孤独な王子は道化師と眠る

河合青

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夜の相手と噂の君

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 そいつの一国の王子に対するとは思えない態度に、ウィリスの表情が目に見えて険しくなった。
「明後日の宴って、他の国からも王様とか来るんすよね? 折角ですし、思いっきり盛り上げて……あれ? どちら様ですか?」
「……その他の国から来た王子様、だよ。ウィリスとオーキス」
「え! そうなんですか! 初めまして、俺、ウルっていいます!」
 真っ赤なマントとギラギラと目に眩しいピンクと黒を貴重とした衣装を身に付けたウルは、固まっているウィリスの手を両手で握り締めてブンブンと上下に振った。困惑気味のオーキスの手も握り振り回した後、オレの隣に立つとその場でくるっと回って見せる。
「この国はお洒落で楽しいですね! 俺みたいな庶民でもこんなに服買えるし、俺好みの明るい服も多くて嬉しい!」
「そりゃ良かった。明後日何やんの?」
「ユリーは何が見たい? とりあえずハトでも出そうかと思ってるんですけど、もっと派手な方が良いですか?」
「ハトもいいけど……ウルの踊りまた見たいな」
「躍りね! 任せてください、準備しておきますね!」
「……ユリウスさん、何ですかこれは」
 夜中に打ち上げた花火のように一瞬で場を騒がしく変えたウルのことを、指差しながらウィリスは言う。
 目が笑っていない。後ろでオーキスが心配そうにウィリスとウルとを見比べていた。
「今まさにウィリスが話そうとしてた……この前の侵攻の時にオレが連れ帰ってきた奴」
「え、俺の話してたんすか!」
「ウルはちょっとややこしくなるから黙っててな」
 ウルは頷いて、両手で自分の口元を押さえた。煩いやつだけど、こういうところは素直で可愛いと思う。
 信じられないものを見るような目でウィリスはウルの爪先から頭のてっぺんまでを何往復もしながら見渡している。
 この辺りではあまり見かけたのことのない夜のような黒い髪。きっと、生まれがずっと遠い国なのだろう。瞳の色も、見たことのない明るい緑色をしていた。少し長めに伸びた襟足は、ウルが跳ねるたびにぴょんぴょんと揺れていた。
「こいつの名前はウル、歳は……確か二人の一つ年下だったかな」
 ウィリスが知りたいのはそういうことじゃないだろうとわかっていたけど、簡単な紹介だけは口にする。
 ウルは両手で口元を押さえたままオレを見上げて、喋っても良いかと目で訴えてくる。まだややこしいことになりそうだからとオレは黙って首を横に振った。
「オレが城の中で向こうの王様を探してるときにたまたまウルのこと見つけてさ、そのままにしとくわけにもいかないし、とりあえず連れて帰ったらこいつ元々は旅芸人の一員だったって言うから城で抱えたってわけ」
「いえ、そういうことではなくてですね……」
「俺、今から一芸やってみますか?」
「いいからウルは黙ってろって」
 ウルは頭を抱えたウィリスの顔を覗き込んだ。首を傾げるウルが余計なことを言わないよう、オレがウルを後ろから抱え込むようにして片手で口元を覆う。
 真面目なウィリスにとって、王族への敬意の欠片もないウルのようなタイプが許せないのは、合わせる前からわかってはいた。だけど、オレはこういうウルのことを嫌じゃないと思ってしまうから許して欲しい。
「ほら……オレはさ、元々王子として育ったわけじゃないし……ウィリスは嫌がるかもだけどウルみたく気安く話してくれるのは嬉しいって思っちゃうんだよ。ウィリス相手には気を付けるように言い聞かせとくから、あんまり責めないでやってほしいなーって……」
 生まれたときから王族として厳しく育てられてきただろうウィリスにとって、オレに対するウルの態度が気に入らないのは理解できる。気さくな性格のアッシュはウルのことをすんなりと受け入れてくれたけれど、それをウィリスにも強いるのは良くないだろう。
 ウィリスは気が遠くなるほどの長い長い溜め息を吐くと、それでも険しい表情のまま緩く左右に首を振った。
「……気に入りませんけれど、別に改めろとも言いません。彼は僕の家臣ではありませんし、僕の民でもありません。ユリウスさんがそれで良いなら僕に口出しをする権利はないですからね」
 納得はいっていない様子だったけれど、ウィリスのその言葉にオレはほっと肩の力を抜いた。その様子を眺めていたオーキスが、嬉しそうに微笑みながらウルの耳元に唇を寄せる。
「ウィリス様は可愛い動物が好きだから、ハトよりも犬とか猫とかの方が喜ぶよ」
「そうなんですね! ありがとう、えーと……」
「オーキス。よろしく」
「よろしくっす!」
 キラキラと目を耀かせてお礼を口にするウルだったけれど、こいつは体のどこから猫を出す気なんだろうな。
 首を傾げていたオレの腕をウィリスは強い力で掴むと、ウルから引き剥がして距離を詰め声を潜める。
「……そんなことよりもユリウスさん、近頃彼に御執心だという噂を耳にしましたよ。なんでも、毎晩部屋に招いているとか」
「あー……それなぁ……毎晩呼んでるってわけでもないんだけどさ」
「毎晩なのか三、四日に一度なのかは大した問題じゃありません。そんな噂が流れることが問題なんですよ」
 その噂はオレの耳にも入っている。城内の噂が王子の耳にまで届くというのはどうなのかとも思ったが、オレもいちいち気にしてはいなかった。
 責めるような眼差しの中に、微かだが心配の色が混ざっている。厳しい物言いが多いが何だかんだで優しいとこもあるウィリスに笑ってみせると、その頭を軽く撫でてやった。
「ちょっとワケありでさ。でも、ウィリスが心配するようなことはないから大丈夫だよ」
 あながち間違っているわけでもなかったけれど、しょせん噂は噂でしかない。オレがウルのことを気にかけているのは事実だったけれど、それ以上のことはない。
 まだ何か言いたげにオレを見つめるウィリスだったけれど、わかりましたと溜め息を吐いてオーキスの名を呼びオレたちに背を向けた。
 アッシュと合流をすると言って歩き出してしまった背中を、オレとウルで見送った。ウィリスたちの姿が見えなくなって、ウルはオレの手を取ると子供のようにはしゃいでみせる。
「今夜もユリーのお部屋にお邪魔していいですか?」
「あぁ」
「へへ、やった」
 頷いて、尻尾を振る犬のように笑ってみせるウルの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
 オレが毎晩ウルのことを自室に招いているのは、城内でも周知の事実だ。やましいことは何もない。けれど、執心だと噂されるのも仕方の無いことだと思う。
 大地に花を咲かすような、あたたかいウルの手を握り返す。
 オレが噂されることでウルのことを少しでも助けてやれるのなら、この程度別に問題ないと思ってしまうんだ。
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