桜の樹の下に君を埋めるといふこと

浦登みっひ

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素人探偵・西野園真紀の考察(読者への挑戦状あり)

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 無口で不愛想な店主が四人分のコーヒーを運んで来て、テーブルは短い沈黙に包まれる。流行っていない割にコーヒーの味は上々で、喫煙者の伊達にとっては、煙草が吸えるのもポイントが高い。今回の事件の捜査のため、今後も何度か大学には足を運ぶことになるだろう。大学からも近いし、時間を潰すには最適な店だな、と伊達は思った。
 熱いコーヒーで喉を潤した後、伊達が事件の概要について説明すると、最初に口を開いたのは西野園だった。

「……あの、つまり伊達刑事は、どうすれば心美ちゃんに犯行が可能だったか、それを私たちに尋ねていらっしゃる?」
「いえ、諸星の単独犯だった可能性もありますし、二人が共犯で、実行犯が諸星だった可能性もある。死体の首を切断した理由は何なのか、そして、わざわざ手間をかけて衣服を切り刻んだ理由は何だったのか。頭部に犯人を示す何らかの手がかりが残っており、現場から持ち去る必要があったのかもしれない。しかしその後、先月同じサークル棟で、カーテンが切り裂かれる事件があったという情報が入ってきました。それをイタズラと捉えればそれまでですが、学生さん達の間では、その事件と今回の殺人事件を関連付けて考える者もいるという。もしこの二つの事件が繋がっているものだとすれば、話は全く変わってきます。我々が諸星や袴田さんについて調べ上げているうちに、通り魔的に織原さんを殺害したイカれた犯人は、悠々と証拠を隠滅してしまったかもしれない……すみません、煙草を吸ってもいいですか?」

 三人が頷いたので、伊達はポケットから煙草を取り出して火をつけた。
 気兼ねなく煙草が吸える喫茶店も、最近では随分珍しくなった。税金が上がったせいで、昔に比べるとかなり喫煙量を減らしたのだが、やはり考え事をする際に煙草は欠かせない。伊達にとって煙草はやる気スイッチのようなものだった。鼻から勢いよく煙を吹き出してから、伊達は続ける。

「少々事件とは関係のない話になりますが、私、こう見えても昔は探偵ってやつに憧れていたんですよ。小さい頃から推理小説が好きでね、教科書は読む気がしなかったけれど、推理小説ならいくらでも読んでいられました。シャーロック・ホームズは私のアイドルだった。それから少し成長して、こまっしゃくれた少年になった私は、今度はロジックに無理があるホームズを軽蔑し、クイーンを愛読するようになった。日本の作家のミステリもある程度読みました。驚天動地の大掛かりなトリック、精緻を極めるロジック、その先に辿り着く意外な犯人……そして、事件を解決に導く名探偵。そうした一連の様式美に憧れていたんですね。それを、犯人を逮捕し、正義の名の下に刑罰を与えることへの憧憬だと勘違いして、刑事などという単なる肉体労働者に成り下がった哀れな中年男。それが今の私の姿です」

 伊達はここで一度言葉を切り、また一つ勢いよく煙を吐き出した。

「現実の探偵に対する失望もあったでしょう。現実の世界には華麗なロジックも驚愕のトリックも意外な犯人も存在せず、実際の探偵の仕事は、浮気調査や身辺調査のようなくだらないものばかり。そういう我々警察だって、やっていることは大した違いがありません。ですからね、もしかしたら私は、袴田さんが、あるいは諸星でもいい、何かあっと驚くようなトリックを用いて、我々凡人が予想もつかない動機と方法で、あの美しく凄惨な殺人をやってのけたのだと思いたいのかもしれない。そして、それを探偵が鮮やかに解決するところを見てみたい。正直言って、私はもうお手上げです。何が何だかわからないし、今更通り魔の犯行だなんて思いたくない。だが、既に探偵としての実績を持っている西野園さん、貴女ならば、もっと異なる観点から事件を捉えることができるかもしれない。お聞かせ願えませんか西野園さん、貴女の見解を」

 西野園は伊達の長い独白にやや困惑した様子だったが、しばし黙考したのち、重々しく口を開いた。袴田と比較しても勝るとも劣らない、いやむしろ顔の造形だけなら袴田よりも整っているかもしれないが、個人的には、よりミステリアスで活力のある袴田のほうがタイプだな、と伊達は思った。

「ご期待に沿えるかはわかりません。伊達刑事が心美ちゃんに犯人であってほしいと考える以上に、私は彼女が犯人であってほしくないと思っていますから、心美ちゃんが犯人だった場合の推理なんて上手く組み立てる自信がない。でも、それを差し引いて考えても、やはり彼女単独での犯行は無理なのではないでしょうか。死亡推定時刻の偽装なんて、実際にはミステリのようにうまくはいかないし、一卵性双生児かドッペルゲンガーでもいないかぎりアリバイは崩せないと思います。伊達刑事はホテルから大学まで誰かが車で乗せて行った可能性に一縷の望みを託しているように思われますけれど、ただでさえ交通量の多い繁華街で、しかも金曜の夜ですから、実際には車を使ってもそれほど早くは移動できないはずです。私も時々行きますけれど、金曜の夜だったら、国道はだいたい渋滞しているんじゃありませんか?」

 渋滞。たしかに、伊達はその可能性を失念していた。
 二人が泊まったホテルから車で大学に行くためには、国道か、それと交差する大通りを通らなければならない。裏道は狭い上に歩行者が多く、車でスムーズに走り抜けることは困難である。金曜の夜、繁華街である穀分町周辺は、帰宅ラッシュとタクシーで非常に混雑し、渋滞していることが多い。袴田犯人説に囚われるあまり、そんな常識的な問題を見落としていたのである。伊達は穴があったら入りたいほど恥ずかしくなった。

「次に、諸星さんという方による犯行説ですが、これは犯行時刻前後まで一緒にいた心美ちゃんによる偽の証言がなければ成り立たないので、完全な単独犯とは言えないですね。たしかに諸星さんは部屋に入ってから翌朝まで誰にも姿を見られていませんし、窓から出入りする手段さえあればアリバイは完全とは言えない。ただ、ホテルの部屋の窓からの脱出を心美ちゃんが手伝い、運よくその姿を誰にも見られなかったとしても、翌朝までには部屋に戻る必要があるわけです。そう考えると、心美ちゃんを帰らせた理由がわかりません。この方法を使うなら、心美ちゃんにそのまま部屋にいてもらい、脱出に利用したロープなどを回収させて、被害者を殺害して戻ってきたあとに再び心美ちゃんにロープを下ろしてもらって窓からホテルの部屋に戻る、こうした方が遥かに安全だし合理的です。しかし、実際には心美ちゃんはホテルを出ている。諸星さんの犯行だったとすると、この間ロープはずっとぶら下がりっぱなしだったことになり、非常に危険です。もし私が犯人ならば、心美ちゃんを部屋に残しておく方を選択するでしょう。以上、諸星さんによる犯行説も根拠は極めて弱いと考えますが……いかがでしょうか」
「ううむ……なるほど、仰る通りですね」
「ところで、二人が利用したラブホテルって、どのホテルですか?」
「ええと……『バリアン・パラダイス』ですね。去年新しくできたホテルです」

 すると、西野園はほっとしたように表情を崩した。

「なあんだ……それなら、窓からの脱出は不可能ですよ。あのホテルなら何度か行ったことがありますが、あそこは客室の窓が開けられない構造になっているんです」
「……はっ?」

 これは完全な盲点だった。
 前にラブホテルを使ったのは何年前だったか……。若い頃は金がなかったから安いホテルにばかり入っていたし、三十路を越えて以降、女と過ごすのはシティホテルかそれ以上の格のホテルと決めている。
 これで諸星犯人説も完全に潰えてしまったことになるが、伊達がそれ以上にショックを受けたのは、若者とのジェネレーションギャップを感じてしまったことだった。いくら粋がったところで、伊達はもう四十路のオジサンなのである。

「……そ、そうだったのですか……失礼しました。では、被害者の首と衣服が切断された理由については、どう思われますか。先月起こったカーテンの事件との関連は?」
「ええ、事件の話を聞いてから、私にとってもそれが一番興味深い点でした。警察の方にこんな話をしても釈迦に説法かもしれませんが……」

 と前置きをして、西野園はミステリにおける首切り殺人の分類を伊達に説いた。それは首切りものの推理小説で使われたトリックを概説したものであり、伊達も知っている内容ではあったが、現実の事件にどこまで適用できるのかは疑問だと言わざるを得ない。

「被害者の衣服を切り裂いた点にも同じことが言えますが、首切りが犯人にとって合理的な行為であったのか否か、それによって解釈は全く変わってきます。首切りに合理的な理由があったのだとすると、頭部に犯人を指し示す何らかの痕跡があって、それを隠すためだったと考えられますね。それと同様に、衣服にも何らかの痕跡が残されていて、それを隠すため、あるいは一部を持ち去ったことを隠すために細かく切り刻んだのかもしれない。また、頭部の切断と衣服の切断、どちらか片方だけが合理的で、もう片方が犯人の嗜好による非合理的な理由から行われたものだった可能性もあり、そうなると、パターンはさらに複雑になっていきます。例えば、先月カーテンを切り裂いた犯人と関連付けて考えるなら、衣服を切り裂く、あるいはその一部を持ち去ることが主目的であって、殺人も首切りもそのついでだった、なんてことも有り得ます」

 犯人像についての西野園の考察はあまりにも常識を逸脱したもので、伊達はすっかり混乱していた。特に、殺人も首切りも衣服を切り裂くついでの行為だったなんて、そんなことが現実に有り得るのだろうか。伊達は、夢野久作の『ドグラ・マグラ』、読んだら精神に異常をきたすとすら言われる異形の探偵怪奇小説を、大昔に初めて読んだときの感覚を思い出していた。
 常人にはとても理解できない。西野園の思考を追うのを放棄した伊達は、ここに至ってようやく刑事としての職責を思い出し、核心的な質問を彼女に投げかける。

「……それで、結局、犯人はどのような人物だと思われますか」

 伊達の問いに対して、西野園は頭を抱え、う~ん、と低く唸った。そのまま黙り込んでしまった西野園に、隣に座った京谷という女が尋ねる。

「ねえ、真紀、今日は来ないの? もう一人の……」
「……うん、ダメみたい。さすがにちょっと条件が不足しているのかも。推測だけならいくらでもできるけれど、これだけの情報で犯人を指摘することは不可能なのかもしれない」

 伊達は、京谷が言いかけた意味深な一言を聞き逃さなかった。

「もう一人の、とは、何なんです? まだ他に関係者がいるのですか?」

 すると、西野園は苦笑を浮かべながらそれを否定した。

「いえ、違うんです、その、何ていうか……私は、状況の整理はできるけれど、事件を解決できるようなひらめきは全然なくて……説明が難しいんですが、今まで探偵みたいなことをしてきたのは、私のもう一つの人格なんですよ」
「もう一つの……人格?」

 これまたおかしな話が出てきたぞ、と伊達は思わず顔を顰めた。サイコな殺人事件だけでも既にお腹いっぱいなのに、今度は目の前にいる探偵が二重人格ときた。青葉はいつから精神病棟になったのか。
 しかし、諸星と袴田が犯人である可能性は残念ながら限りなく低い、それがわかっただけでも、収穫はあった。
 今後は、大学関係者を中心に、気の遠くなるほど膨大な聞き込みを行うことになるだろう。その中から、動機なきサイコパスの犯人を見つけることなど、果たしてできるだろうか。
 絶望的な気分になりつつ三人に礼を述べ、四人分のコーヒーの会計を済ませようとした、伊達のスマートフォンが鳴り出したのは、まさにその時だった。画面に表示された相手の名前は片倉である。通話アイコンをタップしてスマートフォンを耳に当てると、珍しく興奮気味の片倉の声が事態の進展を物語っていた。

「おう、片倉か……何だって? 被害者の切断された頭部が見つかった?」


!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!


 ※作者より後書き

 次回更新分からはエピローグ及びネタばらし回になるので、ここで『読者への挑戦状』を提示させて頂きます。
 とはいえ、ここまでお読み下さった読者の皆様なら、本作がオーソドックスな犯人当てでないことは既に勘付いておられることでしょう。故に、読者への挑戦状も一風変わったものになっています。

1.心美がカーテンを切り裂いたのは何故か? (10点)
2.織原伊都子を殺したのは誰か? (10点)
3.織原伊都子の死因は何か? (10点)
4.織原伊都子の頭部が切断され、持ち去られたのは何故か? (20点)
5.織原伊都子の衣服が細かく切断されていたのは何故か? (20点)
6.心美が最後に織原伊都子に尋ねたことは何か? (30点)

 全問正解で100点となります。配点は難易度に応じたものにしてあるのですが、この配分が妥当なのかどうかは自信がありません(笑)
 結構露骨に伏線を張ってきたつもりなので、細かく読んでいただければ満点取れるようになっている……はずです。

 次回更新は一週間以上先にするつもりなので、ゆったり考えて頂ければと思います。
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