『魔道書売りのドタバタな日常』

るうど

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『魔導書売りのドタバタな日常』

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「この本買ってください!」
「帰ればか」

 うん、どうか気を荒げないでほしい、客商売としては最悪の接客だということは分かる。
 おまけに相手は子供だ、12くらいだろうか。王立魔道学院の所属であることを示すローブをぶかぶかと羽織る所からまだ伸びる歳だろう。

 だがこれだけはいけない、これだけは引いてはいけない一線なのだ。

「買ってくれないと今月ヤバいんですよ!」
「今まさにヤバいことしてんだお前は!自分の魔道書売りにくんなや!死にてぇのか!」

  そう、このガキは自分の命魔道書を売ろうとしている・・・!



 この世には“神秘”というものが存在する。広く一般化のできない力の総称だ。
 その神秘を操る術は“魔道”と“魔術”に分かれる。これらは本質を見れば同じものだ。
 
 自らが集約された本によって“神秘”を放つ“魔道”。それを利用する“魔道書”
 
 自然的な技術を用いて“神秘”を利用する“魔術”。それを実現する“魔術具”

「・・・が、それは魔道書と魔術具が同じものであることを意味しない。」
「・・・どういうことですか?」
 先ほど自分の魔術書を売りに来た子供は、俺がレジカウンターで唐突に始めた講義まがいにもしっかりと聞く真面目であった。なんであんなことしたんだコイツ・・・
「魔術は、『誰でも使えるわけじゃない“神秘”を誰でも使う術にする』って考えで出来たもんだ。故に魔術具もその性質を持つ。つまり、誰でも使えるってわけだな。」
「では、魔道書は?」
 右手を魔術具であるレジ(中に瞬時計算の神秘を封じ込めた金庫)に置きながら説明する。子供の質問に返答するように今度は左手に、カウンターに置いていた自分の魔道書を持つ。
「魔道書は、魔道の考えによる性質を持つ。
魔道ってのは『そいつの道、つまり人生を“神秘”を使う触媒にする』て考えだ。故に魔道書はその魔道士の人生と繋がってる。
魔道書はそいつの人生を刻む、自動で書き進められる日記のようにな。そしてその日記の間に、神秘を使う術が描かれる。過去は変えられないから、魔道書の内容は消せない。神秘の内容もな、だが・・・」
「・・・だが?」

「逆も同じ、魔道書のはそいつの人生だ。それを他人に渡すということは、自らの人生をそいつに渡すということになる。
魔道書と魔道士はリンクしている。魔道士が死んでも魔道書は残るが、魔道書が消えてなくなれば、魔道士は死んでしまう。自らの人生を失ってな。」
「・・・おっしゃることがよくわからないのですが・・・」
 まだわからないか、最近の学院の教育どうなってる。
 学院の上層部に対する苛立ちを抑えながら、右手で少年を指さしながら言い放つ。
「つまりだ、仮に俺がお前の魔道書を買って、そして火にくべたとしよう。

 お前はたちまち炎に巻かれて死に絶えるだろう」

「!!?」
「何だったらそこらへんの水に浸けるだけでいい。お前はたちまち溺死する。」
「そんな・・・」
「そんな目にあいたくなかったら俺に従え~ってことになるだろ。だから魔道書は他のやつに渡したりしちゃダメ、ましてや売るなんてもってのほかだ。OK?」
「はい、申し訳ございませんでした」
「別に謝る必要はない。誤ったら直せばいい。次からは注意すること。」
 落ち込む少年に諭すように話を〆る。全く。こういうことは肌に合わない。正直やりたくはないな。

「こんちゃー!」
 そのとき、ドアベルが鳴り一人の男がやってきた。スーツを着込んだメガネの優男だ。
 俺はそいつを見た瞬間に、

 土を召喚する魔術瓶を投げつけた。

「ぁあっぶなぁぁぁああい!!?おま、何すんだノベル!質量考えろ!頭打ったらどうする気だ!」
「うるせぇティーチ!お前魔道士教育どうなってんだ!」

 この優男はティーチ、王立魔道学院の教師の一人、つまりはこのガキの先生である。俺はそのガキの頭をむんずと掴む。

「このガキが自分の魔導書売りに来たんだよ。まだ題名タイトルのついてない本だぞ、あぶねぇな。」
「え、いや、何それ。魔導書の管理は耳タコ並みに話してるはずだけど・・・」

 優男は土魔法を回避した際にずれたメガネを直すと、ガキの顔をじっと見る。しばらく見ると、呆れたように息をついた。

「その本、誰のだリック。まさか、エルシャールのものじゃないよな。」
「!!?」

 ティーチの言葉にガキの肩が震える。俺はその意味を察しつつも質問した。

「ティーチ、どういうことだ。まさかこのガキ」
「おそらくアンタのお察しどおりだよ。こいつはいじめっ子ってヤツだ。再三再四注意を受けてる、な」
「チィ!!」
 ガキは舌打ちをしながら俺の手を振り払うと持ってきた魔道書を掴み距離を取った。そのまま背を向けてドアから逃げようとする。

「〔秘蔵の3番『秘密主義の結界術士』〕」

 しかし、そのドアは動かなかった。ドアノブは動くが、押しても引いてもびくともしない。ガキーーリックだったかーーは観念するようにこちらを向き、先ほどとは違う魔道書を取り出した。

「なんでここにくんだよセンコー。プライバシーの侵害だぞ」
「いや、ここ俺の店、お前の家じゃねえ」

 魔道書を開きながら言う俺の言葉も気にせず、ティーチは懐から魔術銃を取り出しながら言った。
「エルシャールの友人が言ってきたんだよ。『エルを助けてあげて』って」
「いやお前声真似ひどいな、なんだそのだみ声」

 そのまま二人はじりじりと距離を取りながら会話を続ける。俺抜きで

「その銃撃つのかよ、オレはアンタの教え子だぜ?」
「心配いらないさ、中の神秘が麻痺、ちょっと動けなくなるだけだ」

「・・・いや、それは心配いらないのか?」

 俺の声が引き金になったかのように、ティーチは銃を構え打ち抜いた。
 銃口から電気の弾丸がガキに飛ぶ。

 が、その瞬間にはガキはおらず、電気の弾丸はドアに当たり拡散した。

「ははははは!アンタにオレは捕まえらんねぇんだよ!」
「・・・現実改変か?」
「正解、リックの魔道は『隠していたことにする』現実改変だ。」

 現実改変魔法。それは非魔術魔法、つまり魔術にすることが出来ていない魔法の一つであり、文字通り今の現実を変え改める魔法だ。
 基本的には何か一つのキーワードによって改変するこれは非常に強力な反面、いくつかの弱点を持っている。

「〔陳列棚かの2段『拒絶と隔絶』〕」
「何やっても無駄だよバァカ!毒蛇にまみれて死ね!」

 俺が魔道書を起動すると同時に、ガキの声と共に千を超えるほどの蛇が現れた。

「本棚の間に蛇が『隠れていた』、ということにしたわけだな。」
「改変規模がやたらでかいんだよねぇ」

 ガキの高笑いと共に襲い掛かる大量の蛇が、俺の周囲で円形状の見えない壁によって阻まれ、その後ろに髪をかきむしるガキを確認しながらティーチと会話する。

「てめぇら余裕かましてんじゃねえよ!クソ、ただの障壁の神秘だろ!なんで消えないんだよ!」
 かきむしるガキは絶叫する。その言葉に俺は呆れた。
「おいティーチ、このガキ無知過ぎねえか」
「典型的な不良でね、授業まともに受けないんだよ」
「救えねえな」
「それでも救うのが私だよ」

 俺のボヤキに、コイツは屈託なく笑う。
 全く、毎日楽しそうだなコイツは

 ・・・楽しそうなら、仕方ねえ

「おい、ガキ」
「なんだよ!」
「特別授業だ、良いことを教えてやる

 現実改変は確かに強い神秘だ。だがそれゆえに弱点も多く持つ。

 一つ、改変できることは常に一つだ。つまり蛇を『隠していた』状態のまま他の現実改変をすることはできない。
 一つ、改変できる規模は本来とても小さい。お前はおそらく、無意識に自分の限界を『隠して』、無茶苦茶な効力を引き出してる。生命に関わるぞ。
 一つ、改変には時間がかかり、その間、行使者は何もできん。
 一つ、他の神秘は改変は時間がかかり、神秘の認識を間違えてるといつまでたっても消えない。俺の手元にある障壁の魔道書を『隠そうと』しているのだろうが、
 一つ、

〔陳列棚たの3段『月夜の義賊』〕」
 詠唱によって発動した魔道は、ガキの持っていた魔道書を俺の手元に取り上げた。
 その瞬間、全ての蛇が掻き消える。

「魔道書を手放した時点で、無理な改変は元に戻る、さすがにこの量の蛇が本棚からでるのは無理だ。」
 そのまま取り上げた本をカウンターに置くと、ガキはわなわなと震えだした。

「なんでだよ・・・お前障壁魔道士じゃないのかよ・・・」
 どうやら、俺が二つの種類の魔道を使ったのが信じられないようだ

 魔道書が持つ魔道は基本一つの種類に限られる。二つ以上の種類ということは、人間が二つ以上の人生を歩むことに等しいからだ

 しかし、全てのものには例外があり、神秘の世界においてそれは必ずも例外じゃない

「〔陳列棚かの5段『拘禁者アンダルモア』〕
 いや、あれは障壁ではなく拒絶の神秘だ。だが、俺の魔道書は拒絶の魔道書じゃない
 そしてお前の魔道書を奪い取った窃盗の神秘でもない」
 三度めの詠唱によって、ガキは全ての動きを封じられた

「俺の魔道書について教えてやる。その前にもう一つ授業だ。

 持ち主が存命の魔道書には本来題名タイトルがない、魔道書に題名タイトルが付くタイミングは二つに一つだ、

 一つ、魔道書の持ち主が死んだとき。魔道書は、そいつの遺作としての題名タイトルを持った本となる。
 そしてもう一つ、魔道書の持ち主が、人生で最も満足する結果を得ることが出来たとき、
 魔道書は、ハッピーエンドを迎えたとしてそいつの傍らにあり続ける。

 最高傑作は、その持ち主の潜在能力を十二分に発揮させるらしいぞ。」

 言いながら、俺は自分の魔道書を閉じた。赤茶色の装丁の中にあるタイトルを指でなぞりながら、続ける。

「俺はノベル・バイヤー、魔道書売りだ。
 俺の魔道は蔵書の神秘、その題名タイトルは『魔道書売りのドタバタな日常』
 使。」

 俺のことばにガキは驚愕の顔をする。その胸にティーチの電気の魔術が撃ち込まれ、ガキはそのまま崩れるように倒れた。




「いやぁ、ほんとにゴメンね、今度なんか酒おごるよ」
その後、気絶した少年を背負い、彼が持ってた二冊の魔道書を入れた袋を持ったティーチ申し訳なさそうにするのを一蹴する。
「いらん、お前の買ってくるやつ大体口に合わん。それに」
「・・・それに?」

「この程度なら、“ドタバタ”の範疇でしかない・・つまりはただの日常だ。お前に日常的におごられる筋はない。」

「はは、そうかい」
一瞬呆気に取られたティーチが、満足したように笑い、魔道学院へと歩いていった。おそらくあの少年はこっぴどく叱られるのだろう。子供とはいえ、同年代の子を実質売り飛ばそうとしていたのだから、それ以上かもしれない。

……まぁ、俺の知ったこっちゃないな。

「さぁ、日常仕事に戻るか。」
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