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1.望まれぬ婚姻
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アカネース王家の姫のうち、未婚もしくは婚約者のいない姫は二人しかいない。
一人は第一王女のリーゼロッテ。そして、もう一人はまだ十三歳と幼い二妃の娘ミリーナである。
しかし、幼いとはいえアカネース国の王妃も十三歳で現国王のデュッセルへと嫁いできたことを考えれば、どちらが選ばれても不思議ではなかった。
今回は重要な停戦のための原因ということもあり、妹よりも立場が上にある自分が選ばれたのだろう。
自室に戻ったリーゼロッテは淡々とそう口にしたが、長年彼女に仕えてきたマリンハルトには納得がいかなかった。
「これはどう考えても、リーゼロッテ様を体よく追い出したいだけです! 大方、エリザ様が上手いことでも言って話を転がしたのでしょう」
一人掛けのソファに体を沈めたリーゼロッテは、憤りを露わに部屋の中を歩き回るマリンハルトへと困ったような微笑を向ける。
「マリンハルトはどうにも妄想が過ぎるようですね。エリザ様はこの国の王妃ですよ? ただ私が嫌いだというだけで婚約を決めるようなことはないと思いますが」
「いいえ、あの方はそれをやります! あの女は貴方のお母上だけではなく、俺の……!」
足を止め、マリンハルトは声を荒げる。しかし、続く言葉はリーゼロッテの伏せられた瞳の前で形となることなく消えた。
リーゼロッテもマリンハルトも、共に母親を亡くしている。その元凶となった者が、この国の正妃エリザだ。そして、マリンハルトの母親の死はリーゼロッテへと向けられた刃の身代わりだった。
「そう……ですね。確かに貴方のお母様は私をあの方から守り亡くなりました」
リーゼロッテの表情を曇らせたのは、自分自身の短慮な言葉。責任を感じていることは、マリンハルトにもわかっていたのに。
マリンハルトは痛いほどに乾く喉から、絞り出すような声で謝罪の言葉を吐き出した。
「申し訳ありません……! あれは、私の母は……」
「……謝るのは私です、マリンハルト。オリビエは、私の力が足りないばかりに……」
久しぶりにリーゼロッテの口から母親の名を聞いた。オリビエが亡くなったその日から、リーゼロッテが意図してその名を口にしないようにしていたことはマリンハルトも知っていた。
マリンハルトは俯いたリーゼロッテの元へと足を向け、その視界に身を映すようにと彼女の足元に膝を付いた。
涙の溢れそうな碧い瞳は、海が落ちてくるようで怖くなる。
彼女に触れることのできないマリンハルトは、その海ごと受け止めようと真っ直ぐにリーゼロッテを見上げていた。
「私の母にとって、貴方のお母様はかけがえのない親友だったと聞いております。例え母が王の寵愛を受けようとも、その関係に変わりはなかったと。ですから、謝ることはありません」
リーゼロッテの母親とマリンハルトの母親は、丁度同時期に城に仕え始めた同僚であった。
歳も、性別も、地方の決して裕福ではない家の出身であることも同じであった二人はすぐに意気投合したという。
オリビエにとって、リーゼロッテは大切で愛しい親友が遺した娘だった。ただの仕えるべき主以上に大切な存在だったのだ。
「結果としては、母が命を懸けてリーゼロッテ様を庇ったことになりますが、本当に守りたかったものは親友との友情だったと思います」
俯いたままのリーゼロッテへと、マリンハルトは必死で言葉を紡いだ。
それはまだ、二人が十歳にも満たなかったある日のこと。
ミレイニアの食事に微量ではあったが毒が混入するという事件があった。
その時に、疑われたのがリーゼロッテであった。ミレイニアの食事に混入していた毒と同じ成分を持つ野草が、リーゼロッテの部屋から見つかったのだ。
当時から既に従者として仕えていたマリンハルトは、そのようなものをリーゼロッテが持ち込んでいるはずがないことは知っていた。
誰かがリーゼロッテをはめようとしていることも、そしてその誰かが正妃であるかもわかっていた。
しかし、部屋掃除を任されていたというのにリーゼロッテの不利となるような細工を見逃してしまったのはマリンハルトの落ち度であった。母親のオリビエ同様にリーゼロッテの侍従となり、ようやくオリビエから部屋の清掃だけだが一人での仕事を任された矢先の出来事だった。
あの時、マリンハルトが隠されていた薬瓶を見つけることが出来ていたのなら、オリビエがリーゼロッテの代わりに自らミレイニア毒殺未遂の罪を被って死罪となることはなかっただろう。
オリビエの死はリーゼロッテのせいではない。すべて、マリンハルトの責任なのだ。
しかし、いくらマリンハルトがそう口にしてもリーゼロッテは決して首を縦には振らない。彼女は頑なに自分を責め続けるのだ。
二人の間に沈黙が落ちる。この話題を続けることも、話を変えることも出来ないまま、マリンハルトは彼女の前に膝を付いていた。
「リーゼロッテ様、お部屋にいらっしゃいますか?」
静かなノックの音で二人は顔をあげる。リーゼロッテが無言で頷き、マリンハルトは立ち上がると扉を開けた。
一人は第一王女のリーゼロッテ。そして、もう一人はまだ十三歳と幼い二妃の娘ミリーナである。
しかし、幼いとはいえアカネース国の王妃も十三歳で現国王のデュッセルへと嫁いできたことを考えれば、どちらが選ばれても不思議ではなかった。
今回は重要な停戦のための原因ということもあり、妹よりも立場が上にある自分が選ばれたのだろう。
自室に戻ったリーゼロッテは淡々とそう口にしたが、長年彼女に仕えてきたマリンハルトには納得がいかなかった。
「これはどう考えても、リーゼロッテ様を体よく追い出したいだけです! 大方、エリザ様が上手いことでも言って話を転がしたのでしょう」
一人掛けのソファに体を沈めたリーゼロッテは、憤りを露わに部屋の中を歩き回るマリンハルトへと困ったような微笑を向ける。
「マリンハルトはどうにも妄想が過ぎるようですね。エリザ様はこの国の王妃ですよ? ただ私が嫌いだというだけで婚約を決めるようなことはないと思いますが」
「いいえ、あの方はそれをやります! あの女は貴方のお母上だけではなく、俺の……!」
足を止め、マリンハルトは声を荒げる。しかし、続く言葉はリーゼロッテの伏せられた瞳の前で形となることなく消えた。
リーゼロッテもマリンハルトも、共に母親を亡くしている。その元凶となった者が、この国の正妃エリザだ。そして、マリンハルトの母親の死はリーゼロッテへと向けられた刃の身代わりだった。
「そう……ですね。確かに貴方のお母様は私をあの方から守り亡くなりました」
リーゼロッテの表情を曇らせたのは、自分自身の短慮な言葉。責任を感じていることは、マリンハルトにもわかっていたのに。
マリンハルトは痛いほどに乾く喉から、絞り出すような声で謝罪の言葉を吐き出した。
「申し訳ありません……! あれは、私の母は……」
「……謝るのは私です、マリンハルト。オリビエは、私の力が足りないばかりに……」
久しぶりにリーゼロッテの口から母親の名を聞いた。オリビエが亡くなったその日から、リーゼロッテが意図してその名を口にしないようにしていたことはマリンハルトも知っていた。
マリンハルトは俯いたリーゼロッテの元へと足を向け、その視界に身を映すようにと彼女の足元に膝を付いた。
涙の溢れそうな碧い瞳は、海が落ちてくるようで怖くなる。
彼女に触れることのできないマリンハルトは、その海ごと受け止めようと真っ直ぐにリーゼロッテを見上げていた。
「私の母にとって、貴方のお母様はかけがえのない親友だったと聞いております。例え母が王の寵愛を受けようとも、その関係に変わりはなかったと。ですから、謝ることはありません」
リーゼロッテの母親とマリンハルトの母親は、丁度同時期に城に仕え始めた同僚であった。
歳も、性別も、地方の決して裕福ではない家の出身であることも同じであった二人はすぐに意気投合したという。
オリビエにとって、リーゼロッテは大切で愛しい親友が遺した娘だった。ただの仕えるべき主以上に大切な存在だったのだ。
「結果としては、母が命を懸けてリーゼロッテ様を庇ったことになりますが、本当に守りたかったものは親友との友情だったと思います」
俯いたままのリーゼロッテへと、マリンハルトは必死で言葉を紡いだ。
それはまだ、二人が十歳にも満たなかったある日のこと。
ミレイニアの食事に微量ではあったが毒が混入するという事件があった。
その時に、疑われたのがリーゼロッテであった。ミレイニアの食事に混入していた毒と同じ成分を持つ野草が、リーゼロッテの部屋から見つかったのだ。
当時から既に従者として仕えていたマリンハルトは、そのようなものをリーゼロッテが持ち込んでいるはずがないことは知っていた。
誰かがリーゼロッテをはめようとしていることも、そしてその誰かが正妃であるかもわかっていた。
しかし、部屋掃除を任されていたというのにリーゼロッテの不利となるような細工を見逃してしまったのはマリンハルトの落ち度であった。母親のオリビエ同様にリーゼロッテの侍従となり、ようやくオリビエから部屋の清掃だけだが一人での仕事を任された矢先の出来事だった。
あの時、マリンハルトが隠されていた薬瓶を見つけることが出来ていたのなら、オリビエがリーゼロッテの代わりに自らミレイニア毒殺未遂の罪を被って死罪となることはなかっただろう。
オリビエの死はリーゼロッテのせいではない。すべて、マリンハルトの責任なのだ。
しかし、いくらマリンハルトがそう口にしてもリーゼロッテは決して首を縦には振らない。彼女は頑なに自分を責め続けるのだ。
二人の間に沈黙が落ちる。この話題を続けることも、話を変えることも出来ないまま、マリンハルトは彼女の前に膝を付いていた。
「リーゼロッテ様、お部屋にいらっしゃいますか?」
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