探偵たちのラプソディ

浦登みっひ

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十二人目の探偵、安西真理

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川矢「全員そこを動くな!」

 川矢探偵が叫ぶ。
 私たち十一人はその場に立ち尽くしながら、互いに顔を見合わせた。さすがに取り乱す者は一人もいない。本来探偵ではないはずの愚藤や東條も、一度死体を目にしたせいか、少しずつこの状況に慣れ始めているのがわかる。死体を見たことがなかった私ですら、最早目の前で人が殺されても驚かなくなっているのだ。きっともう彼らも感覚が麻痺し始めているのだろう。

 周囲を見渡し、室内に異常がないことを確認する。鉄格子の嵌められたガラス窓は割れていない。部屋の扉は閉じられているし、扉の前にはずっと私たちがいた。部屋の外から生贄を狙撃することは不可能だと言える。
 部屋には机や棚の類も一切なく、上下左右いずれも白い壁と天井を遮るものはない。当然、中にいる人間を狙撃できるような仕掛けはどこにも見当たらなかった。だからこそ、皆油断していたのだ。
 そしてそれは、探偵であるはずの私たちの中に、生贄の女性を殺した犯人がいるということを意味している。口を開く者はいなかったけれど、誰も何も言わないこと自体、全員がその可能性を念頭に置いていることの証明だと私は思った。

織田「誰か、ずっと彼女を見ていた者はいませんか」

 織田探偵が尋ねたが、誰も返事をしない。勝利を確信し、油断して雑談に興じるあまり、肝心の生贄への警戒を怠ってしまったのだ。
 私は改めて全員の配置を確認した。死体から1メートルほどの最も近い位置にいるのは、私と樺川先生。さらに、近い順に名前を挙げていくと、東條、水村、門谷、桃貫、愚藤、織田、銀田二、川矢、糊口となる。とはいえ、皆ひとかたまりになって話し込んでいたので、この順番にはあまり意味がないように思える。

水村「念のためにお聞きしますが、樺川先生、西野園さん、誰か不自然に生贄の女性に近付いた者はいませんでしたか?」
西野園「いえ、私は……気付きませんでした」
樺川「同じく。何というか……面目ありません」
銀田二「いや、油断していたのは我々も同じです。そうご自分を責められますな」
川矢「その通り。責任を感じている暇はない。皆、所持品をチェックするんだ。まさかこの状況でまだ武器を隠し持っているということはないと思うが、念のため。女性は三人で相互に確かめてくれ。どこに何を隠しているかわからない。服の中まで隈なく確認するように」

 私は二人と協力して、それぞれ殺傷能力のある武器を持っていないことを確認した。服の中まで、と指示があったし、私自身もその必要性を感じたので、二人の衣服の中まで手を入れて確かめなければならない。
 デニムパンツにTシャツの東條は調べやすかったけれど、問題はロングドレスの門谷先生だ。すぐ傍に男性が大勢いる状況では脱いでもらうわけにもいかない。苦肉の策として、私と東條は門谷先生のロングドレスの中に頭を突っ込んで中を調べさせてもらうことにした。
 他人のスカートの中に入る機会なんてなかったし、おそらくこれからもないだろう。まるで盗撮でもしているような妙な気分だ。

 確認に要した時間は二、三分ほど。二人とも武器は所持していなかった。

門谷「西野園さん、ちょっと痩せすぎなんじゃない?」
西野園「ええ? でも、別にダイエットとかはしてませんよ」
東條「それでいて、出るとこは程よく出てる……くっ、羨ましいスタイルをお持ちですね」

 そして、私たちとほぼ同時に、男性陣の方も所持品の検査が終わっていた。男性の方は皆スラックスやパンツスタイルで、武器が隠せそうなだぼっとした服装をしているのは銀田二だけだったので、確認もしやすかったのだろう。男性陣の中にも武器を隠し持っている者はいなかったらしい。

桃貫「誰も武器を持っていないということは、畢竟、今回の殺人には、そこに落ちている拳銃が使われたということになりますな。銃を確認させてもらってもよろしいですかな?」

 桃貫元警部が言うと、死体と拳銃の一番近くにいた樺川先生がさっと駆け寄り、拳銃を拾い上げて持ってきた。

樺川「銃のことはまったくわからない。詳しい方はいらっしゃいますか? やはり、桃貫元警部が一番お詳しいのかな」

 誰も返事をしなかったので、樺川先生は桃貫元警部に拳銃を手渡す。桃貫元警部は拳銃を矯めつ眇めつ調べた。

桃貫「いやはや、こうなることがわかっていたら老眼鏡を持ってきたのですが……しかし、これは22口径で、サプレッサー一体型の、ルガー……と言いましたかな、そのシリーズのようです」
川矢「なるほど。で、その銃は、至近距離で使っても全く気付かないほど静かなのですか?」
織田「いや、確かにそのモデルは優れた消音機構を備えているし、破裂音はかなり減衰されるが、銃の作動音そのものは残る。それが銃声だと感じられるどうかはさておき、近くにいれば物音に気付くはずだ……違いますか?」
桃貫「仰る通り、このように狭い室内で大勢の人間がいて、立ち話をしている程度の音の中では、違和感を持たれるのは必定かと思われます」
川矢「それなのに、誰も気付かなかった、ということは……」
銀田二「音……さっきの音楽ですな。それしか考えられない。今回は特に音量が大きいように感じられました。おそらく銃声を隠すために、目一杯音量を上げたのでしょう。例えば、打楽器の鳴るタイミング等に合わせて撃てば、音には全く気付かなかったとしても不思議ではない。それに、その瞬間は皆、音楽に注意を奪われていた。周囲の目を盗んで生贄を殺し、その場に拳銃を放り投げるには、絶好のタイミングだったでしょうな」

 たしかに、今までヘリコプターの音をかき消していたあの忌々しいオーケストラの音楽が、今回はそれ以上に喧しく聴こえた。しかし、ということは……。

愚藤「じ、じゃあ今回は、殺されたから音楽が鳴ったわけじゃなく、殺す前に……いや、殺すために音楽を鳴らした、ってことっすか?」
水村「そういうことになりますね。つまり、ここにいる誰かが、ゲームマスター……いや、少なくともこの音響を操作している人物と共謀している可能性が極めて高い」
東條「やっぱり、この中に人殺しがいるってことなんですね……」

 つい数分前まで和気藹々とミステリ談義に興じていた室内は、今や疑心暗鬼の坩堝と化していた。全員が探るような目つきで互いを睨む。これまで仲間と信じて行動していただけに、その衝撃は大きかった。それはきっと私だけではないはずだ。
 探偵は十一人。しかし、私は自分が犯人ではないことを知っているので、犯人の可能性がある人物は十人だ。単独犯かもしれないし、複数犯かもしれない。ただ、必要以上に疑ってもいけない。全員が敵というわけではないのだから――きっと。
 私は必死で状況を整理しようと試みた。この中に犯人がいるとしたら、今までの殺人をどのように行い、何故我々と合流したのだろう?

  この観点から単純に推論すれば、最も怪しいのは糊口ということになる。生贄を屋上から放っていることが知られ、姿を隠したまま生贄を殺すことが難しくなってしまったため、私たちと行動を共にしてその機会を窺おうとした、という理由が考えられるからだ。
 ただし、これは状況に基づいた推論でしかない。曲がりなりにも探偵としてこの場にいるのだから、こんな安直な理由で疑いをかけてはいけないだろう。

川矢「ぼやっとしている時間はない。もうじき次の生贄がやってくるはずだ。急いであっちの屋上に向かおう。メンバーは……悪いが独断で決めさせてもらう。織田探偵、銀田二探偵、糊口先生、愚藤くん。私と一緒に来てほしい。異論はないかね?」

 川矢探偵の提案に異論は出ず、五人はすぐに部屋を出て行った。至急本棟の屋上に向かわなければならないため、体力を考慮した人選なのだろうと私は考えた。その点銀田二探偵はどうなのかとも思ったけれど、残された六人中半分が女性であるこちらのグループに残されてもあまり役に立たない可能性があるから、川矢探偵は彼を連れて行ったのだろう。

水村「さて……では、我々も屋上に向かいましょうか。くれぐれも相互に注意を怠らないように。今度こそ、失敗は許されません」

 私たちは頷き、女の死体を残して部屋を出た。
 しかし、部屋を出たその瞬間。

西野園「うっ……!」

 突如として頭の中をキリキリと刺されるような頭痛に襲われ、私はその場に倒れ込んだ。

桃貫「やや、西野園さん、どうなさった!?」
東條「顔色悪いですよ、大丈夫?」

 とても久しぶりの感覚だったので一瞬困惑したけれど、これは、この頭痛は間違いない。彼女が表に出たがっているのだ。このゲームに本来招かれていたはずの、もう一人の私が。

西野園「いえ、大丈夫です……あの、すみません、ちょっとメイクを落として来てもいいですか?」
門谷「はあ? メイク? 何言ってんのアンタ、時と場合を考えなさいよ」
西野園「ごめんなさい……一分で済ませてくるので、行って来ます!」

 私は急いで立ち上がった。ここに来る途中、四階の化粧室の前を通りかかっていた。状態はさておき、あそこなら一応鏡があるはず――。

門谷「あ、ちょっと! 待ちなさいよ! 一人になっちゃ駄目でしょうが!」
東條「西野園さん!? あ~、もう! すいません、男性陣の皆さんは先に屋上に行っててください!」

『我が殺人ゲームへようこそ。十二人目の探偵、安西真理くん』

 十二人目の探偵の来訪を告げるゲームマスターのアナウンスと、困惑する二人の声を背に、私は棒のようになった足で化粧室へと駆け込んだ。
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