17 / 60
【1】
17.好みのタイプじゃなくてもいい
しおりを挟む
あの日、別れたと思っていたのはオレだけだったのかもしれない。
そんな風に思わされてしまうほど、亜樹はオレたちの間にある数年間の距離なんてなかったような顔で笑っていた。
亜樹に連れて行かれたのは、個室のあるバーだった。付き合ってた頃はオレが未成年だったから、こういう場所に亜樹と来るのは初めてで、緊張に息を呑みながらオレは亜樹と距離を取って柔らかなソファへと身体を沈めた。
「恭一さ、何でおれと別れたの?」
「は……?」
注文したグラスがテーブルの上に置かれ、グラスのふちを指先で撫でながらまず口にした言葉はそれだった。
「ちゃんと伝えただろ。あの日、来なかったら別れるって」
オレの東京の大学への進学が決まって、地元を離れる時、何時の電車に乗って発つかを亜樹に伝えた。
いつだってオレが亜樹を追いかけてばかりだったから、最後に一度くらいは追いかけてきてほしくて、見送りに来てくれないなら別れると告げたんだ。
来ないとは、思っていたんだ。それでも、来てほしくて、予定の電車をニ本見送って、そしてようやくオレは亜樹から離れたというのに。
「それでも恭一はおれから離れらんないと思ってたんだよ」
亜樹はいつもの浮ついた微笑みではなく、真剣な目をオレに向けていた。
離れて座ったはずのソファ。でも、亜樹は簡単に縮めるとオレの手を掴んだ。
「東京に行ったって、例え海外に行ったって、おまえが戻ってくる場所はここだって思ってた」
亜樹はオレの手を掴むのとは反対の手を、オレの胸の上へと重ねる。きつく締め付けられた心臓が、早鐘を打つことを誤魔化すことは出来なかった。
「……オレは、離れたら終わりだって思ってたよ。例えあの日、亜樹が見送りに来てくれたって、離れればお前は遠くにいるオレなんかより近くにいるヤれるヤツを選ぶだろ」
「遊び相手はね」
「オレに本気だったことなんてないくせに……!」
都合の良い言葉ばかりを口にする亜樹の手を振り払った。狭いソファの上で、せめてもの抵抗で距離を取ったが、亜樹は気にする様子もなくそれを詰めてくる。
「じゃあ恭一はおれと離れてから恋人出来た? 結局おれが一番好きだって思い知るだけだったんじゃないの?」
そんなこと、ない。とは言えなかった。
実際、そうだった。一方的な片思いは何度があったけど行動に移したことはないし、相手から告白されて付き合ってみても亜樹を思い出してばかりで、上手くいかないことばかりだった。
「それは……」
「図星だよね。恭一はどんなに外見を派手にしたって、本当は臆病で、自信がなくて、恋愛だって得意じゃないんだから」
亜樹と付き合う前は、自分がゲイだということは誰にも言えずにいた。臆病になるのだって、仕方のないことだったと思う。
別れた後もオレが好きになる相手はゲイじゃなかったり、ゲイでもオレみたいなやつよりももっと愛嬌のあるタイプが好きだったりで、そこを押し切って振り向かせるだけの気概はなくて、一人うじうじしていただけ。
「……ごめん、亜樹」
気が付いていたけど、目を背けていた自分の弱さ。
鼻先が触れるほどに近付いていた亜樹の肩を、そっと押し返す。
「オレはずっと、亜樹を言い訳にして逃げてたんだな」
「恭一……?」
「誰かを好きになって傷付くのがイヤで、動かない言い訳に亜樹を使ってた。オレのことを好きになってくれたヤツにだって、そうやって亜樹と無理やりに比べて、本気になる前に離れたんだ」
亜樹は黙ってオレを見つめている。その眼差しに困惑の色が浮かんでいて、あまりにも亜樹には似合わないその表情につい口元が緩んでしまった。
「オレは、次に誰かを好きになるなら高瀬がいい」
「本気? 陽はおまえがネコだって知ったら驚いてたけど? そもそもそれ知らないで付き合おうとしてるなんておかしいでしょ」
亜樹が高瀬に何か言ったんじゃないかという不安は的中していたらしい。だけど、ここで勝手にバラされたと亜樹を責めるのは違うだろう。
ちゃんと、高瀬に話をしなかったオレが悪い。こういうところも、情けなくて嫌になるよな。
「オレのこと抱けないなら友達のままでもいいよ。セックスなしで付き合ってもいい。高瀬はそういう付き合い方が出来るヤツだと思うから」
「なにそれ。自分のこと受け入れてくれない相手と付き合いたいってこと? そんなの、上手くいくわけないと思うよ」
亜樹の言葉にオレは首を横に振った。お互いの関係が上手くいくかは、今すぐわかることなんかじゃない。
「高瀬は確かにオレのこと全然わかってないし、オレに抱かれたいとか平気で言うし、年下だし、騒がしいし、オレとは正反対で全然好みのタイプじゃないけど……」
最初にオレになら抱かれたいと言い出した時は絶対高瀬とはありえないと思っていたけど。
今でも、高瀬のことは好みのタイプとは微塵も思えていないけど。
「そんなのどうでも良くなるくらいに、高瀬といる時間が好きなんだよ」
理由なんて、それで十分だ。ごめん、ともう一度亜樹の身体を押し返すと、オレは口をつけてないグラスの横に千円札を二枚置いた。
「亜樹のことは本気で好きだった。オレももっと、がむしゃらになってれば何か変わってたかもな」
別れの言葉は口にせず、オレは立ち上がった。亜樹は何も言わずにテーブルの上のお札を見つめている。
少し前までのオレだったら、何も言ってくれない亜樹の態度に胸を痛めていただろう。やっぱり、追いかけてはくれないんだと言葉にはせず責めていたかもしれない。
でも、もういいんだ。例えここで引き止められても、オレは亜樹を選ばない。
「恭一がそれでいいならいいんじゃない。おれももう地元には戻らないだろうし、寂しくなったらいつでも連絡して」
しないよと口にする気も起きなくて、オレは亜樹を残して個室から出ていった。
スマホを手にし、着信を確認したが高瀬からの折り返しはない。
今すぐ高瀬に会いたい。会って、ちゃんと話がしたい。
いつだって高瀬の方からオレのことを追いかけてくれたんだから、今度はオレが高瀬に会いに行くんだ。
そんな風に思わされてしまうほど、亜樹はオレたちの間にある数年間の距離なんてなかったような顔で笑っていた。
亜樹に連れて行かれたのは、個室のあるバーだった。付き合ってた頃はオレが未成年だったから、こういう場所に亜樹と来るのは初めてで、緊張に息を呑みながらオレは亜樹と距離を取って柔らかなソファへと身体を沈めた。
「恭一さ、何でおれと別れたの?」
「は……?」
注文したグラスがテーブルの上に置かれ、グラスのふちを指先で撫でながらまず口にした言葉はそれだった。
「ちゃんと伝えただろ。あの日、来なかったら別れるって」
オレの東京の大学への進学が決まって、地元を離れる時、何時の電車に乗って発つかを亜樹に伝えた。
いつだってオレが亜樹を追いかけてばかりだったから、最後に一度くらいは追いかけてきてほしくて、見送りに来てくれないなら別れると告げたんだ。
来ないとは、思っていたんだ。それでも、来てほしくて、予定の電車をニ本見送って、そしてようやくオレは亜樹から離れたというのに。
「それでも恭一はおれから離れらんないと思ってたんだよ」
亜樹はいつもの浮ついた微笑みではなく、真剣な目をオレに向けていた。
離れて座ったはずのソファ。でも、亜樹は簡単に縮めるとオレの手を掴んだ。
「東京に行ったって、例え海外に行ったって、おまえが戻ってくる場所はここだって思ってた」
亜樹はオレの手を掴むのとは反対の手を、オレの胸の上へと重ねる。きつく締め付けられた心臓が、早鐘を打つことを誤魔化すことは出来なかった。
「……オレは、離れたら終わりだって思ってたよ。例えあの日、亜樹が見送りに来てくれたって、離れればお前は遠くにいるオレなんかより近くにいるヤれるヤツを選ぶだろ」
「遊び相手はね」
「オレに本気だったことなんてないくせに……!」
都合の良い言葉ばかりを口にする亜樹の手を振り払った。狭いソファの上で、せめてもの抵抗で距離を取ったが、亜樹は気にする様子もなくそれを詰めてくる。
「じゃあ恭一はおれと離れてから恋人出来た? 結局おれが一番好きだって思い知るだけだったんじゃないの?」
そんなこと、ない。とは言えなかった。
実際、そうだった。一方的な片思いは何度があったけど行動に移したことはないし、相手から告白されて付き合ってみても亜樹を思い出してばかりで、上手くいかないことばかりだった。
「それは……」
「図星だよね。恭一はどんなに外見を派手にしたって、本当は臆病で、自信がなくて、恋愛だって得意じゃないんだから」
亜樹と付き合う前は、自分がゲイだということは誰にも言えずにいた。臆病になるのだって、仕方のないことだったと思う。
別れた後もオレが好きになる相手はゲイじゃなかったり、ゲイでもオレみたいなやつよりももっと愛嬌のあるタイプが好きだったりで、そこを押し切って振り向かせるだけの気概はなくて、一人うじうじしていただけ。
「……ごめん、亜樹」
気が付いていたけど、目を背けていた自分の弱さ。
鼻先が触れるほどに近付いていた亜樹の肩を、そっと押し返す。
「オレはずっと、亜樹を言い訳にして逃げてたんだな」
「恭一……?」
「誰かを好きになって傷付くのがイヤで、動かない言い訳に亜樹を使ってた。オレのことを好きになってくれたヤツにだって、そうやって亜樹と無理やりに比べて、本気になる前に離れたんだ」
亜樹は黙ってオレを見つめている。その眼差しに困惑の色が浮かんでいて、あまりにも亜樹には似合わないその表情につい口元が緩んでしまった。
「オレは、次に誰かを好きになるなら高瀬がいい」
「本気? 陽はおまえがネコだって知ったら驚いてたけど? そもそもそれ知らないで付き合おうとしてるなんておかしいでしょ」
亜樹が高瀬に何か言ったんじゃないかという不安は的中していたらしい。だけど、ここで勝手にバラされたと亜樹を責めるのは違うだろう。
ちゃんと、高瀬に話をしなかったオレが悪い。こういうところも、情けなくて嫌になるよな。
「オレのこと抱けないなら友達のままでもいいよ。セックスなしで付き合ってもいい。高瀬はそういう付き合い方が出来るヤツだと思うから」
「なにそれ。自分のこと受け入れてくれない相手と付き合いたいってこと? そんなの、上手くいくわけないと思うよ」
亜樹の言葉にオレは首を横に振った。お互いの関係が上手くいくかは、今すぐわかることなんかじゃない。
「高瀬は確かにオレのこと全然わかってないし、オレに抱かれたいとか平気で言うし、年下だし、騒がしいし、オレとは正反対で全然好みのタイプじゃないけど……」
最初にオレになら抱かれたいと言い出した時は絶対高瀬とはありえないと思っていたけど。
今でも、高瀬のことは好みのタイプとは微塵も思えていないけど。
「そんなのどうでも良くなるくらいに、高瀬といる時間が好きなんだよ」
理由なんて、それで十分だ。ごめん、ともう一度亜樹の身体を押し返すと、オレは口をつけてないグラスの横に千円札を二枚置いた。
「亜樹のことは本気で好きだった。オレももっと、がむしゃらになってれば何か変わってたかもな」
別れの言葉は口にせず、オレは立ち上がった。亜樹は何も言わずにテーブルの上のお札を見つめている。
少し前までのオレだったら、何も言ってくれない亜樹の態度に胸を痛めていただろう。やっぱり、追いかけてはくれないんだと言葉にはせず責めていたかもしれない。
でも、もういいんだ。例えここで引き止められても、オレは亜樹を選ばない。
「恭一がそれでいいならいいんじゃない。おれももう地元には戻らないだろうし、寂しくなったらいつでも連絡して」
しないよと口にする気も起きなくて、オレは亜樹を残して個室から出ていった。
スマホを手にし、着信を確認したが高瀬からの折り返しはない。
今すぐ高瀬に会いたい。会って、ちゃんと話がしたい。
いつだって高瀬の方からオレのことを追いかけてくれたんだから、今度はオレが高瀬に会いに行くんだ。
32
あなたにおすすめの小説
透けるほどうすい/溶けるほどあつい
鴻上縞
BL
日々何をするでもなく適当に生きていた真柴久志が知人の紹介で入った会社で真柴の教育係になった堂前哲は、仕事は出来るが口調は荒く乱暴で無愛想な取っ付きづらい男だった。しかし歓迎会の席で明かされた哲の驚くべき過去は、真柴の若い好奇心を掻き立てた。
歓迎会の後、真柴は好奇心を抑えきれず、酔に任せて哲に手を出してしまう。
一夜明けて酔いが覚め、気まずさを抱え一応謝罪をしたものの、哲の態度が負けず嫌いな真柴に火を付けて────。
足場鳶職人達の、身体から始まる軽薄で微かに純情な恋物語。
おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件
ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。
せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。
クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom ×
(自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。
『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。
(全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390
サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。
同人誌版と同じ表紙に差し替えました。
表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる