」
 しばらく黙り込んだ後、姉貴は絞り出したような声でぼそっと呟いた。
「わかんねぇ」

 で、収容所の前でペア分けをする事になった。
 とはいえ、真紀はずっと瞬さんにくっついて話しかけているし、福田というチビの女はすぐに彼氏のヤンキーのもとに走って行ったので、この二組はもう決まっているようなものだろう。デブとヤリチンはチラチラと真紀の様子を窺っていたようだったが、とりつく島もないとすぐに諦めたようだ。
 すると、斎藤というアバズレ女がヤリチンのところへ駆け寄っていった。鹿島とかいう隠れビッチっぽい女は、時折こちらに視線を投げながら迷っている様子だったが、結局ヤリチンに声を掛けた。しばらく三人で話し込んでいたが、ヤリチンは結局ビッチとペアを組む事にしたらしい。実にお似合いのペアだ。
 それを見て、一瞬鬼のような形相をしていたアバズレ女は、渋々ながらデブとペアを組んだ。

 ――といった、一連の流れをぼんやりと眺めていた俺と姉貴は、いつの間にか二人だけ取り残されていた。よって自動的に、俺は姉貴と組む事になったらしいのだが、すかさず言い出しっぺのデブからクレームが飛んできた。
「おい、そこの二人は姉弟で組むのかよ?」
デブの割には真っ当な指摘だ。俺達四人は、揃って顔を見合わせた。
 瞬さんは苦笑しながら、右手の親指と人差し指でピストルの形を作った。そして、真紀と姉貴を見ながら、そのピストルをくるっと回す。交代、という意味だろう。

 斯くして、瞬さんと姉貴、俺と真紀、というペア分けに変更になった。俺は真紀と二人きりになれる。姉貴は瞬さんと二人きりになれる。お陰で最高の組み合わせになったと、心の中でデブに礼を言っておく。こんなシケた島までついて来た意味があったというものだ。

 次に、今回の肝試しのルールが伝えられた。
 収容所には一階から五階までのフロアがあり、さらに屋上にも出ることができる。一階から五階までのフロアに一か所ずつ設けられている消火栓をスマホで撮影し、さらに屋上からの眺めをスマホで撮影して戻ってくるというものだった。いちいち撮影しなきゃならないのが面倒ではあるが、消火栓ぐらいなら探すのは簡単そうだ。
 収容所へ入っていく順番は、デブとアバズレのペア、ビッチとヤリチンのペア、ヤンキーとチビのペア、その後に俺と真紀のペアで、最後に瞬さんと姉貴のペアに決まった。この順番で、五分置きに中に入っていくという事らしい。

 デブが収容所の正面玄関のノブに手を掛けた。
「……あれ? おかしいな……開かねえ……」
「おい菅山、何やってんだよ。ついさっきまでは開いてたじゃねえか」
 ヤンキーがデブの背中に怒声を浴びせた。
「さっき確認しに来た時は開いてたんだが……しょうがねえな……通用口の方から入るか……お前ら、ついて来いよ」

 デブはそのまま収容所の壁に沿って、時計回りに歩いて行く。言われた通りに後について行くと、裏手の辺りまで差し掛かったところに小さなドアが見えてきた。正面玄関より一回り小さな通用口のようなものが、建物の頂点の位置にある。デブが鍵を差し込みノブを回すと、今度はあっさりとドアが開いた。

「じゃ、さっきの順番でな」
 最初にデブとアバズレのペアが入っていく。ドアが小さく、デブの体はギリギリ通れたという様子だった。後を追って、ヤリチンとビッチ、ヤンキーとチビのペアが収容所の中へ消えて行った。

「次は私たちの番か……」
 真紀が名残惜しそうに呟く。
「気をつけてな」
「うん、ありがとう」
 瞬さんが声をかけると、真紀は不安を打ち消すように微笑んでみせた。

 二人の世界とこちらの空間には、何か断層のようなものがあるのではないか。
 そんな風に感じてしまうほど二人が親密な様子で、何だか俺は気まずさを覚えた。瞬さんの隣で、姉貴もぼんやり突っ立っている。
「じゃあ、行きましょうか、真紀さん」
この空気に耐えられずに、ドアノブを握って真紀を促す。
「うん、宜しくね、鮫太郎くん」

 俺は真紀の先に立ってドアを開け、収容所の中へ足を踏み入れた。中はやはり真っ暗闇だ。ホコリと黴の臭いが、つんと鼻をついた。早くもゲンナリだ。
 ちらりと後ろを見ると、真紀は瞬さんに向かって、両手を広げて耳のように頭の上に当て、体を左右に揺らすジェスチャーを見せていた。
 それを見た瞬さんは、ふふ、と小さく笑って頷いている。
 一体、あれはどういう意味なのか……。真紀が扉を閉めると、辺りは完全な闇に包まれた。
 周囲が全く見えない。真紀が手持ちの懐中電灯のスイッチを入れると、目の前には三方向に分かれた廊下が伸びていた。
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