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16.大嫌いで大好きだった人
しおりを挟むその人のことは、入学当初からウワサで聞いたことがあった。
三年に問題児がいる。
彼女がいる男にばかりちょっかいを掛ける男子生徒。オレは自分がゲイであることを隠していたから、入学した高校に有名なゲイの先輩がいることが嫌で仕方なかった。
けれど、同時に堂々と自分がそうであると言い切れる姿は、羨ましいとも思ってしまった。
最初のうちは同級生たちもその先輩のことを気味の悪いものとして扱っていたけれど、男子高校生の性欲への興味と、先輩のどちらかといえば可愛げのある顔立ちから男同士のセックスに興味を持つやつも出始めた。
あの人なら抱けるかも、なんて言葉が教室で聞こえた時には、オレは自分のことじゃないのに心臓がバクバクだった。
そして、夏休みを迎える手前辺りで、暑さにやられるようにテンションの上がったヤツが直接先輩にアプローチをしていた。そこであの人がタチだとわかると、興味本位で抱きたいなんて湧いてたヤツらは冷水を掛けられたようにあの人から興味を失っていった。
逆に、オレはあの人のことが気になって仕方がなかった。あんなに大人しそうな顔立ちでどんな風に男を抱くんだろう、と教室の窓から体育の授業を受けるあの人の姿を眺めていた。
「名前、教えて」
「は……?」
夏休み。夏期講習が終わってから、冷房の利いた図書室で勉強をし、校舎全体がオレンジ色に染まった時間。
「いつもおれのこと見てるでしょ? だから、名前教えてよ」
下駄箱で靴を履き替えていたオレに、亜樹は声を掛けてきた。
「……恭一」
「そ。またね、恭一」
その後、一度も亜樹に声をかけられることはないまま、夏休みは終わっていった。
もう一度亜樹がオレに声を掛けたのは、一年も終わろうとしている十二月。
「恭一」
空から降ってきた声に顔を上げれば、亜樹が渡り廊下の窓からオレを見下ろし笑っていた。
「おれが卒業したら遊ぼうよ」
遊びが何を意味しているか、わからないほど幼くはなかった。
関わらない方がいい人。そう頭ではわかっていても、亜樹の言葉と微笑みは誘惑に満ちていて、オレはドキドキする心臓をなんとか抑えながら頷いていた。
亜樹は顔の割に口が悪く、自分勝手で、乱暴だった。亜樹に抱かれた後はいつだって身体が酷く痛んで、でも、それでも嫌いになれない自分がいた。
再会をして、そろそろ一週間。連絡すると言っていた亜樹から、電話は一度も掛かってこなかった。
「……くそ」
嫌だと思っているのに、ふとした瞬間に亜樹のことを思い出している。そんな自分が嫌で、オレは机の上に出していたスマホを上着のポケットに突っ込んだ。
「お水どうぞ」
「ありがとうございます」
陸人さんの奥さんはテーブルにコップを置くと、ニコッと微笑む。混雑時を避けているから店内に客は少ないが、店員の数も少なかった。
「あれ、高瀬は?」
「高瀬くん、今週は大学が忙しいみたいですよ」
「そうなんですか」
「えぇ。私達もすっかり頼り切ってたから、いないと大変で」
奥さんは苦笑を浮かべると、厨房へと戻っていった。
昨日高瀬から可愛い猫を見つけたと写真とメッセージが送られてきたが、忙しいという話は特に聞いてはいなかった。
大学が忙しいなら、うちに泊まりに来るか?
ポケットからスマホを取り出そうとして、止める。高瀬ならオレからこんな提案をしなくても、必要なら自分で言い出してくるだろう。
あの猫の写真以降、高瀬からの連絡が途絶えてしまった。忙しいとは聞いていたから一度だけオレから飯に誘ってみたけれど、体調が悪くてと断られてしまった。
さっきもママのバーで飲んでいたけれど、一人だと気分も乗らずいつもより早めに店を後にした。もしかしたら、高瀬がいるかもしれないと期待していたこともあってか、なんだか無性に疲れてしまった。
「……もしかして、避けられてるとか?」
バーからの帰り道、酔いを覚ますために一駅分余計に歩いていたら、ふと亜樹のことを思い出した。
高瀬と亜樹は久しぶりの再会だ。兄弟仲だって悪くなさそうだった。あの後、二人で会って話す機会だってあっただろう。
亜樹が高瀬に、何かを吹き込んだんじゃないか。
それが原因で、避けられているんじゃないか。そんな嫌な予感が頭をよぎる。
高瀬はそんなヤツじゃないと思うけど、亜樹の性格の悪さはイヤというほどに思い知っている。
酒の勢いも借りたオレは、その場で高瀬の番号へと電話を掛けた。
時間は二十三時を回ってはいない。終電はまだまだ先だ。そこまで夜が深い時間ではない。
だけど、高瀬は出なかった。本当に体調が悪くて寝ているのか、オレを避けているのか、これじゃ全くわからない。
「高瀬……」
いつのまにか、アイツが側にいることがオレの当たり前になっていた。手放したくない。会って話がしたい。
着信履歴の中に、未登録の見慣れた番号が目に入った。
亜樹の番号だ。
オレは震える指先で、その番号に触れた。
『……恭一? おまえから電話してくるなんて意外。おれからの連絡待ちきれなかった?』
「違う。……お前さ、高瀬に何か話したか?」
ほんの僅かな沈黙の後、スマホの向こう側で亜樹は小さく笑った。
『話したけど? なに? もしかして振られた?』
あはは、と耳障りな笑い声が鼓膜を揺らす。文句を言おうと口を開けば、畳み掛けるようき亜樹は言葉を重ねた。
『今、どこ?』
「は?」
『知りたいんでしょ、陽とどんな話したのか。恭一ともゆっくり話したかったし、今から行くよ』
「今からって……」
こういうところは変わらない。オレの気持ちや都合は無視で、自分の都合ばかりで動く。
だけど、そういう亜樹に振り回される日々はどうしようもないくらいに恋をしていた。
会いたくないと思っていたのに、昔のクセか最寄りの駅を口にしてしまう。
『思ってたより近いね。三十分くらいで着けるから、駅で待ってて』
オレの返事を待たずに電話は切れた。
久々に、亜樹と会える。
望んでいなかったはずなのに、体中が熱を持つこの感覚を思い出してしまった。
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