スペルバインド

浦登みっひ

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武田の思惑

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 次の日、教室に着いた僕に最初に声をかけたのは、またしても武田だった。

 教室に入った瞬間から、何やら皮膚に貼り付くようなジトッとした視線を感じていた。恐る恐るそちらを見ると、案の定、僕の前の席に大きな体を押し込んだ武田が、何かいかにも含みのありそうな笑みを浮かべながら手招きしていたのだ。

 昨日の朝のことがあっただけに気まずかったし、また何か言われるんじゃないかという不安もあったけれど、すぐ前の席の奴をシカトするわけにもいかない。僕は挨拶がわりに手を上げて応え、そのまま席についた。

「昨日はすまなかったな、今川」

 武田は開口一番に謝罪したが、こういう言葉を鵜呑みにしてはならないと、僕は経験上知っている。第一、心から謝っているようには全然見えないのだ。まあ、これは武田の生まれつきの人相のせいかもしれない。僕はとりあえず適当にやり過ごすことにした。

「いや、いいよ、別に気にしてないから」
「ところでな」

 僕の返事を聞いているのかいないのか、武田はまた昨日と同じようにぐいと顔を寄せてきた。視界の端に、教壇前の席の福島さんがこちらの様子を窺っているのが見える。きっとまた武田が変なことを言わないか、気にかけてくれているのだろう。
 しかし、武田が声を潜めて言った内容は、僕の想像の遥か斜め上をいくものだった。

「なあ今川、お前このクラスで狙ってる女いるか?」
「はあ?」

 狙ってるって、それはつまり付き合いたい女の子がいるかってこと? いや、狙うも何も、まだ知り合って二日目じゃないか。

「A組の女子はなかなかレベル高いだろ? お前ならもう何人か目星をつけてるんじゃないかと思ってな」
「いや、そんな、まだ……」
「もしかしてお前、彼女いんの?」
「いないけどさ」
「へぇ、モテそうなのにな。じゃあ、まだ狙ってる女はいないんだな?」
「うん、まあ、そうなるかな……」

 武田の言う通り、たしかにそれなりにかわいい子はいると思うし、花倉に来たからにはいずれ彼女を作りたいけれど、僕はもう少し内面を知ってからじっくり考えようと思っている。『あまりヤンチャするな』と姉貴に釘を刺されてもいるし……。

「そうか、よかった……実はな、俺はほら、一番前の席の由比を狙ってるんだ。由比更紗ゆひさらさ

 武田はそう言って、軽く顎をしゃくって見せた。
 窓際の僕や武田の列からは一番遠い廊下側の列。その一番前の席に、女子生徒が一人ぽつんと座っている――まあ、僕と武田以外は全員女子なんだけど。

 由比さんはスタイルのいいおしとやかなタイプの女の子で、武田よりも背が高い。背中まで伸びた髪をハーフアップにまとめ、他の同年代の女子と比べるとどこか大人びた、そして垢ぬけた雰囲気を醸し出している。目鼻立ちもすっきりと整っていて、ルックスは確かにこのクラスでも五本の指に入るだろう。
 正直なところ、武田には高嶺の花なのではないかと思ったけれど、それは余計なお世話ってやつか。僕は適当に相槌を打った。

「由比さんか……うん、綺麗な子だね」
「だろ? ピアノとかもやってるんだぜ。お上品だろ」
「え、そうなの……? もうそんなことまで話してるのか」

 武田の発言に、僕はとても驚いた。高校生活が始まって二日目だし、僕はまだ他のクラスメイトの女子たちと挨拶以上の会話をしていない。ようやく顔と名前が一致してきたかな、ってところなのに、武田はもう気になる女の子から色々なことを聞き出しているようだ。やっぱり僕は消極的すぎるのだろうか。

「いや、SNSで由比のアカウントを見つけて探ったんだよ。子供のころからピアノを習ってて、将来の夢はピアノの先生。花倉を出たら音大に進むつもりらしい。ディズニーランドの年パスを持つヘビーユーザー。好物はオムライスとイチゴ」

 うわあああ。前言撤回。こいつキモッ……。こういうの、ネットストーカーって言うんだっけ? 見た目以上にヤバい奴だな、こいつ。

「このクラスの女子のアカウントは大体探し当てたぜ。お前もこれから気になる子ができたら情報提供してやってもいい」
「い、いや、遠慮しておくよ……」
「そうか? 便利だぜ、恋愛だって情報戦だ。ところで本題だがな……」

 武田が真面目な顔で『恋愛』というワードを口走ったのがおかしくて、僕は笑いを噛み殺すのが大変だった。しかし、武田はそれに気付く様子もなく、一層真剣な表情を作る。

「単刀直入に言おう。お前は由比に手を出さないでくれ。いや、むしろ、俺と由比の間を取り持ってくれないか」
「ええ? 間を取り持つって……なんだよそれ?」

 武田の突然の無茶振りに、僕は当惑した。どうして僕がそこまでしてやらなくちゃいけないのか。武田とはまだ友達になったわけでもないし、どっちかというと苦手なやつだと思っているぐらいなのに。
 僕が二つ返事でOKしなかったことに気を悪くしたのか、武田は急に眉根を寄せる。

「なんだ、ダメなのか?」
「いやまあ、手を出さないことは約束してもいいけどさ……僕だって由比さんとはまだちゃんと話したことないんだよ?」
「そこを何とか……な、この通り」

 武田はそう言うと、今度は縋るような表情になり、ぱん、と両手を合わせる。器用な百面相だなあと思いながらも、僕は返答に困っていた。あんまり安請け合いもしたくないんだけど、こう下手したてに出られると、どうにも断りづらいんだよなぁ……。

「……わ、わかったよ……でも、僕自身彼女できたことないのに、間を取り持つなんて、どうしたらいいのか……」
「とりあえずさ、昼飯一緒に食べようって誘ってみてくれよ。で、後から俺が合流するていで行こうぜ。な?」

 というわけで、僕は教室の反対側の由比さんの席まで送り出された。

「あ、あの、由比さん……」
「えっ? ……あっ、はい、今川くん?」

 ろくに話したこともない男子に突然声を掛けられ、由比さんは明らかに困惑していた。そりゃそうだよなあ。気持ちは痛いほどよくわかる。それでも僕は、武田のためにピエロになる覚悟を決め、武田に指示された台詞をそのまま読み上げることにした。

「あ、あの、いきなりで悪いんだけどさ、もしよかったら、今日一緒にお昼ごはん食べない?」

 我ながら恐るべき棒読み。演劇部の伝説的男役今川茉莉花の弟という看板に、たった一言で泥を塗ってしまうような大根演技だ。僕は天を仰ぎたくなった。ごめん由比さん、ごめん武田、ごめん姉貴。
 由比さんは少し戸惑ったような表情を浮かべながらもじもじしていたが、数秒ののち、驚くべき答えが返ってきた。

「……い、いいよ」
「はっ?」
「お昼ごはん、だよね?」
「う、うん、え、いいの? マジで? ほんとに?」

 僕は思わず何度も確認したけれど、由比さんはその度にほんのり頬を赤らめながら小さく頷いた。本当にこれでいいのだろうか。
 武田の方を振り返ると、奴は僕にウインクしながら親指を立てていた。なんて気楽な奴……。

 何はともあれ、武田が立てた作戦の第一段階は望外と言っていいほどの成功を収め、僕と由比さん、そして武田は、一緒に昼食をとることになったのだ。
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