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慣れない王子の暮らし
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自分の名を呼ぶ声が聞こえ、足を止めて振り返る。水を打つように背筋が自然と伸びる声の持ち主は、いつもより更に険しい眼差しでオレの元へと駆け寄ってきた。
「お、久しぶりだなウィリス。元気だったか?」
久しぶりの再会への喜びから呑気に片手を上げたオレへ、更に冷たい眼差しが投げつけられる。
足跡など知らない新雪を思わせる美しい髪を揺らし、ウィリスはオレへと軽く頭を下げた。
その所作の美しさには、何度顔を合わせても見とれてしまう。オレには何十年掛かっても身に付けることは難しそうだった。
「えぇ。ユリウスさんこそ、お変わり無いようで何よりです」
ラベンダーの花びらのような色素の薄い瞳を不機嫌そうに細めているウィリス。初めて会ったときはオレの態度に問題があるかと不安だったが、何度か顔を合わせるうちにウィリスの冷たい眼差しはそれが常であることがわかっていった。
「数ヵ月でそんな変わんないって。オーキスも久しぶり」
「お久しぶりです」
ウィリスの後ろにぴったりとくっついて微笑むオーキスも相変わらずで、オレは安心して笑顔を浮かべた。
冷たい表情の多いウィリスとは正反対で、いつも優しげに微笑んでいるオーキス。ウィリスの瞳とよく似た色の髪を長く伸ばしており、綺麗な顔を半分ほど隠してしまっているのはもったいないなといつも思う。
二人とは定期的に行われる同盟会議の際に顔は合わせているものの、やっぱり元気な顔を見ると安心ができた。
「私たちが前回お会いしたのは三ヶ月前でしたから、ユリウス様は少し背が伸びたような気がしますね」
「オレはもうそんな成長するような歳じゃないけどな。オーキスはちょっと髪伸びた?」
気のせいですよとオーキスは苦笑を溢した。その優雅な振る舞いもオレなんかとは全然違って、オーキスもきちんと王族としての教育を受けてきた者なのだということがよくわかる。
周辺諸国に対抗するために、オレたちが生まれた東西南北に隣接する四つの小国が合わさり四国同盟が発足されたのはもう何百年も前のことだという。
そのうちの一つ、オーキスの祖国でもある南の国は数十年前に他国の侵略を受け滅亡してしまった。
北の国を治めるウィリスの父親がいち早く南へ出兵し、何とか南の領地を奪還したため、同盟発足当時と領土の面積は変わっていないが現在は三国同盟となっている。それ以来オーキスはウィリスの従者として、共に北の国で暮らしているそうだ。
明後日はオレが暮らすこの東の国で、三ヶ月に一度の定例会議が行われることになっていた。
会議に出席をするのはオレたちの父親たちだが、会議の度に王子として同行しなければならないのは暗黙の了解であり、各国の王子とは何度も顔を合わせそれなりに親しくもなっていた。
「もうアッシュも来てるぜ。今日は街を見に行くって言ってたけど」
「そうですか。アッシュのお兄様はまだ旅に出ているんでしたっけ?」
「確か、他国の政治を学ぶためだったか? 立派だよなぁ、オレまだ会ったことねぇもん」
西の国には二人の王子がいるが、長男である第一王子は将来のためにと見聞を広める旅に出てしまっているため、外交に関しては第二王子であるアッシュに任せる形となってしまっている。
アッシュもウィリスもそれによって不便は感じていないため特に問題視はしていなかったが、話だけ聞くと変わった王子様なんだなと驚いてしまう。
「……そういえばユリウスさん、隣国への侵攻が無事に成功したようですね、おめでとうございます。部隊の指揮だけじゃなく、相手方の王を討ち取ったと聞きましたよ」
「あー、ありがとな。でもあれはオレが討ち取ったんじゃなくて、オレが見つけたときには自害してたんだよ」
「そうだったのですか。ですが、それでも王の首があるのとないのとでは大違いですから。それを発見したご自身の手柄は誇って良いと思いますよ」
その件については手放しに喜べる話でもなくて、オレは曖昧に頷きながら首の後ろを掻いた。
戦争とか、侵略とか。きっと生まれたときから一国の王子として育ってきたウィリスにとっては身近な話なんだろうけれど、オレにとってはそうじゃない。
元々、オレは東の国の小さな村で、母ちゃんと二人で暮らしているただの農民だった。
それが二年前のある日、突然王城からの使者とやらがうちにやってきて、オレの父親が実はこの国の王様で、何人かいた王子たちが王位争いの中で全員命を落としてしまい王の血を継ぐ人間がオレしかいなくなってしまったなんて言い出したんだ。
最初はまさかと思ったけれど、使者の言葉を母ちゃんは否定しなかった。そういえば、昔は王城で働いていたこともあると聞いたことがあった。
そもそもオレは王子なんて柄じゃない。権力にだって興味ない。
だから城にだって来るつもりなんてなかったけれど、オレが王位を継げば母ちゃんに何不自由無い暮らしを約束するって言われてしまえば断る理由も無くて、こうして分不相応な場所で暮らしているというわけだ。
ウィリスが口にした隣国への侵攻も、オレが将来王位を継ぐに当たってそれなりの功績を示しておいた方がいいという父親の考えだ。
そういう意味では、オレが相手方の王の遺体を見つけ出したのは上々の結果ともいえる。
他人の命を奪うことを誉められるような生き方に、慣れていけるとは思えない。けれど、ここに来ると決めてしまった手前、そんな甘えたことを言っていられないのも事実だった。
「ところで、ユリウスさん」
「ん?」
「その時に連れ帰った人間のことで妙な噂を耳にしたのですが」
水面が凍りつくような冷えきったウィリスの声。オレを見上げるウィリスの氷のような眼差しに、思わず体が縮こまってしまう。
これはウィリスのお叱りが始まる合図だ。
この国に来て最初の数ヵ月間、オレにこの同盟の成り立ちや王族としての考え方を教えてくれたのはウィリスだった。アッシュやオーキスに励まされながら、分厚い歴史を叩き込まれた日々が甦る。
そのお陰でこうして早くから親しくなれたのはよかったけれど、今でもあの日々を思い出してウィリスに睨まれると無意識に体が逃げ腰になってしまう。
何か適当な理由を付けてこの場を立ち去ろう。そう思ったが、背中から楽器を打ち鳴らしたような弾ける声が飛んできてそれも出来なくなってしまった。
「あっ、ユリー! 見て見て、これ、明後日の宴の衣装です!」
パレードでも始まったかのような明るい声に振り返れば、まさに今ウィリスが口にしたばかりのオレが隣国から連れ帰った人間が両手を振りながら駆け寄ってきた。
「お、久しぶりだなウィリス。元気だったか?」
久しぶりの再会への喜びから呑気に片手を上げたオレへ、更に冷たい眼差しが投げつけられる。
足跡など知らない新雪を思わせる美しい髪を揺らし、ウィリスはオレへと軽く頭を下げた。
その所作の美しさには、何度顔を合わせても見とれてしまう。オレには何十年掛かっても身に付けることは難しそうだった。
「えぇ。ユリウスさんこそ、お変わり無いようで何よりです」
ラベンダーの花びらのような色素の薄い瞳を不機嫌そうに細めているウィリス。初めて会ったときはオレの態度に問題があるかと不安だったが、何度か顔を合わせるうちにウィリスの冷たい眼差しはそれが常であることがわかっていった。
「数ヵ月でそんな変わんないって。オーキスも久しぶり」
「お久しぶりです」
ウィリスの後ろにぴったりとくっついて微笑むオーキスも相変わらずで、オレは安心して笑顔を浮かべた。
冷たい表情の多いウィリスとは正反対で、いつも優しげに微笑んでいるオーキス。ウィリスの瞳とよく似た色の髪を長く伸ばしており、綺麗な顔を半分ほど隠してしまっているのはもったいないなといつも思う。
二人とは定期的に行われる同盟会議の際に顔は合わせているものの、やっぱり元気な顔を見ると安心ができた。
「私たちが前回お会いしたのは三ヶ月前でしたから、ユリウス様は少し背が伸びたような気がしますね」
「オレはもうそんな成長するような歳じゃないけどな。オーキスはちょっと髪伸びた?」
気のせいですよとオーキスは苦笑を溢した。その優雅な振る舞いもオレなんかとは全然違って、オーキスもきちんと王族としての教育を受けてきた者なのだということがよくわかる。
周辺諸国に対抗するために、オレたちが生まれた東西南北に隣接する四つの小国が合わさり四国同盟が発足されたのはもう何百年も前のことだという。
そのうちの一つ、オーキスの祖国でもある南の国は数十年前に他国の侵略を受け滅亡してしまった。
北の国を治めるウィリスの父親がいち早く南へ出兵し、何とか南の領地を奪還したため、同盟発足当時と領土の面積は変わっていないが現在は三国同盟となっている。それ以来オーキスはウィリスの従者として、共に北の国で暮らしているそうだ。
明後日はオレが暮らすこの東の国で、三ヶ月に一度の定例会議が行われることになっていた。
会議に出席をするのはオレたちの父親たちだが、会議の度に王子として同行しなければならないのは暗黙の了解であり、各国の王子とは何度も顔を合わせそれなりに親しくもなっていた。
「もうアッシュも来てるぜ。今日は街を見に行くって言ってたけど」
「そうですか。アッシュのお兄様はまだ旅に出ているんでしたっけ?」
「確か、他国の政治を学ぶためだったか? 立派だよなぁ、オレまだ会ったことねぇもん」
西の国には二人の王子がいるが、長男である第一王子は将来のためにと見聞を広める旅に出てしまっているため、外交に関しては第二王子であるアッシュに任せる形となってしまっている。
アッシュもウィリスもそれによって不便は感じていないため特に問題視はしていなかったが、話だけ聞くと変わった王子様なんだなと驚いてしまう。
「……そういえばユリウスさん、隣国への侵攻が無事に成功したようですね、おめでとうございます。部隊の指揮だけじゃなく、相手方の王を討ち取ったと聞きましたよ」
「あー、ありがとな。でもあれはオレが討ち取ったんじゃなくて、オレが見つけたときには自害してたんだよ」
「そうだったのですか。ですが、それでも王の首があるのとないのとでは大違いですから。それを発見したご自身の手柄は誇って良いと思いますよ」
その件については手放しに喜べる話でもなくて、オレは曖昧に頷きながら首の後ろを掻いた。
戦争とか、侵略とか。きっと生まれたときから一国の王子として育ってきたウィリスにとっては身近な話なんだろうけれど、オレにとってはそうじゃない。
元々、オレは東の国の小さな村で、母ちゃんと二人で暮らしているただの農民だった。
それが二年前のある日、突然王城からの使者とやらがうちにやってきて、オレの父親が実はこの国の王様で、何人かいた王子たちが王位争いの中で全員命を落としてしまい王の血を継ぐ人間がオレしかいなくなってしまったなんて言い出したんだ。
最初はまさかと思ったけれど、使者の言葉を母ちゃんは否定しなかった。そういえば、昔は王城で働いていたこともあると聞いたことがあった。
そもそもオレは王子なんて柄じゃない。権力にだって興味ない。
だから城にだって来るつもりなんてなかったけれど、オレが王位を継げば母ちゃんに何不自由無い暮らしを約束するって言われてしまえば断る理由も無くて、こうして分不相応な場所で暮らしているというわけだ。
ウィリスが口にした隣国への侵攻も、オレが将来王位を継ぐに当たってそれなりの功績を示しておいた方がいいという父親の考えだ。
そういう意味では、オレが相手方の王の遺体を見つけ出したのは上々の結果ともいえる。
他人の命を奪うことを誉められるような生き方に、慣れていけるとは思えない。けれど、ここに来ると決めてしまった手前、そんな甘えたことを言っていられないのも事実だった。
「ところで、ユリウスさん」
「ん?」
「その時に連れ帰った人間のことで妙な噂を耳にしたのですが」
水面が凍りつくような冷えきったウィリスの声。オレを見上げるウィリスの氷のような眼差しに、思わず体が縮こまってしまう。
これはウィリスのお叱りが始まる合図だ。
この国に来て最初の数ヵ月間、オレにこの同盟の成り立ちや王族としての考え方を教えてくれたのはウィリスだった。アッシュやオーキスに励まされながら、分厚い歴史を叩き込まれた日々が甦る。
そのお陰でこうして早くから親しくなれたのはよかったけれど、今でもあの日々を思い出してウィリスに睨まれると無意識に体が逃げ腰になってしまう。
何か適当な理由を付けてこの場を立ち去ろう。そう思ったが、背中から楽器を打ち鳴らしたような弾ける声が飛んできてそれも出来なくなってしまった。
「あっ、ユリー! 見て見て、これ、明後日の宴の衣装です!」
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