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第二章
第一節
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私の名前は『神木深幸』。ありふれていそうな名前だけれど、残念ながら、これは社会で生きていくための偽名なのです。
二十年前、小さな私に、おとうさんから提示された、『自分の名字を大切にする』ということを条件に、私は一生ものの家族を得ました。
当時の私『神之輝ミキ』にとってのそれは、とっても、とっても大事な出来事でした。
けれど、このことを覚えている人は、私以外、もう、この世界のどこにもいません。
「いまは、私とベルだけだね。……私のこの小さな嘘も、ゆさのことも、全部知ってるのは。」
膝の上で寛ぐ、少し歳をとった猫に、私は静かに話しかけてみましたが、”ゆさ”という懐かしい響きは、いま、少しだけ、けれど確かに、私の耳と心を癒してくれています。彼女の存在は、私にどれだけの影響力を持っているのでしょうか。理由は明白。……とはいえ、やっぱり私は、いつも彼女と一緒にいないとダメみたいです。今年で二十五歳にもなるというのに、ちょっぴり情けない話ですけど。
「もう少しで、ベルも大好きだったゆさに、また、逢えるからね……っ。」
「にゃああ……?」と小首を傾げるベルを見ていると、つい、頬の筋肉が緩んでしまいそうになりました。
いけない、いけない。もう少しと言った私がここで脱力してしまっては、その”もう少し”も遠ざかってしまいます。
私はほぐれかけていた自分の表情筋を律するべく、洗面所に向かい、そこで顔を洗いました。十二月ともなれば、ただの水道水でも、私を睡魔の手から守るには十分すぎる代物になるようで、思った以上に冷たく感じます。
頭を上げると、目の前には鏡があり、私の目の下にまた濃いくまを作ってしまっていることを物語っていました。物語っていた、というより、写し出していたとか浮き彫りにしていたとかの表現が適切かもしれません。なんせ相手は鏡ですから。
「わかってるけど、ほんとにあとちょっとなんだから。うん、がんばらないとっ。」
両の掌で自分の頬をぺちぺちと弾いて、気合いを入れ直し、私は自分の部屋へと引き返しました。
あとちょっとで、また彼女と……っ。
ここまでくるのに、五年も費やしてしまいました。……とはいっても、そのうちの最初の三年間は眠っていたので、厳密には、私が費やした時間は二年間ということになります。
私がどこかで気を抜いて、途中で眠ってしまわなければ、今夜私は、きっと彼女との再会を果たせます。
いつか、私の知らない彼女の過去に現れたというサンタさん。聖夜と呼べる今晩にこそ、私にも奇蹟を届けてくれると、助かります。
そもそも彼女にだけでは、やや不公平だと思いませんか。ねぇ、神さま?
「隣人を愛せよ」と説くような神さまなら、貴方さまの遣わされた彼が愛した”隣人”を、彼から継いで愛し続けた私のことも、彼女と同じく、愛してくれても罰は当たらないと思うのです。……まぁ、こうしてサンタさんに愛を強要しているようでは、私の方が、神さまから直々に天罰を受けてしまいそうですね。はい、自重します。
それに、彼に愛を求めずとも、神さまに祈らずとも、私は夢を叶え掴み取ってみせます。だから、今夜はそっと、その眼で見届けていてください。
私が奇蹟を起こす、その瞬間を。
五年間求め続けた奇蹟を手にするための、私の最後の行程は、キーボードのエンターキーを押し込むことでした。
そう。まさに私は、この手で彼女を登場させるのです。
「おーい、ミキーっ。朝だよー!……もしもーし、聴こえてるー?」
再びあの名で呼んでくれる彼女の懐かしい声に、私は起こされたのでした。
もう外はとっくに陽が昇っているみたいです。
窓のないこの部屋の扉から射し込む小さなひだまりが、そう教えてくれました。
「おかえり、ゆさ。」
「……その前に”おはよう”でしょ、そこはさ。お久しぶりのミキさん。」
奇蹟の知らせは、コンピュータのモニターに映し出された、【100% 完了 起動】と記されている小さなウインドウを確認するまでもなく、無事私にも訪れてくれたようです。
私にも奇蹟、起こせましたよ。神さま。
二十年前、小さな私に、おとうさんから提示された、『自分の名字を大切にする』ということを条件に、私は一生ものの家族を得ました。
当時の私『神之輝ミキ』にとってのそれは、とっても、とっても大事な出来事でした。
けれど、このことを覚えている人は、私以外、もう、この世界のどこにもいません。
「いまは、私とベルだけだね。……私のこの小さな嘘も、ゆさのことも、全部知ってるのは。」
膝の上で寛ぐ、少し歳をとった猫に、私は静かに話しかけてみましたが、”ゆさ”という懐かしい響きは、いま、少しだけ、けれど確かに、私の耳と心を癒してくれています。彼女の存在は、私にどれだけの影響力を持っているのでしょうか。理由は明白。……とはいえ、やっぱり私は、いつも彼女と一緒にいないとダメみたいです。今年で二十五歳にもなるというのに、ちょっぴり情けない話ですけど。
「もう少しで、ベルも大好きだったゆさに、また、逢えるからね……っ。」
「にゃああ……?」と小首を傾げるベルを見ていると、つい、頬の筋肉が緩んでしまいそうになりました。
いけない、いけない。もう少しと言った私がここで脱力してしまっては、その”もう少し”も遠ざかってしまいます。
私はほぐれかけていた自分の表情筋を律するべく、洗面所に向かい、そこで顔を洗いました。十二月ともなれば、ただの水道水でも、私を睡魔の手から守るには十分すぎる代物になるようで、思った以上に冷たく感じます。
頭を上げると、目の前には鏡があり、私の目の下にまた濃いくまを作ってしまっていることを物語っていました。物語っていた、というより、写し出していたとか浮き彫りにしていたとかの表現が適切かもしれません。なんせ相手は鏡ですから。
「わかってるけど、ほんとにあとちょっとなんだから。うん、がんばらないとっ。」
両の掌で自分の頬をぺちぺちと弾いて、気合いを入れ直し、私は自分の部屋へと引き返しました。
あとちょっとで、また彼女と……っ。
ここまでくるのに、五年も費やしてしまいました。……とはいっても、そのうちの最初の三年間は眠っていたので、厳密には、私が費やした時間は二年間ということになります。
私がどこかで気を抜いて、途中で眠ってしまわなければ、今夜私は、きっと彼女との再会を果たせます。
いつか、私の知らない彼女の過去に現れたというサンタさん。聖夜と呼べる今晩にこそ、私にも奇蹟を届けてくれると、助かります。
そもそも彼女にだけでは、やや不公平だと思いませんか。ねぇ、神さま?
「隣人を愛せよ」と説くような神さまなら、貴方さまの遣わされた彼が愛した”隣人”を、彼から継いで愛し続けた私のことも、彼女と同じく、愛してくれても罰は当たらないと思うのです。……まぁ、こうしてサンタさんに愛を強要しているようでは、私の方が、神さまから直々に天罰を受けてしまいそうですね。はい、自重します。
それに、彼に愛を求めずとも、神さまに祈らずとも、私は夢を叶え掴み取ってみせます。だから、今夜はそっと、その眼で見届けていてください。
私が奇蹟を起こす、その瞬間を。
五年間求め続けた奇蹟を手にするための、私の最後の行程は、キーボードのエンターキーを押し込むことでした。
そう。まさに私は、この手で彼女を登場させるのです。
「おーい、ミキーっ。朝だよー!……もしもーし、聴こえてるー?」
再びあの名で呼んでくれる彼女の懐かしい声に、私は起こされたのでした。
もう外はとっくに陽が昇っているみたいです。
窓のないこの部屋の扉から射し込む小さなひだまりが、そう教えてくれました。
「おかえり、ゆさ。」
「……その前に”おはよう”でしょ、そこはさ。お久しぶりのミキさん。」
奇蹟の知らせは、コンピュータのモニターに映し出された、【100% 完了 起動】と記されている小さなウインドウを確認するまでもなく、無事私にも訪れてくれたようです。
私にも奇蹟、起こせましたよ。神さま。
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