PULLUSTERRIER《プルステリア》

杏仁みかん

文字の大きさ
2 / 92
Section1:ユヅキとヒマリ

01:アニマリーヴ - 2

しおりを挟む
 白い雲海の上、どこまでも続く碧い空を飛んでいた。
 気づけば、自分は眩い太陽……と思しき光源に向かっている。
 身体は真っ白で、ぼんやりとした形を保っていた。全身に通う感覚はまるでなく、頭だけがやっと重みだけを感じるようである。

 これは、いわゆるローディング画面のようなものだと思う。
 魂は既にアニマリーヴによってデジタル化されている。今行われているのは、サーバーへの転送。つまり、プルステラへの移動の最中なのだ。

 しかし、どうしたものか。この空はどこまでも続いていて、いつになれば地上に降下するのか判らない。
 確か、説明によれば、転送が終わると自動的に空から降下し、地上に辿り着く。着地したと同時にそれが現実となる。――そんな「演出」だったはずだ。

 チリチリ、バチバチと何かが音を立てた。残されたのは視覚だけかと思っていたのに、それを聞いた、というのも不思議な話なのだが。
 途端に、目の前にノイズブロックが走る。瞬きをするが防げない。
 鮮明に見えていたはずの景色がぼやけ始め、古い液晶の色が抜けたように、ポツポツと四角い穴が現れ始めた。
 身体を大の字に固定された自分にはどうすることも出来ず、見守るしかない。

 ――と。
 不安が全身を駆け巡るより早く、前方の空には、血のように赤い文字が表示された。

〈SERVER IS DOWN.〉

 そいつを見た瞬間、僕の意識はブツリと途絶えた――。


 ◆


 耳をくすぐるバチバチという音が僅かに残っている。
 ……身体が重い。自分はどうなったんだ?

『〈プルステラ〉へようこそ』

 あの女性の電子音声が耳元に話しかけてきた。……いや、これは聴覚に直接呼びかけているのか。

 ここは何処なのか。
 目を覚まし、首だけを動かして周囲を見渡すと、昔の南国リゾートとやらのような、透き通った海と白い砂浜に歓迎されていた。そのまま起き上がろうとして、何だか上手くいかないので、手を使って起きようとする。
 ――おかしい。腕はこんなに細くなかったはずだ。

『ミカゲ ヒマリ様。これより、チュートリアルを開始します』
「へっ!?」

 耳元で電子音声が呼ぶ名は、自分の知っている名ではなかった。
 もちろん、周囲を見ても誰もいない。自分の声もなんだか高くて幼いような……。

「ちょっ! あれ!?」

 身体中の様々な違和感に慌てて立ち上がった。見るからに目線が低い。手足も細い。髪も何だか長い。

「そうだ、海!」

 多少波立っていて見づらいが、顔立ちぐらいは確認出来るだろう。
 ……なんて思っていた僕は完全に後悔した。見ない方がマシだった。

「うわあああああぁぁぁ! 嘘だぁああああぁぁ……!」

 明らかにそぐわない声で喚いた。間抜けだ。泣きそうだ。
 透き通った海水に浮かんだのは、麻に近い素材の、無難なベージュの袖なしワンピースに身を包んでいる、十代前半の「女の子」の姿。頬に手を当てた、きょとん、とした顔が、うっすらと反射して映っている。
 波に消されて一瞬しか確認できなかったが、それで充分だった。二度と見たくはない。

 つまり、その……。
 馬鹿げてはいるが、何者かと入れ替わってしまった……らしいのだ。

 ……ああ、目眩がする。
 原因は分からないが……まずは冷静になろう。とにかく今は自分一人しかいないし、この状況をどうにかする術はない。
 チュートリアルさえ終えれば全サーバーと繋がるし、このまま進めるしかないだろう。

 しかし、まさかこんな、お約束の性転換パターンが起ころうとは、予想だにしてなかった。
 事情を話したらカイに笑われそうだが、そんなことよりこの身体の持ち主はどうなるんだろう。僕になる予定の身体と入れ替わってたりするのだろうか。

『手足の動作、歩行の手順を確認。問題ないようですね!』

 ……気づけば、いつの間にか耳元のチュートリアルが進んでいた。
 問題はある。あるけどどうにもならないんだよ……。

 考えていても仕方がない。今は一刻も早くこの世界に慣れるためにも、チュートリアルとやらをちゃっちゃと終わらせることに専念する。

『さて、当ヴァーチャル・エイジス社が定めた規定に基づき、〈ダイバー〉の皆様には、実年齢と性別に応じた、一定の身体能力を与えております。
 身体能力は年齢によって衰えることはなく、基本的な能力は二十五歳になるまで均一に上昇します。それに加え、各自で行った運動や食事の種類によって一定量が変動致します。マイナスとなることもありますので、適度な運動とバランスの良い食事を心がけて下さい』

 食事を摂取しなくても死にはしないだろうが、空腹は残るしペナルティもある。恐らくはそうやって「ズル」をして極端な個人差が出来ないようになっているのだ。
 あくまで人間として、ちゃんとした生活を送ること。ヴァーチャルでも現実味を失くせば、生きている意味だって無くなる。そういうことなのだろう。

 その後、あらゆる持ち物を引き出せるデジタルインターフェイスパッド――通称DIPディップの使用方法や、コミュニケーションツールなど、よく使うような機能の説明を受けながら実践した。
 無論、覚えなきゃいけないことはまだまだたくさんある。恐らくは、これから通うことになる学校で学ぶだろう。

「学校……」

 ふと声に出してゾッとする。僕は一体、何歳なんだろうか。この体型、恐らく小学生高学年か、ギリギリ中学生ってところか。
 そもそも、母さんが亡くなってから、家の中に女っ気はまるで無かった。男三人で暮らし、恋人を連れ込むようなこともしたことがない。
 だから、余計に怖いのだ。女の子の身体になって、我が物のように扱うというのが。

『ミカゲ ヒマリ様』

 デジタル音声が、遠慮もなしに身体の持ち主の名前で呼んだ。

『チュートリアルは以上です。お疲れ様でした。これより、〈ダイバー〉は〈プルステラ〉の住人、〈プルステリア〉となります。
 この先にあるゲートを抜けると、いよいよ〈プルステラ〉本サーバーと接続されます。コミュニケーションツールを上手く活用して、ご家族と再会なさってくださいね。
 その他、詳しい説明は、DIPのヘルプをご参照下さい。――それでは、ごきげんよう!』

 デジタル音声は一方的に説明を切り上げ、明るい声で締めくくった。機械らしく、本当に空気を読まない奴だ。また現れることなんてあるんだろうか。
 とにかく、ここを出ることにする。考えるのはそれからでも遅くはあるまい。

 早速、まだ慣れていない身体で走り出すと、思いの外、軽やかに走れることが判った。身体能力を調整した、と言っていたが、それにしても子供とは思えない速度で走れている。

 まずは、情報が欲しい。この不可解な現象について、外でも何か噂が出ているかもしれない。

 小高い丘に登ると、人が潜れる大きさのアーチがそこにあった。アーチで囲った中は、油膜を張ったように、ぐにゃりと絶えず歪んでいて、多彩な色で輝いている。

「……仕方ない。とにかく行ってみるか」

 頬を軽く叩き、気合を充填。ここまで来たら恐れるものは何もない。ないはずなんだ。

 僕という見知らぬ女の子は、勢い良くそのアーチに足を踏み入れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

遊鷹太
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...