お前はオレの好みじゃない!

河合青

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【2】

17.俺の恋人はあの人だけ

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 キスをされる。
 そう思って透の肩を押し返したが上手く力が込められず、酒に濡れた唇は透のもので塞がれた。
 当たり前だけど、透も男だ。力比べをすれば互角だし、酒が回っている分こちらが押されてしまう。
 たどたどしく触れた唇は、触れて離れてを繰り返す。そして、俺の唇を濡らす雫を味わうように舌を這わせて、離れていった。
「陽……イヤだった? 気持ち悪いと思う?」
「気持ち悪いとは、思わないけど」
 嫌だとか気持ち悪いだとか、友達相手に思いはしない。
 ただ、違うと思ってしまうだけだ。
 唇が、皮膚が、鼻先が、耳たぶが。体中の全てがそこに恭ちゃんを探していて、俺に触れる相手がその人でないことに酷く落胆しているのが自分でわかってしまった。
「……でも、恭ちゃんとのキスとは全然違うよ」
「じゃあ、他も試してみよう」
 透は俺の首に両腕を回すと、ぎゅっと強く抱きついてきた。恭ちゃんより、火照った身体から移る熱が落ち着かない。
 引き剥がそうと透の肩を掴むが、透はますます俺にしがみつくと、抱き着いたまま俺の首筋へと吸い付いてきた。
「何してっ……透、離れろって……!」
 違和感が体中を駆け巡る。
 誰かに対して、こんな風に思うなんて初めてのことだった。
「今までだって、陽、付き合ってる人いたのに寝たことあったじゃん!」
「それは、そうだけど」
「なら、いいでしょ? 彼氏だって、陽がそういう人ってわかってて付き合ってるんでしょ?」
 透の言葉に間違いはなく、俺は反論の言葉を持っていない。
 慣れない体温が、首筋に触れる。知らない重さが、体にのしかかる。
 恋人がいようがいまいが、俺のスタンスは変わらない。誘われても、付き合ってる人がいるからは断る理由になりはしない。
 ずっと、俺はそうだった。悠一や透は、そんな俺の側にいて、いろんな相手と広く浅く付き合っていく様子を目にしていた。
 今更、本命だけを大事にしたいと言葉にしたところで、簡単には信じられないよな。
「……透」
 首筋に唇を寄せた透の肩を、そっと叩く。
「それで透が満足出来るなら、セックスしよう」
 顔を上げた透は、眉間に皺を寄せ、険しい眼差しで俺を見下ろしていた。
 喜びよりも困惑の強い眼差しに、俺は苦笑を浮かべて透の胸を押し返した。
「でも、俺が好きな人は恭ちゃんだし、きっとここで透とヤったら俺は恭ちゃんへの罪悪感で、透と今までみたいに友達としても付き合えなくなると思う」
「陽……」
「今まで、そんな風に思うことなかったんだけどさ。……自分でも酷い奴だと思うよ」
 そういう俺でもいいからと言われたから、変わらない俺のまま付き合っていた。
 だけどきっと、俺と付き合ってた子は変わってくれることを本当は心のどこかで期待していたんだろう。
 そうして、期待して疲れて、離れていった。俺はそれを、止めることすらしてこなかった。
「俺は透とはこれからも友達でいたい。だから、セックスはしたくない……でもそれは、俺の我儘だから。透がそれでも俺としたいって思ってるなら、応えるよ」
 きっと、恭ちゃんは悲しそうな顔をする。だけど、俺を責めたりはしないだろう。
 お前が決めたことなら、と微笑むんだろう。あの人は、そういう人だから。
「そんなの、ずるいよ……」
 俺に触れていた透の手が、力無く落ちていく。
 顔を隠すように俯いてしまった透は、ゆっくりと首を横に振る。
「これからも、一緒にいられる方がいいに決まってる」
 鼻をすする音がして、透は手の甲で目元を拭った。
「もしもの話なんて、意味ないってわかってるんだよ。でも……もしおれが先にゲイだってカミングアウトしてたらって、思っちゃうんだよ」
「……恭ちゃんが俺にとって特別なのは、同性だからでもゲイだからでもないよ」
 俯く透の肩に触れることは出来なかった。
「恭ちゃんが女でも、俺は同じようにしてる。あの人だから好きなんだ」
 透は顔を上げることはしなかった。しばらく俯く透の前に座っていたけれど、今日はもうこれ以上一緒にいないほうがいいだろうと俺は立ち上がる。
「……帰るね」
 透の頭が小さく揺れる。反応があったことに安心をして、俺は玄関へと足を向かわせた。
 扉を開けて外に出れば、顔を真っ赤にした悠一が扉の横に膝を抱えて座っていた。
 驚く俺を見上げ、悠一は唇を尖らせると駄々をこねる子どものようにそっぽを向いてしまった。
「もしかして、二人でグルだった?」
「陽なら、誘われればヤると思ってたのに」
「……透が俺のこと好きなの、知ってたんだ」
 当たり前だろ、と頭を掻いて悠一は立ち上がる。
「……ごめん。オレも透も悪ふざけなんかじゃなかったけど、陽に嫌な思いさせたよな」
 頭を下げられてしまい、俺は返事に困って視線を彷徨わせる。俺は別に気にしていないけど、透には申し訳ない気持ちもある。
「二人とはこれからも友達でいられれば、俺はそれで満足だよ」
「……ありがとな。あ、透に相談されてたから陽が今男と付き合ってることも聞いちゃったんだ。しつこく聞いたのはオレだからさ。あいつのこと、責めないでやってほしい」
「責めたりしないって」
 良かったと微笑む悠一に、俺もほっと胸を撫で下ろす。
「今回透に好意を向けられて、俺が周りからどう思われてたかよくわかったっていうか……そりゃあ相手を不安にさせるばっかだよなぁって思い知ったからさ。色々行動を改めないとだよなぁって思ったよ」
 いい勉強になった、と肩を落とせば悠一は苦笑を浮かべていた。
「ここでオレらに怒んないで、そういうこと言うからお前は周りに好かれるんだよ」
「そうかな?」
「そうだよ。今までの振る舞いで恨み買わないのもそういうとこだと思うぜ」
 悠一の言うことは俺にはピンとは来なかったけど、友達がそう言うならそうなんだろう。
 冷たい空気が頬に触れ、頬が凍りつく前に頬を緩めた。悠一も、不格好な笑顔を浮かべると体を震わせながら透の部屋へと入っていった。
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