お前はオレの好みじゃない!

河合青

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15.望まぬ再会

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 さっき見た映画のことを思い出さないようにしながら、頭上に広がる青空を見上げた。ベンチに座るオレの顔を覗き込んで、高瀬はだから言ったのにと溜め息を吐く。
「ちょっとグロいとこありますよって言ったじゃないですか」
「ちょっとじゃないだろ……」
 それがメインの話ではなかったから時々そういうシーンが挟まる程度だったけど、その描写のエグさは半端なく、途中からは画面を直視することは出来なくてオレは暗がりでずっと自分の膝を見つめることになってしまった。
「原作漫画だともっと酷いからかなりマイルドになってはいましたけどね」
「マジか」
「面白かったなら貸すんですけど……読みたいですか?」
 その質問にすぐに答えることは出来なかった。グロいシーンがきつかっただけで、話そのものはちゃんと面白かった。漫画だったらその辺り飛ばしながら読むことも出来るかもしれないが。
「まだ原作続いてるんだろ? 話は面白かったから気になるんだよな……」
「面白いのは確かですよ。でも、そもそも恭ちゃんなんでこれ見ようと思ったんですか? こういうの得意じゃないでしょ?」
 なんでってそりゃ、高瀬が見たいって言ったからしか理由なんてないだろ。
 お前のことをもっと知りたい。好きなものや嫌いなもの、何でもいいから知っていきたいと思ったんだ。
 口元を抑えながら、不思議そうに首を傾げる高瀬を見上げた。
 いつもは鋭いくせに、こういうときばっか鈍くなりやがって。
「ヒマだったからだよ」
「そうですか……まぁ、俺は恭ちゃんとデート出来たからラッキーでしたけど」
 気持ちの良い笑みを見せた高瀬は辺りをきょろきょろと見渡した。映画館から出てすぐの通りにあったベンチに座っていたから、人通りは多く余りふらふらしていると人にぶつかってしまいそうだ。
「どこか喫茶店でも入ります? えーっと……」
「おい高瀬、危な……」
「わっ、すみません!」
 もう少しこっちに寄るようにと高瀬の腕を引いたがもう遅く、振り返ろうとしていた肩が後ろを歩いていた人にぶつかってしまう。
 高瀬がぶつかってしまった相手は、大丈夫と笑って片手を挙げた後、何気なくこちらへと視線を向けた。
 その男と目が合った瞬間、その顔に見覚えのあったオレは驚きに息を呑み、高瀬の手を掴んだまま立ち上がっていた。
「お前……亜樹……?」
「あれ? もしかして恭一? そっかぁ、上京するって言ってたもんね」
 久しぶり、と手を振るそいつの微笑みは記憶の中のものと何一つ変わっていなかった。
 最悪な形で別れたというのに、付き合っていた時と何一つ変わらない顔が出来る。コイツのそういうところが、恨めしくて、そしていつまでも忘れられない。
 亜樹はちらっと高瀬に視線を向ける。
 高瀬もまた、まじまじと亜樹の顔を見つめていた。
「ふーん、こっちでちゃんと彼氏作ったんだ。恭一は男見る目ないからまた浮気でもされてるんじゃないの?」
「高瀬はそんなヤツじゃねぇよ」
 高瀬へと不躾な視線を送る亜樹。庇うように間に立てば、亜樹は目を丸くしてオレと高瀬とを見比べる。
「高瀬? え~、奇遇だな。おれの旧姓とおんなじじゃん」
 えっ、と驚きの声を挙げたのはオレではなく、後ろにいた高瀬だった。
 高瀬はオレの腕を退かすと、オレと亜樹との間に割り込んでくる。
「高瀬亜樹って……もしかして、兄貴?」
「は? ……おまえ、陽か?」
 高瀬の言葉には、流石の亜樹も驚いて目を丸くしていた。亜樹のそんな顔、付き合っていた頃には見たこともなかった。
 なんて、そんな悠長なことを考えている余裕なんてオレにもあるはずはなくて。
「……兄貴って、お前の? 親が離婚して別れたっていう?」
「そうです! そっか……恭ちゃん地元が同じで通ってた小学校も同じだったんなら、兄貴と付き合ってたことあってもおかしくないのか……」
「あはは、おれ地元のヤツならゲイもノンケも関係なく手出してたしな。流石に母親の彼氏に手出したのバレたらブチギレられてさ、地元にもいられなくなっちゃったよ」
「兄貴、全然変わってないんだね」
 納得した様子で頷いている高瀬と、さらっと凄いことを口にして笑う亜樹を見比べた。
「母親の彼氏って……」
「おれの母親だよ? そりゃ、好みも似てるに決まってんじゃん」
 悪怯れることなく笑い飛ばす亜樹の姿には意地の悪さが滲み出ており、本当にこれが高瀬と兄弟なのが信じられない。
 だが、こうして高瀬と亜樹が並んでいると、雰囲気の差はあれど二人共そろって柔らかな印象を与える好青年顔で、見れば見るほどよく似ていた。
 高瀬のほうが普段の表情が優しげな分気付かなかったが、亜樹の穏やかな作り笑いは今思えば高瀬にそっくりだ。
「ほんと恭一って顔の好みわかりやすいよな」
 心の中を見抜かれてしまい、目を逸らすオレの姿に愉快そうな笑い声を上げた亜樹。そのまま、昔と何一つ変わらない無遠慮さで亜樹はオレの腕を掴むと自分の方へぐいっと引き寄せる。
「痛っ……」
「こんなところでまた会えるなんて思わなかったよ。今おれ特定の相手いないし、久々に相手してあげよっか?」
「はぁ? お前、散々人の事振り回しといて何を……」
「しょうがないじゃん。おれのこと大好きで振り回されてる恭一が可愛くて仕方なかったんだから」
 腹の奥から溢れ出しそうになった恨み節が、その言葉で一度押し留められる。けれど、それが亜樹の嘘の笑顔だということに気付けないほどオレもバカではなく、亜樹の腕を振り払った。
「わかりやすい嘘ついてんなよ」
「そんなことないよ。今まで遊んできた相手の中でおまえが一番長く続いたんだから」
 それは亜樹がそうしたかったからじゃなくて、オレがお前を諦めきれなくて追いかけていたからだろうに。そんなこともわからないコイツのことが心底腹立たしく、けれど昔のように亜樹の言葉一つに心が揺れる自分自身も否定することが出来なかった。
「……兄貴、悪いけど恭ちゃんは俺と先約があって出掛けてるから。今度にしてくれない?」
 俯くオレの肩に、そっと高瀬が手を触れた。
 亜樹はじっと高瀬を見つめた後、へらっと頬を緩めてポケットからスマホを取り出した。
「オッケー。陽、おまえとも久々に会えたからゆっくり話したいし、今度連絡する。連絡先教えてよ」
「うん。兄貴とまた会えたらいいなってずっと思ってたから嬉しいよ」
 二人が連絡先を交換し終えるのを待つ。手持ちぶさた気味なオレを見て、亜樹はにやりと口角を持ち上げた。
「おれの番号は変えてないから。いつでも掛けてきて」
「……もう消したよ」
「そ? じゃあちょっと待って」
 亜樹が鼻歌交じりにスマホを操作すると、ポケットの中に入っていたオレのスマホが鳴り出した。驚いて亜樹へと顔を向ければ、意地の悪い笑みを浮かべた亜樹がスマホで口元を隠しながらコールを止める。
「恭一も番号変わってないんだ、良かった」
 着信の途切れたスマホには、見覚えのある番号が表示されていた。
 心臓が音を立てて騒ぎ出す。 もう二度と掛かってくることなんてないと思っていたのに。
「また掛ける。じゃあね、恭一、陽」
 手を振り去っていく亜樹の背中を、睨み付けたつもりだった。だけど、隣に並ぶ高瀬から向けられた不安そうな眼差しを目にしたら、自分が情けない顔をしていることが容易に想像できてしまった。
 張り裂けるほどに音を鳴らす心臓。あんなヤツ嫌いだと心は叫んでいるのに、大して冷たくもない風が熱くなった耳たぶを撫でていく感触がわかってしまう。
「……恭ちゃんの忘れられない相手って兄貴だったんですね」
 ぽつりと零された高瀬の言葉。
 そうだ、高瀬にとっては子供の頃に離れ離れになったただ一人の兄弟だ。複雑な思いはあるが、オレが嫌な顔をしていたら高瀬も心苦しいだろう。
「びっくりしたけど、言われてみれば顔付き似てるよな」
 何も気にしていない顔をして、笑ってみせる。自分でもあまり上手くできていないことはわかっていた。
「昔はよく似てるって言われてました。兄貴、全然変わってなかったです」
 いくつのときに別れたのかと尋ねれば、兄貴は高校生だったと高瀬は苦笑を零す。そりゃ、全然変わらないだろ。高校生の亜樹から知ってるオレも一目でわかったんだから。
「……もう、好きじゃないんですよね?」
「え?」
「兄貴のこと。未練はあっても、復縁はしたくないんですよね」
 オレの服の裾を掴んだ高瀬は、普段のニコニコとした様子が嘘のように項垂れていた。
 頷いても、高瀬の表情は暗いままだった。もしかして、高瀬も高瀬で亜樹との間に何かあったんだろうか。
「高瀬と亜樹って仲良かったのか?」
「良かったですよ。ちょっと年離れてるのもあってか兄よりも保護者みたいな感じでしたし」
 優しい人だった、と高瀬は微笑む。その姿に、正直拍子抜けしてしまった。
 オレの知っている亜樹は、優しいなんて言葉とは対極にあるようなヤツだったから。
「……なんか意外だな。オレは優しい亜樹なんて想像出来ないからさ」
「それなのに、恭ちゃんが一番好きだった相手は兄貴なんですね」
 じっと高瀬はオレを見つめる。その眼差しには責める色が混ぜられていたけれど、怒っているのではなくて不貞腐れているだけなのがわかってしまうから、オレは高瀬の前髪を乱すように髪を撫でた。
「昔の話だって」
 好きだったことは本当だから、亜樹を目の前にして再会を喜ぶ気持ちがあることは嘘ではない。だけど、アイツとは終わったと割り切っているのも本当だ。
 今は高瀬といる時間の方が大切だと思っている。兄弟だと知って複雑な気持ちはあるけど、それで高瀬と過ごした時間が消えてなくなるわけじゃない。
「……お願いだから、兄貴のとこ、戻らないで欲しいです」
 高瀬のように正直に、自分の想いを言葉に出来ていたのなら、亜樹との未来も違った形があったのだろうか。
 オレは無意識のうちに亜樹を思い出していた自分に気付いて高瀬から目を逸らす。
 復縁はしたくない。そう思っているのに、未練はたっぷりと残っている自分が情けなくなる。
「戻りたく、ない」
 ほんの少し、高瀬を真似てみる。
「戻らないように、掴まえててくれよ」
 慣れないなりに、素直な気持ちを言葉にしてみる。高瀬は目を丸くして一瞬動きを止めたが、すぐに大きく頷いて両手でギュッと強くオレの手を握り締めていた。
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