陽沈みて月昇る

町井 宇津

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〜最終章〜 道の先に

最終話

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 城のほとんど中心にあるその部屋の前に私は居た。
 シーデの為にこの国の為に、ここに居る。
 ノックする為に上げた手が微かに震える。
 意識すると止まるどころかどんどんと震えが大きくなる。
 分かってる、この事を話せば今ある物が全てではなくとも壊れる。
 それでも、あの男を止めて……戦争を止めてしまわないと全部が壊れるかもしれない。
 だから……。
 大きな扉に合わせたように強く確かなノックの音が響く。
 そして、中からの返事を待たずにそこを開いた。
 「この国の様子がおかしくないか?……っエマ!どうしたのだ?」
 確かにそこにいるのはお父様だった。
 けど、しっかりと見えた今になってお父様がお父様じゃないようにしか見えなかった。
 白い髪が沢山混じった頭に暗くなった目元、痩せた頬。
 やっぱり、お母様の事……。
 幼い頃から時々考えてはいたけど、お父様の心には確かに傷はあったのだ。
 それでも、悟られないように明るく振舞って、これ以上の悲しみを見せないために頑張っていたのだ。
 そして、今問題になってる戦争の件。
 お父様を弱らせるには充分だったと思う。
 フージスはあの男はそれを狙ったのだ。
 中に入り込み、弱ったお父様を助けて信頼を得る。
 考えただけで胸がモヤッとする。
 「……お父様」
 「どうしたんだ?」
 私はゆっくりと指を指す。
 まだその指は震えていた。
 だからそれを見ないように目を瞑って声を出す。
 「フージス……いえ、あの男は裏切り者です!」
 「何を言っているのだ、エマ」
 突然の宣言に驚いた様子のお父様。
 「何を言いますか、エマ様……そんなはずある訳がございません」
 ひょうひょうと表情一つ変えずにそう返答するフージス。
 「私は聞いたし、見た!あなたのここ以外での役割もあなたの趣味も!」
 「どう言う事でしょうか?」
 流石のフージスも困惑の表情をする。
 「あの角にある古くて大きい物置部屋の奥の扉の向こう」
 そういった途端、フージスの顔が歪む。
 「あっあれですよ、陛下が私の部下にくださった駐屯所の代理の」
 「おー、あれか」
 「そうです、あれはエマ様には伝えていなかったのですか?」
 「あぁそうだった、あれはなエマ、このフージスの部下の駐屯所みたいなものなのだ、変な場所で勘違いしたらしいがすまなかったな」
 笑みを浮かべたフージスはそれを隠すように顔を手で覆う。
 「そうですか、ではその奥の金属でできた扉の中の事はご存じですか?」
 そう言うとまたフージスの顔が歪む、さっきとは違う形に。
 「知らんな、フージスなんの事か分かるか?」
 「いえ、私は何も……」
 「だったら、調べてはいかがですか?」
 明らかな動揺がフージスから感じられた。
 「そ、そうですね、私が調べて参りましょう」
 「そうだな、そうしてくれ」
 その言葉に微かな緩みが見えた、けど逃がすわけにはいかなかった。
 ここで逃げられたらもっと大変なことになると思う。だから……
 「いいえ、お父様に直接確認していただきたいと思うのですが」
 「何故ですか、私では信頼できないと?」
 「はい、その通りです!」
 「そう仰らず」
 また顔が歪む彼は微かに語尾が強くなる。
 「そうだぞ、エマ……私は彼を信用している。それではいいではないか」
 「いえ、しょうが無い事かと……」
 「納得できません!」
 私の反論が意外だったのだろうか、表情に苛立ちがはっきりと現れる。
 「だがな……」
 何で、なんでよ。
 どこまであの男は信頼を得ているのよ。
 あと少し、少しでどうにかなりそうなのに……。
 とその時だった。
 私が通った扉の向こうが騒がしく、段々それは近づいて来ていた。
 「……なに?」
 その音がすぐ側にまで来た時、音が入り込むと同時に傷だらけのシーデが倒れ込むように入ってくる。
 「シーデ!」
 シーデの元へ駆け寄ると弱々しい声が聞こえた。
 「申し訳ございません……でも、来なくちゃ行けない気がして」
 シーデはもう限界だった筈なのに、無理してきてくれたんだ。
 そう思うと胸の中に熱い気持ちが溢れてくる。
 それがあの男に対する怒りかもシーデに対する尊敬や感謝の念かも分からないけど、私はフージスを睨む。
 「っなんで……」
 シーデの登場に大きく表情をむき出しにする。
 「エマ、それは誰なのだ?」
 お父様は慌てたように席を立ち上がる。
 「彼は、私の……恋人です」
 「なっ……」
 「そして、その男の被害者です!」
 「ち、違います!陛下」
 「では、どう言う事なんだ!?」
 「それは……「その男は!」」
 フージスの言葉を遮るようにシーデの言葉が重なる。
 「シーデ……」
 さっきとは違う力のある声、でも何となくその声にはさっきよりも弱くなってる気がした。
 「その男は、今回の大会に置いて捕まえた俺を含む人々を何の罪もなく嬲った……そして……殺した」
 「どう言う事だ、フージス」
 「そんなはずないではありませんか」
 「お前は他国によるものではないかと言っていたな」
 間違ってはいない、だってフージスは他国の人間なのだから。
 「えぇですから私では無いかと」
 「違う!お前は他国の人間だと自分で言っていた!……ゴホッ」
 「シーデ!」
 「大丈夫ですよ」
 「でも、血が……」
 「大丈夫です」
 その言葉にかけかけた言葉が止まる。
 「そんな訳ない!……誰かそいつをつまみ出せ!」
 しかし、その場にいた人間は誰一人として動かなかった。
 「どうしたのだ?早くしろ!」
 「フージス、お前は何を焦っているのだ?」
 「い、いえ焦ってなど……」
 「まぁいい、私が直接確認することにしよう……」
 そう言って立ち上がる。
 「ま、待ってください!陛下」
 「何故だ?お前では無いのだろ?」
 「そ、そうですが……」
 「では、いいではないか」
 何も言葉を返さないフージスの様子を見て、また足を進め始める。
 「…………」
 地面に目線を落とし、微かに震えるフージス。
 「くそっ!お前ら来い!せめて王族だけでもやれ!」
 その怒号のような掛け声とともに部屋の中へとフードの男達が走り込んでくる。
 彼等はお父様へ向かってナイフのような刃物を構えていた。
 しかし、ここは城、ましては王のいる部屋なのだ。
 そう簡単に王にその刃が届くはずもなく、いとも容易くかれらは押さえ込まれる。
 「あぁぁ!クソがーーー」
 我を忘れたように声を荒らげるフージス。
 そんな彼が押さえられた時だった。
 「姫だけでも!」
 そんな掛け声の様な声と共にフードの男の一人が私へと迫っていた。
 「エマ!」
 「エマ様!」
 もう、ダメだ……。
 そう思って目をつぶる。
 「…………」
 しかし、覚悟した衝撃が来ず恐る恐る目を開けると私のドレスには大量の血が付いていた。
 「え、エマ……様」
 そしてその血の主は私の前に体を貫かれた状態で立っていた。
 「シーデ!」
 「うっクソ!」
 そう言って逃げ出そうとした男も逃げること無くその場に抑え込まれる。
 「シーデ!」
 バタンっと力なく倒れたシーデ。
 「シーデ!……誰か、医者を!先生を!」
 「エマ……さ……ま」
 「シーデ!喋らないで、今助けるから……早く!医者を!」
 「もう……ダメ……です……よ」
 「そんな事言わないで!助かるから!」
 「エマ……様、僕は……エ……マ様の事愛してますよ…………お、うえ……んしてま、すから」
 「ダメだよ!シーデ……」
 「泣……か、ないで……くださ……いよ」
 そう言って弱々しいもその手で私の目元の涙を拭ってくれる。
 「エマ……様は……笑顔、が……素敵な、なんですから」
 「ありがとう、私だって好きだよシーデ……だから行かないで!」
 「すみません……それ、は……」
 そう残してシーデの動きが止まる。
 「あぁ……うっうわぁぁん」
 さっきよりも涙が出る。
 でも、その涙を拭ってくれる手は伸びてこなかった。
 その日の夜、城では一晩中泣き声が聞こえていたという。
 
 後日、エマはカジャルにあの部屋へと呼ばれていた。
 「エマ……よく来てくれた」
 「はい、お父様」
 「シーデの親にはことを伝え、しっかりと礼をした」
 「はい」
 特に抑揚もなく淡々とした様子で答えるエマに戸惑いながらもカジャルは続けた。
 「今回の件はわたしの責任でもある……既に国内では革命の動きが出始めたようだ」
 「はい」
 「ここまで言えばわかるな?」
 「……はい」
 「うむ、ではお前に国は頼む」
 「やはり私には……」
 エマにだって多少はわかっていた。
 しかし、頭と心は別だった。
 シーデまでもを失った今、エマにとってこれ以上はいささか酷ではあった。
 もちろん、それはカジャルだって理解はしていた。
 「エマ……辛いかも知れぬがこの国を守る為なのだ、分かってくれ」
 「…………分かりました」
 そう答えたエマに表情は無かった。
 「すまない、本当に……」
 
 この会話の翌日。
 発表があるたびに使われていたそこにはいつものカジャルの姿は無かった。
 その事にざわめきが広がる。
 次第にざわめきが大きくなり、騒ぎになりかけていた時だった。
 「静粛に」
 芯の通った美しくも強い声が静けさを戻す。
 しかし、それも彼女がエマが現れるまでの間だった。
 エマが現れた瞬間、先程とは比べ物にならない速度で言葉が人から人へと伝わっていく。
 そんな中エマは確かに言葉をつむぎ始めた。
 初めこそはざわつきがあったそこも次第に事の大きさに気がついたのか、音が消えていく。
 音が消えたのを確認するとエマは確かに笑みを浮かべた。
 儚くも優しい月明かりのような笑みを浮かべて宣言した。
 「私は全てを守れる王になる」
 
 その日は勇気ある女王の誕生を讃えると共にエマの変わりようからこんなことが言われていた。

 「日沈みて月昇る」と。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
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