スペルバインド

浦登みっひ

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元・男装の麗人

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『私立花倉高等学校』

 校門の前に佇みながら僕は、今日から僕の学び舎となる高校、その名が刻まれた銘板を、しばらくの間眺めていた。

 今日は入学式。僕たち新入生が、これから始まる高校生活に心を躍らせながら新たな学舎の土を踏む日だ。
 ついこの間まで、花倉高校は女子高だった。今年度から共学に変わり、男子生徒も受け入れることになった……はずなのだが、周りを見渡すと、僕の他にはセーラー服姿の女子生徒とその父兄しか見当たらない。初年度からいきなり男が集まることはないだろうと聞いてはいたけれど、それにしてもこれほどとは。中学が男子校だった僕にとっては、異世界どころか異次元にも等しい空間だ。

 ちなみに、僕が通っていた中学から花倉高校に進んだやつは他にいないから、いわゆる『同中』ってやつも存在しない。僕の中学はそれなりに格の高い進学校だったから、もっと偏差値の高い高校に行って、そのままエリートコースを歩んでいく奴がほとんどだ。

 ただ、正直に言うと、僕はその中であまり成績のいい方ではなかった。両親が健在だった小学校高学年までは塾に通っていたのだけれど、中学に入る前に両親が亡くなり、姉貴と二人暮らしになった。中学に入ってからは、必死にバイトをして生活費を稼ぐ姉貴を助けるため、僕もできる限り節約しようと、塾通いをやめた。その結果がモロに成績に表れたというわけ。
 だから、どうせ他の奴よりランクの落ちる高校に行くのなら、姉貴の母校で女子がたくさんいる花倉高校に進み、リア充生活をエンジョイしてやろう、というよこしまな考えもあった。アパートからも近いし。

 まあ、リア充がどうこう以前に、姉貴以外の女の子とあまり話したことがないという僕の致命的な欠陥を、すっかり忘れていたのだけれど。

「葉太郎、なにぼ~っとしてんの?」

 姉貴が怪訝そうに僕の顔を覗きこむ。

「い、いや、いよいよ新生活かあって思ってさ」
「ははは。感無量って感じ?」 
「うん、まあそんなところ」
「感慨にふけってるとこ悪いけど、そろそろ中に入ろう?」

 不意に強い風が吹いて、春風に舞う桜の花びらが姉貴の微笑を艶やかに彩った。門の向こうは校舎へと続く長い桜並木になっていて、うららかな春の陽気の中、風に揺れながら美しく咲き乱れている。
 空を見上げると、雲一つない快晴。入学式は午後一時半からで、太陽はほぼ南中にあった。

 今日の姉貴は、珍しく黒いスーツに身を包んでいた。白いブラウス、膝までしかないスカート、そしてこれまた珍しい黒のハイヒール。どれも初めて見るものだ。そもそも、制服以外で姉貴がスカートを履くこと自体が激レアといっていいものだし、スーツなんて、果たして持っていただろうか……レンタルの可能性もあるけれど、姉貴の体型よりほんの少しサイズが大きめに見える。
 さらに珍しいのは、ばっちり化粧をしていることだった。長い髪を後ろでポニーテールに結い上げ、服装も相俟って、今日の姉貴は、いつもより更に大人っぽく見えた。

 校門を越えて校舎に向かって歩いていると、突然、どこからか歓声が上がった。

「あっ、今川先輩!」

 それと同時に、制服姿の女子生徒が二人、こちらへ駆けてくるのが見えた。男なら誰もが夢見るシチュエーションだと思うけれど、残念ながら、彼女たちのお目当ては僕ではない。

「おお、福島に天野じゃないか! 元気してる?」

 姉貴が声をかけると、二人の女子生徒は笑いながら姉貴に抱き付いた。

「おいおい、ちょっ……今日は慣れないヒール穿いてるんだから、勘弁してくれよ」
「あっ、ごめんなさい先輩」
「先輩の姿を見たら、もう、いてもたってもいられなくて」
「あははっ。ありがと」

 つい先日まで姉貴は、この花倉高校に通っていた女子高生だった。だからここは、僕にとっては未知の領域だけれど、姉貴にとっては勝手知ったるかつての母校。彼女たちは当時の後輩といったところだろう。
 高校時代演劇部に所属していた姉貴は、170センチを越える身長とくっきりと整った目鼻立ちから、舞台上では男役を演じることが多かった。その上、女子校独特の文化のせいもあって女子生徒から相当モテたらしく、下駄箱にラブレターが入っていたことも日常茶飯事だったとか。男の僕にとってはすこぶるうらやましい話である。

「もう、今川先輩と織田先輩の二枚看板が引退しちゃって、演劇部はこれからどうやって部員を集めたらいいのか……」
「そういえば今川先輩、今日はどうしてここに?」

 すると姉貴は、やれやれといった感じで苦笑を浮かべた。

「おいおい、言ってただろ? 弟が今年から花倉の生徒になるって」

 思えば、姉貴の高校での姿を、僕は一度も見たことがなかった。学園祭に遊びに来たとき、演劇部で男役を演じているところは見ているけれど、普段の姉貴がどんな風に他の生徒たちと接していたのかは全く知らないし、姉貴が部屋に友人を連れてくることもなかったからだ。
 後輩と話している姉貴は、花形の男役として名を馳せていた当時の名残か、普段よりも声のトーンが少し低いような気がするし、口調もなんとなく男っぽく感じられる。
 姉貴が僕の肩を抱き、二人の女子生徒の視線がようやく僕に向けられた。

「ああ、ああ、そういえばそうでした。じゃあ、こちらが今川先輩の弟さん?」
「やだ~、カワイイ! わんこみたい!」

 カワイイ。男にとっては素直に受け取れない褒め言葉の一つだ。それに、犬みたいって……。
 まあ、たしかに、元々長身の上に今日はヒールを履いて180センチぐらいはありそうな姉貴の隣に160半ばの僕が立ったら、あまり男らしくは見えないかもしれないけど。

「そうそう。あたしの弟、今川葉太郎。中学は男子校だったし、色々戸惑うこともあるだろうから、適当に面倒見てやってよ」

 姉貴がそう言うと、二人の女子生徒はピッと背筋を正して敬礼して見せた。それはまるで軍隊のようなきびきびとした所作だった。

「了解ですっ、先輩!」
「先輩の命令とあれば、喜んで!」

 姉貴が出演した舞台は何度か見たことがあるけれど、厳めしいメイクを施され男物の衣装を纏った姉貴の姿は、男の僕でも羨ましく思うほどの美男子だった。すらりとした長身、堀が深い顔立ち、目もやや切れ長で、黙っていると機嫌が悪そうに見えるタイプ。だから、男装姿の姉貴に女の子が惚れてしまうのも何ら不思議ではない。
 一方の僕はというと、どちらかというと中性的な顔立ちで、それが最大のコンプレックスでもある。実年齢より幼く見られがちだし、同性には舐められやすい。何もしてないのに目の敵にされることだってある。花倉高校に進学した理由の一つには、男子校の陰湿さにうんざりしていたということも挙げられる。

 二人と別れてからも姉貴は何度も呼び止められ、その都度僕を紹介した。数えたわけではないが、二十人は下らないと思う。その中には、教師も数人含まれている。
 今日は入学式だから、登校している在校生はごく一部のはずなのに、それでもこんなに声をかけられるとは。僕は姉貴の人気と人望の厚さに驚くと同時に、感謝した。彼女を作りたいという下心で花倉高校を選んではみたものの、男子校での三年間ほとんど女子と話すことがなかったから、うまく雰囲気に溶け込めるかとても不安だったのだ。
 でも、それはまったくの杞憂に終わりそうだ。姉貴のおかげでたくさんの上級生や教師に顔と名前を覚えてもらえたことが、とても心強かった。
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