アンダンテ

浦登みっひ

文字の大きさ
49 / 126
有実さんの上にあるミカン ジャンル:一応童話(笑)

2

しおりを挟む
 小雨のほっぺたに、灰いろの空から小さな雪が一つぶ、ふわりと舞いおりてきました。

 その雪のひとひらは、小雨のほっぺたのうえで、さっととけてなくなってしまいます。
 雪のひんやりとした冷たさが、こたつとストーブですっかりほてっていた肌に、ここちよく感じられました。

 まちも、家も、道路も、まっかなポストも、でんしんばしらも、道ゆく車も、うっすらとおしろいのような雪化粧をしています。
 空を見上げると、数えきれないほどたくさんの小さな粉雪が、ふわりふわりとゆれながら、音もなくしんしんとふりつもっていきました。
 ささめ雪のなかを、小雨と瞬は手をつないで、さくさくと、雪をふむ音をたのしみながら歩いていきました。

 3分ぐらい歩いたところに、そのコンビニはありました。
 家のちかくにあるコンビニなので、お母さんやお父さんにつれられて、小雨もなんどか来たことがあるのですが、いつ来てもお客さんはほとんどいません。これでしょうばいになるのかしら、と、小雨のお母さんはいつも言っていました。

 とびらをあけてコンビニに入ると、お店の中はだんぼうがきいていて、すっかり冷たくなったほっぺたに、あったかい空気が、もわん、とおしよせてきました。レジの上では、おでんがもうもうとゆげを立てて、そのとなりには、おいしそうな肉まんや、やきとりの入ったガラスの箱が並べられています。

 そのようすがあまりにもおいしそうだったので、小雨のおなかは、ぐぅ、と大きく鳴りました。さっきまであんなにたくさんみかんをたべていたのに、もうおなかがすいてきたのです。
 そのとき、お店のおくから、店員さんがひとり、すがたをあらわしました。このコンビニにいつもいる、なんとなくつっけんどんな感じのするおばさんで、小雨はこの人のことが少しにがてでした。

「あら、いらっしゃい。今日はお母さんといっしょじゃないの?」
 小雨と瞬のすがたをみたおばさんが言いました。
「はい」 小雨は、小さくうなずきました。
「子供か……上原さん! 上原さん! ちょっと!」
 おばさんは、店のおくの方にむかって、大声でよびかけています。おばさんのほかにも店員さんがいるのでしょうか。小雨は、このおばさんしか見たことがありませんでした。
「はぁい……」 若い女の人の声がして、お店のおくから、もう一人、店員さんがでてきました。
 はじめてみる店員さんでした。かみを後ろでむすんでいて、はだが雪のように白くて、おたふくのようにまん丸いかおをした、若い女の人です。小雨と目があうと、その人はにっこりと笑いました。

「あら、かわいい~~。ふたりはきょうだい?」
 小雨は、おなじ年のこどもたちの中では、背がたかいほうでした。それにくらべて、瞬は小さい男の子だったので、いっしょにいるとよく姉弟にまちがわれました。
「いえ、おない年の、ともだちです」
「あ、そうなんだ~。今日は、どうしたの?」
「あの……じゃあ、肉まんをひとつ……」

 おねえさんは、肉まんのはいったケースをあけて、あつあつの肉まんをひとつ取りだすと、しゃがんで小雨の手にのせてくれました。小雨は、そのお姉さんの手に、じぶんのおこずかいからお金をはらいました。
「ありがとうございます」 お姉さんがいいました。
 おねえさんがしゃがんでいるので、そのむねに付けられている名札が目のまえにありました。そこには、『上原 有実』と書いてあります。
「うえはら ゆみ さん?」
 小雨は、よく本をよむ子だったので、漢字のテストはとくいで、いつも満点なのです。
「漢字よめるの? すご~~い。でもね、よくまちがわれるんだけど、これは『ゆみ』じゃなくて、『あるみ』って読むんだよ。めずらしいでしょ?」
「あるみさん……?」
「そう、お姉さん、あるみっていうの。よろしくね」

 小雨は、肉まんを瞬と半分こにしてたべました。あつあつの肉まんをほおばると、体の中がほかほかしてきて、小雨はあたたかいきもちになりました。
 お店の中をあるいていると、みかんの箱はすぐにみつかりました。その箱には、『有口みかん』とかいてあります。
「みかん好きなの?」 有実さんがはなしかけてきました。
 小雨はこくりとうなずいて、有実さんにたずねました。
「このみかんは、どこからきたんですか?」
 有実さんは、いちだんと明るいえがおでこたえました。
「このみかんはね、『和果山』っていうところからきたの。じつはね、わたしも和果山生まれで、おうちがみかん農家なんだよ」
「有実さん、和果山から来たの?」
 すると有実さんは、むねをはって言いました。
「そうよ、わたしはね、みかんの国のお姫さまなの。雪の王子さまとけっこんして、今は東北とうほくにすんでいるのよ」
「お姫さま? 本当? みかんの国には、みかんがたくさんあるの?」
「もちろん、冬になるとみかんの木にすずなりになって、たーーくさんのみかんができるのよ」
 有実さんはそういって、ラジオたいそうのように両手を大きく回しました。
「和果山って、とおいですか?」
「そうねえ……ここは東北だから、新幹線を使っても半日かかっちゃうかな……」
「行ってみたいなあ……」
「う~ん、つれて行ってあげることはできないけど、みかんのお話しだったら、たくさんできるよ?」

 それから有実さんは、みかんの話をたくさんしてくれました。

 平らな地面や丘の上に、びっしりとならぶ低いみかん畑のふうけい。青いみかんの実が少しずつ色づいていって、冬になると、枝いっぱいにかわいらしいみかんがなっているようす。
 また、小さなみかんの木の苗をだいじにそだてて大きくしていったり、枝を切ったり、おいしいみかんを育てるために、よく育った実だけをえらんだり……そういった、みかんの育てかたも、くわしくおしえてくれました。

 有実さんのお話しはとてもおもしろくて、小雨はすっかりむちゅうになって聞き入っていました。頭のなかに、おいしそうな、だいだい色のみかんをたわわに実らせた、みかん畑のふうけいが広がっていくようでした。

「瞬? 小雨ちゃん?」
 二人をよぶ声がして、ふりかえると、瞬のお母さんが、コンビニまでむかえに来ていました。
「なかなか帰ってこないから、しんぱいしたのよ? さあ、帰りましょう?」
「うん」
「はい」
 小雨と瞬は、すなおにうなずきました。
「おはなし聞いてくれてありがとう。またきてね」
 有実さんが、にっこりと笑って手をふりながら、みおくってくれました。

 いつのまにか外は晴れていて、青い空に、うすいオレンジ色とピンクがまじった、きれいな夕ぐれ色がほんのりとさしこんでいます。その空の色が、白い雪の上にうつりこんで、まちもお化粧をしたみたいに、ほんのりと赤く色づいていました。

 おうちへ帰る道すがら、小雨は、また有実さんのおはなしをききに来よう、と思いました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...