飯がうまそうなミステリ

筑波大学ミステリー研究会

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飯がうまそうなミステリ

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飯がうまそうなミステリ
『黒い仏』殊能将之

殊能将之は食事の描写がうまく、『ハサミ男』のミートパイを食べるシーンや、『美濃牛』のブランド牛の描き方『キマイラの新しい城』で稲妻卿がカレーを食べるところなどが印象的だが、最も素晴らしい食事シーンは、『黒い仏』で刑事の中村と今田が〈居酒屋かさい〉に入る場面だ。次に示すのがこの店のメニュー表である。

胡麻だれ玉子
蓮根スパ
しめじ飯
琉球胡瓜
キャベツの壺焼き
酢茄子
湯酒
ルビービール

おわかりだろうか。これらのメニューはすべて回文になっているのだ。「キャベツの壺焼き」はちょっと苦しいが、「琉球胡瓜」は旧仮名遣いで「りうきうきうり」と書くと回文になるという、かなりトリッキーなことを仕掛けている。さらには、店の名前まで回文になっているという念の入りぶり。この遊び心はまさに本格ミステリだろう。
肝心の食事描写がどうかというと、不思議なメニュー名に疑問を持ちつつも料理の味には満足する刑事たちが丁寧に描かれている。

「しめじ飯は、しめじの入った炊き込みご飯で、名前に偽りはない。
一方、胡麻だれ玉子というのは、野菜たっぷりのサラダだった。輪切りにしたゆで卵が上に載せてあり、胡麻だれ風味のドレッシングで和えてはいるものの、なぜ「和風サラダ」と呼んではいけないのか、さっぱりわからない。
とはいうものの、どちらも味はよかった。特にしめじ飯は、空腹を見事に抑えてくれた」

ポイントは、露骨に食レポ的な文を書かないところだ。あまりにわざとらしいと、かえって白けてしまうところを、読者の目先を「変なメニュー名」という方向に反らすことで、おいしそうな食事を間接視野に収め、さりげなくアピールすることに成功している。これはミステリのミスディレクションにも通じるテクニックであり、殊能のミステリ作家としての技量の高さがこんなところからもうかがえる。
(KN)



これから挙げる作品のほとんどは、手元に本がないので、色々と記憶違いその他があるかもしれないが、ご容赦願いたい。

ひきこもり探偵シリーズ 坂木司
私にとって、食事シーンと言えばこの作品。本作の探偵役、鳥井真一は在宅のプログラマーで。自宅で凝った料理を作る。事件解明時にはよくそれが事件関係者に振る舞われるのだが、家庭料理とは思えない程の完成度で、どれもとても美味しそう。一番印象深いのは、ブイヨンを一から作るシーン。ブイヨンって家で作れる物なのか、と驚いたことが記憶に残っている。こんな風に自炊ができれば良いだろうなあ、と思うが、現実は厳しいものである。この作品、鳥井の手料理だけでなく、鳥井が取り寄せる各地の銘菓も登場する。何が出てきたのかあまり覚えていないが、調べて集めてみるのも楽しいかも知れない。なお、作中に登場する料理のレシピが、最終巻『動物園の鳥』巻末に収録されているので、料理上手な方は是非再現して欲しい。

小市民シリーズ 米澤穂信
他にも挙げている人がいそうなので、私が書くこともないかと思うが、一応挙げておく。タイトルからも明らかなように、ほぼ全ての作品に何かしらのスイーツが登場する。どれも魅力的に描かれているが、その中でも私のお気に入りは『シャルロットだけはぼくのもの』(『夏期限定トロピカルパフェ事件』収録)に登場するシャルロット。暑い外から戻ってきて、涼しい室内で食べるシャルロットの描写は、読んでいるだけでも口中に爽やかな甘みが広がるよう。作中に登場するスイーツには、パフェやタルトなど一般的な物が多いので、大抵は食べたことがあるのだが、シャルロットはおそらく食べたことがない、というのも、憧れを掻き立てられる要因なのかもしれない。

『腕貫探偵、残業中』 西澤保彦
「市民サーヴィス課臨時出張所」という簡易机で、市民の悩み事などを聞く仕事をしている公務員、通称「腕貫探偵」が持ち込まれた事件を解決する、腕貫探偵シリーズの第二巻。シリーズ第一巻では、特にそういう描写はなかったように思うのだが、この第二巻では、腕貫探偵は美食家として描かれており、地元名士の令嬢、ユリエとともに地元の有名店や、屋台などで食事をともにするシーンが度々登場する。巧みな描写というのは、特別好きでもない食べ物でも、食べたいと思わせる力があるのだなと思い知らされる。銀杏なんて、せいぜい茶碗蒸しに入っているものを食べるくらいで、それ単独で食べようと思ったことなどなかったのだが、ここに登場する銀杏料理は非常に美味しそうで、一度食べてみたいと思ってしまった。なお、この銀杏が登場する『雪のなかの、ひとりとふたり』は、食事が重要な役割を果たすトリックが使われていたり、真相が明かされた時のユリエの反応が可愛かったりとみどころ満載なので、そちらにも注目していただきたい。

『Rのつく月には気をつけよう』 石持浅海
大学時代からの友人三人組が、毎度違うゲストを呼んで開催する飲み会で、持ち込まれる事件を解決する連作短編集。開催される飲み会は探偵役の家で行われるため、これまで挙げてきた作品に出てくるようなよそ行きの料理ばかりではなく、豚の角煮や「チキンラーメンをそのまま食べる」など、カジュアルな料理(後者は最早そう呼べるかも定かではないが)も登場するのが特徴。料理自体は馴染みのある物でも、巧みな描写と、気の置けない友人達との楽しい飲み会という設定が、特別さを加えている。ちなみに、この短編集に収録の『身体に良くても、ほどほどに』にも、銀杏が登場する。

『香水紳士』 大阪圭吉
『少女の友』に掲載された作品だけあって、主人公は十六歳の少女で、電車内で飲食するのを恥ずかしがる様子が可愛らしい。作中に食事シーンは出てこないのだが、主人公が旅の途中で食べるのを楽しみにしていたサンドイッチが登場する。結局、主人公はそれを食べ損ねてしまうのだが、事件解決の褒美としてそのサンドイッチを所望する。いかにもお嬢さんらしい主人公がそこまで楽しみにするサンドイッチの味が気になるのは勿論だが、短い一人旅の中で買って食べるという舞台設定の特別感がより一層魅力を引き立てている。

『絹更月怪異録~摩楼館怪奇事件簿~』『一条怪聞録~摩楼館怪奇事件簿~』 澤村有希
ミステリではないのだが、他で紹介する機会もないので、ここに挙げさせてもらう。九段下に店を構える摩楼館という喫茶店で、常連客のフリーライター、一条が店長の如月に怪談を語る、という内容。喫茶店や登場人物は当然架空の物だが、怪談は実録という一風変わった形式をとっている。怪談中の謎が解かれないのは些か物足りなく感じるが、それも実録怪談ゆえの特色と言うべきだろう。二巻目で如月の謎めいた出自が匂わされ、続刊を楽しみにしていたのだが、六年経っても出版される気配はない。そもそも、この六年間で著者の本が一冊も出ていなかったので、完全に諦めていたのだが、著者は今年実録怪談集を出版するらしい。これを機にこのシリーズも復活してほしいものである。
 どの短編でも、飲み物や軽食が魅力的に描かれているが、特に気になったのはティーソーダ。ここに登場するティーソーダは、ただアイスティーに炭酸水を入れた物ではなく、果汁やフルーツを入れた本格派。私は炭酸飲料が苦手なのだが、これは一度飲んでみたくなった。

もう少し、意外性のある作品を選べれば良かったのだが、タイトルからしていかにも食事シーンが多そうな作品ばかり挙げてしまった。しかも、紹介文があまり美味しそうでない。是非実際の作品を読んで、巧みな描写を楽しんでいただきたい。       
(KS)
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