お前はオレの好みじゃない!

河合青

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10.少しずつ、知っていく

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「三本さん、お疲れさまです。もう帰るんですか?」
「ん、あぁ。何? 手伝った方が良い仕事ある?」
 パソコンをシャットダウンしようとしたら、隣に座る後輩の竹下に声を掛けられる。
 竹下は大丈夫だと首を振りながらも、画面上に開いたウィンドウは何一つ消さずに手を動かし続けていた。全然大丈夫そうには見えず、オレはカバンに伸ばした手を止めて座り直した。
「……いいよ、手伝う。お前それ明日までなんだろ?」
「三本さぁ~ん! 俺、明日の昼飯奢ります!」
「いい。代わりに来週の案件手伝えよな」
「はい! 俺、なんでもします!」
 半年前に転職をして来た竹下は元々デザイン系の仕事をしていたわけではなかったが、Webデザインの仕事にチャレンジしたいという熱意で面接を突破してきた勢いのある奴だ。
 明日の社内コンペに参加することになっているから、そのための作品を完成させなければいけない。
 しかし、今回が初めての参加ということもありどうにも気合いが空回っているようだった。
「あとプレゼン資料で終わりなんです」
「完成品の見直しだってしたいだろ? プレゼン資料こっちに送ってこい。文章の入力とかレイアウトとかやっといてやるから」
「ありがとうございます~!」
 定時上がりの予定だったが、今日は諦めるしかなさそうだ。
 オレはスマホを手に取ると、アプリを開き昼過ぎに高瀬から来ていたメッセージを開く。
『今日泊まりに行ってもいいですか?』
 オレの部屋の方が自分の部屋よりも大学に近いことに気が付いたこともあってか、高瀬はオレが思っていたよりも頻繁に遊びにくるようになった。
 もちろん都合が悪いときは断っているし、それについて高瀬がゴネることもない。
 だから困ってはいないが、この頻度は予想外だったから驚いてはいた。
 さっきは了承の返事をしたが、いつ終わるかわからないから改めて断りの連絡を送る。メッセージにはすぐ既読が付いて、泣いているスタンプが送り返されてきた。
『わかりました。お仕事頑張ってください!』
 労いの言葉と一緒に、近くのコーヒーショップで使える電子ギフト券が送られてくる。
 その細やかな気遣いに緩む口元を、竹下に気付かれないようそっと片手で隠した。

「あ~、疲れた……」
「ここのところずっと忙しそうでしたもんね。お昼だって来てすぐ食べて戻っていきましたし」
「昼休憩すら惜しくてさ」
 社会人って大変ですね~と呑気な高瀬の声がキッチンから飛んでくる。
 コイツが遊びに来るときは、オレが夕飯を作り高瀬が後片付けをする。いつのまにか、それが当たり前となっていった。
「高瀬だって来年で四年だろ? あんまりのんびりしてらんないな」
「そうなんですよねー。俺は恭ちゃん先輩と違ってやりたいことがあるわけじゃないからどうしようかなって」
 濡れた手を服で拭きながら戻ってきた高瀬は、オレの隣に腰を下ろすとテーブルの上の缶チューハイを開けてマグカップへと注いでいく。
 そのまま飲めばいいだろと前に言ったけど、折角だからプラネタリウムで買ったマグカップを使いたいと高瀬は頑なだった。せっかく買ったものだから、大事に使われているのを目にするのは嬉しかった。
「地元戻んの?」
「戻らないですよ。そもそも地元って母の地元だったんで、俺からするともう戻る場所はないっていうか……」
 そう言って高瀬はテーブルの上に置いてあったオレのスマホを指先で撫でた。そこに貼られているステッカーはオレたちが親しくなったきっかけの、お互いの地元のゆるキャラだ。
 オレにとっては正真正銘の地元だけど、高瀬にとっては複雑なのか。寂しそうな顔をしている高瀬の頭を、ぽんと軽く撫でてみる。
「それでもさ、昔の友達とか想い出の場所とかもあるだろ? 一人で帰りにくいんだったら付き合ってやるから誘えよな」
「……へへ、ありがとうございます」
「それはそれとして、就職先は真剣に考えろよ?」
「一応公務員試験受けるつもりで準備はしてるんですよ」
 それは益々周りの女の子たちが放っておかないだろうな。
 そう思ったけど、口にするのは止めた。それは高瀬にとっては失礼な物言いでしかない。
 マグカップを傾けてジュースのようにぐいぐいと中身を飲み干していく高瀬をじっと見つめた。
 清潔感のある真面目そうな横顔だけを見れば、やっぱりオレの好みの顔ではある。
「はぁ……」
「どうしたんですか?」
「オレもお前くらいにフットワーク軽く付き合ってたら色々変わってたのかなって思ってさ」
 少なくとも、変に拗らせて恋愛に奥手になるようなことはなかっただろう。
 高瀬は溜め息をついた俺の顔を覗き込むと、困ったように小さく笑った。
「そしたら多分、オレと恭ちゃん先輩ってとっくにセックスしてたんでしょうね」
「かもな」
「それで今ごろは仲の良いセフレですね」
 そっと伸びてきた指先が、オレの頬に触れる髪をすくった。それをオレの耳へと掛けると、高瀬は勿体ぶるように頬を緩めた。
「最初はそれでいいって思ってたはずなのに、今は恭ちゃん先輩とセフレになるのは勿体ないなって思うんですよ」
 真っ直ぐに向けられた高瀬の眼差しに、気恥ずかしさと照れ臭さの混ざった言葉にしにくい気まずさを覚え、耳に触れていた高瀬の手首を掴んで剥がす。
「……高瀬ってさ、誰にでもこんな感じなわけ?」
「まさか。俺、基本受け身ですもん」
 なら、無意識にこういうこと言ってるんだろうな。そりゃ、言われた相手はドキドキするだろ。
「冗談抜きで、俺、恭ちゃん先輩とはもっとちゃんと付き合っていきたいって思ってるんですよ」
「そう言われて悪い気はしないけどさ、お前ってオレの何がいいわけ?」
「うーん……初めて会った時からずっと恭ちゃん先輩の側は居心地良いなって思ったからですかね」
 ずっとって大袈裟だな。苦笑を零したオレを見て、高瀬は「真剣なんですからね!」と眉根を寄せていた。
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