孤独な王子は道化師と眠る

河合青

文字の大きさ
1 / 37

慣れない王子の暮らし

しおりを挟む
 自分の名を呼ぶ声が聞こえ、足を止めて振り返る。水を打つように背筋が自然と伸びる声の持ち主は、いつもより更に険しい眼差しでオレの元へと駆け寄ってきた。
「お、久しぶりだなウィリス。元気だったか?」
 久しぶりの再会への喜びから呑気に片手を上げたオレへ、更に冷たい眼差しが投げつけられる。
 足跡など知らない新雪を思わせる美しい髪を揺らし、ウィリスはオレへと軽く頭を下げた。
 その所作の美しさには、何度顔を合わせても見とれてしまう。オレには何十年掛かっても身に付けることは難しそうだった。
「えぇ。ユリウスさんこそ、お変わり無いようで何よりです」
 ラベンダーの花びらのような色素の薄い瞳を不機嫌そうに細めているウィリス。初めて会ったときはオレの態度に問題があるかと不安だったが、何度か顔を合わせるうちにウィリスの冷たい眼差しはそれが常であることがわかっていった。
「数ヵ月でそんな変わんないって。オーキスも久しぶり」
「お久しぶりです」
 ウィリスの後ろにぴったりとくっついて微笑むオーキスも相変わらずで、オレは安心して笑顔を浮かべた。
 冷たい表情の多いウィリスとは正反対で、いつも優しげに微笑んでいるオーキス。ウィリスの瞳とよく似た色の髪を長く伸ばしており、綺麗な顔を半分ほど隠してしまっているのはもったいないなといつも思う。
 二人とは定期的に行われる同盟会議の際に顔は合わせているものの、やっぱり元気な顔を見ると安心ができた。
「私たちが前回お会いしたのは三ヶ月前でしたから、ユリウス様は少し背が伸びたような気がしますね」
「オレはもうそんな成長するような歳じゃないけどな。オーキスはちょっと髪伸びた?」
 気のせいですよとオーキスは苦笑を溢した。その優雅な振る舞いもオレなんかとは全然違って、オーキスもきちんと王族としての教育を受けてきた者なのだということがよくわかる。
 周辺諸国に対抗するために、オレたちが生まれた東西南北に隣接する四つの小国が合わさり四国同盟が発足されたのはもう何百年も前のことだという。
 そのうちの一つ、オーキスの祖国でもある南の国は数十年前に他国の侵略を受け滅亡してしまった。
 北の国を治めるウィリスの父親がいち早く南へ出兵し、何とか南の領地を奪還したため、同盟発足当時と領土の面積は変わっていないが現在は三国同盟となっている。それ以来オーキスはウィリスの従者として、共に北の国で暮らしているそうだ。
 明後日はオレが暮らすこの東の国で、三ヶ月に一度の定例会議が行われることになっていた。
 会議に出席をするのはオレたちの父親たちだが、会議の度に王子として同行しなければならないのは暗黙の了解であり、各国の王子とは何度も顔を合わせそれなりに親しくもなっていた。
「もうアッシュも来てるぜ。今日は街を見に行くって言ってたけど」
「そうですか。アッシュのお兄様はまだ旅に出ているんでしたっけ?」
「確か、他国の政治を学ぶためだったか? 立派だよなぁ、オレまだ会ったことねぇもん」
 西の国には二人の王子がいるが、長男である第一王子は将来のためにと見聞を広める旅に出てしまっているため、外交に関しては第二王子であるアッシュに任せる形となってしまっている。
 アッシュもウィリスもそれによって不便は感じていないため特に問題視はしていなかったが、話だけ聞くと変わった王子様なんだなと驚いてしまう。
「……そういえばユリウスさん、隣国への侵攻が無事に成功したようですね、おめでとうございます。部隊の指揮だけじゃなく、相手方の王を討ち取ったと聞きましたよ」
「あー、ありがとな。でもあれはオレが討ち取ったんじゃなくて、オレが見つけたときには自害してたんだよ」
「そうだったのですか。ですが、それでも王の首があるのとないのとでは大違いですから。それを発見したご自身の手柄は誇って良いと思いますよ」
 その件については手放しに喜べる話でもなくて、オレは曖昧に頷きながら首の後ろを掻いた。
 戦争とか、侵略とか。きっと生まれたときから一国の王子として育ってきたウィリスにとっては身近な話なんだろうけれど、オレにとってはそうじゃない。
 元々、オレは東の国の小さな村で、母ちゃんと二人で暮らしているただの農民だった。
 それが二年前のある日、突然王城からの使者とやらがうちにやってきて、オレの父親が実はこの国の王様で、何人かいた王子たちが王位争いの中で全員命を落としてしまい王の血を継ぐ人間がオレしかいなくなってしまったなんて言い出したんだ。
 最初はまさかと思ったけれど、使者の言葉を母ちゃんは否定しなかった。そういえば、昔は王城で働いていたこともあると聞いたことがあった。
 そもそもオレは王子なんて柄じゃない。権力にだって興味ない。
 だから城にだって来るつもりなんてなかったけれど、オレが王位を継げば母ちゃんに何不自由無い暮らしを約束するって言われてしまえば断る理由も無くて、こうして分不相応な場所で暮らしているというわけだ。
 ウィリスが口にした隣国への侵攻も、オレが将来王位を継ぐに当たってそれなりの功績を示しておいた方がいいという父親の考えだ。
 そういう意味では、オレが相手方の王の遺体を見つけ出したのは上々の結果ともいえる。
 他人の命を奪うことを誉められるような生き方に、慣れていけるとは思えない。けれど、ここに来ると決めてしまった手前、そんな甘えたことを言っていられないのも事実だった。
「ところで、ユリウスさん」
「ん?」
「その時に連れ帰った人間のことで妙な噂を耳にしたのですが」
 水面が凍りつくような冷えきったウィリスの声。オレを見上げるウィリスの氷のような眼差しに、思わず体が縮こまってしまう。
 これはウィリスのお叱りが始まる合図だ。
 この国に来て最初の数ヵ月間、オレにこの同盟の成り立ちや王族としての考え方を教えてくれたのはウィリスだった。アッシュやオーキスに励まされながら、分厚い歴史を叩き込まれた日々が甦る。
 そのお陰でこうして早くから親しくなれたのはよかったけれど、今でもあの日々を思い出してウィリスに睨まれると無意識に体が逃げ腰になってしまう。
 何か適当な理由を付けてこの場を立ち去ろう。そう思ったが、背中から楽器を打ち鳴らしたような弾ける声が飛んできてそれも出来なくなってしまった。
「あっ、ユリー! 見て見て、これ、明後日の宴の衣装です!」
 パレードでも始まったかのような明るい声に振り返れば、まさに今ウィリスが口にしたばかりのオレが隣国から連れ帰った人間が両手を振りながら駆け寄ってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『君を幸せにする』と毎日プロポーズしてくるチート宮廷魔術師に、飽きられるためにOKしたら、なぜか溺愛が止まらない。

春凪アラシ
BL
「君を一生幸せにする」――その言葉が、これほど厄介だなんて思わなかった。 チート宮廷魔術師×うさぎ獣人の道具屋。
毎朝押しかけてプロポーズしてくる天才宮廷魔術師・シグに、うんざりしながらも返事をしてしまったうさぎ獣人の道具屋である俺・トア。 
でもこれは恋人になるためじゃない、“一目惚れの幻想を崩し、幻滅させて諦めさせる作戦”のはずだった。 ……なのに、なんでコイツ、飽きることなく俺の元に来るんだよ? 
“うさぎ獣人らしくない俺”に、どうしてそんな真っ直ぐな目を向けるんだ――? 見た目も性格も不釣り合いなふたりが織りなす、ちょっと不器用な異種族BL。 同じ世界観の「「世界一美しい僕が、初恋の一目惚れ軍人に振られました」僕の辞書に諦めはないので全力で振り向かせます」を投稿してます!トアも出てくるので良かったらご覧ください✨

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【本編完結】再び巡り合う時 ~転生オメガバース~

一ノ瀬麻紀
BL
前世で恋人を失い、自身も命を落とした僕は──異世界で双子の兄として転生した。 新たな出会いと、再び芽生える恋心。 けれど、オメガとしての運命は、この世界でも僕を翻弄していく。 これは、前世の記憶を抱えた僕が、二度目の人生を懸命に生きる物語。 ✤✤✤ ハピエンです。Rシーンなしの全年齢BLです。 よろしくお願いします。

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

聖者の愛はお前だけのもの

いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。 <あらすじ> ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。 ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。 意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。 全年齢対象。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

happy dead end

瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」 シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。

処理中です...