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夢見た光景のはずだった

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 少しずつではあるが、殿下がマリーと過ごす時間が増えていく。
 それに反比例して、俺と彼女の時間は減っていった。
 学園内では、ついにティアナが愛想を尽かされたのではないかと噂まで上がるほどだ。
 後は殿下が俺との婚約を破棄し、新たな婚約者としてマリーを迎え入れればいいだけのこと。そうしてもらえれば、俺も安心して本来の性別に戻り生きていくことができる。
「殿下も何をお考えなのでしょうね。あのような貧乏伯爵の娘に目を掛けるだなんて」
 甘美な音楽が彩るダンスフロアで、壁際に立ち踊る人々を眺めていた俺の隣に一人の青年が二人分のグラスを手に近付いてきた。
 見覚えのある青年だ。たしか、ヨドムス伯爵家の次男だったか。すでに学園は卒業しており、今は騎士団に所属していたはず。
 彼の視線の先には、フロアで踊る殿下とマリーの姿が。
 今のマリーの足取りには不安な部分は一切なく、殿下のリードに身を委ね軽やかに舞っていた。
 彼の差し出すグラスを受け取り、無言で微笑みを返す。自慢ではないが、俺も王族の血を継ぐ令嬢という立場上他の子息から声を掛けられることは珍しくもない。
 特に最近は、殿下の関心がマリーに移っていると見てかあからさまな視線が増えてきた。
「そうかしら? マリーはとても素敵な子よ」
「あぁ。彼女と先に親しくなったのはティアナ様の方でしたね。ですが私にはティアナ様の婚約者である殿下相手に踊っていただくなど、あの娘がどのような神経をしているか理解できません」
 俺の気を引くための言葉か、本心からの言葉かわからない。
 だが、こうしてマリーに悪評が立つのも好ましくはない。
「あれはわたくしが殿下に頼んだのよ。あの子、まだ社交の場に不馴れだから、少し相手をしていただけないでしょうかってね。殿下を相手に踊れるようになれば、それ以外の男なんて怖くないと思わないかしら?」
 横目で彼に視線を送り、渡されたグラスを一気に傾けた。
 喉を刺す熱は、僅かだがアルコールが含まれていたらしい。十五歳にもなれば成人とみなされるため、当たり前のように酒を渡されるようになってしまう。しかし、未だにこれを美味しいとは思えなかった。
 わざわざ酒を持ってくる辺り、それなりに下心がありそうな相手だ。こういう男たちを適当にあしらわなければならないのも面倒くさく、殿下には早く決断してほしいところであった。
「そう仰るわりには、ティアナ様の表情は不満そうですけれど」
「そう?」
「えぇ。殿下をあんな小娘に盗られるだなんて、と腹を立てているように見えます」
 静かに微笑む男は中々に太い性格をしているらしい。
 面白くないという顔をしていたのは、確かだろう。それも当然だ。
「……貴方には目が二つも付いているというのに、しっかりと前が見えていないようね。わたくしが不機嫌なのは、可愛い可愛いマリーを殿下に取られてしまったからよ」
「……はい?」
「わたくしがあの子を可愛がっていることは知っているでしょう? それを殿下に取られたのだもの。面白くないに決まっているわ」
 男は目を丸くして俺を見下ろしていた。
 俺は一切嘘は吐いていない。二人が仲睦まじく踊っている様を目の当たりにすると、苛立って仕方がない。
「……だから今、わたくしはとても機嫌が悪いの。用がないのなら、去ってもらえる?」
 男の方は見向きもせずに突き放せば、どれだけ自分に自信のある男であろうと去っていくしかできない。
 今の男もその例に違わず、何か言いたそうに口は開いたものの俯きがちに立ち去っていった。賢い選択だ。どうあっても俺があの男を選ぶことはないのだから。
 空になったグラスを手の中で弄びながら、くるくると舞う二人に視線を送る。
 俺の部屋に勉強に来たときのマリーは特に今までと変わった様子がなく、彼女から殿下の話をすることもない。だから、俺のいないところで二人がどんな会話をしているかも、どのように距離を詰めているのかも知る手段がない。
「これでいい。間違ってなんかいないはずだ」
 誰にも聞こえぬ俺の呟きは、甘い管弦楽の演奏の中に溶けていった。
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