10 / 60
【1】
10.少しずつ、知っていく
しおりを挟む
「三本さん、お疲れさまです。もう帰るんですか?」
「ん、あぁ。何? 手伝った方が良い仕事ある?」
パソコンをシャットダウンしようとしたら、隣に座る後輩の竹下に声を掛けられる。
竹下は大丈夫だと首を振りながらも、画面上に開いたウィンドウは何一つ消さずに手を動かし続けていた。全然大丈夫そうには見えず、オレはカバンに伸ばした手を止めて座り直した。
「……いいよ、手伝う。お前それ明日までなんだろ?」
「三本さぁ~ん! 俺、明日の昼飯奢ります!」
「いい。代わりに来週の案件手伝えよな」
「はい! 俺、なんでもします!」
半年前に転職をして来た竹下は元々デザイン系の仕事をしていたわけではなかったが、Webデザインの仕事にチャレンジしたいという熱意で面接を突破してきた勢いのある奴だ。
明日の社内コンペに参加することになっているから、そのための作品を完成させなければいけない。
しかし、今回が初めての参加ということもありどうにも気合いが空回っているようだった。
「あとプレゼン資料で終わりなんです」
「完成品の見直しだってしたいだろ? プレゼン資料こっちに送ってこい。文章の入力とかレイアウトとかやっといてやるから」
「ありがとうございます~!」
定時上がりの予定だったが、今日は諦めるしかなさそうだ。
オレはスマホを手に取ると、アプリを開き昼過ぎに高瀬から来ていたメッセージを開く。
『今日泊まりに行ってもいいですか?』
オレの部屋の方が自分の部屋よりも大学に近いことに気が付いたこともあってか、高瀬はオレが思っていたよりも頻繁に遊びにくるようになった。
もちろん都合が悪いときは断っているし、それについて高瀬がゴネることもない。
だから困ってはいないが、この頻度は予想外だったから驚いてはいた。
さっきは了承の返事をしたが、いつ終わるかわからないから改めて断りの連絡を送る。メッセージにはすぐ既読が付いて、泣いているスタンプが送り返されてきた。
『わかりました。お仕事頑張ってください!』
労いの言葉と一緒に、近くのコーヒーショップで使える電子ギフト券が送られてくる。
その細やかな気遣いに緩む口元を、竹下に気付かれないようそっと片手で隠した。
「あ~、疲れた……」
「ここのところずっと忙しそうでしたもんね。お昼だって来てすぐ食べて戻っていきましたし」
「昼休憩すら惜しくてさ」
社会人って大変ですね~と呑気な高瀬の声がキッチンから飛んでくる。
コイツが遊びに来るときは、オレが夕飯を作り高瀬が後片付けをする。いつのまにか、それが当たり前となっていった。
「高瀬だって来年で四年だろ? あんまりのんびりしてらんないな」
「そうなんですよねー。俺は恭ちゃん先輩と違ってやりたいことがあるわけじゃないからどうしようかなって」
濡れた手を服で拭きながら戻ってきた高瀬は、オレの隣に腰を下ろすとテーブルの上の缶チューハイを開けてマグカップへと注いでいく。
そのまま飲めばいいだろと前に言ったけど、折角だからプラネタリウムで買ったマグカップを使いたいと高瀬は頑なだった。せっかく買ったものだから、大事に使われているのを目にするのは嬉しかった。
「地元戻んの?」
「戻らないですよ。そもそも地元って母の地元だったんで、俺からするともう戻る場所はないっていうか……」
そう言って高瀬はテーブルの上に置いてあったオレのスマホを指先で撫でた。そこに貼られているステッカーはオレたちが親しくなったきっかけの、お互いの地元のゆるキャラだ。
オレにとっては正真正銘の地元だけど、高瀬にとっては複雑なのか。寂しそうな顔をしている高瀬の頭を、ぽんと軽く撫でてみる。
「それでもさ、昔の友達とか想い出の場所とかもあるだろ? 一人で帰りにくいんだったら付き合ってやるから誘えよな」
「……へへ、ありがとうございます」
「それはそれとして、就職先は真剣に考えろよ?」
「一応公務員試験受けるつもりで準備はしてるんですよ」
それは益々周りの女の子たちが放っておかないだろうな。
そう思ったけど、口にするのは止めた。それは高瀬にとっては失礼な物言いでしかない。
マグカップを傾けてジュースのようにぐいぐいと中身を飲み干していく高瀬をじっと見つめた。
清潔感のある真面目そうな横顔だけを見れば、やっぱりオレの好みの顔ではある。
「はぁ……」
「どうしたんですか?」
「オレもお前くらいにフットワーク軽く付き合ってたら色々変わってたのかなって思ってさ」
少なくとも、変に拗らせて恋愛に奥手になるようなことはなかっただろう。
高瀬は溜め息をついた俺の顔を覗き込むと、困ったように小さく笑った。
「そしたら多分、オレと恭ちゃん先輩ってとっくにセックスしてたんでしょうね」
「かもな」
「それで今ごろは仲の良いセフレですね」
そっと伸びてきた指先が、オレの頬に触れる髪をすくった。それをオレの耳へと掛けると、高瀬は勿体ぶるように頬を緩めた。
「最初はそれでいいって思ってたはずなのに、今は恭ちゃん先輩とセフレになるのは勿体ないなって思うんですよ」
真っ直ぐに向けられた高瀬の眼差しに、気恥ずかしさと照れ臭さの混ざった言葉にしにくい気まずさを覚え、耳に触れていた高瀬の手首を掴んで剥がす。
「……高瀬ってさ、誰にでもこんな感じなわけ?」
「まさか。俺、基本受け身ですもん」
なら、無意識にこういうこと言ってるんだろうな。そりゃ、言われた相手はドキドキするだろ。
「冗談抜きで、俺、恭ちゃん先輩とはもっとちゃんと付き合っていきたいって思ってるんですよ」
「そう言われて悪い気はしないけどさ、お前ってオレの何がいいわけ?」
「うーん……初めて会った時からずっと恭ちゃん先輩の側は居心地良いなって思ったからですかね」
ずっとって大袈裟だな。苦笑を零したオレを見て、高瀬は「真剣なんですからね!」と眉根を寄せていた。
「ん、あぁ。何? 手伝った方が良い仕事ある?」
パソコンをシャットダウンしようとしたら、隣に座る後輩の竹下に声を掛けられる。
竹下は大丈夫だと首を振りながらも、画面上に開いたウィンドウは何一つ消さずに手を動かし続けていた。全然大丈夫そうには見えず、オレはカバンに伸ばした手を止めて座り直した。
「……いいよ、手伝う。お前それ明日までなんだろ?」
「三本さぁ~ん! 俺、明日の昼飯奢ります!」
「いい。代わりに来週の案件手伝えよな」
「はい! 俺、なんでもします!」
半年前に転職をして来た竹下は元々デザイン系の仕事をしていたわけではなかったが、Webデザインの仕事にチャレンジしたいという熱意で面接を突破してきた勢いのある奴だ。
明日の社内コンペに参加することになっているから、そのための作品を完成させなければいけない。
しかし、今回が初めての参加ということもありどうにも気合いが空回っているようだった。
「あとプレゼン資料で終わりなんです」
「完成品の見直しだってしたいだろ? プレゼン資料こっちに送ってこい。文章の入力とかレイアウトとかやっといてやるから」
「ありがとうございます~!」
定時上がりの予定だったが、今日は諦めるしかなさそうだ。
オレはスマホを手に取ると、アプリを開き昼過ぎに高瀬から来ていたメッセージを開く。
『今日泊まりに行ってもいいですか?』
オレの部屋の方が自分の部屋よりも大学に近いことに気が付いたこともあってか、高瀬はオレが思っていたよりも頻繁に遊びにくるようになった。
もちろん都合が悪いときは断っているし、それについて高瀬がゴネることもない。
だから困ってはいないが、この頻度は予想外だったから驚いてはいた。
さっきは了承の返事をしたが、いつ終わるかわからないから改めて断りの連絡を送る。メッセージにはすぐ既読が付いて、泣いているスタンプが送り返されてきた。
『わかりました。お仕事頑張ってください!』
労いの言葉と一緒に、近くのコーヒーショップで使える電子ギフト券が送られてくる。
その細やかな気遣いに緩む口元を、竹下に気付かれないようそっと片手で隠した。
「あ~、疲れた……」
「ここのところずっと忙しそうでしたもんね。お昼だって来てすぐ食べて戻っていきましたし」
「昼休憩すら惜しくてさ」
社会人って大変ですね~と呑気な高瀬の声がキッチンから飛んでくる。
コイツが遊びに来るときは、オレが夕飯を作り高瀬が後片付けをする。いつのまにか、それが当たり前となっていった。
「高瀬だって来年で四年だろ? あんまりのんびりしてらんないな」
「そうなんですよねー。俺は恭ちゃん先輩と違ってやりたいことがあるわけじゃないからどうしようかなって」
濡れた手を服で拭きながら戻ってきた高瀬は、オレの隣に腰を下ろすとテーブルの上の缶チューハイを開けてマグカップへと注いでいく。
そのまま飲めばいいだろと前に言ったけど、折角だからプラネタリウムで買ったマグカップを使いたいと高瀬は頑なだった。せっかく買ったものだから、大事に使われているのを目にするのは嬉しかった。
「地元戻んの?」
「戻らないですよ。そもそも地元って母の地元だったんで、俺からするともう戻る場所はないっていうか……」
そう言って高瀬はテーブルの上に置いてあったオレのスマホを指先で撫でた。そこに貼られているステッカーはオレたちが親しくなったきっかけの、お互いの地元のゆるキャラだ。
オレにとっては正真正銘の地元だけど、高瀬にとっては複雑なのか。寂しそうな顔をしている高瀬の頭を、ぽんと軽く撫でてみる。
「それでもさ、昔の友達とか想い出の場所とかもあるだろ? 一人で帰りにくいんだったら付き合ってやるから誘えよな」
「……へへ、ありがとうございます」
「それはそれとして、就職先は真剣に考えろよ?」
「一応公務員試験受けるつもりで準備はしてるんですよ」
それは益々周りの女の子たちが放っておかないだろうな。
そう思ったけど、口にするのは止めた。それは高瀬にとっては失礼な物言いでしかない。
マグカップを傾けてジュースのようにぐいぐいと中身を飲み干していく高瀬をじっと見つめた。
清潔感のある真面目そうな横顔だけを見れば、やっぱりオレの好みの顔ではある。
「はぁ……」
「どうしたんですか?」
「オレもお前くらいにフットワーク軽く付き合ってたら色々変わってたのかなって思ってさ」
少なくとも、変に拗らせて恋愛に奥手になるようなことはなかっただろう。
高瀬は溜め息をついた俺の顔を覗き込むと、困ったように小さく笑った。
「そしたら多分、オレと恭ちゃん先輩ってとっくにセックスしてたんでしょうね」
「かもな」
「それで今ごろは仲の良いセフレですね」
そっと伸びてきた指先が、オレの頬に触れる髪をすくった。それをオレの耳へと掛けると、高瀬は勿体ぶるように頬を緩めた。
「最初はそれでいいって思ってたはずなのに、今は恭ちゃん先輩とセフレになるのは勿体ないなって思うんですよ」
真っ直ぐに向けられた高瀬の眼差しに、気恥ずかしさと照れ臭さの混ざった言葉にしにくい気まずさを覚え、耳に触れていた高瀬の手首を掴んで剥がす。
「……高瀬ってさ、誰にでもこんな感じなわけ?」
「まさか。俺、基本受け身ですもん」
なら、無意識にこういうこと言ってるんだろうな。そりゃ、言われた相手はドキドキするだろ。
「冗談抜きで、俺、恭ちゃん先輩とはもっとちゃんと付き合っていきたいって思ってるんですよ」
「そう言われて悪い気はしないけどさ、お前ってオレの何がいいわけ?」
「うーん……初めて会った時からずっと恭ちゃん先輩の側は居心地良いなって思ったからですかね」
ずっとって大袈裟だな。苦笑を零したオレを見て、高瀬は「真剣なんですからね!」と眉根を寄せていた。
34
あなたにおすすめの小説
透けるほどうすい/溶けるほどあつい
鴻上縞
BL
日々何をするでもなく適当に生きていた真柴久志が知人の紹介で入った会社で真柴の教育係になった堂前哲は、仕事は出来るが口調は荒く乱暴で無愛想な取っ付きづらい男だった。しかし歓迎会の席で明かされた哲の驚くべき過去は、真柴の若い好奇心を掻き立てた。
歓迎会の後、真柴は好奇心を抑えきれず、酔に任せて哲に手を出してしまう。
一夜明けて酔いが覚め、気まずさを抱え一応謝罪をしたものの、哲の態度が負けず嫌いな真柴に火を付けて────。
足場鳶職人達の、身体から始まる軽薄で微かに純情な恋物語。
おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件
ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。
せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。
クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom ×
(自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。
『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。
(全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390
サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。
同人誌版と同じ表紙に差し替えました。
表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる