スペルバインド

浦登みっひ

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シスター・コンプレックス

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「ちょっと、葉太郎! そんなとこで寝てたら風邪ひくよ!」

 バイトから帰ってきた姉貴の声で、僕は目を覚ました。気付けば外はすっかり暗くなっている。

「ん……おかえり、姉貴」
「おかえりじゃないよ、もう。ほら、ご飯食べよう」

 そう言って微笑む姉貴の手には、某コンビニチェーン店のロゴがプリントされたビニール袋が提げられていた。

 それから僕たちは、コンビニのおにぎりやサラダ等で軽く食事をとった。僕たちの境遇を不憫に思ったバイト先の店長が、廃棄される食料品を少しだけ分けてくれるのだ。
 姉貴が今のバイト先で長く続いているのは、店長が女性(上司が男の場合、働く期間が長くなるほどトラブルが発生しやすい。それは姉貴が美人だからだ)ということもあるだろうけれど、食費がだいぶ浮かせられる点が大きいのではないかと思う。ものによっては、消費期限なんて一日、二日過ぎてても全然問題ないし。食べられればそれでいい、という意識を持つことで、生活は幾分楽になるのだ。

「次、なんかリクエストある?」
「リクエストって?」
「廃棄リクエスト」

 自分で発したそのフレーズがだんだんおかしくなってしまったらしく、姉貴はくすくすと笑い出した。

「リクエストなんてできるの?」
「いや、もちろんそんなシステムないけどさ、わざと売れないように、棚の後ろの方に隠したりとか、工夫できることはあるかもよ?」
「そんなこと店長にバレたらクビになるんじゃないの?」
「それはないよ……まあ、怒られるかもしんないけどさ」

 そんな下らない話をしながら廃棄の夕食を終えると、次に僕たちは、タオルと石鹸と洗面器など、つまり一通りの風呂用具を持って外に出た。
 先述した通り、僕たちのアパートには浴室がない。だから毎日、アパートから100mほどのところにある銭湯を利用しているのだ。

 世の中にはスーパー銭湯とかいうものもあるらしいけれど、僕たちが通うところは昔ながらの古き良き銭湯。浴場に富士山の絵が描かれていると言えば、雰囲気がより伝わるだろうか。
 利用客の大半は、僕から見ればばあちゃん世代の高齢者、或いは後期高齢者で、同年代の客には滅多に会うことがない。番台のおばあさんもかなりのご高齢で、跡継ぎもいないし経営も苦しいから、廃業を考えているという噂もちらほら。ここがなくなると、僕たちは他の、もっと遠くの銭湯に通わなければならなくなるから、なんとかもう少しだけ頑張っていただきたいと思っているのだが。

 お湯に浸かり、手早く体を洗って浴場を出ると、姉貴は既に番台の前で待っていた。女の子って一般的には長風呂のイメージがあるのだけれど、姉貴と一緒に銭湯に来て、待たされたことは一度もない。
 いつかテレビで見た昔の曲に、こんな歌詞の曲があったような気がする。曲名は何て言ったっけ……女性視点の歌詞で、少し暗くて、物悲しい曲調の。ほら、なんとか川っていう……。

「ごめん姉貴、待った?」

 声をかけると、姉貴は微かに笑みを浮かべながら首を振った。

「ううん。じゃ、帰ろうか」

 姉貴は番台のおばあちゃんに『どうも~』と挨拶をして、先に立って歩き出す。振り向いたとき、ふわりと靡いた姉貴の長い髪が、ほんの少し僕の肌に触れた。乾きたてでまだほんのり湿気が残っていた姉貴の髪は、とても冷たかった。


 銭湯からアパートに帰ってくると、姉貴はさっさと布団を敷いて眠ってしまった。
 姉貴は本当によく眠る。姉貴の身長がこんなに伸びたのはきっと、とにかくよく寝るからだと思う。寝る子は育つ。早寝早起きして、学校の課題等は朝に取り組むのが、姉貴の昔からの生活パターンだ。
 十八歳になってからは時折深夜にもシフトを入れるようになったけれど、バイトのない日は夜の九時か十時には布団に潜り込み、そのまま朝まで目覚めることはない。

 一方の僕はといえば、小学生の頃まではそれなりに朝型の健康的な生活を送っていたはずなのだけれど、中学時代なかなか学校の授業についていけなかったせいもあって、夜遅くまで宿題を解いたり復習をすることが多かった。姉貴は昔から体育や美術などの成績は良かったけれど、他の科目の成績はあまり優秀な方ではなかったから、勉強に関しては姉貴を頼るわけにもいかなかったのだ。
 そのため、高校生になった今では、すっかり夜型の生活習慣が体に染み付いてしまった。僕の身長がイマイチ伸びないのは、きっとこの夜型生活のせいだと思う。そう思ったところで、すぐに改められるわけでもなく。
 僕は寝息を立てる姉貴の横で、明日からの新生活の準備をしていた。

 時間割を確認し、教科書を鞄に詰め込んで……準備が終わってもなかなか眠気は訪れない。中途半端な時間にがっつり昼寝してしまったせいだろうか。でも、明日からは新生活、周りは慣れない女子だらけ。心身共にかなりの消耗を強いられるだろうし、なるべく早めに体を休めておいたほうがいいだろう。

 そして僕は、姉貴が眠っている布団に潜り込んだ。
 そう、僕たちは、毎日同じ布団で眠っている。

 僕と姉貴の生活について人に話すとき、最も驚かれるのはこの点だ。中学に進学してクラスメイトにこの話をしたとき、めちゃくちゃ驚かれたのを今でも覚えている。すると、当時のクラスメイトの何人かが、僕の顔を見るたびに『ねえ、ちゃんと寝てる?』という例のアレをしつこく言ってくるようになった。それ以来、姉貴と一緒に寝ていることは誰にも話していない。

 僕と姉貴が一緒に寝るようになったのは、両親が死んでからだ。
 当時の僕は小学生、姉貴はまだ中学生だった。突然両親がいなくなって、僕も寂しかったし、姉貴も寂しがった。だから、一緒に寝ることにあまり抵抗はなかった。それは、僕がまだ精通前のガキンチョだったせいもあるだろう。

 姉貴の高校進学と共にこのアパートに移り住み、この四畳半の狭い部屋に暮らす上で、今度は二人分の布団を敷くだけのスペースがないという現実的で切実な問題が浮上した。
 タンスに冷蔵庫に本棚に……いくら物を整理したといっても、二人分の物資は部屋の大部分を占有していた。家具などの諸々を配置して余ったスペースに布団を二つ敷こうとすると、かなり窮屈になってしまう。だったら、これまで通り一緒に寝ればいいじゃない、と姉貴が言って、それが今まで改められることなくずっと続いているのだ。

 でも、僕はもう高校生になった。まだ全然大人ではないけど、純真無垢な子供でもない。姉貴の布団に入ることに悶々とし始めたのは、中学生になってからのことだった。
 僕が布団に入るとき、大抵の場合、姉貴は先に眠っている。すると、姉貴に背を向けて布団に入った僕の体に、必ず姉貴の両腕が絡み付いてくるのだ。

 一緒に寝るようになった当初、僕は小学生で、姉貴は中学生だった。しかし、僕が中学生になったということは、姉貴はもう高校生。一緒に寝ていれば、姉貴の身体的変化がよくわかる。背中に当たる柔らかいふくらみは日に日に大きくなり、腰から臀部にかけての曲線が、日を追うごとに妖艶に丸みを帯びていった。
 無意識の姉貴は、とにかく僕の素肌に触れたがった。最初パジャマの上をまさぐっていた指先は、器用にパジャマの隙間を探り当て、次第に中へ中へと入り込んで、僕の素肌を優しく愛撫する。これは何かのイタズラなんじゃないかと疑いたくなることもある。でも、耳や首筋に当たる吐息は明らかに寝息のリズムだし、仕返しに、と後ろに手を回してくすぐったりしても、目を覚ますことはなかった。
 むしろ、変に手を出してしまうと、脚や腰を艶めかしくくねらせて余計に収拾がつかなくなったりするから、もう、ひたすら耐えるしかないのだ。

 腕の次には脚が絡みつき、背中に姉貴の体が密着して、うなじに唇が触れることもある。僕の寝不足の最大の原因は、間違いなく姉貴の寝相だ――これを寝相と言っていいものか、戸惑ってしまうけれど。
 だから、夢精の不快感で目を覚ますと、姉貴の手がパンツの中まで伸びていた、なんてことは日常茶飯事。もし姉貴の手が汚れていたら、姉貴が目を覚まさないようにそっと拭き取る。翌朝まで臭いが残っていないか、よく不安にはなるが、まさか『指臭くない?』なんて直接訊いて確かめるわけにもいかない。姉貴は本当に気付いてないのだろうか……。
 対面で布団に入って理性を保てる自信は、あまりない。

 姉貴に背を向けて布団に入ると、すぐにその細い指が僕の皮膚の上を這い回り始めた。洗いたての姉貴の体から、石鹸とシャンプーの甘い香りが鼻腔に流れ込んでくる。
 ステーキを食べて無駄に精力がついてしまった僕の体は、姉貴の愛撫にいつもよりストレートに、激しく反応していた。今日はだいぶヤバイ予感がする。

 僕は一度布団から出て、手早く『処理』を済ませてから、再び布団に入った。処理の後の気だるさも手伝って、眠りにつくまでにさほど時間はかからなかった。
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