お前はオレの好みじゃない!

河合青

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【1】

17.好みのタイプじゃなくてもいい

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 あの日、別れたと思っていたのはオレだけだったのかもしれない。
 そんな風に思わされてしまうほど、亜樹はオレたちの間にある数年間の距離なんてなかったような顔で笑っていた。
 亜樹に連れて行かれたのは、個室のあるバーだった。付き合ってた頃はオレが未成年だったから、こういう場所に亜樹と来るのは初めてで、緊張に息を呑みながらオレは亜樹と距離を取って柔らかなソファへと身体を沈めた。
「恭一さ、何でおれと別れたの?」
「は……?」
 注文したグラスがテーブルの上に置かれ、グラスのふちを指先で撫でながらまず口にした言葉はそれだった。
「ちゃんと伝えただろ。あの日、来なかったら別れるって」
 オレの東京の大学への進学が決まって、地元を離れる時、何時の電車に乗って発つかを亜樹に伝えた。
 いつだってオレが亜樹を追いかけてばかりだったから、最後に一度くらいは追いかけてきてほしくて、見送りに来てくれないなら別れると告げたんだ。
 来ないとは、思っていたんだ。それでも、来てほしくて、予定の電車をニ本見送って、そしてようやくオレは亜樹から離れたというのに。
「それでも恭一はおれから離れらんないと思ってたんだよ」
 亜樹はいつもの浮ついた微笑みではなく、真剣な目をオレに向けていた。
 離れて座ったはずのソファ。でも、亜樹は簡単に縮めるとオレの手を掴んだ。
「東京に行ったって、例え海外に行ったって、おまえが戻ってくる場所はここだって思ってた」
 亜樹はオレの手を掴むのとは反対の手を、オレの胸の上へと重ねる。きつく締め付けられた心臓が、早鐘を打つことを誤魔化すことは出来なかった。
「……オレは、離れたら終わりだって思ってたよ。例えあの日、亜樹が見送りに来てくれたって、離れればお前は遠くにいるオレなんかより近くにいるヤれるヤツを選ぶだろ」
「遊び相手はね」
「オレに本気だったことなんてないくせに……!」
 都合の良い言葉ばかりを口にする亜樹の手を振り払った。狭いソファの上で、せめてもの抵抗で距離を取ったが、亜樹は気にする様子もなくそれを詰めてくる。
「じゃあ恭一はおれと離れてから恋人出来た? 結局おれが一番好きだって思い知るだけだったんじゃないの?」
 そんなこと、ない。とは言えなかった。
 実際、そうだった。一方的な片思いは何度があったけど行動に移したことはないし、相手から告白されて付き合ってみても亜樹を思い出してばかりで、上手くいかないことばかりだった。
「それは……」
「図星だよね。恭一はどんなに外見を派手にしたって、本当は臆病で、自信がなくて、恋愛だって得意じゃないんだから」
 亜樹と付き合う前は、自分がゲイだということは誰にも言えずにいた。臆病になるのだって、仕方のないことだったと思う。
 別れた後もオレが好きになる相手はゲイじゃなかったり、ゲイでもオレみたいなやつよりももっと愛嬌のあるタイプが好きだったりで、そこを押し切って振り向かせるだけの気概はなくて、一人うじうじしていただけ。
「……ごめん、亜樹」
 気が付いていたけど、目を背けていた自分の弱さ。
 鼻先が触れるほどに近付いていた亜樹の肩を、そっと押し返す。
「オレはずっと、亜樹を言い訳にして逃げてたんだな」
「恭一……?」
「誰かを好きになって傷付くのがイヤで、動かない言い訳に亜樹を使ってた。オレのことを好きになってくれたヤツにだって、そうやって亜樹と無理やりに比べて、本気になる前に離れたんだ」
 亜樹は黙ってオレを見つめている。その眼差しに困惑の色が浮かんでいて、あまりにも亜樹には似合わないその表情につい口元が緩んでしまった。
「オレは、次に誰かを好きになるなら高瀬がいい」
「本気? 陽はおまえがネコだって知ったら驚いてたけど? そもそもそれ知らないで付き合おうとしてるなんておかしいでしょ」
 亜樹が高瀬に何か言ったんじゃないかという不安は的中していたらしい。だけど、ここで勝手にバラされたと亜樹を責めるのは違うだろう。
 ちゃんと、高瀬に話をしなかったオレが悪い。こういうところも、情けなくて嫌になるよな。
「オレのこと抱けないなら友達のままでもいいよ。セックスなしで付き合ってもいい。高瀬はそういう付き合い方が出来るヤツだと思うから」
「なにそれ。自分のこと受け入れてくれない相手と付き合いたいってこと? そんなの、上手くいくわけないと思うよ」
 亜樹の言葉にオレは首を横に振った。お互いの関係が上手くいくかは、今すぐわかることなんかじゃない。
「高瀬は確かにオレのこと全然わかってないし、オレに抱かれたいとか平気で言うし、年下だし、騒がしいし、オレとは正反対で全然好みのタイプじゃないけど……」
 最初にオレになら抱かれたいと言い出した時は絶対高瀬とはありえないと思っていたけど。
 今でも、高瀬のことは好みのタイプとは微塵も思えていないけど。
「そんなのどうでも良くなるくらいに、高瀬といる時間が好きなんだよ」
 理由なんて、それで十分だ。ごめん、ともう一度亜樹の身体を押し返すと、オレは口をつけてないグラスの横に千円札を二枚置いた。
「亜樹のことは本気で好きだった。オレももっと、がむしゃらになってれば何か変わってたかもな」
 別れの言葉は口にせず、オレは立ち上がった。亜樹は何も言わずにテーブルの上のお札を見つめている。
 少し前までのオレだったら、何も言ってくれない亜樹の態度に胸を痛めていただろう。やっぱり、追いかけてはくれないんだと言葉にはせず責めていたかもしれない。
 でも、もういいんだ。例えここで引き止められても、オレは亜樹を選ばない。
「恭一がそれでいいならいいんじゃない。おれももう地元には戻らないだろうし、寂しくなったらいつでも連絡して」
 しないよと口にする気も起きなくて、オレは亜樹を残して個室から出ていった。
 スマホを手にし、着信を確認したが高瀬からの折り返しはない。
 今すぐ高瀬に会いたい。会って、ちゃんと話がしたい。
 いつだって高瀬の方からオレのことを追いかけてくれたんだから、今度はオレが高瀬に会いに行くんだ。
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