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武田の誤算
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午前中の授業が終わり、昼休みを迎えた。
武田の差し金で、由比さんと一緒に昼食を食べようと約束した昼休み。
ところで、弁当を持参していない僕の昼食は、校内にある売店か、校門を出てすぐの場所にあるコンビニで買うことになっている。
高校生の昼食といえば親が作った手弁当が普通。だが、うちのアパートにはキッチンもコンロもないから、弁当を作ることができない。姉貴がぐうたらとか料理ができないとかそういう理由じゃなくて、そもそも料理をできる環境にないのだ。だから、昼休みになったらパンやおにぎりを買って食べることにしている。姉貴がこの花倉高校に通っていたときもそうだった。
周りの女子生徒たちが弁当を広げて食べている中、姉貴もだいぶひもじい思いをしたのではないだろうか。女子高生時代の姉貴が軽い昼食で済ませていたその裏で、僕は中学で毎日きちんと栄養バランスのとれた給食を食べていた――そう考えると、なんだか申し訳なく思えてくる。お昼はちゃんと食べなさい、と姉貴は僕に少し多めの昼食代を持たせてくれているのだが、それでも、あまり贅沢をする気にはなれない。
だが、両親が健在な武田と由比さんは、どちらも母親の手作り弁当を持参しているらしい(由比さんに関しては、これもSNSを漁って得た情報なのだそうだ。SNSって怖い)。そこで、武田が考えた作戦はこうだ。
まず僕は由比さんと中庭で待ち合わせる。今日はとても天気がいいから、中庭のベンチで食事をとるのがいいだろう。そして、そこに偶然ばったりと武田が現れ、三人で一緒に食事をとることになるのだが、僕はあいにく昼食を買いに売店まで行かなければならないため、その場を離れる(そして、そのまま帰ってこない)。すると、武田と由比さんは二人きりで昼食を食べられる、というわけだ。僕は完全な当て馬扱い。まあいいけど。
僕は作戦通りに中庭の待ち合わせ場所に来た。
中庭の花壇には、チューリップやパンジーなど色とりどりの花がたくさん植わっていて、いかにも女子校らしい、華やかな風景が広がっていた。その花壇を囲むように何脚もの白い木製のベンチが備え付けてあり、既に何人かの生徒がベンチに座って昼食をとっている。
由比さんはすぐにやってきた。
その手に小さな弁当箱を持って、風で乱れる前髪を気にしながらこちらに歩いてくる。じっくり見ると、脚がすらりと長くてスタイルがいいな、と改めて思った。
「ごめんね今川くん、待った?」
「ううん、僕も今来たばかりだから」
今朝声をかけたときとは、顔の雰囲気も違うような気がする。ほんの少し頬を赤らめて――と、観察しているうち、それが赤みがかったチークの色であることに気付いた。そうか、さりげなく化粧をしてきたのか。そう思って見ると、小ぶりな唇の色も、朝とは少し違うような……。
「あれっ、顔、何かついてる?」
僕の視線に気付いた由比さんが、にわかに顔をぱたぱたと押さえ始めた。
「い、いや、ごめん、違うんだ、そういうわけじゃ……」
「そ、そっか、よかった……」
奥二重の目をわずかに細めて微笑む由比さん。心臓がドキンと大きく脈打ち、僕は慌てて彼女から目を逸らした。ダメだダメだ、僕はキューピッド役なんだから……。
お互いにややぎこちない挨拶を済ませ、これから何を話そうかと考える間もなく、華やかな花壇に場違いなほど野太いダミ声が響き渡る。
「おっ、今川! それに由比さん!」
声のした方を振り返ると、そこには、由比さんのそれの倍はありそうな大きな弁当箱を持った武田の姿があった。
え、早くね? もうちょっとタメを作ったほうがよくね? 不自然すぎね?
「二人とも昼食か? へへぇ、偶然だなあ、俺もこれから昼飯食おうと思ってたところなんだ。よかったら三人で一緒に食べない?」
由比さんは怪訝そうな表情をしていたけれど、元々こういう作戦なのだから仕方がない。僕は台本通りの台詞を、なるべく棒読みにならないよう注意しながら言った。
「ああ、じゃあ三人で食べようぜ。あ、でも俺これから売店に昼飯買いにいかなきゃならないから、先に二人で食べててくれよ」
僕は『俺』という一人称も『ぜ』という語尾もほとんど使わないから、我ながらどうにも違和感が拭えないのだが、台本通りに言っただけなのだから、僕に責任はないはずだ。うまくいかなかったとしても、全責任は脚本家の武田にある。
由比さんは明らかに狼狽えた様子だったが、僕は彼女に背を向け、売店の方向に歩き始めた。
「え、今川くん、行っちゃうの? お弁当は?」
そのまま、振り返ることもなく、さっさと立ち去ればよかったのかもしれない。けれど、由比さんの声があまりに切なげだったものだから、街中で捨てられた子猫を見つけた時のように、僕は思わず立ち止まってしまった。
「あ、うん……弁当がないから、売店まで買いに行かなくちゃならないんだ。でも、すぐ戻ってくるから」
「じゃあ、私も一緒に行く!」
「……え?」
由比さんはそう言ってサッと僕の手をとると、先に立ってスタスタと売店の方向へ歩き始めた。
「ちょ、ちょっと、由比さん?」
「私も、まだここの売店行ったことないの。だから、一度見てみたいと思ってたんだ。一緒に行きましょう?」
「あ、あの、武田は……」
由比さんは武田の方を一顧だにせず、ぐいぐいと僕の手を引いて早足に歩き続ける。後ろを振り返ると、武田が唖然とした表情でその場に立ち尽くしているのが見えた。作戦失敗、すまぬ武田。この借りはいつか必ず……。
武田の差し金で、由比さんと一緒に昼食を食べようと約束した昼休み。
ところで、弁当を持参していない僕の昼食は、校内にある売店か、校門を出てすぐの場所にあるコンビニで買うことになっている。
高校生の昼食といえば親が作った手弁当が普通。だが、うちのアパートにはキッチンもコンロもないから、弁当を作ることができない。姉貴がぐうたらとか料理ができないとかそういう理由じゃなくて、そもそも料理をできる環境にないのだ。だから、昼休みになったらパンやおにぎりを買って食べることにしている。姉貴がこの花倉高校に通っていたときもそうだった。
周りの女子生徒たちが弁当を広げて食べている中、姉貴もだいぶひもじい思いをしたのではないだろうか。女子高生時代の姉貴が軽い昼食で済ませていたその裏で、僕は中学で毎日きちんと栄養バランスのとれた給食を食べていた――そう考えると、なんだか申し訳なく思えてくる。お昼はちゃんと食べなさい、と姉貴は僕に少し多めの昼食代を持たせてくれているのだが、それでも、あまり贅沢をする気にはなれない。
だが、両親が健在な武田と由比さんは、どちらも母親の手作り弁当を持参しているらしい(由比さんに関しては、これもSNSを漁って得た情報なのだそうだ。SNSって怖い)。そこで、武田が考えた作戦はこうだ。
まず僕は由比さんと中庭で待ち合わせる。今日はとても天気がいいから、中庭のベンチで食事をとるのがいいだろう。そして、そこに偶然ばったりと武田が現れ、三人で一緒に食事をとることになるのだが、僕はあいにく昼食を買いに売店まで行かなければならないため、その場を離れる(そして、そのまま帰ってこない)。すると、武田と由比さんは二人きりで昼食を食べられる、というわけだ。僕は完全な当て馬扱い。まあいいけど。
僕は作戦通りに中庭の待ち合わせ場所に来た。
中庭の花壇には、チューリップやパンジーなど色とりどりの花がたくさん植わっていて、いかにも女子校らしい、華やかな風景が広がっていた。その花壇を囲むように何脚もの白い木製のベンチが備え付けてあり、既に何人かの生徒がベンチに座って昼食をとっている。
由比さんはすぐにやってきた。
その手に小さな弁当箱を持って、風で乱れる前髪を気にしながらこちらに歩いてくる。じっくり見ると、脚がすらりと長くてスタイルがいいな、と改めて思った。
「ごめんね今川くん、待った?」
「ううん、僕も今来たばかりだから」
今朝声をかけたときとは、顔の雰囲気も違うような気がする。ほんの少し頬を赤らめて――と、観察しているうち、それが赤みがかったチークの色であることに気付いた。そうか、さりげなく化粧をしてきたのか。そう思って見ると、小ぶりな唇の色も、朝とは少し違うような……。
「あれっ、顔、何かついてる?」
僕の視線に気付いた由比さんが、にわかに顔をぱたぱたと押さえ始めた。
「い、いや、ごめん、違うんだ、そういうわけじゃ……」
「そ、そっか、よかった……」
奥二重の目をわずかに細めて微笑む由比さん。心臓がドキンと大きく脈打ち、僕は慌てて彼女から目を逸らした。ダメだダメだ、僕はキューピッド役なんだから……。
お互いにややぎこちない挨拶を済ませ、これから何を話そうかと考える間もなく、華やかな花壇に場違いなほど野太いダミ声が響き渡る。
「おっ、今川! それに由比さん!」
声のした方を振り返ると、そこには、由比さんのそれの倍はありそうな大きな弁当箱を持った武田の姿があった。
え、早くね? もうちょっとタメを作ったほうがよくね? 不自然すぎね?
「二人とも昼食か? へへぇ、偶然だなあ、俺もこれから昼飯食おうと思ってたところなんだ。よかったら三人で一緒に食べない?」
由比さんは怪訝そうな表情をしていたけれど、元々こういう作戦なのだから仕方がない。僕は台本通りの台詞を、なるべく棒読みにならないよう注意しながら言った。
「ああ、じゃあ三人で食べようぜ。あ、でも俺これから売店に昼飯買いにいかなきゃならないから、先に二人で食べててくれよ」
僕は『俺』という一人称も『ぜ』という語尾もほとんど使わないから、我ながらどうにも違和感が拭えないのだが、台本通りに言っただけなのだから、僕に責任はないはずだ。うまくいかなかったとしても、全責任は脚本家の武田にある。
由比さんは明らかに狼狽えた様子だったが、僕は彼女に背を向け、売店の方向に歩き始めた。
「え、今川くん、行っちゃうの? お弁当は?」
そのまま、振り返ることもなく、さっさと立ち去ればよかったのかもしれない。けれど、由比さんの声があまりに切なげだったものだから、街中で捨てられた子猫を見つけた時のように、僕は思わず立ち止まってしまった。
「あ、うん……弁当がないから、売店まで買いに行かなくちゃならないんだ。でも、すぐ戻ってくるから」
「じゃあ、私も一緒に行く!」
「……え?」
由比さんはそう言ってサッと僕の手をとると、先に立ってスタスタと売店の方向へ歩き始めた。
「ちょ、ちょっと、由比さん?」
「私も、まだここの売店行ったことないの。だから、一度見てみたいと思ってたんだ。一緒に行きましょう?」
「あ、あの、武田は……」
由比さんは武田の方を一顧だにせず、ぐいぐいと僕の手を引いて早足に歩き続ける。後ろを振り返ると、武田が唖然とした表情でその場に立ち尽くしているのが見えた。作戦失敗、すまぬ武田。この借りはいつか必ず……。
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