お前はオレの好みじゃない!

河合青

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【1】

14.忘れられない初恋を

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 恋人候補と口にしてからも、オレたちの関係は特別変わることはなかった。
「そういえば恭ちゃんって、昔はどんな人と付き合ってたんですか?」
 一つだけ、変わったことといえば、高瀬からのオレの呼び名だ。
 恭ちゃんという呼び名はなんだか子どものようで気恥ずかしいけど、高瀬に呼ばれるのは案外悪くはなかった。
 明日の講義が一限からだからという理由で泊まりに来た高瀬。
 泊まらせてもらう代わりに、明日の朝食は高瀬が用意してくれるという。更には弁当まで作ってくれるとか。
 そこまでしてくれるのなら、オレも断る理由はない。
「昔の恋人の話なんて知りたいのかよ」
「何が理由で別れちゃったのかは知っときたいじゃないですか。あ、もちろん話したくないならいいです」
 高瀬は慣れた様子で空いているスペースに客用布団を敷いている。客用といいつつも、もうほとんど高瀬用になってしまった。
 オレはベッドに腰掛けたまま、鼻歌交じりの高瀬を眺める。
 聞きたいと言った割にはガツガツした様子もなく、本当に不思議なやつだなぁと肩の力が抜けてしまい、自然と口から言葉が流れ出ていった。
「付き合った人数はそんないない。高校の時に一人、大学で二人。社会人になってからはないな」
 俺と全然違いますね、と高瀬が笑うからどう返していいか分からずに口ごもる。付き合うまではいかなかった相手だって何人かいたけど、そういうのも段々止めていった。
 当の本人は気にする様子もなく、布団を敷き終えるとオレの隣へドカッと腰を下ろした。 
「大学入ってから付き合ったヤツは誘われて……て感じだったけど、なんか違うなって思って長続きしなかったんだよ」
「そうなんですね。前にあんまりいい思い出ないって言ってましたけど……恭ちゃんってそんなに男運悪かったんですか?」
「全員がそうじゃねーよ。……最初の恋人が、最悪だった」
 高校生の時、初めて付き合った男の顔を思い出す。
 毒気のない穏やかな微笑みが、あの時はとても美しく見えたことは今でもイヤというほどに胸に焼き付いている。
「……すごく、好きだったんですね」
「え?」
「だって、見たこと無い顔してますもん」
 高瀬の言葉に顔を上げれば、そっとあたたかな指先がオレの頬に触れた。笑おうとして、でも不満が隠しきれていない高瀬の複雑そうな顔。
 昔の話だ、と笑い飛ばせるほど、オレも割り切れているわけではなかった。
 だからだろうか。無性に高瀬に聞いてほしくなって、高瀬の傷付いたような表情にも構うこと無く話を続けた。
「高校生の時の先輩だったんだよ。見た目はお前みたいに優等生顔だったけど……校内外構わず男を取っ替え引っ替えって噂のある人で」
「中身も俺みたいですね」
「……確かにな」
 あの自由奔放さは、似たところがあるかもしれない。だけどアイツは高瀬と違って、一度結んだ縁が崩れることに一切心を痛めないヤツだった。
 高瀬は空気が重くならないように気を遣っているんだろう。自分の頬に触れていた高瀬の手を取り、オレは小さく首を振る。
「でも高瀬とは全然違う。お前はすごくあったかい」
 一瞬目を丸くした高瀬は、照れ臭そうに微笑むと両手でオレの手を包む。
 続きをせがむ眼差しに、オレは小さく溜め息を吐いた。
「オレは自分がゲイだってこと隠してたから、堂々としている先輩のことが眩しかった。だからあの人に声を掛けられた時……初めて誰かに自分を理解してもらえたみたいで嬉しかったんだ」
 今になれば、世の中にはもっと多くの人がいて、自分を理解してくれる人だっていることくらいわかる。だけど高校生の時のオレに見えていた世界はとても狭くて、あの人だけが特別なんだって本気で信じていたんだ。
「付き合い出したのは先輩が卒業してから……オレが高二の時だったな。それから、オレが卒業して上京するまでは付き合ってんのか遊ばれてんのかよくわかんない感じだったよ」
 好かれてはいたと思う。でも、大事にはされていなかった。それでも、オレだけを見てほしいと縋り付くほどに蠱惑的な人だった。
「……今でも好きですか?」
 高瀬の問いに、オレは迷わず首を振る。忘れられない相手だけど、もう一度出会ったとしてもオレはアイツは選ばない。
「苦い思い出だよ」
 ほっと息を吐き出した高瀬は、両手をオレの背中へと回すとぎゅっと抱き着いた。
 子供っぽい抱擁に、つい苦笑が溢れる。丸まってる高瀬の背中をぽんぽんと撫でてみれば、ますますぎゅっと高瀬はオレを抱きしめてきた。
「……俺はゲイじゃないから、恭ちゃんの寂しい気持ちを全部わかってあげられないのが悔しいです」
「それは別にいいよ。わかってほしいって思ってたら、最初から高瀬なんて相手にしてないし」
「そりゃ、そうかもですけど」
 不満げな声を漏らした高瀬の髪を撫でてやる。オレが高瀬に求めているのは、そんなことじゃなかった。
「最初の頃とか、俺色々失礼なこと言ってたよなーとか、今になって思うんです」
「まぁ、知らないってそういうことだろ」
「それでも、恭ちゃんにだったら抱かれてもいいって思ったのも、この人となら楽しいセックスが出来そうだって思ったのも嘘じゃないですから」
 それはきっと、本当に心からの言葉だっただろう。オレは高瀬の髪を撫でながら、男同士は面倒だぞと茶化すように笑った。
「女の体と違って気持ちいいからって濡れたりしないし、使うとこ尻だからヤる前に綺麗にしないとだしな。……そもそもオレは女とのセックスは知らないから比べよう無いけど、そもそも交わるように出来てないんだから大変なのは間違いないぞ」
「わかってますよ。それも含めて、恭ちゃんとなら楽しいだろうなって思うんです」
「……それは高瀬が抱く側でも、抱かれる側でもか?」
 高瀬ははっきりと頷いた。
 それなら、オレのことを抱いてくれよ。
 そう口にすればいいだけなのに、さっきの会話で思い出してしまった初めての恋人の言葉を思い出して、オレは口を閉じると高瀬の髪へと頬を寄せた。
『恭一って面倒くさいよね。そんなんだと誰にも相手してもらえないよ』
 初めてキスをするよりも先に服を脱がそうとしてきたアイツに抵抗をしたら、心底厄介そうにため息を吐かれた。
 今思えばアイツのほうが自分勝手だったけど、それでもアイツに掛けられた言葉は一つ一つがオレの中に重く沈み込んでいて、ふとした瞬間にオレの足首を掴み、暗い心の奥底へとオレを引き戻そうとする。
「……恭ちゃん、キスしてもいいですか?」
 オレのことを抱き締めたまま尋ねる高瀬に、オレは少しだけ悩んでからくっついていた体を離した。
 嬉しそうに微笑む高瀬の側にいると、少しずつだけど昔の影が遠ざかっていくような気がした。
 瞼を閉じ、高瀬の唇を待つ。優しい口付けを繰り返していけば、抱いてほしいの一言だって何気なく口にできる時が来るのだろうか。
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