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或る騎士たちの結婚事情(完結)
3話
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三日後、ノクスの非番に合わせて二人は朝から愛馬に跨り、アシカブ湖へ出かけた。
空は晴れ、爽やかな春風が吹き、気温も穏やかでまさに遠乗り日和だった。
「ふっ、相変わらず、お前の彼女は鼻息が荒いな」
「おいおい、クレシェンテは人の言葉が分かるんだ。下手なこと言わないでくれよ」
馬を並べたノクスがリカルドの愛馬を見て揶揄う。
リカルドの愛馬クレシェンテは青毛の牝馬で、眉間のところに三日月のような白い毛があったためクレシェンテ(三日月)と名付けた。
牡馬でもなかなか見ない体格のいい馬で気性もかなり荒くリカルド以外を寄せ付けない暴れ馬だった。
ちょっかいを掛けようとした牡馬に大けがをさせたことも何度もある。
一方ノクスの愛馬ゼファーはスラリとした葦毛の牡馬で、気性も穏やかで賢い、俊足の名馬であった。もちろん暴れ馬のクレシェンテに手を出そうとすることはない。
普段一日に何十キロも駆ける軍馬にとって、この程度の距離は散歩も同然で、足取りも軽く2時間ほどで湖が見えてきた。
湖が近づいてくるとともにルピナスの香りが強くなってくる。
ほとりには紫のルピナスが満開で、湖の青とのコントラストが美しく、水面がキラキラと輝き、奥には美しいグベール山脈がそびえたち、まるで絵画のようだった。
「ん~、久々に来たけど、やっぱ綺麗だな~」
「そうだな。たまには日常を忘れてのんびりするのも悪くない。」
クレシェンテに水を飲ませながらを、下馬したリカルドが大きく伸びをする。
同じく水を飲むゼファーをなでるノクスの表情は穏やかで、機嫌がよさそうだ。
来て良かった。
こうやって二人きりで出かけるなんて何年ぶりだろう。
騎士団に入団してから11年、断続的なイヴサールとの交戦を5つの騎士団が交代で対応していたから、なかなか休みが合うことはなかった。特にノクスが28歳で将軍に昇進してからは、二人で会う時間を作るのも難しく、出かけられたとしても城下町で食事するくらいだった。
二人で木陰に腰掛け、コックに作ってもらったサンドイッチを食べた後、釣りをしたり、昼寝をするリカルドのそばでノクスは読書を楽しんだ。
やっていることは普段と変わらないが、いつもと違うロケーションで、人目を気にせず二人きりで過ごすだけでも楽しい。
平和になって本当に良かった。
眠るリカルドの顔を見ながらノクスは幸せをかみしめていた。
そんな穏やかな時間を過ごしている内にあっという間に日が傾いてきた。
少し風も冷たくなってきた。明るいうちにパレシアに戻らなければ。
ノクスは本を閉じ、気持ちよさそうに寝ているリカルドを揺り起こす。
「おい、そろそろ日が暮れる。帰るぞ」
「……ああ、もうそんな時間か……よく寝た~」
あくびをしつつ起き上がると、ノクスはもう荷物を片付けはじめていた。
リカルドは何か忘れているような……と考えを巡らせてはっと思い出す。
あ、プロポーズ!!
でも、今いい雰囲気か?いや、でもせっかくわざわざ来たんだし……。
今を逃したらまた言うタイミングがなくなる。
「ちょっと待ってくれ」
リカルドが声をかけると荷物をまとめる手を止め、ノクスが振り返る。
「ん?なんだ。もたもたしてると暗くなるぞ」
「いや、その……あのな……」
「なんだ、まどろっこしい。さっさと言え」
はっきりしないリカルドにノクスの眉間にしわが寄る。
これっていい雰囲気か?
リカルドはくじけそうな心を奮い立たせる。
「その~~~俺たちこういう仲になってから10年以上経つよな。」
「……?そうだか、それがどうした?」
「その……イヴサールとの戦争も終わって国も大分落ち着いてきたよな」
「そうだな。だから?」
さっさと結論を言えというようにノクスが先を促す。
「騎士団もこれからは城の警備とか町の巡回とか、国境の防衛なんか主な任務になると思う」
「そうだな。で?」
「ええと、だから……その~~~」
「……何が言いたい?要件は簡潔に言え!」
ノクスの眉が吊り上がる。
ノクスはもともと気の長い方ではないし、とにかく無駄が嫌いだ。
これ以上焦らすと本当にキレそうだ。そうなってはもうプロポーズどころではない。
ええい、儘よ!と勢いよく頭を下げて手を差し出す。
「俺と結婚してください!」
言った‥‥!言ってやった!
雰囲気もクソもなかったが、言ってしまった…!
ノクスはどんな表情をしているだろうか?
反応が気になるが、怖くて顔を見ることができない。
しばらくの間沈黙が流れる。
感動して言葉が出ないのか、怒って声も出ないのか……。
もしかして冗談と思われただろうか……
さすがに不安になって顔を上げると予想のどちらでもなく、ノクスは怯えたような悲し気な表情をしていた。
沈黙が気まずくてリカルドが口を開く。
「ああ、ええと……勢いで言っちまったが、本気だぞ」
それでもノクスは黙ったままだった。
「……その、嫌か……?」
自分で思った以上に不安げな声が出た。
その声にノクスもハッとする。
「ああ、すまん……お前の事は、その……好きだ……。でも、私たちは男同士だし、別に結婚しなくてもいいんじゃないか」
「なんでだ?今は男同士でも結婚出来るだろ?」
「そうだが、私たちは立場が立場だ……いろいろうるさく言う奴も多いし……」
ノクスが気まずそうにリカルドから目線をそらす。
騎士団の特に上層部の幹部はディエラ神教教徒が多く、いまだに同性婚に顔をしかめるものも多い。
「そうだけど、結婚って他の人を気にしてするもんじゃないだろ?俺たち二人の問題っていうか……」
「それに男同士だと子供を産み育てることもないし、結婚して得られるメリットは少ない」
「いや、メリットとかそういう問題じゃなくて気持ちの問題というか」
「別にいいじゃないか、今のままでも……」
ノクスにしては歯切れが悪い。いつもならもっとズバズバ正論を言って論破するくせに。
リカルドも怯まず続ける。
「そうだけどさ、10年も一緒にいるんだ。そろそろけじめをつけたいっていうか……」
「別にけじめをつけて欲しいとは思って無し、私は今の関係で充分満足している」
「俺だって、今の関係のままでもいいかもって思ったけど、結婚で得られるものもあると思う」
リカルドが食い下がると、それ以上は聞きたくないとばかりにノクスが遮る。
「もうこの話はいいだろう。日が暮れる。帰るぞ」
さっさと荷物をまとめると、木につないでいる愛馬の元に向かう。
「おい、まだ話は終わってないぞ!」
慌てて追いかけるリカルドの声を無視して、ノクスは馬に跨り鐙を蹴る。
リカルドも急いで馬に乗り追いかけたが、結局その帰り道ノクスと会話することは1度もなかった。
空は晴れ、爽やかな春風が吹き、気温も穏やかでまさに遠乗り日和だった。
「ふっ、相変わらず、お前の彼女は鼻息が荒いな」
「おいおい、クレシェンテは人の言葉が分かるんだ。下手なこと言わないでくれよ」
馬を並べたノクスがリカルドの愛馬を見て揶揄う。
リカルドの愛馬クレシェンテは青毛の牝馬で、眉間のところに三日月のような白い毛があったためクレシェンテ(三日月)と名付けた。
牡馬でもなかなか見ない体格のいい馬で気性もかなり荒くリカルド以外を寄せ付けない暴れ馬だった。
ちょっかいを掛けようとした牡馬に大けがをさせたことも何度もある。
一方ノクスの愛馬ゼファーはスラリとした葦毛の牡馬で、気性も穏やかで賢い、俊足の名馬であった。もちろん暴れ馬のクレシェンテに手を出そうとすることはない。
普段一日に何十キロも駆ける軍馬にとって、この程度の距離は散歩も同然で、足取りも軽く2時間ほどで湖が見えてきた。
湖が近づいてくるとともにルピナスの香りが強くなってくる。
ほとりには紫のルピナスが満開で、湖の青とのコントラストが美しく、水面がキラキラと輝き、奥には美しいグベール山脈がそびえたち、まるで絵画のようだった。
「ん~、久々に来たけど、やっぱ綺麗だな~」
「そうだな。たまには日常を忘れてのんびりするのも悪くない。」
クレシェンテに水を飲ませながらを、下馬したリカルドが大きく伸びをする。
同じく水を飲むゼファーをなでるノクスの表情は穏やかで、機嫌がよさそうだ。
来て良かった。
こうやって二人きりで出かけるなんて何年ぶりだろう。
騎士団に入団してから11年、断続的なイヴサールとの交戦を5つの騎士団が交代で対応していたから、なかなか休みが合うことはなかった。特にノクスが28歳で将軍に昇進してからは、二人で会う時間を作るのも難しく、出かけられたとしても城下町で食事するくらいだった。
二人で木陰に腰掛け、コックに作ってもらったサンドイッチを食べた後、釣りをしたり、昼寝をするリカルドのそばでノクスは読書を楽しんだ。
やっていることは普段と変わらないが、いつもと違うロケーションで、人目を気にせず二人きりで過ごすだけでも楽しい。
平和になって本当に良かった。
眠るリカルドの顔を見ながらノクスは幸せをかみしめていた。
そんな穏やかな時間を過ごしている内にあっという間に日が傾いてきた。
少し風も冷たくなってきた。明るいうちにパレシアに戻らなければ。
ノクスは本を閉じ、気持ちよさそうに寝ているリカルドを揺り起こす。
「おい、そろそろ日が暮れる。帰るぞ」
「……ああ、もうそんな時間か……よく寝た~」
あくびをしつつ起き上がると、ノクスはもう荷物を片付けはじめていた。
リカルドは何か忘れているような……と考えを巡らせてはっと思い出す。
あ、プロポーズ!!
でも、今いい雰囲気か?いや、でもせっかくわざわざ来たんだし……。
今を逃したらまた言うタイミングがなくなる。
「ちょっと待ってくれ」
リカルドが声をかけると荷物をまとめる手を止め、ノクスが振り返る。
「ん?なんだ。もたもたしてると暗くなるぞ」
「いや、その……あのな……」
「なんだ、まどろっこしい。さっさと言え」
はっきりしないリカルドにノクスの眉間にしわが寄る。
これっていい雰囲気か?
リカルドはくじけそうな心を奮い立たせる。
「その~~~俺たちこういう仲になってから10年以上経つよな。」
「……?そうだか、それがどうした?」
「その……イヴサールとの戦争も終わって国も大分落ち着いてきたよな」
「そうだな。だから?」
さっさと結論を言えというようにノクスが先を促す。
「騎士団もこれからは城の警備とか町の巡回とか、国境の防衛なんか主な任務になると思う」
「そうだな。で?」
「ええと、だから……その~~~」
「……何が言いたい?要件は簡潔に言え!」
ノクスの眉が吊り上がる。
ノクスはもともと気の長い方ではないし、とにかく無駄が嫌いだ。
これ以上焦らすと本当にキレそうだ。そうなってはもうプロポーズどころではない。
ええい、儘よ!と勢いよく頭を下げて手を差し出す。
「俺と結婚してください!」
言った‥‥!言ってやった!
雰囲気もクソもなかったが、言ってしまった…!
ノクスはどんな表情をしているだろうか?
反応が気になるが、怖くて顔を見ることができない。
しばらくの間沈黙が流れる。
感動して言葉が出ないのか、怒って声も出ないのか……。
もしかして冗談と思われただろうか……
さすがに不安になって顔を上げると予想のどちらでもなく、ノクスは怯えたような悲し気な表情をしていた。
沈黙が気まずくてリカルドが口を開く。
「ああ、ええと……勢いで言っちまったが、本気だぞ」
それでもノクスは黙ったままだった。
「……その、嫌か……?」
自分で思った以上に不安げな声が出た。
その声にノクスもハッとする。
「ああ、すまん……お前の事は、その……好きだ……。でも、私たちは男同士だし、別に結婚しなくてもいいんじゃないか」
「なんでだ?今は男同士でも結婚出来るだろ?」
「そうだが、私たちは立場が立場だ……いろいろうるさく言う奴も多いし……」
ノクスが気まずそうにリカルドから目線をそらす。
騎士団の特に上層部の幹部はディエラ神教教徒が多く、いまだに同性婚に顔をしかめるものも多い。
「そうだけど、結婚って他の人を気にしてするもんじゃないだろ?俺たち二人の問題っていうか……」
「それに男同士だと子供を産み育てることもないし、結婚して得られるメリットは少ない」
「いや、メリットとかそういう問題じゃなくて気持ちの問題というか」
「別にいいじゃないか、今のままでも……」
ノクスにしては歯切れが悪い。いつもならもっとズバズバ正論を言って論破するくせに。
リカルドも怯まず続ける。
「そうだけどさ、10年も一緒にいるんだ。そろそろけじめをつけたいっていうか……」
「別にけじめをつけて欲しいとは思って無し、私は今の関係で充分満足している」
「俺だって、今の関係のままでもいいかもって思ったけど、結婚で得られるものもあると思う」
リカルドが食い下がると、それ以上は聞きたくないとばかりにノクスが遮る。
「もうこの話はいいだろう。日が暮れる。帰るぞ」
さっさと荷物をまとめると、木につないでいる愛馬の元に向かう。
「おい、まだ話は終わってないぞ!」
慌てて追いかけるリカルドの声を無視して、ノクスは馬に跨り鐙を蹴る。
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