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一日目(4)
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家族の居室と客室は全て二階にある。
仄香と錦野に続いて緩やかにカーブした階段を昇ると、最初に目に入ったのは、正面にある部屋の白いドアだった。周囲を見渡すと、左右両方にT字路の廊下が伸びている。つまり、頭上から見れば横長のH字型になる設計。仄香たちは現在、その横線の中央付近に立っていることになる。
二階の内装は一階とはうってかわってシンプルで、白い壁の所々に風景画がかけられている以外、特に装飾は施されていなかった。その風景画も、モネやシスレーなど、俗に印象派と呼ばれる画家の作品のレプリカで統一されていて、ロココ調のリビングの華やいだ雰囲気とは別世界のような穏やかさが感じられる。
白いドアは正面の壁の中央にあり、曲線的なデザインの真鍮色のドアノブが映えていた。錦野がそのドアを指して言う。
「この先は旦那様ご夫妻の寝室となっております」
「え、ここ全部がですか?」
綸がすかさず尋ねた。白い壁は階下の広いリビングと同じだけの幅があり、その広さは一般的な寝室の規模を大きく超えている。
「いえ、厳密に言えば、書斎兼寝室といったところでしょうか。ご夫妻の寝室として使われている屋根裏部屋と、書斎に分かれておりますね。その書斎も、書斎というよりは、書庫と呼んだ方が正確かもしれません」
「そうそう、パパはね、すごいたくさん本を持ってるの。それで、家の書斎に収まりきらない分を、こっちの書斎に置いてるんだよ。何年も前から、ママに『いくらか本を処分して』って言われてたんだけど、どれも思い入れのある本だから捨てるのは嫌だってよくケンカしてたの。だから、この屋敷を作る時にこっちにもわざわざ書斎を作って、いくらか本を持ってきたんだ……いくらかって言っても、ここの書斎だけで多分何千冊かはあるんじゃないかなあ」
錦野と仄香の説明に、今度は霞夜が目を丸くした。
「数千冊……! 仄香のお父さんって、どんな本を読む……読まれるの?」
「う~ん、何だろう……色々読んでるよ。仕事で必要な本はもちろんだけど、ノンフィクションも結構読むし……小説もよく読んでるよ。ミステリーっていうの? コナン君みたいに、殺人事件を解決していくやつ。ああいうのも好きみたい」
「へぇ……ミステリーか……」
四人の中で唯一の読書家である霞夜は、仄香の父の蔵書に強い興味を持ったようだったが、錦野は穏やかな口調を崩さぬまま、しかしはっきりと釘を刺すように言った。
「こちらの部屋は旦那様ご夫婦のプライベートな部屋ですし、蔵書を含め数々の貴重品を保管しておりますので、くれぐれも、この扉には手を触れぬようお願い致します。まあ、旦那様がご不在の間は鍵をかけてありますし、鍵は私が管理していますから、中に入ることはできませんが、念のため……」
霞夜はわずかに残念そうな表情を浮かべたが、それを打ち消すように、嬰莉がおちゃらける。
「千はさすがに無理だけど、あたしもマンガの単行本なら結構持ってるよ! こう見えて読書好きだからさあ」
「ぷっ……漫画は読書って言わないの!」
霞夜が笑いながら嬰莉の肩を小突くと、嬰莉は小さく舌を出しながら、えへへ、と照れ笑いをして見せた。嬰莉の明るく屈託のないキャラクターは、欠かせないムードメーカーとなっている。
二階が質素にまとめられているのは、主に居住空間として使われているためだ。壁や天井が白で統一されている点は一階と同じだが、廊下の照明はシャンデリアではなくLEDのシーリングライトで、床もシンプルなライトグレーのフローリングになっている。
錦野の案内で廊下を左に進むと、H字型の左半分、つまりT字路の突き当たりから左右に廊下が伸びており、四つの扉が見えた。中央に一つ、そして左に一つ、右側にはドアが二つあったが、ドアの間隔の狭さから、一番奥の部屋は他の部屋ほど広くないことが察せられる。錦野が四つの扉をそれぞれ指しながら言う。
「右手のドアが仄香お嬢様のお部屋、その奥に見えます扉はご家族専用のバス・トイレで、他の二つが客室でございます。二階の客室は合わせて四部屋ありますが、内装も家具も全て同じですので、どの部屋に泊まるかは皆様でご自由に決めて頂いて構いません。反対側も、こちらと同様に手前の二部屋が客室で、奥は遊戯室になっております。客室には全てトイレ付のユニットバスがありますので、皆様にはそちらを使って頂ければ幸いです」
「ユニットバス付のお部屋……? 何だか、ホテルみたいですね……個人の別荘としては、結構珍しいんじゃないですか?」
綸が尋ねると、仄香は頷きながら答えた。
「うん、元々は家族だけの別荘にするつもりだったんだけど、いざ乙軒島に来てみたら、パパがこの島の風景をすごく気に入っちゃってね。お友達を招待できるように設計を見直して、客室もホテル並みにちゃんと作らせたんだよ。その分お金も余計にかかって、ママはもう、すごいおかんむりで。その気になれば、ここでこのままホテルを開けちゃうんじゃないかって思うぐらい……まあ、ホテルをやるにしてはアクセスが悪すぎるけどね」
風光明媚な乙軒島にこれほど美しい館を建てたなら、誰かを招待したくなるのは無理もないし、ホテルに転用するアイディアも魅力的かもしれない。
だが、最寄りの島との交通手段が船しかなく、沖縄本島からそこまでの間にも船を使わなければならないとなれば、仮にこの島でホテルを開業したとしても、客足は限定されるだろう。せっかくインスタ映えしそうなロケーションなのに、スマートフォンが使えず、インスタグラムに画像を上げることもできないし――と全員が納得したところで、錦野が四人を促す。
「では、早速客室の方を見ていただきましょうか。さあ、こちらへどうぞ」
「あっ、ちょっと待ってください」
客室の方へ足を向けた錦野を止めたのは望だった。
「その前に、部屋割りを決めさせてもらってもいいですか?」
それから、数分間の話し合いを経て、四人の部屋割りが決められた。
H字型の左半分は、仄香の隣の部屋、つまり中央が嬰莉で、手前が霞夜。右半分は、中央の部屋が望で、手前が綸に、それぞれ割り当てられることになった。
話し合いそのものが紛糾したわけではなかったが、部屋割りが決まるまでには若干の紆余曲折があった。どの部屋を選んでも設備や内装に違いはないし、周囲を海に囲まれているため、風景にも大きな変化はないはず。だから、当初は四人とも部屋にこだわりはなく、適当に決めようとしていたのだ。しかし、
『南側の方が綺麗な日の出や夕陽が見られるよ』
という仄香の一言により状況は一変。南側の部屋を巡る争いが勃発したのである。
ここがもし別荘でなく、この場に錦野がいなかったとしたら、四人はいつ終わるとも知れない口論を繰り広げていたかもしれない。しかし、他人の目の前で無駄に時間を浪費するほど四人は子供ではなかった。最も速やかに、そして後腐れなく交渉を決着させる手段として、人間の手だけで行われる三すくみの遊戯、つまりじゃんけんが選ばれた。
「「「「最初はグー、ジャンケンポン!」」」」
「よっしゃ~、上がり!」
最初に勝ち上がったのは嬰莉だった。嬰莉は勝利を収めたグーをそのまま頭上に突き上げ、ガッツポーズをして見せた。敗れたチョキの手を見つめながら、綸が口を尖らせる。
「あ~、絶対こうなると思った。嬰莉はホント、チート並みにじゃんけん強いんだから」
「へへへ、日頃の行いがいいからだよっ。まあでも、南側の部屋はもう一つあるじゃん。さあさあ、残る一部屋を射止めるのは誰だ誰だ~?」
勝ち誇る嬰莉に煽られ、三人は顔を見合わせて、自分の拳に全神経を集める。
「「「最初はグー、ジャンケンポン!」」」
「いぇ~い!」
二番目に勝ち上がったのは霞夜だった。霞夜は満面の笑みを浮かべながら、他の二人に見せつけるようにチョキのVサインを突き出す。綸と望は、空しく広げられた手のひら、つまりパーの形をした自分の手を恨めしそうに眺めた。
南側の二部屋が決まってしまうと、後はどうでもよくなったらしく、北側の部屋割りは中央が望、手前が綸とすんなり決まった。
錦野が南側中央の部屋、つまり嬰莉の部屋の扉を、恭しい動作で開け放つ。
「う~わぁ……!」
「ひろ~い!」
「マジでホテルみたい……!」
玄関の右側には靴箱、左側には小さなニッチがあり、ガラス製の花瓶に小さな花が生けられていた。前方を見ると、玄関から伸びる短い廊下が、その先のリビングへと続いている。そして、廊下の向こうには、一流ホテルのスイートルームを思わせる広いリビングと、大きな掃き出し窓の外に広がる大海原。想像を遥かに超える光景がそこにあった。
四人の反応に目を細めながら、錦野が言う。
「部屋の設備の説明をさせて頂きますので、他のお部屋にお泊りの皆様も、どうぞ一緒にお入りください。まず、ご覧の通り、正面にあるのがリビングです。窓の向こうはバルコニーになっておりまして、天気の良い日には潮風を浴びながら素晴らしい眺めを楽しむことができます」
やはり白を基調とした清潔感のあるリビングには、入り口から見て左側に楕円形の猫脚のテーブル、そしてそれを囲むように柔らかそうなソファと二脚の椅子が配置されている。右側の壁の中央には隣室へと繋がる扉、その左にはテレビ台と60インチの液晶テレビがあり、扉の右側には背の高いチェストが設えられていた。
入り口から見て正面、南側の窓の外は錦野の言う通りバルコニーになっていて、小さな丸テーブルと木製の椅子が置いてあるのが見える。
「おお~、バルコニーかぁ……いいなぁ、こういうの憧れてたんだ!」
嬰莉は居ても立ってもいられない様子で駆け出し、リビングを横切って窓を開け、そのままバルコニーへと出て行った。バルコニーの手摺から身を乗り出し、眼下に広がる海を眺めながら歓喜する。
「うひょ~、いい眺め!」
「ちょっと嬰莉、危ない! 気をつけてよ!」
霞夜の制止も気に留めず、嬰莉は手摺に上体を預けた。不意に吹き付けた強い潮風に、嬰莉のショートカットの髪が激しく揺れる。
「だ~いじょうぶだいじょうぶ! 皆もおいでよ、ほら! や~っほ~!」
嬰莉は両手を口に添えて海に向かって呼び掛けたが、すかさず霞夜のツッコミが入る。
「それは山でやるやつでしょ?」
「あはは、そうだったそうだった……」
小さく舌を出しながら苦笑する嬰莉。彼女の手招きに応じて、霞夜、綸、望の三人もバルコニーに出た。
「うわぁ~」
「ほんと、こりゃすごいわ……」
「日本の風景とは思えない……」
見渡す限りの水平線。乙軒島の南側には他に島もなく、コバルトブルーの海がどこまでも広がっている。テレビやネットの画面を通してしか見たことがなかったような絶景に、四人はしばらく言葉を失っていた。仄香は得意げに微笑みながら、その背中に声をかける。
「ちょっと~みんな~? 景色は逃げないからさ、今はお部屋の案内させてよ。こっちは寝室だよ~?」
仄香と錦野に促されてリビングに戻り、入口から見て右側にあった扉から中に入ると、今度は天蓋付きの豪華なツインベッドが四人を出迎えた。
「ふわぁ~! ベッドだベッドだぁ~!」
寝室に入るなり、嬰莉は水泳選手のように勢いよくベッドにダイブした。糊のきいた白いシーツの上に柔らかい羽毛布団がかけられたツインベッドは、嬰莉の華奢な体を雲のように優しく受け止める。嬰莉は枕に顔を沈め、クロールのように足をぱたぱたと動かした。
「ちょっと嬰莉、お行儀悪いぞ!」
「はっはっは~、ごめんごめん。ついテンション上がっちゃってさ……だってさぁ、天蓋付きのベッドだよ? 乙女の憧れじゃん、これ」
「気持ちはわかるけど……後でゆっくりね」
「へ~い……」
綸にたしなめられて、嬰莉は渋々ベッドから起き上がった。
寝室にもリビングと同様、南側にバルコニーへと続く大きな掃き出し窓があり、リビングと繋がる扉の右側にテレビが、左側には化粧台が置いてある。バルコニーの反対側にももう一つ扉があり、
「この中はクローゼットとバスルームになっております」
と、錦野がその扉を指し示す。
「お手洗いや洗面台もこの中にございますので、ご確認ください。――さて、ここまでで、何かご不明な点などございませんでしたか?」
「……あ、いえ、私は大丈夫です、ありがとうございました」
嬰莉が頭を下げると、錦野は微笑を浮かべながら一礼した。
「では、他の皆様もお部屋にご案内させていただきましょう」
仄香と錦野に続いて緩やかにカーブした階段を昇ると、最初に目に入ったのは、正面にある部屋の白いドアだった。周囲を見渡すと、左右両方にT字路の廊下が伸びている。つまり、頭上から見れば横長のH字型になる設計。仄香たちは現在、その横線の中央付近に立っていることになる。
二階の内装は一階とはうってかわってシンプルで、白い壁の所々に風景画がかけられている以外、特に装飾は施されていなかった。その風景画も、モネやシスレーなど、俗に印象派と呼ばれる画家の作品のレプリカで統一されていて、ロココ調のリビングの華やいだ雰囲気とは別世界のような穏やかさが感じられる。
白いドアは正面の壁の中央にあり、曲線的なデザインの真鍮色のドアノブが映えていた。錦野がそのドアを指して言う。
「この先は旦那様ご夫妻の寝室となっております」
「え、ここ全部がですか?」
綸がすかさず尋ねた。白い壁は階下の広いリビングと同じだけの幅があり、その広さは一般的な寝室の規模を大きく超えている。
「いえ、厳密に言えば、書斎兼寝室といったところでしょうか。ご夫妻の寝室として使われている屋根裏部屋と、書斎に分かれておりますね。その書斎も、書斎というよりは、書庫と呼んだ方が正確かもしれません」
「そうそう、パパはね、すごいたくさん本を持ってるの。それで、家の書斎に収まりきらない分を、こっちの書斎に置いてるんだよ。何年も前から、ママに『いくらか本を処分して』って言われてたんだけど、どれも思い入れのある本だから捨てるのは嫌だってよくケンカしてたの。だから、この屋敷を作る時にこっちにもわざわざ書斎を作って、いくらか本を持ってきたんだ……いくらかって言っても、ここの書斎だけで多分何千冊かはあるんじゃないかなあ」
錦野と仄香の説明に、今度は霞夜が目を丸くした。
「数千冊……! 仄香のお父さんって、どんな本を読む……読まれるの?」
「う~ん、何だろう……色々読んでるよ。仕事で必要な本はもちろんだけど、ノンフィクションも結構読むし……小説もよく読んでるよ。ミステリーっていうの? コナン君みたいに、殺人事件を解決していくやつ。ああいうのも好きみたい」
「へぇ……ミステリーか……」
四人の中で唯一の読書家である霞夜は、仄香の父の蔵書に強い興味を持ったようだったが、錦野は穏やかな口調を崩さぬまま、しかしはっきりと釘を刺すように言った。
「こちらの部屋は旦那様ご夫婦のプライベートな部屋ですし、蔵書を含め数々の貴重品を保管しておりますので、くれぐれも、この扉には手を触れぬようお願い致します。まあ、旦那様がご不在の間は鍵をかけてありますし、鍵は私が管理していますから、中に入ることはできませんが、念のため……」
霞夜はわずかに残念そうな表情を浮かべたが、それを打ち消すように、嬰莉がおちゃらける。
「千はさすがに無理だけど、あたしもマンガの単行本なら結構持ってるよ! こう見えて読書好きだからさあ」
「ぷっ……漫画は読書って言わないの!」
霞夜が笑いながら嬰莉の肩を小突くと、嬰莉は小さく舌を出しながら、えへへ、と照れ笑いをして見せた。嬰莉の明るく屈託のないキャラクターは、欠かせないムードメーカーとなっている。
二階が質素にまとめられているのは、主に居住空間として使われているためだ。壁や天井が白で統一されている点は一階と同じだが、廊下の照明はシャンデリアではなくLEDのシーリングライトで、床もシンプルなライトグレーのフローリングになっている。
錦野の案内で廊下を左に進むと、H字型の左半分、つまりT字路の突き当たりから左右に廊下が伸びており、四つの扉が見えた。中央に一つ、そして左に一つ、右側にはドアが二つあったが、ドアの間隔の狭さから、一番奥の部屋は他の部屋ほど広くないことが察せられる。錦野が四つの扉をそれぞれ指しながら言う。
「右手のドアが仄香お嬢様のお部屋、その奥に見えます扉はご家族専用のバス・トイレで、他の二つが客室でございます。二階の客室は合わせて四部屋ありますが、内装も家具も全て同じですので、どの部屋に泊まるかは皆様でご自由に決めて頂いて構いません。反対側も、こちらと同様に手前の二部屋が客室で、奥は遊戯室になっております。客室には全てトイレ付のユニットバスがありますので、皆様にはそちらを使って頂ければ幸いです」
「ユニットバス付のお部屋……? 何だか、ホテルみたいですね……個人の別荘としては、結構珍しいんじゃないですか?」
綸が尋ねると、仄香は頷きながら答えた。
「うん、元々は家族だけの別荘にするつもりだったんだけど、いざ乙軒島に来てみたら、パパがこの島の風景をすごく気に入っちゃってね。お友達を招待できるように設計を見直して、客室もホテル並みにちゃんと作らせたんだよ。その分お金も余計にかかって、ママはもう、すごいおかんむりで。その気になれば、ここでこのままホテルを開けちゃうんじゃないかって思うぐらい……まあ、ホテルをやるにしてはアクセスが悪すぎるけどね」
風光明媚な乙軒島にこれほど美しい館を建てたなら、誰かを招待したくなるのは無理もないし、ホテルに転用するアイディアも魅力的かもしれない。
だが、最寄りの島との交通手段が船しかなく、沖縄本島からそこまでの間にも船を使わなければならないとなれば、仮にこの島でホテルを開業したとしても、客足は限定されるだろう。せっかくインスタ映えしそうなロケーションなのに、スマートフォンが使えず、インスタグラムに画像を上げることもできないし――と全員が納得したところで、錦野が四人を促す。
「では、早速客室の方を見ていただきましょうか。さあ、こちらへどうぞ」
「あっ、ちょっと待ってください」
客室の方へ足を向けた錦野を止めたのは望だった。
「その前に、部屋割りを決めさせてもらってもいいですか?」
それから、数分間の話し合いを経て、四人の部屋割りが決められた。
H字型の左半分は、仄香の隣の部屋、つまり中央が嬰莉で、手前が霞夜。右半分は、中央の部屋が望で、手前が綸に、それぞれ割り当てられることになった。
話し合いそのものが紛糾したわけではなかったが、部屋割りが決まるまでには若干の紆余曲折があった。どの部屋を選んでも設備や内装に違いはないし、周囲を海に囲まれているため、風景にも大きな変化はないはず。だから、当初は四人とも部屋にこだわりはなく、適当に決めようとしていたのだ。しかし、
『南側の方が綺麗な日の出や夕陽が見られるよ』
という仄香の一言により状況は一変。南側の部屋を巡る争いが勃発したのである。
ここがもし別荘でなく、この場に錦野がいなかったとしたら、四人はいつ終わるとも知れない口論を繰り広げていたかもしれない。しかし、他人の目の前で無駄に時間を浪費するほど四人は子供ではなかった。最も速やかに、そして後腐れなく交渉を決着させる手段として、人間の手だけで行われる三すくみの遊戯、つまりじゃんけんが選ばれた。
「「「「最初はグー、ジャンケンポン!」」」」
「よっしゃ~、上がり!」
最初に勝ち上がったのは嬰莉だった。嬰莉は勝利を収めたグーをそのまま頭上に突き上げ、ガッツポーズをして見せた。敗れたチョキの手を見つめながら、綸が口を尖らせる。
「あ~、絶対こうなると思った。嬰莉はホント、チート並みにじゃんけん強いんだから」
「へへへ、日頃の行いがいいからだよっ。まあでも、南側の部屋はもう一つあるじゃん。さあさあ、残る一部屋を射止めるのは誰だ誰だ~?」
勝ち誇る嬰莉に煽られ、三人は顔を見合わせて、自分の拳に全神経を集める。
「「「最初はグー、ジャンケンポン!」」」
「いぇ~い!」
二番目に勝ち上がったのは霞夜だった。霞夜は満面の笑みを浮かべながら、他の二人に見せつけるようにチョキのVサインを突き出す。綸と望は、空しく広げられた手のひら、つまりパーの形をした自分の手を恨めしそうに眺めた。
南側の二部屋が決まってしまうと、後はどうでもよくなったらしく、北側の部屋割りは中央が望、手前が綸とすんなり決まった。
錦野が南側中央の部屋、つまり嬰莉の部屋の扉を、恭しい動作で開け放つ。
「う~わぁ……!」
「ひろ~い!」
「マジでホテルみたい……!」
玄関の右側には靴箱、左側には小さなニッチがあり、ガラス製の花瓶に小さな花が生けられていた。前方を見ると、玄関から伸びる短い廊下が、その先のリビングへと続いている。そして、廊下の向こうには、一流ホテルのスイートルームを思わせる広いリビングと、大きな掃き出し窓の外に広がる大海原。想像を遥かに超える光景がそこにあった。
四人の反応に目を細めながら、錦野が言う。
「部屋の設備の説明をさせて頂きますので、他のお部屋にお泊りの皆様も、どうぞ一緒にお入りください。まず、ご覧の通り、正面にあるのがリビングです。窓の向こうはバルコニーになっておりまして、天気の良い日には潮風を浴びながら素晴らしい眺めを楽しむことができます」
やはり白を基調とした清潔感のあるリビングには、入り口から見て左側に楕円形の猫脚のテーブル、そしてそれを囲むように柔らかそうなソファと二脚の椅子が配置されている。右側の壁の中央には隣室へと繋がる扉、その左にはテレビ台と60インチの液晶テレビがあり、扉の右側には背の高いチェストが設えられていた。
入り口から見て正面、南側の窓の外は錦野の言う通りバルコニーになっていて、小さな丸テーブルと木製の椅子が置いてあるのが見える。
「おお~、バルコニーかぁ……いいなぁ、こういうの憧れてたんだ!」
嬰莉は居ても立ってもいられない様子で駆け出し、リビングを横切って窓を開け、そのままバルコニーへと出て行った。バルコニーの手摺から身を乗り出し、眼下に広がる海を眺めながら歓喜する。
「うひょ~、いい眺め!」
「ちょっと嬰莉、危ない! 気をつけてよ!」
霞夜の制止も気に留めず、嬰莉は手摺に上体を預けた。不意に吹き付けた強い潮風に、嬰莉のショートカットの髪が激しく揺れる。
「だ~いじょうぶだいじょうぶ! 皆もおいでよ、ほら! や~っほ~!」
嬰莉は両手を口に添えて海に向かって呼び掛けたが、すかさず霞夜のツッコミが入る。
「それは山でやるやつでしょ?」
「あはは、そうだったそうだった……」
小さく舌を出しながら苦笑する嬰莉。彼女の手招きに応じて、霞夜、綸、望の三人もバルコニーに出た。
「うわぁ~」
「ほんと、こりゃすごいわ……」
「日本の風景とは思えない……」
見渡す限りの水平線。乙軒島の南側には他に島もなく、コバルトブルーの海がどこまでも広がっている。テレビやネットの画面を通してしか見たことがなかったような絶景に、四人はしばらく言葉を失っていた。仄香は得意げに微笑みながら、その背中に声をかける。
「ちょっと~みんな~? 景色は逃げないからさ、今はお部屋の案内させてよ。こっちは寝室だよ~?」
仄香と錦野に促されてリビングに戻り、入口から見て右側にあった扉から中に入ると、今度は天蓋付きの豪華なツインベッドが四人を出迎えた。
「ふわぁ~! ベッドだベッドだぁ~!」
寝室に入るなり、嬰莉は水泳選手のように勢いよくベッドにダイブした。糊のきいた白いシーツの上に柔らかい羽毛布団がかけられたツインベッドは、嬰莉の華奢な体を雲のように優しく受け止める。嬰莉は枕に顔を沈め、クロールのように足をぱたぱたと動かした。
「ちょっと嬰莉、お行儀悪いぞ!」
「はっはっは~、ごめんごめん。ついテンション上がっちゃってさ……だってさぁ、天蓋付きのベッドだよ? 乙女の憧れじゃん、これ」
「気持ちはわかるけど……後でゆっくりね」
「へ~い……」
綸にたしなめられて、嬰莉は渋々ベッドから起き上がった。
寝室にもリビングと同様、南側にバルコニーへと続く大きな掃き出し窓があり、リビングと繋がる扉の右側にテレビが、左側には化粧台が置いてある。バルコニーの反対側にももう一つ扉があり、
「この中はクローゼットとバスルームになっております」
と、錦野がその扉を指し示す。
「お手洗いや洗面台もこの中にございますので、ご確認ください。――さて、ここまでで、何かご不明な点などございませんでしたか?」
「……あ、いえ、私は大丈夫です、ありがとうございました」
嬰莉が頭を下げると、錦野は微笑を浮かべながら一礼した。
「では、他の皆様もお部屋にご案内させていただきましょう」
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